Ghoti' 前世で読んでたガチ競技系世界に転生してバーチャル配信者達の師匠になった   作:ルシエド

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西暦2059年4月12日(土) 19:00

【西暦2059年4月11日(金)】

  ↓ ↓ ↓

【西暦2059年4月12日(土)】

 

 

 

 金曜の朝に仕事を受けた善幸は、土曜夜に初期チーム結成予定の一人と出会い、日曜夜に初期チーム全員との顔合わせとチーム練習を開始する予定である。

 相当に急いだスケジュールではあるが、最初の契約延長があるかないかが決まる最初のストリーマー大会が、どうも5/12であるらしい。

 ちょうど一ヶ月後だ。

 

 つまりこれはVliverの事務所都合。

 あんまりにも日数的余裕が無いがゆえに、一日でも速く善幸に現場に入ってほしいということなのだろう。

 

 善幸は急いでVliverの界隈の予習に入った。

 どう足掻いても付け焼き刃だと分かっていても。

 

「浅い所感だが『ゴールデンウィークにデカいことやるからそれまでに終わらせたいこと終わらせとこう』みたいな配信者の意図は見えるな……統計的に見ると今年も、去年も、ゴールデンウィーク前に急いでるところが多い……」

 

 が、『大体この感覚になる程度には理解しておきたい』という感覚的な理解ラインに全く到達しないまま、土曜の19時を迎えてしまった。

 約束の予定は20時ちょっと。

 残り一時間である。

 

 調べた後に手元に残ったのは"俺はこの界隈のことを全く理解できていない"という、フワフワとしてそれでいてヒリヒリとする、焦燥に似た具体性の無い危機感。

 

「わからん」

 

 原作者がこの世界を構築するために用いたのは2016年~2023年のバーチャル配信者界隈である。

 そのためこの世界は、原作者・炎鏡と風成善幸の前世が生きた世界のその時代のバーチャル配信者界隈の……いや、配信者界隈全体が抱える1つの特徴──人によっては弱点と言う点──を、そのまま世界観に反映してしまっていた。

 

 コンテンツの入り口と、学習の順序。

 この二つが全くピンと来ないのだ。

 

「野球で言う、まず始めるキャッチボールと素振りと走り込みとか……そういうのがどれに該当するんだ、これは……? 改めて学ぼうとすると……何も分からん……」

 

 バーチャル配信者に興味を持つ。

 そこまではいい。

 だが、そこからの導線が急にブレてしまう。

 

 初心者は聞くだろう。

 経験者は答えるだろう。

 

 最初は誰の配信から見るといいの?

 この人がトーク面白いからオススメだよ。

 この人がいい人で落ち着くからオススメだよ。

 この人が今は話題性抜群だよ。

 配信画面から目を離せない面白さの人だよ。

 作業用BGMにぴったりで目を離しても大丈夫な穏やかな人だよ。

 

 初心者向けは?

 この人の建築雑談がまったりしてていいよ。

 この人の対人FPSが迫力あっていいよ。

 この人のRPG実況がリアクション良くていいよ。

 

 この人はどの動画から順番に見るべき?

 歌が上手いから歌からどうぞ。

 FPSが上手いから対戦動画をどうぞ。

 バズったショート動画をどうぞ。

 大会が感動したから大会参加動画をどうぞ。

 

 この事務所って人気あるみたいだけどどこから順番に見ればいい?

 トークが上手いこの人を!

 歌が上手いこの人を!

 話しながらの絵が上手いこの人を!

 麻雀が上手いこの人を!

 

 この二人の仲の良さが気に入ったんだけど、この二人が絡み始めてから仲良くなる過程と今に至るまでってまとめられてないの?

