Ghoti' 前世で読んでたガチ競技系世界に転生してバーチャル配信者達の師匠になった 作:ルシエド
https://twitter.com/HamelnFilgaia/status/1690457983418036224
『私が私を好きになるための、たった一つの冴えたやり方』は、少し特殊な商業展開をしていた。
まず原作はWEB連載の長編小説。
その脇の話を補う形で、作者が短編~中編を書き散らした外伝集が存在している。
そして本編にあたる長編から順に、コミカライズやアニメ化をしていった作品である。
そのついでに店舗特典の短編もたくさん出て、コミカライズ4コマに原作者がシナリオを提供し、ソーシャルゲームに複数人のライターが参加して……と、その世界観はどんどん拡大していった。
ソーシャルゲーム版『わたかた』は、原作者の要望によって「頂点に届かない物語」であることをコンセプトとしていた。
原作『わたかた』は、才能溢れる原作主人公・水桃未来が、Vliverとしてデビューし、色んな仲間と出会い、チームになって、数々の強敵を打ち倒しながら、頂点を目指して進んでいくサクセスストーリーである。
登場する人物はベテラン、天才、努力する凡才、勝ち続けなければ生きられない人造の子供、海外の大会覇者、卑劣なハッキング男、試験型高性能CPU、Vliverの頂点と多種多様。
総じて、世界の強さの上層を旅し、強者と競い合うような物語が展開されていく。
対し、ソシャゲ版『わたかた』は、一般人に毛が生えたくらいの強さのプレイヤーが多く登場する。
勝つための構築ではなく楽しむための構築も多く見られ、敵の多様性で言えば本編の比ではないという、他人の動画サイトプレイ配信を見ているだけで楽しくなってくるソーシャルゲームである。
登場する人物は、同級生、部活のライバル、ゲーセンの不良集団、近所のおじさん、美少女転校生、隣町のPDチーム、引退した元ガチ勢、デビューしたてのVliverなど、言わば『強さの下層』の中で、数え切れないほどのドラマを見ていくことになる。
そこに、原作のキャラクター達が登場する。
ゲームバランスの上で、原作のキャラクター達は非常に強く、最上位の強さのキャラはソシャゲ主人公含むユニット6人のPTで挑まなければならないような、タイマンでは勝ち目のないレイドボスであることさえある。
しかもNPCとしてスポット参戦した時は非常に強力な味方となるため、敵である時も味方である時も『凡夫とは一線を画している』ことが実感的に分かるような、独特の強さバランス調整が為されている。
マイルームでの過去イベント再生機能を使って、原作キャラを使えるイベントを再生し、普段やらない無双ゲームのような楽しさを味わうのもソーシャルゲーム版の楽しみだ。
プレイヤーは主人公(性別、容姿、ハンドルネーム、本名、あだ名、スキルセット、得意技能、苦手技能、フレーバーテキストとしての肉体的特徴・社会的特徴・精神的特徴を設定可能。一部展開と会話に反映。ドット絵で主人公のアバターデザイン・チームの制服・チームのエンブレムの変更可能、専用出力コード読込で他人が作ったデザインのダウンロードが可能)を設定し、原作のポシビリティ・デュエルほどではないが、それなりに自由度が高いスキルセット遊びで『わたかた』の世界を遊び尽くすことが可能。
オートモードで強いスキルセット、自分で使って強いスキルセット、運要素が強く使っていて楽しいスキルセット、SNS映えするネタスキルセット、最近流行りのアニメをとりあえず再現させたスキルセット、何を使ってもよろしい・何をやっていてもよろしい・急ぐ必要はまるでないというデザインのソーシャルゲーム。
それがソーシャルゲーム版『わたかた』なのである。
原作者が「プレイヤー同士の対戦で課金を煽るゲームデザインにするんですか?」と聞いたところ、ソシャゲ版開発運営が「ポシビリティ・デュエルを課金したやつが勝つゲームにしちゃいけません! 許されませんよそんなことは! 微妙に弱い感じの美少女をシナリオで魅力的にキャラ立てまくってガチャを回させます! この世界観では最強クラスではないけど相棒として滅茶苦茶頼りになる感じのイケメンでガチャを回させてみせます! 炎鏡先生は座っててください!」と熱弁したのはあまりにも有名なエピソードである。
