やはり俺の日常ラブコメはまちがっている。 作:ARuTo/あると
オーレのひと悶着が終わった所でため息を一つ。優雅なカフェタイムは続いていく。いや、今の所、落ち着いているとは言い難いが。
「確かに美味しいな。独特の深みがまたいい味を出している」
「そうね。ここの珈琲、悪くないわ」
味にうるさい細かい事にうるさい雪ノ下お嬢様も、店内の雰囲気もろもろ満足げだ。飲み物一つ選ぶにも性格が滲み出るような気がする。ブレンド。これはもうこだわりが強いタイプだ。店によって違いが出る種類なので通な選択ではあるだろう。カフェオレ。これはカジュアルなサクサクタイプ。割にせせこましい性格をしている。時間をきちんと守るという事でもあるが。オーレ。これはもう相手より自分、といった個人主義向け。ある意味、変態かもしれない。自分で言うか?
「相変わらず甘いもの好きだね、お兄ちゃん。小町もそれ、飲んでみたいかも」
「お、飲むか?マッ缶に負けず劣らずの美味だぞ」
気分よくカップを進めると、小町は扇風機かって勢いで両手をぶんぶん振り回して全力拒否した。ええ~なんででござるか~?
「うわぁ……きんもぉ……。それくらい自分で買ってくるよ……」
こうも今時のJKみたく拒否られると流石の俺も凹む。なんでだよ。兄妹、最大のメリットはこのシェアサービスだろ。小さい頃は俺の本棚から勝手に本を持ち出すくらいシェアワークしていたというのに。近年の自動車業界でもこのシェアサービスが主流になるのではないか、という試算も出ている。お兄ちゃん今時DKだから詳しいんだぞ。その略じゃ例のコングになっちまうじゃねぇか……なんで男子高生の略称ってないのん……?
おしえてのん。ゆきのん。と、のんのん不満げな表情をしていると、雪ノ下が一つ呟く。
「……黒糖オーレ。あまり目にしない組み合わせね」
「だろ?」
形勢逆転とばかりに乗っかる。まあ勝負なんて始まってすらいないのだけど。
「黒糖って、確か沖縄原産でしたっけ?かりんとうとか……」
小町はふーむと暫し黙考する。
北は北海道、南は沖縄という。対する千葉県はその丁度中心に位置する。特産物はピーナッツ、梨、あと俺ガイルなど多岐に渡る。これはもう『間は千葉……』なんて駅構内の広告キャッチコピーにしてもいいのではないだろうか。その手の業界さん。ご一報お待ちしております。
などと千葉県観光大使(事実)ばりに話を膨らませていると、わたくしそっちのけで話が盛り上がっていた。
「そういえば何故、修学旅行が沖縄ではないのかしら。京都はかつて日本の中心地、歴史も深い訳だけれど、定番が過ぎて正直、ありきたりではあるわね」
「そうですねぇ。多分、予算っていうんですか?ウチは公立ですし、金銭的な問題もあるのでは?」
今から約半年前、高校二年生の俺達は学校の行事で京都の修学旅行に赴いた。思えば様々な事があったが、終わり良ければ総て良し、掃き溜めに鶴と、それなりには良かったのではなかろうか。面倒ごとは放免勿論御免だが、身内で行くという事であればそこまで悪くない旅が出来るような気がする。そんな柄にもない物思いにふけっていると、諭したように小町が提案を持ち掛ける。
「なら、生徒会に沖縄旅行の話を提案すれば――」
「無理ね。今が八月という事を考えると予算はもうとっくについている筈。仮に提案が通ったとしても現実的に行けるのはピークアウトした冬。沖縄といえば大半の生徒が海を想像するでしょうから、季節的にも満足させられない可能性が高いわね。……私は冬でも大丈夫だけれど」
旅行会社の方なの?ってくらい酷く現実的な事実を伝える雪ノ下。最後に何か恥ずかしそうにぽしょりと付け加えた気がしたが、まあそれはいいだろう。怒られそうだし。
「となると、個人旅行で行くしか手はないか……」
小町は顎に手をやりながらうむむと、天井のライトを見つめながら呟いた。
照明は太陽のようなデザインをしている。え、いや待って。そう早まるでない妹よ。時間はたっぷりある。そんな日光さんさん炎天下に晒されたらお兄ちゃん、干物になっちゃうよぉ……。ふぇぇ……干物妹はこまちちゃんだけにしてぇ……。
「もし良かったらなんですけど、いっそ身内で沖縄旅行!でも行きませんか?勿論、兄も連れていきますので!」
お元気よろしい。観光大使に選ばれたらたった一人でウン十億稼ぎそうなレベル。でもねぇ、小町ちゃん。お兄さんたち今年はそうも言ってられないのよ。
珍しく意見が一致しているのか、雪ノ下は憂いともつかない笑みを含む困り顔でアイコンタクトしてきた。それを受けて俺は小さく首肯する。
「……ごめんなさい小町さん。お誘いは凄く嬉しいのだけど、私達、これでも受験生なの。少なくとも夏季中は無理そうね」
「小町ぃ、腐ってもお兄ちゃんは受験生なのよー。予定を立てるなら近場の方がげんじ――」
ここで一気に決める!とばかりに雪ノ下に加勢したのだが、あれれ……小町ちゃんが下を向いたまま動かないよ。この姿には見覚えがある。嵐の前の静けさ……スパイスの利いた小悪魔が憑依しているような……。もしかして……泣かせちゃった?
小町は俺が言い終えるのを待たず、落ち込むどころかにこぱぁと満面の笑みで顔を上げた。
「では、受験シーズンが終わったら旅行に行きましょう!」
それはそうなのだが、ほら大学ってスタートダッシュが肝心というじゃない?高校デビューを大失敗した俺がリベンジするにはそこしかない訳よ……。などどクライベイビーな叫びにも似た野望に手に汗握っていると、思わぬ鶴の一声。
「そうね。推薦……という事になれば年末前に終わる可能性は十分に有り得る……考えておくわ。そのうちね」
「はい!ご一報、お待ちしております!」
会話の流れから全く察しがつかなかったが、どうやら雪ノ下は相当乗り気らしい。見やれば携帯でメールらしきものをポチポチしている。由比ヶ浜宛だろうか。
「そのうちねぇ……」
日も傾き始めた窓辺を見やり、一人誰に聞かす訳でもなく呟く。
俺個人としてはそのうち、その家に引きこもりたかったのだが。
冷静に考えてみれば年末に行けるであろう旅行は高校で出会った知人との最後の――という事になるのかもしれない。
先のことなんて分からないし、正直乗り気ではないが。
まあ、そのうちな。