「アイーシャって……もしかしてアイーシャ夫人? なんでメイド!?」
有名RPGで言うところの
存在自体は話には聞いていたものの、まさかこんな一般の通行人みたいな遭遇をするとは思っていなかったのである。
怜志もそうだが、話に聞くヴォバン侯爵やアレク王子など神殺したるものは一種の凄みのようなものがあるものだというのが恵那の
性格の差異はあれど皆、神を殺して見せた大人物。相対すれば感じ入るものはあるだろうと。しかし眼前のぽあぽあした感じの人物はどう見てもそんな凄みは感じられない。寧ろ名乗られた今でさえ、本当に神殺しなのかを疑いたくなるぐらいだ。
「あら? わたくしの名前をご存じなのですか? んー、特別記憶力に優れているわけじゃないですけど貴女とは初対面のような……?」
「あ、いや、うん、初対面だよ。知ってたのは地元で……というか、恵那がいた時代では夫人の名前はヴォバン侯爵や羅濠教主と同じぐらい通ってたからさ」
首を傾げるアイーシャに対して、衝撃止まぬままに返答する恵那。
思わず素で対応してしまったが──それに気分を害する様子は無く。
アイーシャは「まあ」と口元に手を当てながら驚いたような反応をする。
「
「ぶっ! お、お兄様にお姉様?!」
さらっと重要そうなことを口ずさんでいたが、前半の言葉に気を取られて恵那は聞き流す。……脳裏に賢人議会が語る欧州を心胆を寒からしめる暴君と深山幽谷の仙域に住まう魔人の情報を連想する。
提出された論文曰く、かの最古参二人は活動地域こそ異なるものの近い時代に生まれた神殺しとして若き頃から鎬を削ってきたというが、もしやアイーシャ夫人もそういった仲だったのだろうか。
「ほう! よくわからんが、娘よ貴殿は女王陛下と同郷であったのか! はっはっは、これは面白い縁もあったものだ!」
「そういえば人探しをしていると言っていたが、もしや彼女の事だったのか?」
一方で事情に疎い第三者たちと言えば女性陣の勝手知ったる様子に前者は気安いやり取りに自己解釈で頷き、後者は事前の会話を思い出しながらの発言だ。
「恵那が探している人とは違うけど……いや、でもそれはそうとどうしてアイーシャさんはこんな場所に? もしかしてアイーシャさんもあのグィネヴィアとかいう人に?」
「グィネ……? うーん、何処かで聞いたような? 確かアレクさんがなんか色々言っていたような……?」
恵那の問いにアイーシャは芳しく無い反応を見せる。
どうやら恵那たちとは別口のようだ。
とはいえ──。
「じゃあなんで此処に?」
当然、その疑問が降って湧く。
怜志も恵那も富士の麓の樹海でグィネヴィアの奸計に嵌められ、この時代に流されてきたが、そもそもをして
少なくとも日本の呪術師にそれが出来る人間を恵那は知らないし、怜志であっても
……無理だと断言できないところに神殺したる由縁があるわけだが。
ともあれ、目の前の彼女がどうやってこの時代に訪れたのか。
手段について気になるのは当然の流れだろう。
恵那としてはそれを聞いたつもりだったが……。
「そうですね、話せば長くなるのですが──」
「え。いや恵那が聞きたいのはどうやって時代を渡ってきたのかってことで」
「──あれは一か月ほど前の事でした」
問いを聞いてアイーシャは憂い顔をすると、さらっと使用人の立場を名乗っておきながら安禄山の横に陣取って座り、此処までの経緯を最初から勝手に語り出す。
「わたくしは以前、色々な不幸が重なって妖精たちの女王ニアヴを図らずしも倒してしまい、色々な場所に通廊を手に入れたのですけど……実はこの権能、上手く制御できなくて……」
「……──通廊を作る、権能?」
早々に、不穏な単語を語り口から聞き取った恵那の視線が疑念から胡乱なモノを見る目に変わるが、アイーシャは気にせずに言葉を続けた。
「そのせいでわたくしが特に何をするわけでもなく、何年かに一度どこに行きたいと思っていなくても勝手に昔の時代や生と不死の境界とかにつながってしまうんです。しかも出来た通廊はものすごい力でわたくしを吸い込んでしまうからそのまま旅立つしかなくて……今回もその結果、この時代まで飛ばされてしまったんです」
憂う表情を浮かべながら自らの能力の苦労を語るアイーシャ。が、恵那には既に同情やら畏敬やらの念は存在しなかった。
……アイーシャの語る時渡りの権能の特性。それはまんま、恵那と怜志が取りこまれたグィネヴィアの作ったと思われていたそれではないか。
「そうしていつものように当てもなく彷徨っていたのですが、今回は運が良いことに迷い込んで早々、旅先で出会った高力士と言う方が親切なことに都でのお仕事を紹介してくださいまして! そこで暫く厄介になっていたんです! ふふっ、これでも昔はお兄様の御屋敷で使用人の役を預かったりして──」