かくしてソーシャルゲーム版『わたかた』はプレイヤー間の対戦もなく、ランキングもなく、対戦ゲーム小説のソーシャルゲーム化であるにもかかわらず現実の人と競うゲームではなくなり、Twitterで「うちのソシャゲ主人公はこういう性格でこういう容姿でこういうプレイスタイル! 仲間はガチャで引いたこの子達だよ! そしてメインシナリオではこう! 日常ではこんな感じです!」という漫画がいくつかバズるタイプのソシャゲ人気を確立したのだった。
世間の流行りに逆行している上に、シナリオの質が落ちると即そっぽを向かれ、その上で膨大なデータ開発と管理にコストを割かれているため、決して大儲けしているというわけではないそうだが。
原作より強さがデフレするソーシャルゲームは、やや当たりにくい。それは常識だ。
しかしソーシャルゲーム版『わたかた』は、"この世界観だと弱いキャラの視点からの方がドラマを書きやすいんじゃないか?"という着眼点によって、「特定分野において原作者を凌駕するライターが原作者のアイデアを自分なりに形にする」という売りを創り出すことに成功した。
原作と、ソーシャルゲーム版は、1つの世界であり、設定と登場人物を共有している。
そしてライターごとに得意分野があり、たとえば原作者が苦手とする家族からの性的虐待といった過去も、他のライターの手によって最大の質感をもって描写・設定されることがあり、世界の部分部分に違う味わいや雰囲気が存在している。
だが、その上で、原作者・炎鏡の意向から大きく外れたものが存在するということはない。ライター全員が原作の世界観を尊重した上で、原作者と綿密に話し合った上でシナリオを書いているからだ。
『わたかた』の世界は、原作者・炎鏡が好むものと忌み嫌うものが入り混じった、"現実らしい"ワールドデザインによって成り立っている。
燃える街があった。
ただし、それは燃え尽きる街ではなく、燃え続ける街だった。
ビルが燃え、不燃のコンクリートが焼き尽くされ灰になり、その灰からビルの芽が生えて、あっという間に巨大なビルへと育ち、また火が回って焼け落ちる。
『街』を『コンクリートジャングル』、つまり『森』として見立て、『山火事で森が焼け落ちようがまた蘇る』というサイクルを表現しているのだろう。
無機物が生と死を繰り返すその空間は、どこか生命が持つ特権』を見つめ直させようとする意図が感じられた。
本来、植物などにしか作れないはずの風景を、無機物に作らせるという趣向。
生物と災害のサイクルを、無理矢理な無生物と災害のサイクルで再現し……燃えてなくなっても勝手に蘇る森と、
伊井野いのりは、そこに居た。
彼女を囲む者達が、13人。
リーダーは不遜にも菩薩のアバターを使っており、常時発動している
そんな彼に従うように、12人の者達が在る。
「ようこそ、アル・アヴァロンへ。歓迎する」
彼らの名は『アル・アヴァロン』。
この世界に時折現れ、試合を荒らし、配信を荒らし、イベントを荒らしていく、救い難い
運営も、警察も、抜本的対処は叶わない。
彼らのみが持つ"クラッキング・デバイス"の力で、いかなる場所にも現れ、いかなる配信やイベントも敵対視し、いかなる存在よりも強大な者となり、その絶対的な力を誰かの『好き』を踏み躙ることにしか使わない下衆達だ。
少数ゆえ、いまだ世界規模の大問題を起こすには至っていないが、いずれはそこに至り、今の"配信とポシビリティ・デュエルが中心の"世の中を決定的に破綻させることを目的としている。
今の世界と、今を生きる人々を憎む彼らは、その領域へ到達するまで、活動を辞めることはないだろう。
有り体に言えば、
反則とズルにまみれることで、悪意有れども才能無き者達が実力に下駄を履かせ、世界レベルのプレイヤーにも討伐されない実力を身に着け、その実力によって"皆の楽しい居場所"を荒らし回っているという最悪が、此処に在る。
