神々、君に背き奉る   作:アグナ

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神魔大乱 Ⅳ

 ──嵩山の山麓に広がる街、その中でも一番高い場所にあった楼閣を神殺しの二人は『同盟』の拠点として構えた。

 元々この楼閣は暫く前に管理主だった老人が亡くなって以降、廃墟となっていたらしく事情を説明した怜志に了解してくれた市民たちが快く貸し出してくれたのだ。

 

 数年と廃墟となった楼閣の内装は経年劣化によりボロボロになっており、羅濠の勘気に触れること避け得ない惨状であったが、幸いなことに怜志は創造系(クリエイト)の呪術者である。

 改善(リフォーム)はお手の物で僅か半刻にしてボロ屋さながらの楼閣はかつての威厳を取り戻し、豪奢な朱色に彩られた住居は王らが同席するに相応しい在り方を蘇らせていた。

 

 その様子に羅濠は大いに満足し、お陰で誰一人として血を見ることなく平和な食席にて王らは歓談する機会を得たのである。

 

「見事な手練手管です。ふふふ、未だ誕生から幾分もない身でありながら王たるものとしての振る舞いに不足はないようですね」

 

「それは重畳。若輩の身ゆえ未熟を見せてしまわないかと恐々としていましたが、どうやら面目ぐらいは保てたようです。……そのお言葉の通りならば料理にも満足いただけたようだ」

 

「ええ──精進料理、といいましたか。倭国の修行者たちの文化に基づく料理と聞いていましたが成程、余分な贅を添加せず食材本来の味を引き立てる巧みな造り……素朴ですが実に味わい深く、美味でした。見事な手前です」

 

 言いながら羅濠は食卓に並べられる飯椀や汁椀、和食の基本たる五味五法に基づいた料理の数々を絶賛する。中華で見られるテーブルいっぱいに並べるそれと比べれば量にも豪勢さにも劣るが、余分を完璧に斬り落とし、人体に必要な要素を適量のみ取り込む修行者たちの清貧を極めた美しい料理はお気に召したようであった。

 

 ──後に恵那も知ることとなるのだが。

 

 怜志は表面上に見受けられる真面目な振る舞いとは異なり、その本質は極度の面倒臭がり屋である。神殺しの身分でありながら、呪術界の王としての立場を放任し、正史編纂委員会との折衝を組織単位で丸投げしていることからもそれは分かるだろう。

 しかし、逆に自身が関心のある分野に関しては妙に凝る癖があった。恵那の知るところでは戦や鍛冶職に係わる分野がそれだが、それ以外にもモノ作り全般──今に見る建築物の改良や手料理もそれに当たる。

 

 この時点で知る余地もないが、怜志はこの時点において実は恵那の友人である祐理をも上回る料理上手であるのだ。平時は恵那と同じく効率重視で狩った獣や取った魚を素のまま火に通して食料とするゆえ知る余地もない隠し芸の一種。

 不意打ちで乙女の矜持(プライド)をへし折る無慈悲な王の一面であった。

 

 そのため後に危機感を覚えた恵那は祐理の下に花嫁修業に繰り出すことになるわけだが、今は後々の閑話の話である。

 

「それは良かった。日本の文化も中華数千年の歴史に劣るものではないこと示すことが出来たような」

 

 そんなことを知る余地もなく、怜志は羅濠の賞賛に軽やかに応対しつつ、さらりと言葉の中に薄い挑戦の色を混ぜる。万国の舌に受けるというアジアを代表する中華料理を比肩に出すことで、それに劣るものではないと暗に訴えたのである。

 

「まあ……長く生きてきましたがそういった挑戦のされ方をしたのは初めてです。ふふ、いいでしょう。本来であれば武林の至尊たるわたくしが厨房にて腕を振るうなど身分に相応しくない振る舞い……ですが王たるものとして文化の何たるかを挑戦されたとあれば流儀を曲げて受けて立つのも吝かではありません」

 

「ほう、それはそれは。機会があれば是非に、先人の持つ歴戦の妙とやらを見せて頂きたいですね」

 

 立場を考えれば遊び心のような挑発だが、それを受けて立つ寛容さは持ち合わせていたようで怜志の挑発に羅濠も不敵な笑みを浮かべて了解する。

 人民の頂点に立つ王たるものの振る舞いに拘るからこそ、文化というものを題材にした挑戦は中々に受けたようだ。

 

 近代生まれの若き王らに比べれば現代に非常識な羅濠であるが、近代の常識に理解しつつも非常識さこそを好む怜志だからこそ、非常識さの中に生きるものたちとも自然と噛み合うのだろう。

 だからこそ意識せずとも怜志は古豪相手にも自然と一目置かれる振る舞いとなった。

 

 まあ尤も、それは同時に英国の黒王子を代表する近現代に適応した王との相性の悪さにも通じるのだが……。

 利点は欠点にもなり得るということだろう。

 何事も不足なくとはいかないのが世の理である。

 

「さて──腹も慣らしたところでそろそろ軍議を始めましょうか」

 