「あー、それで宮中で将軍サマとまつろわぬ神が揉めてる場面に遭遇して今に至るわけだ……」
「──正解です。凄いです! よくわかりましたね!?」
「なんと! 会話の流れから未来を言い当てるとは! よもやお主は高名な巫女だったりするのか!?」
「うん。そんなとこ」
少し考えれば素人でも判断が付けられそうな予想を恵那が口にすると、素直に目を丸くして驚くアイーシャと大げさに褒め称える安禄山。
何故に天下の反逆者と神殺しが共に活動しているのか疑問だったが、トラブルメーカーのプロフェッショナルが偶然で、そのトラブルの中心に紛れ込んだ結果、このような次第になったのだろう。
見ず知らずの土地で初対面の相手にほいほい付いていく無警戒な振る舞いは神殺しに思えぬそれだが、それで一発目から国家動乱の中心部を引き当てる辺り、身分相応の天運は持ち合わせているということか。
なんとなく、恵那の巫女としての資質が眼前の女性に対して嫌な予感を覚えさせる。神殺しとしてどれ程のものかは分からないが、最古参レベルの魔王に恐れる様子のない言動といい、どんな場面でもマイペースを崩さない様子といい、あまり関わりたくない手合いのように感じられる。
望む望まずに限らず、この女性と長く接しているとそのまま彼女のペースに巻き込まれるような、そしてその巻き添えで酷い目に合うような、そんな悪寒。
神殺しとして正当寄りの怜志を知るからこそ、アイーシャ夫人に対して恵那は性質の悪さを嗅ぎ取った。
なのでさっさと要件を済ませ、早々に距離を置くべきだろうと判断し、話の流れを断ち切ってこちらの確認を優先させる。
「それよりも聞きたいんだけどさ。その夫人の権能……通廊を作るって奴。それって他の人が操ることも出来たりするの?」
「はい? 他の方がわたくしの権能に、ですか? どうでしょう、わかりません。あ、でも、直接わたくしの権能を発動させるのではなく既に出来た穴を操ることなら、妖精さんや彼らに縁のある方だったら出来るかもしれません。確か前に日本に訪れた時も、森の妖精さんの悪戯で江戸時代に飛ばされて……」
「やっぱり……」
グィネヴィアの罠だと思われた時渡りの通廊だが、原因に当たる人物は目の前の御仁だったらしい。恐らくこの放浪癖の夫人がふらりと日本に寄った際に作られた通廊をグィネヴィアが悪用した結果、恵那と怜志の二人はこの時代まで吹き飛ばされたのだ。
……ある意味ではこの騒動の主犯であるともいえる。
「──わたくし、思うんです」
が、恵那の複雑な心中など知る余地もなく、いつの間にか両手を合わせ、まるで聖女のように祈りのポーズを見せるアイーシャ夫人。
神託を得たと言わんばかりに、己が心中を明かす。
「この力に振り回されることはわたくし自身多いですけど、この力で行く先には必ず困っている人が居るんです。今回で言えば安禄山や唐代の市民の皆様──」
楊貴妃に成り代わり、篭絡した皇帝の権力を背景に圧政を敷くまつろわぬ神。人域を逸脱した抑圧にアイーシャは眉を顰め、ぐっと拳を握る。
きっと苦しむ彼ら彼女らの姿を脳裏に思い描き、義憤を覚えたのだろう。
本人比では怒ってるつもりなのだろうが、愛らしさがある辺り、分類としては癒し系の女性なのだろう。傍目で見ている安禄山がうっとりしている。
だが恵那は既に気づいている。
この女性がどういった人種なのかを。
「もしかしたら──これはわたくしに困っている方々を救えと求める天の意志なのかもしれません。わたくしの力は、この権能は、そのためにあるのだと!」
「いや絶対に違うと思」
「その通りだ! 女王よッ!!」
間違いを指摘しようとした恵那の声はガタリと立ち上がって拳を握る安禄山に掻き消された。
「楊貴妃殿は誠に美しく、良き人格者であった……だからこそ! 彼女の姿と名前を騙り、民を騙してあらぬ悪評を広めるあの輩をのさばらせることは慙愧に耐えない!! 楊貴妃殿の無念を晴らすためにも、何より圧政に苦しむ民草を救うためにも、かの悪女は何としても許してはならないのだ!!」
「そうですね、自分一人の欲望のために皆さんを苦しめるのは絶対に間違っています! 兵士の皆さんに比べれば非力な身ですが、こうして皆様の窮状を知ったからには微力ながらわたくしも協力したいと思います!」
「ありがたい! 貴女の力添えがあれば百人力、いや万人力だとも! 正義は我らに在り!」
「ええ。みんなで頑張って必ずこの国を取り戻しましょう!」
────うおおおおおおおおおおおおおおッ!!!