「歓迎しますよ。ま、嫌いになって当然ですよね、こんなくだらないものを持て囃している世の中は」
『道化師』が笑う。
元はVliverを推していたが、少し自分なりの意見を言ったところ、「推しのことは常に肯定しろ」と強要するごく少数のリスナーに嫌がらせじみた粘着をされ、界隈ごと嫌いになったという、人間らしくもひどく情けない過去を隠して、道化師は内心を見せない嘲笑の微笑みを浮かべる。
【名称:永続絶対バリア】【形質:豌ク邯夂オカ蟇セ繝舌Μ繧「】
破壊力:0
絶対力:100
維持力:∞
同調力:0
変化力:0
知覚力:0
「誰もオレ達を止められやしねえ。オレ達は永遠だ。あいつらが自分の間違いに気付くまでやってやろうぜ、なあ」
『闘士』が、嫌がらせの闘志を燃やして見せた。元不人気配信者であり、人気配信者とそこに集まるリスナーを憎む彼の熱意は相当なもの。人気があるもの全てを、彼は否定したくてたまらない。でなければ、人気が無かった自分という存在が否定される気がするから。
【名称:自己剣豪化】【形質:蜈ィ閾ェ蜍募殴雎ェ蛹悶?驕比ココ蛹厄シ井コ悟?豬?シ】
破壊力:0
絶対力:0
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「……フン。元があんなゲームで、あんな事務所で、Vliverなんぞをやっていた女だ。所詮女は女。何が嫌になったのか知らんが、古巣にも砂をかけるような選択をしたのだ。その義理を通さない在り方、実に女らしい」
『軍人』が、アル・アヴァロンの誘いに乗った伊井野いのりを嘲笑する。
アル・アヴァロンに実質新たな仲間が増えたというのに、彼にあるのは女を見下す意識、ひいては
【名称:対象無制限無限追尾ビーム】【形質:蟇セ雎。辟。蛻カ髯千┌髯占ソス蟆セ繝薙?繝?】
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「あんたほんま女嫌いやなぁ。ま、女嫌いのカスなんてこの辺じゃ見飽きるほどおるけどな。なははっ」
『猛虎』が、そんな『軍人』を煽る。
穏やかな関西弁とは裏腹に、その内心にあるのは『流行り物についていけない自分』と、『流行り物についていけない人間をバカにするネットの住人への敵視』のみ。逆張り根性ゆえに流行り物を好む一般的な人達に嫌われ、一般人に嫌われるがゆえに一般人を一人残らず嫌っているのが彼だ。
【名称:周囲全体痴呆化フォールド】【形質:蜻ィ蝗イ蜈ィ菴鍋龍蜻?喧繝輔か繝シ繝ォ繝】
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「まあまあ、仲良くしましょうよ。これから一緒にやっていく同志じゃないですか。どうせ私達はチートスキル持ちのお互いしか脅威にならないんです! 私達が仲間割れしない限り、誰も私達を倒したりできないんですよ? なら、仲良くする方が絶対にいいってもんなんですよ」
『地下アイドル』は、けらけら笑って仲裁に入った。その笑みの裏には、自分がコナをかけても振り向かなかったイケメン男性配信者への怒り、人気女性配信者に対する嫉妬、そういった界隈を成立させている消費者、界隈の地位を引き上げるコラボ依頼を出す企業など、全てへの憎しみが渦巻いている。
【名称:絶対不死状態付与】【形質:邨カ蟇セ荳肴ュサ迥カ諷倶サ倅ク】
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「今日もVliverの失言データと中の奴の顔データまとめ配るぞー。できるだけ広範囲に拡散して、あいつらがどういう人間かちゃんと知らしめて行こうな。楽しいぞ」
『ハイエナ獣人』は、集めたデータを頒布する。
彼は非常に理性的なチーターで、実はアル・アヴァロンを利用して界隈を掻き回しつつ、
【名称:人食い虫の巣穴】【形質:莠コ鬟溘>陌ォ縺ョ蟾」遨エ】
破壊力:55555