 まとめられてないです。

 いっぱい動画見て下さい新人さん。

 二人の名前で検索にかけて全部見よう。

 

 そうなる。

 

「……」

 

 この通り、コンテンツの入り口と学習の順序、この二つがあやふやゆえに全くピンと来ないのだ。

 

 配信者のリスナーに新規が入る時、その多くは最近話題になった動画から入って、そこから興味を持った動画、再生数が多い動画、知ってるゲーム配信の動画、という風に見ていくことが多いという。

 デビュー動画から時系列順に順番に見る人はあまり居ない、というのが定説だ。

 

 大体の人は、興味を持った配信者の最新の配信を見始める。

 配信中に知らない同事務所の人の名前や昔の配信のネタが出るが、ふーんで流す。

 

 コラボが始まって興味を持った配信者と知らない人達がめちゃくちゃに仲が良い風味に配信を始めて、そっちの配信者にも興味を持ったり、またふーんで流す。

 

 やがて一つの事務所の皆が集まった大会、複数の事務所の配信者達が集まる大規模大会が始まって、急激に知らない人が数十人増えてくるが、またそっちにも興味を持ったり、またまたふーんで流す。

 ずっとそうである。

 

 ゆえに、バーチャル配信者を見始めた新人リスナーに最も必要な才能とは、

 

『コンテンツを全部見てなくても気にならない才能』

『コンテンツを途中から摂取しても問題なく楽しめる才能』

『分かってないことを分かってないまま流してそのまま楽しめる才能』

 

 である。

 漫画でたとえるなら、『名回が収録されている7巻と11巻と17巻だけ読んでも問題なく楽しめる』人間こそが、新人リスナーとして天賦の才を持つと言えるだろう。

 

 界隈の定番の入り口も、定番の履修ルートも無くて、どっから順番に見ればいいのか分からない状態でも、なんとなくコンテンツの途中を楽しむ才能というものは存在する。

 

 そして、善幸にそういう才能はなかった。

 大抵の人には大なり小なりあるものなのだが、善幸には全く無かった。

 この点において、善幸は絶対的な凡才だったのである。

 

 善幸はちょっと2059年の近未来SNSでトレンドに入ってた動画を検索して再生して見た、ものの。

 1つ目、『いかん全部内輪ネタだ分からん』。

 2つ目、『知らん人が48人くらい居て大会してる』。

 3つ目、『異世界のポケのモンの対戦動画をルール何も分からんまま見させられてる気持ち』。

 4つ目、『RPGの感動シーンで●●さんが泣いてるシーンまとめって動画だったが元のRPGのシナリオを知らない』。

 絶望的なほどに、善幸にはピンと来ない。

 

 前世の動画サイトで触れず、バーチャル配信者ものの書籍でしかバーチャル配信者を見てこなかったがために、善幸は盛大に壁に正面衝突をぶちかましてしまったのである。

 

 そして時間切れが迫る今に至るのだった。

 

「ヤバいな、あと30分かそこらか」

 

 あと、見れて一つか二つ。

 

 善幸は手首の機械端末を操作し、空中に半透明のネット閲覧ウインドウを展開。

 時間確認を兼ねて、約束の相手が所属する事務所の配信スケジュール表を開いた。

 Vliver事務所が公式サイトで展開している配信スケジュール表をざっと見れば、今の流行りの配信内容程度は把握できるのではないか、という読みである。

 

「現行最大手事務所の一角、『エヴリィカ』……ここが仕事相手。Vliver大戦国時代の群雄割拠においても一際輝く一等星。そして、()()()()()()()()()()。野球で言ったらようやく西武ライオンズが登場したぞってところか……?」

 

 とん、とん、と、善幸は指先でこめかみを叩く。

 

 原作『私が私を好きになるための、たった一つの冴えたやり方』のメインシナリオ軸は、原作主人公水桃(みなもも)未来(みく)がVliver事務所『エルスケーナ』に勧誘され、いじめられっ子の引きこもり少女からの人生大逆転を見せる王道の配信バトルアクションストーリーだ。

 

 エヴリィカは水桃未来に負ける形で、主人公とライバル事務所の両方の魅力を立てていくVliver事務所。

 つまり、善幸は原作主人公に倒される運命にある組織に身を預けることを決めたことになる。

 