気づけば周りにいた護衛の兵士や使用人すら巻き添えにして鬨の声を上げる安禄山と以下その勢力。
無茶苦茶な勢いで盛り上がる……いや、まるで酒にでも酔っているかのようにアイーシャの感情の盛り上がりに合わせて狂奔する者たち。
「これって……」
何かがおかしい、と恵那が直感した直後、ちょいちょいと衣服を引かれる。
見れば盛り上がる周りに比べ、平静なままの
「……詳しいことは私にも分からないのだが、アイーシャ殿も帝都を統べるまつろわぬ神と同じく人心を操る術に長けているようでな。あのように、アイーシャ殿が少しやる気をみせるとな、その力に取り込まれてしまいただの人間はああなってしまうのだ」
「人を操る、ううん、扇動する権能……? あれ、じゃあなんで恵那は大丈夫なんだろ」
彼らの突然の狂奔がアイーシャ夫人の力に端を発するものであるのなら恵那もアイーシャ夫人に魅了されてしまうはずだ。
だというのに恵那はアイーシャ夫人の接していながら平時と変わらぬ態度でいられる。
確かに恵那は媛巫女であり、呪術者として優れた資質がある。しかし多少耐性があるからといって神々の権能に抗えるとはとても思えない。
普通であれば恵那もとっくにあの力に飲まれ、一団に加わっている筈だろう。
「ん、その腰の劍のお陰だろう」
そんな恵那の続く疑問に対しても
彼が指すのは鞘に収まる恵那の二本目。
怜志より託された天国が継承してきた神剣である。
「刀身を見ていないから分からぬが、それは相当の業物と見た。鞘に収まっていようと多少の胡乱な力は、その刀があれば簡単に弾き返せよう」
「──そっか、退魔の刀。抜き身じゃなくても効果があるんだ」
『救世』の渾名は伊達ではないということだろう。
改めて託されたものの“重み”を恵那は自覚する。
神々の闘争にも不足はない──そう断言した相方の言葉に偽りはなかったのだ。
「ありがとね、怜志……」
誰に聞かせるわけでもなく、小声で恵那は神剣の柄に触れながら感謝を囁く。自覚があるかどうかはともかく、離れていようとも自分を守護してくれている刀越しに、彼女は愛する王の姿を見たのだ。思わず、口元が綻ぶ。
「ほう」
「え、何?」
「何、そういう顔もするのかと──いや失礼、無粋な口を挟んだ。探し人とやらに出会えると良いな巫女殿」
「……──うん。けどきっと大丈夫だよ。うちの王様はあそこのアイーシャさんに負けず劣らずだからさ。きっとすぐに会えると思ってるから!」
「そうか」
確信を言い切る恵那に、
「あら、知らない間にお二人が仲良く、何の話をしていたんですか?」
──と、狂奔傍目に自然と親睦を深める二人であったが、そこに割って入る原因人物。相変わらずぽあぽあとした人好きする雰囲気のまま、アイーシャは混ざりたそうに二人に話しかけて来た。
……とはいえ、話の種がアイーシャの力に飲まれない者同士の意気投合、などと言えば眼前の女性が意気消沈することは間違いない。
なので二人はさっと無言のまま視線で意思を共有した後──。
「いや何、互いに頑張ろうと話し合っただけだよ」
「そうそう、力を合わせてみんなを困らせる神様をやっつけようってね!」
その場のノリに合わせて適当に誤魔化す二人。
息の合った自然な対応に、アイーシャは疑うことなく笑顔を浮かべた。
「そうだったんですか! ええ、ええ、そうですね! みんなで力を合わせればきっとこの状況だって解決できるはずです! 頑張りましょう!」
──かくして歴史の人物に、神殺し、まつろわぬ神と思わしき謎の少年に恵那を加えて混沌とした反乱軍が此処に結成された。
最終目的は違えどもその過程は呉越同舟。
それぞれがそれぞれのために事態を解決すべく、行動を開始する。
古代中華にまつわる騒動は、佳境を迎えたのである。