絶対力:44444
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知覚力:0
まるで、ゲームそのものを侮辱するようなチートスキル群。「こんなゲーム何真面目にやってるんだよ」と言いたげな、改造スキルの使い手達。
それでやることがいのりの仲間や、いのりが好きになった人、いのりと一緒に頑張って来た人達への嫌がらせなのだから救えない。
ゲームでチーターなんてものをやっている人間がまともなわけがない。そんなことはいのりだって分かっていた。だが、その歪みを間近で目にしたことで、いのりは悪酔いのような気持ち悪さに飲み込まれている。
皆が楽しんで遊んでいる場所でチートをすることが楽しい、という人間性が、いのりにはまず理解できない。だけど彼らはそれを楽しんでやっている。チートに蹂躙される有名人の不快そうな顔を生き甲斐にしている。
その歪んだ楽しみ方は、とても人間らしくて、とても醜悪で、とても救い難くて。
アル・アヴァロンは「今の世の中が間違ってるんだよな。あんなもんが持ち上げられてるのが変」と語っているくせに、自分達自身が
お前達は間違っていると言われても、「信者乙。お前らの趣味がキショいんだよ」で受け流せてしまうので、永遠に自分を変えられない。
「まともな人間は自分に合わない趣味を見ても攻撃したり嫌がらせしたりしないんだぞ」と言われても、どこ吹く風で耳を貸さない。
「なんで似たようなことしてる奴らが訴訟されてるのに辞めないの?」と聞いてみても、危機感を持てていない脳天気な返答や、人生を賭けてやっているとしか思えない本気の悪意の返答が返って来る。
この世界は、『好き』で回る世界。
ならばこの世界で最大の悪とは、『好きを踏み躙ることが好き』という、歪みの化身に他ならない。
伊井野いのりは、彼らへの嫌悪感を抑えられない。
真っ当に配信者をやっていた時代、いのりは彼らのような人種を嫌っていた。
好きになる理由は1つも無く、嫌う理由は無限にある。
本来、いのりはこういう人間と話すことにさえ嫌悪感があり、こういう人間と関わり合いを持つことにさえ忌避感がある。自分の人生に向き合わず、自分の人生を"嫌いなものへの攻撃"というマイナスしか無いものに費やし、人生を真面目にやらず、ゲームですら真面目にやらない、そんな人間への敵意が湧き上がるのを止められない
だけど、そんな嫌悪感・忌避感・敵意の全てが、「でももういいや」という諦めに飲まれていく。
伊井野いのりを悪の側に走らせたのは、『諦め』だった。
「君は、何故
菩薩の男が、いのりに問いかける。
これは、子供の頃に、誰も助けに来てくれなかった少女の話。
「きっとね〜……わたしなんかには〜、もう何もできることはないんだ〜……だから、何もかももういいかな、って~……」
「あのね~、わたしね~……昔、色々あったんだ~」
「父と母がいてね~。母親からは痛いことをされて~、父親からはもっと穢らわしいことを……」
「……穢らわしいことを、されて……」
「……」
「……わたしも、よごれちゃったんだ」
「そんな自分を忘れたくて。そんな自分を隠したくて。そんな自分から逃げたくて。別の自分になれるVliverになったんだ」
「皆がそう、とまでは言わないけど……Vliverってのはね、皆に好かれるお仕事なんだけど……Vliverになる人にはね、意外と、自分があんまり好きじゃない人や、自分が嫌いな人が多いんだ」
「わたしもそう」
「家族が嫌い、自分が嫌い」
「こんな出来損ないの自分に生まれたくなかった」
「こんな汚れきったわたしになんてなりたくなかった」
「胸を張って生きていたかった」
「人の幸せを素直に祈れる自分でいたかった」
「人に『いいなあ』なんて思いたくなかった。『ああなりたいな』って思って、『でももうなれないな』って思いたくなかった。『死んだ方が楽かなあ』なんて思って、手首を掴んで、じっと見ているような弱くてみじめなわたしになんてなりたくなかった」