 原作の知識を活かして楽に益を得るのであれば、原作で勝ち組になるエルスケーナに所属しておくのが一番であるはずだ。

 放っておいても伸びるのだから。

 だが善幸はむしろ逆の思想をしており、叶うならばここで原作主人公を待ち受けるつもりでいた。

 来たるその日に、原作主人公と死闘を吟じ、自分の可能性を限界まで確かめるために。

 

 善幸はエヴリィカの公式サイト、そのスケジュールページを開く。

 

 

 

【【 Everyday's εύρηκα! 】】

 

 

 

「これで……『エブリデイズ・エヴリィカ』って読むんだろうかな、たぶん……たぶんそう」

 

 原作主人公のVliver事務所、エルスケーナ。

 ヘブライ語に起源を持つ『אל』(神の意)と、ラテン語の『scaena』(スケーナ)を合わせた造語が事務所名だ。

 意訳すると、「神域のステージをご覧ください」あたりになるのだろう。

 

 対するライバル事務所のエヴリィカは現代ギリシャ語で「見つけた」という意味の言葉である。

 エウレカ、ヘウレーカ、ユーレカ、ユリイカなどの派生発声があり、アルキメデスが裸で叫びながら走り回ったことで有名だ。

 意訳すると、「Vliver(わたし)視聴者(あなた)を見つけたよ」か、「Vliver(わたし)を見つけてくれてありがとう、視聴者(みんな)」になる。

 

 最高のVliverを魅せようとする原作主人公の所属事務所エルスケーナ。

 Vliverとリスナーの間にあるものこそを至高とする、善幸の所属事務所(予定)エヴリィカ。

 Vliverを介してしていることが同様でも、目指すものは違うのかもしれない。

 事務所のカラー、と言われるものだ。

 

 開いたページの右上から、善幸の指先が今日の配信スケジュールだけを選択して抽出する。

 

 

 

■■■■■■■■■■■■

■2059年4月12日 (土)■

■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 一気に事務所全体の今日の予定が表示され、善幸は十数時間後の日曜朝に『男性Vliverによる日曜朝の仮面のヒーローの同時視聴配信』の予定があるのが目に入って、少し驚いた。

 

「うわ……懐かし……2059年でもあのヒーローまだ現役なんだ……興味持ってなかったから確認とかしてなかったな……あ、いや、違うか。原作者が続いてほしいと思っててそういう世界観に設定してるから、微妙に改変された作品が近未来でも続いてるのか……?」

 

 善幸も、前世の幼稚園くらいまでは日曜朝の仮面のヒーローの番組を見ていた覚えがある。

 原作者の無意識まで反映されたこの世界を通して、善幸は原作者に対する幼気(おさなげ)な親しみを感じていた。

 

 もう一度操作して、エヴリィカの配信スケジュール表の中にある、チーム・ユニット別の絞り込みを選択する。

 

「TTT……あ、選択肢の中にあるのは正式名称のTwin Twinkle Twelveの方か……これで女性部の方を選択して……」

 

 そうして表示された、今日善幸と会う予定のVliverが所属しているチームの配信スケジュールは。

 

 ちょっと、思っていたより多かった。

 

 そして、思っていた十倍くらい目が滑った。

 

 

 

●00:00【二次会雑談】新衣装で雑談しよ~【伊井野いのり/エヴリィカ】

 

●00:00【ポシビリティ・デュエル】3億年ぶりにランクマします【うさみのうづき/エヴリィカ】

 

●06:30【朝活】見せたる、うちの新しいダンベルを【不寝屋まう/エヴリィカ】

 

●07:00【朝活トリ速】朗報、ミス赤兎馬路上で発見される【トリエラ・レリエーラ/エヴリィカ】

 

●19:00【shorts】うさみのうづきVS伊井野いのり 四つの内一つだけめちゃくちゃすっぱいガム決戦【エヴリィカ】

 