「その前に一つ、お聞きしたいことが」

 

「何ですか?」

 

「先に告げた貴女の智慧をお借りしたという話です。別れる間際に語ったことですが、我が身とそれから我が背の君に当たる友人は望まずしてこの時代に流されてきました。……こうして、まつろわぬ神と相対した以上は神殺しとして解決するのは当然のことですが我らが目的は故国への帰還に当たる」

 

「成程、察するに帰還の術をわたくしに問いたい、といった所ですか」

 

「はい」

 

 歴史を現在進行形で捻じ曲げる九尾の狐のせいで勘違いしがちだが、怜志にとってその戦場自体は目的ではない。

 戦それ自体は縁あって偶然巻き込まれたという程度のものに過ぎないのだ。

 本命は常に現代への帰還──日本で何らかの奸計を企むグィネヴィアに対応するためにも優先すべき目的である。九尾の狐と歴史放浪が無関係である以上、これを解決せずして戦勝を以てめでたしめでたしとはいかないのだ。

 戦後の手段を得ぬことには寄り道に耽る余裕はないと言える。

 

 事によってはまつろわぬ神よりもそちらを追いかけなければならぬことも考えなくてはならない。果たして問いに対する解答は、確認する疑問であった。

 

「……望まずして時を跨いだとあれば下手人がいますね? それはまつろわぬ神か、それとも」

 

「神祖を名乗る魔女でした。名前はグィネヴィア。開けゴマというキーワードで中空に異界へ続く穴を造り出していましたね。名前から考える出自を察するに、妖精か、またはそれに類する自然精の持つ理に関するものだと思うのですが……」

 

「いえ──単なる妖精程度の力では精々がアストラル界に通じる迷い路を築く程度でしょう。時をも跨ぐとなると、まつろわぬ神に相応する力が必要となります。……であれば、恐らく既に出来た『穴』を利用したのでしょう」

 

 羅濠の確認するような疑問に怜志が返答すると同時、羅濠は何かを察したように何処か嘆息するような態度で確信を以て言葉を語る。

 まるでそれは自らも体験してきたかのような言い方であった。

 

「既に出来た、『穴』? 神祖が用意したものではなく……?」

 

「ええ。恐らくは──いいえ十中八九、かの魔女の瑕疵でしょう。わたくしの許可なくしてわたくしを勝手に姉と慕うあの痴れ者であれば、敵に利する愚行をしていても不思議ではありません」

 

「──知己ですか」

 

「不本意なことに。……かつて妖精王たる神を殺害し、時間を旅する権能を簒奪したというアイーシャなる娘の仕業でしょう。忌々しい記憶ですが、過去に我が宿敵たる魔狼王との決闘に際しては、かの力であの娘に余計な横槍を入れられました」

 

「ヴォバン侯爵と教主殿との決闘に横槍を……?」

 

 苦々しく語る羅濠だが、怜志の方はと言えば驚愕に目を見開いた。

 ヴォバン侯爵とは既に本気とは言えぬ間でも直接激突し、目の前の羅濠の腕は一度は垣間見ている。だからこそ両者は神殺しの古豪を名乗るに相応しい実力者として怜志は認識していた。

 そんな二人の決闘に割って入るなど、それこそ相当の古強者でもなければ不可能だろうとも。

 

 そして怜志の認識に則するならばならば、それを成したアイーシャなる人は彼らに比肩する力の持ち主であることに他ならない。

 

「──……アイーシャといえば、確か侯爵や教主殿に次ぐという神殺しでしたね。強いのですか?」

 

 関心と興味……そして僅かながらの良からぬ期待が込められた問い。

 しかし怜志の期待とは裏腹に返ってきた言葉は期待とは真逆のものであった。

 

「いえ、全く。純然たる力という意味では我が武と魔道の冴えに劣ることは勿論のこと、魔狼王の獣性にも及ぶところはないでしょう」

 

「……はい?」

 

 あんまりにも簡潔な明け透けのない『弱い』という感想に思わず、怜志も敬語を忘れて間抜けな声を漏らした。

 

「──ですが、強さとは無関係にほとほと厄介な手合いではあります。あの魔女は妙な天運を持っています。純然たる戦の中では語るまでもない弱者ですが、生死を競うとなれば不本意ながら油断ならざる大敵となり得ます……まこと、不本意なことに」

 

「……ふむ? 策略や搦手が得意な手合い、ということ……か?」

 

 相手を評しながらも相当意に反するのか、非常に実感の篭った嘆息を漏らす羅濠。

 対する怜志はといえばいまいち評価に迷う感想であった。

 伝聞だけというのもあるが、ヴォバン侯爵や羅濠教主に手を焼かせる戦は弱い神殺しという像がどういった存在なのか想像しにくいのだ。

 

 結果として、取りあえずは『黒王子』に似たようなものだろうと落着していったんの解決をした。

 

「……では、手前らの放浪の原因がそのアイーシャなる人物の能力に起因するものだとして、彼女を捉えることが出来れば帰還することは可能なのでしょうか?」

 