「何の悩みもなさそうに、ただ幸せで居る人を見て、嫉妬してしまうようなわたしになんて、なりたくなかった……こんな、わたしになんて……」
「皆の幸せを祈れるわたしになりたかった」
「でも、わたしはずっと昔に欠けていたみたいで。欠けている部分のせいでなりたいわたしにはなれなくて。人の幸せだけを祈っていられるわたしには……なれなくて……」
「世界のこと、皆のこと、嫌いでいたい」
「世界にも、皆にも、嫌われていたい」
「皆を騙して、穢れた自分を隠して、偽物の自分を皆に見せて、それで皆に好きだよって言われるのが……辛くて……耐えられないよ……もう、無理……」
「だって」
「みんな、優しいんだよ」
「わたしがエヴリィカに入ってから、ずっと優しかったんだ。わたしが失敗しても笑って許してくれて、鈍臭いわたしをいつも助けてくれて、わたしなんかのことを好きだって言ってくれて、ずっと一緒に居ようって言ってくれて……」
「エヴリィカの皆は、優しかったんだ」
「だからね」
「わたしが1人で地獄に落ちようとしても、きっと助けに来ちゃうし……皆が助けに来ちゃったら……わたしはきっと、揺らいでしまって、皆の手を取ってしまう……私の心は本当に弱くて……皆のことが大好きだから……ダメになっちゃいそうで……」
「悩んでたんだ」
「そうしたら、声をかけられて」
「『手段』をくれるって」
「そしてエヴリィカの皆がわたしの所に辿り着けないよう、手伝ってくれるって……そう言われたから、ここに来たんだ」
「先週ね」
「母さんが、帰って来たんだ」
「父さんも、帰って来たいんだって」
「もう一度やり直したいんだって」
「2人が心を改めてるのか、改めてないけどお金を稼いでるわたしにたかりたいから心を改めたふりをしてるのか、わたしには分かんないけど、どっちでもいいんだ、そんなことは」
「人はね、謝ってる人を許さないといけないんだって。本気で心を改めて、謝ってる人がいたら、許さない人は悪人なんだって。『じゃないとどこまでやったら許されるのか分からなくなるだろ』……なんだって」
「人を許さない人は、悪い人なんだって」
「許せる人が、素晴らしい人なんだって」
「ああ、わたしは素晴らしい人になれないんだなって思って。ああ、わたしはもう穢れてるもんなぁって思って。許したくないって思う私は、本当に救えない子なんだなって思って」
「もういやだ、って思ったら、何か……何か分かんないけど、ぷっつんって切れちゃって……」
「……ああ、もういいやって」
「もう、全部どうでもよくなって」
「そう思ったら、すっと楽になった気がして」
「わたしがわたしじゃなくなった気がして」
「でも、泣きたくて仕方がなくて」
「皆が迷いなく嫌えるわたしになれたら……『皆が好きな伊井野いのりはもう居ない』って皆に分かってもらえたら……『もうわたしに戻れる場所なんてないんだ』ってわたしが思えたら……今度こそわたしは、自分の全部を否定した上で、あのビルの上から飛び降りることができるんじゃないかなって」
「そうしたらようやく、わたしはわたしが嫌いなわたしを殺せるんじゃないかって……そう思えるから……」
「え?」
「父さんと母さんを殺そうとは思わなかったのか、って……え? わたしが?」
「……考えたこともなかったや」
「憎いよ。それは本当。わたしは2人が大嫌い」
「ああ、でも、そっか……ダメだなぁ、わたし……そういうこと考えられないわたしだから、こんなにダメなわたしになっちゃったんだろうな……」
「一度、やってみたかったんだ、わたし」
「この世のみんなのいい思い出が全部消えたら、みんなはどう反応するのかなって。どう生きるのかなって。チートスキルがあればできるんだよね」
「あ、アル・アヴァロンの人達にはできないんだ。ビルドスキルの才能が必要なのかな、分かんないけど」
「そっか。だから手伝ってくれるんだ」
「……世界中から、皆の頭から、いい思い出が消えるといいよね」
「そうしたら、いい思い出が無いまま生きてる人達と。幸せな人達が同じになって、きっと平等になるよね」