●20:00【歌枠】登録者250万人行くまでギター弾いて耐久【千和・ズルワーン/エヴリィカ】

 

●20:00【ポシビリティ・デュエル】わいとたたかえ……重大発表も!【不寝屋まう/エヴリィカ】

 

●21:00【晩酌配信】1D100だけ缶ビール飲む【ミス赤兎馬/エヴリィカ】

 

●21:00【3D大喜利】ここだけ100年前の東京【トリエラ・レリエーラ/エヴリィカ】

 

●21:00【#いのぱとみみ】十二支ケーキししょくー【大河ぱとら/エヴリィカ】

 

●22:00【DQ20】完全初見☆RPG初心者が遊ぶ魔法縛りダイナソークオリティ【モールガン・モーリス・モーモン/エヴリィカ】

 

●22:00【#いのまう】アイドル(Remake ver.)/不寝屋まう・伊井野いのり(cover)

 

●23:00【同時視聴】リメイク版おにめつ映画見よや!【不寝屋まう/エヴリィカ】

 

●23:00【ポシビリティ・デュエル】10億年ぶりにランクマします【うさみのうづき/エヴリィカ】

 

 

 

 善幸は眉間を揉む。

 

「全く知らないVliverの名前、全く頭に入って来ないな。目が滑る、滑る、滑る……ファンだとこれ全部一人一人がちゃんと分かるのか……まあ俺は阪神の藤川球児と同じで上原浩治を上原浩二って覚えてたくらい名前の記憶力は無いが……」

 

 (いのしし)(うさぎ)(ねずみ)(とり)(いぬ)(うま)(とら)(へび)(うし)(いのしし)が居ることはサムネイルに映っていた容姿から分かった。

 だが、それも覚えた端から抜けていく。

 脳からするすると。

 

「Vliver数百人分の顔と名前が一致してる奴は何人かネットで見た覚えがあるが、頭おかしいんじゃないのか……? どう覚えたんだ……?」

 

 数百人が所属する事務所の、24人のチームの、女の子の方だけ12人の、10人分の配信ラインナップでさえも、目が滑る。

 もし事務所全員を覚えないといけないと思うと腰が引ける。

 これが仕事でなかったら、さしもの善幸でも腰が引けた分だけ帰りたくなっていたところだった。

 

「そもそも原作で見た覚えがないなこの配信スケジュールとかいうやつ。このメンツは原作だとポシビリティ・デュエルやってるところしか見てない気がするが……」

 

 善幸は眉根を寄せて腕を組んだ。

 並ぶ中の原作キャラに見覚えはある。

 だがこういう配信スケジュール表を見た覚えはない。

 善幸の推測は、善幸が見ていない特典小冊子だとか、原作者が明かしていない裏設定だとか、そういうところで語られた要素だと考えている。

 

 この分野において、原作知識は用いれない。

 

 善幸は未知の領域に並ぶ配信タイトルを見つめ、睨み、首を傾げ、時に検索をかけたりしながら、ちょっとした理解を得ていく。

 

「あ、そうか。動画タイトルの頭にやるゲームのタイトルが記載されてれば、タイトルの下に配信者の名前が小さく表示されるから、動画タイトルの短縮でタイトルの後ろの方にある配信者の名前が表示されなくても、問題がないのか。ゲームタイトルと配信者の名前は見えるから。そしてタイトルの後ろの方に配信者の名前と事務所の名前が入ってるから、検索にはちゃんと引っかかるのか……」

 

 ささやかな残り時間を浪費して、善幸は役に立つのかも分からない未知の世界の知見を得ていく。

 

「よく分からんけども、よく分からんことが分かると楽しいな……」

 

 まるで異界だ。

 これは、善幸の知らない世界の、知らない常識とルールによって回っている世界。

 今ぼんやりと眺めている配信タイトルの全てにおいて、善幸は『自分がやってもまるで面白くなる気がしない』と思い……なのに、数字を見る限りリアルタイムで何千何万という人が見に来ている。