「いえ。それは難しいでしょう。確かに原因は高い可能性であの魔女に起因するでしょうが、そもそもあの魔女本人をして、自らの能力に振り回されているに過ぎません。仮に捕えてその能力を使わせたところで別の場所に飛ばされることになるだけでしょう」

 

「能力に振り回されているだけ……と? ……それはなんとも……いや、だいぶ傍迷惑なのでは?」

 

 てっきり何か事情あっての時代を跨ぐ『穴』の生成だと考えていたが、此処に来て齎された情報に怜志は呆れるように率直な感想を漏らす。

 制御不可能の時間流を司る異空間への穴。それを無造作に生み出す上、当人すらそれを制御できないとなるとただただ驚異的な傍迷惑である。

 

 何というか、先ほどの『黒王子』に似た存在であるという評価が消し飛ぶほどに。

 

「ええ。ですので帰還を望むのであればあの魔女の力は期待せぬ方がよろしいでしょう」

 

「むぅ……む? とすると教主殿は如何にして帰還するおつもりで? 御身も我が身と同じく現代を生きる身でしょう。それとも帰還を望まずしてこの時代に隠棲を?」

 

 当てが外れたことに落胆しつつ、怜志はふと目の前の人物についてを思い出す。

 抜け落ちていた認識だが、目の前の羅濠もまた怜志と時代を同じくして君臨する神殺しの一角である。如何なる事情で怜志と同じ過去に降り立ったのかは分からないが、本来あるべき場所が異なる以上、帰る手段を備えていないのは不自然な話だ。

 

 この時代に骨を埋める片道切符と返答されればそれでおしまいだが、自らを王として正しい振る舞いを心がけんとする一組織の頭首がそんな無責任な振る舞いをするとは考えにくい。とするとアイーシャとは別に、羅濠もまた時渡りに際して何らかの手段を備えていてもおかしくはない。

 

 怜志の読みは当たったようで、羅濠は肯定するように頷いた。

 

「聖教に君臨する身である以上、後事を定めることなくして放り出すことは王たるものの振る舞いに非ず。ですので、わたくしはわたくしで帰還の手段を備えております。以前魔女の力で異なる時代に飛ばされた折、アストラル界の仙境を我が第二の領地として定めました。そちらを経由すれば元の時代に戻ることも叶いましょう」

 

「アストラル界を経由──成程、幽世渡り……世界移動(ブレーンウォーキング)ですか」

 

「西洋圏ではそのように口伝されているようですね」

 

 世界移動(ブレーンウォーキング)とは、世界の裏側に広がる生と不死の境界とされるアストラル界を行き来する術の事だ。

 何でも一部の高位の魔女たちのみ扱える呪術であるとされる秘術なのだとか。

 これにより彼女らないしそれに比肩する彼らは現世と異世界を渡り歩くという。

 

 武林と魔道の両道を極めたと豪語する羅濠もその域にあるのだろう。魔術由来か権能由来かはともかく、単独でアストラル界を旅する術を有しているのだ。

 そして生と不死の境界と呼ばれるように、現世の軸からは曖昧な異世界たるアストラル界であれば時間の檻からの抜け道があってもおかしくはない。

 

 文字通り、裏道(・・)を通じて現代に帰還することも不可能ではないのだろう。

 ……とはいえ、魔術の方にはそれほど卓越していない怜志である。

 世界移動(ブレーンウォーキング)などという高位魔術の心得は当然なく、それに比類する手段に心当たりもない。

 

 此処は素直に羅濠に頼み込むのが唯一残された手段のように思えるが……。

 

「いや──アストラル界経由、か……確か恵那なら……」

 

「どうされましたか、倭国の若き王よ」

 

「……いえ。先達の智慧を貸していただけて感謝します、教主殿。お陰で暗中の盲を振り払い、後顧の憂いなく戦に望めそうです」

 

「ふっ、それは何よりです」

 

 ……あくまで智慧を借りるとだけ言って時間を設けた以上、過度に羅濠へ要求を通すのは彼女の言うところの王たるものの振る舞いに反するものだ。

 怜志もまた戦という結果のために大義(体裁)を取り繕うことを良しとするからこそ、眼前の魔王に頼りすぎることは自らの品位を貶める行為であることを心得ている。

 

 言葉のみを頼ると言い切った以上、手段については自らで整えるべきだろう。幸いなことに、怜志にはその手段について思い当たる節があった。

 どの道、婚約の話題もある。時は早いが神前式(・・・)の挨拶に伺うのも悪くないだろう。祝いに託けて、こちらの要求を飲み込ませることも出来るかもしれない。

 

「では改めて──」

 

「ええ──戦の話をしましょうか」

 

 ……よって此処から先に後に残す憂いは最早ない。やるべきことは時代を渡って人々を玩弄する狐を狩ることのみである。

 一時の同志となる神殺しは互いに不敵な笑みを浮かべながら、これから望むこととなる戦場を見据えて語り合い始めた──。

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