「そんなことをするわたしは、お母さんが言うような『いい子』じゃなくなるけど……お父さんの言うことに絶対に逆らわないような『いい子』じゃなくなるけど……うん、もう、いいや、なんでも」
「いい子で居ても、幸せなことなんて何もなかった」
「誰も助けてくれなかった」
「もういいよ、何もかも、世界なんてずっと嫌い」
「だから」
「みんな、幸せじゃなくなったらいいな……」
「みんな、苦しんでくれたらいいな……」
「みんな、わたしの気持ちを分かってくれるかな……」
「……わたしの……」
「わたしの不幸って、この世界で、どんな意味があったんだろう……何の意味も無かったら、悲しいな……」
伊井野いのりの独白を受け、今日まで
それは、アル・アヴァロンの末端になるに相応しい歪みを得た伊井野いのりに対する、誕生を祝福する拍手であった。
「世界が憎いならぶち壊せ。憎い人間が居るなら許さなくていい。過去を乗り越えろとか言う人間の言うことなんか聞く必要はない。お前が1人でひっそり死ぬ必要なんてないぞ、伊井野いのり。お前は、生きていることが嫌になったというだけの理由で、世界全てを巻き込んだっていいんだ」
悪。
それは悪である。
社会から誕生する、荒らし、チーター、反社会的粘着勢力の全ては、人間に理解できない人外の存在などではない。
その悪性は、普遍的に発生する歪みと、人として当たり前の感情と、人の迷惑を省みないほどの熱量が混ざり合うことによって生まれる。
「全部ぶち壊せ、伊井野いのり。そしてお前の親が何をしたのか、それがどんなに罪深かったのか、世に知らしめてやれ。"年間に数え切れないほどある虐待事案の1つでしかない"みたいな反応をするであろう奴らに思い知らせてやれ。お前の苦しみがどんなにデカかったのか、お前の幸福が奪われたことが、どんなに罪深いことだったのか」
『嫌い』という呪いに人生を食い荒らされた、救いようのない人間たちの成れの果て。
「どっかの誰かが好きなこの世界が、お前にとっては大嫌いな世界である事実を、叩き込んでやれ!」
風吹かぬ盆地の底に溜まった毒霧のような、世界の澱み。
涙する猪の少女は、二度と戻れないことも覚悟して、その一歩を踏み出した。
原作者は、この世界を、善も悪も在り善が最後に勝つ世界として形作った。
原作者は悪の無い世界を描くことが出来なかった。
悪に立ち向かう人間が常に負けない世界を描くも、悪が存在しない完全なる理想郷を作ることをしなかった。
ゆえに、世界に巣食う悪がある。
人を憎む者達がいた。
世界を憎む者達がいた。
世界のどこかで泣いている誰かが居るのに、何の苦労もなく笑っている誰かが居ることに耐えられない者が居た。
学校でいつもいじめられていたがために、学園生活を楽しむ誰かを果てしなく嫌う者が居た。
自分の人生が上手く行っていないというだけで、人生が上手く行っている人間が恨めしくてたまらなくて、上手く行っている他人の人生の邪魔したいだけの者が居た。
他人に構ってほしいのに、まっとうに構ってもらう方法が分からないので、攻撃や嫌がらせ、サイバーテロやサーバー破壊に反応してもらうという形でしか構ってもらえない破綻者が居た。
ポシビリティ・デュエルなどというゲームによって回る世界を、生理的に受け入れられない否定者が居た。
彼らは、ただただ皆と笑い合っているだけの人気者が、周囲を幸福にしていく配信者が、『好かれている』だけの笑顔の世界を許さない。
ゆえに、伊井野いのりを救おうと殺到する、伊井野いのりを大切に思う者達を、チートスキルにて蹴散らさんとする。
勇者も、魔王も、神も無い。
我も人、彼も人。
ゆえにこそ、己の全てを賭し、彼らは戦う。
TTT、1人が抜けて23のVliver。
原作とソシャゲ版、2人の主人公。
集う仲間達。
13の悪。
涙する1人の少女。
7の魔城。
6つの試練。
5つの手がかり。
4つの絆。
3つのスキル。
2人の主人公。
1つの希望。
ここに、大戦の幕が上がる。
それは、友を救うためだけの戦いだった。
続きはソーシャルゲーム版『わたかた』をプレイして下さい