 大型のドームの観客席満員に匹敵する数字だ。

 ならば、間違いなく面白いのだろう。

 

「……」

 

 善幸の心中に、不思議な気持ちが湧いていた。

 部分的には、敗北感に似た気持ち。

 部分的には、敬意に似た気持ち。

 部分的には、困惑に似た気持ち。

 

 画面に映っている全ての配信枠の内容が、善幸にとっては『自分がやってもまるで面白くなる気がしない』ものだったから。

 自分にできないことを容易にこなしている人達の群れを見て、善幸の心中で、敗北感に似て非なるような気持ちが湧き上がっていく。

 

 この世の全てのものが空を飛ばない世界の者が、異世界に転生してそこで初めて鳥を見てしまった時、今の善幸に限りなく近い気持ちを抱くだろう。

 

 『お前は知らなかったんだろうけどお前は飛べなかったんだよ』と突きつけられたような気持ち。

 また1つ、善幸は自分の可能性の限界を知った。

 

 笑っている。

 皆笑っている。

 

 サムネイルのVliver達は、大体皆笑っていて、笑っていないVliverは必死な顔で敵から逃げてリスナーを笑わせようとしたりしていて、スクロールするとまた笑っていて、その合間におにぎりを食べている幸せそうなサムネイルなんかもあって、またスクロールするとまた笑っていた。

 

 善幸の指先が、自分の頬に触れる。

 最後に笑ったのは、いつだっただろうか。

 そう思うも、分からない。

 自分が人生で笑ったことがあるのかどうかさえ、善幸には分からなかった。

 

「……ふぅー……ん?」

 

 そして、配信スケジュールを眺めていた善幸は気付いた。

 

 

 

●20:00【ポシビリティ・デュエル】わいとたたかえ……重大発表も!【不寝屋まう/エヴリィカ】

 

 

 

 会う予定の時間に、会う予定だったVliverが、配信枠を入れている。

 それも、リスナー99人と配信者1人が最後の一人になるまで戦う、バトルロイヤル形式のポシビリティ・デュエルの配信だ。

 

 善幸は少し考えて、答えを出した。

 

「ん、ああ、そういうことか」

 

 原因は、5つあった。

 

 1つ目は、単純な連絡ミス。

 善幸と会う予定だったVliverは対戦終了後に善幸と会い、そこから上手いこと『世界王者』のネームバリューを利用した話題性作りをすることを画策していた。しかし、連絡ミスによって善幸は想定されていない時間が会合時間だと思い込む。

 

 2つ目は、善幸がVliverのことをまるで知らなかったこと。

 『そんな事考えるVliverいねえよ』という思考が湧く余地が無かったこと。

 

 3つ目は、善幸があんまり普通の人生を送っていない変人であったこと。

 『仕事の打ち合わせ第1回目でそんなことする人居る?』という思考が湧く余地が無かったこと。

 

 4つ目は、時間が無かったこと。

 この時点で時刻は19:57を示しており、待ち合わせまで時間が無かったこと。

 つまり、普段ならちょっと検索して常識を確認することもある善幸が、この時ばかりはそういう時間的余裕も無かったこと。

 

 5つ目は、『先生』の思想。

 普通、世界規模で知名度があるゲーマーともなればマネージャーの類がスケジュールを管理していることも多い。しかし『先生』は人件費の節約と、ある種の歪んだ信頼ゆえ、善幸は自分で自分のスケジュールを管理できるものとし、マネージャーの類の採用を認めなかった。ゆえに善幸は間違えても指摘されないので気付かない。

 

「向こうのVliverさんはこれでまず俺の実力を確かめたい感じか。かつ、自分の現状の実力、今後の配信で絡んでくる『Vliverが参加者を募集した時に集まってくるリスナーの実力レベル』を教えたい……? たぶんそうだよな……? よし、行くか」

 

 実は全然そんなことはなかった。

 

 が、「んなわけないだろ!」と言う人など居ない。

 

 善幸は部屋に一人、首から吊り下げた剣型ネックレス式フルダイブコンピューターを起動し、インターネットの世界に深く静かに潜航する。

 起動と通電を経て、善幸の手の中で銀の剣が輝いた。

 

「さて」

 

 呟きと思考に並行して、ダイブ処理が進む。

 

 インターネットの中に、デジタルの肉体が形成されていく。

 善幸の黒髪は白髪に。

 髪が視界の邪魔にならないよう髪型はオールバックに。

 

 服装は味気ない安物から、少子化対策センターがイラストレーターに依頼した『和風のアレンジとパーツを足した全身黒褐色の革』のファッションに。

 

 このアバターに埋め込まれた電子広告情報は、善幸の試合を視認した端末やアカウントに合法的な情報共有を行い、動画サイトや検索サイトの表示結果に多少の誘導を行って、特定企業の商品やPR動画を表示しやすくさせる。

 善幸のアバターに電子広告を埋め込めるのは少子化対策センターに多額の出資を行った上で、内閣直下管轄の審査を通った企業のみである。

 

 善幸のアバターは、高級な掲示板だ。

 人の形をした掲示板だ。

 ただ、他者に見られるために在る。

 

 ここに広告をぺたりと貼るためだけに、企業は少子化対策センターに金を払う。

 

 『最年少記録を最多持つ天才』『世界最強の一角』という"ネットで注目される理由"をもって、善幸はこの広告内蔵アバターに意味を持たせる。

 西暦2059年。

 インターネットに50年以上氾濫するインターネット広告は、ここに最新最適の形を見せていた。

 

 善幸は気にしない。

 気にしないが、この時代のプログラムにある程度以上に詳しい人間が見ると、グロ画像の一種かと思うほどに醜い構築がされたアバターではある。

 

 アバターの構築から数秒後、善幸/YOSHIの申し込みが受理された音声が鳴る。

 激戦区である大手事務所Vliverの参加者募集に運良く──あるいは、運悪く──通り、善幸は100人のバトルロイヤルに入れ込まれる。

 

 続き始まるのは、舞台となるステージのランダム選定と構築、そしてステージの各地へと100人をバラバラに転送する配置処理。

 

「どうするかな」

 

 善幸は考える。

 100(Hundred) vs.(バーサス)……100人が最後の1人になるまで戦うこの対戦モードは、勝率が高くならないことで有名だ。

 

 強い奴は目立ち、目立つ奴はリンチされる。

 そしてポシビリティ・デュエルはとにかく個人無双がしにくい仕様になっている。

 善幸の何年か前の個人戦世界覇者でも、プロリーグでの100(Hundred) vs.(バーサス)勝率はせいぜい12%といったところである。

 

 ここがプロリーグでもなんでもないVliverのリスナー参加型対戦でしかないにしても、戦術を用いなければいかな最強とて数に圧殺され、まず最後の1人になることは不可能だろう。

 

 善幸は数秒の処理時間の内に考える。

 考えて、手段を組み上げる。

 Vliverのことは何も分からなくても、自分が熱中した競技、野球とポシビリティ・デュエルのことなら何でも知っている。

 それが風成善幸である。

 

「よし、そうするか」

 

 善幸には無数の戦術の引き出しがある。

 

 その中から、1つ。この100人対戦に最も適した戦術を引っ張り出して、戦況に合わせて柔軟にアレンジを加える準備をする。

 

「我らがGhotiのリーダー曰く。『自分の強さを大きく錯覚させる技能も強さ』……さて」

 

 デジタルの視界が開け、変わり、鳴動する。

 

 選ばれたフィールドは『標準セット:湿地帯Q』。

 鬱蒼とした森林。

 広がる沼地。

 数少ない陸地。

 フィールドの中央に鎮座する巨大人型隕石。

 

 そこにバラバラに転送された100人がそれぞれ走り出す。

 

 隠れる森を目指し、動きやすい地面を探し、沈みそうな沼を避け、走る。推しと戦ってあわよくば存在を認知してもらおうとする若いリスナーの1人が、推しを探して湿地帯中央の大きな人型隕石によじ登っていく。

 

 そうしててっぺんまで駆け上がった若いリスナーは、今後5年間SNSでネタにしていく唯一無二の体験談を手に入れた。

 

 11で世界を獲った伝説の男が、そこで待ち構えていたから。

 

「お前達は、俺の可能性を試せるか?」

 

 光が奔って、首が宙を舞った。

 

 あまりにも早く、あまりにも速い開戦の合図。

 

【 残り 99/100 人 です 】

 

 Vliverは、ダイブした自分の視界を見ている。

 参加者もまた、自分の視界だけを見ている。

 だからしばらく、彼が居ることが気付かれることはなかった。

 

 

 

 

 

 配信が始まる、少し前。

 善幸が戦い始める、少し前。

 配信直前のちょっとした時間に、そのVliverは親友の『氷取沢(ひとりざわ)雲雀(ひばり)』と通話していた。

 

「えー、ひばちゃん何が不満やねん。かっこええやろ『氷雪の停理(アイスエイジ)』要らんならくれや。や、うちは氷とか全く使わへんけど……二つ名はあればあるほどええかなって……な?」

 

 なんてことのない話を、電話越しに語り続ける。

 

「姉ちゃん? 元気元気や、ぜーんぜん元気。またひばちゃんに会いたがってたでー。またうちに来ぃや、お泊りお泊り! たこ焼きパしよ!」

 

 楽しげに、嬉しげに、時折大きく笑いながら。

 

「あーちゃうねんちゃうねん。うち今Vliverやん。んでほら……ポシビリティ・デュエルはてんで初心者や言うててな、初心者からの急激な成長と大会での好成績でパーッと話題性を作ろ思てな……あっセコい言うなて! 実際姉ちゃんとかと比べたらぜーんぜん初心者やから嘘やないって!」

 

 電話をしているだけで幸せそうになれる人間は、幸いである。

 そういう話ができる相手がいて、そういう会話ができる関係性があるのだから。

 

「おっけおっけ、アイツのことやろ。対戦終わったらちょーど会う時間来るはずやねん、ちゃんとくっちゃべってひばちゃんに報告しとくさかい、待っとってーな。ってーかひばちゃんあいつのこと好きすぎやろ、実際もう9年とかそんくらい……うるさ! うるさっ! 耳壊れるぅ!」

 

 つまらない話をしたり、これからの話をしたり、日常の話をしたり、気軽にからかったり怒ったりできるのも、そこに親友という関係あればこそ。

 

「ほんじゃま、配信始まるからまた後でな」

 

 少女は通話を切って、配信をつける。

 

 親友と言葉で繋がる時間は終わり。

 

 ここからは、リスナーと言葉で繋がる時間だ。

 

「うーし、やったるか!」

 

 少女の意識もまた電脳世界へとダイブして、デジタルの肉体が瞬く間に構築されていく。

 灰色のショートヘアが流れ、そこにネズミを思わせる耳がぴょこんと生える。

 灰色の髪に合わせた黒ジャージに、白とオレンジのラインが奔って、色味を抑えたドレスのようなパーツが加わった不思議な服が全身を包む。

 最後に、青と黒のスニーカーがキラリと光る。

 現実の彼女の肉体に近い、細く小さく幼く可愛い少女のアバター。

 

 Vliver事務所エヴリィカ所属、4期生『Twin Twinkle Twelve』ガールズサイド・十二支の(ねずみ)

 

 誰が呼んだか、「自分にだけは負けない女」。

 

 Vliver識別名───『不寝屋(ねずや)まう』。

 

 風成善幸/YOSHIのことを、よく知る女。

 

 

 




めりっとさんからいただいた風成善幸のファンアートです
https://twitter.com/HamelnFilgaia/status/1684137264887238658
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