やはり俺の日常ラブコメはまちがっている。   作:ARuTo/あると

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⑥雪ノ下雪乃は、静かに茜色に想いを馳せる。

 夕映えの光が差し込みはじめた店内。小町は「口直しにデザート買ってくる!」なんて言って、すたすた席を離れていた。そんな甘ったるいもの口直しになるのん……?なんて思いながら黒糖オーレをゴクリ。全く言えた口じゃない。

 自然、カウンター席に残るのは吾輩と猫。一人と一匹だ。雪ノ下は我が妹を視線で見送ると、安心したように瞳を閉じて珈琲を一口飲んだ。

 「もうそろ夕方か。……お前はなんか頼まなくていいのか?」

 橙に染まり始める外の景色を見ながら、横目に聞く。店内の人混みは解消されつつあった。

 「え……ええ。私は大丈夫だけれど……」

 雪ノ下の返答は何処かおぼつかない。珍しく携帯を取り出すと、何やら検索し始めた。表示された画像にはどこか海沿いのサンセットが映し出されている。違和感を追求する事はせず、見なかったふりをして会話を続ける。

 「……さっき推薦、とか言ってたよな?実は俺もそんな感じになりそうなんだが」

 雪ノ下は我に返って携帯を隠すと、わざとらしい咳払いを一つ。居住いを正して淡々と返答し始めた。

 「そう。特に疑問を持つ事もないかしら。まっとうなやり方で満足するタイプではないものね」

 「推薦はまっとうなやり方なんだが……。なに?裏口入学でもすると思ったの?」

 雪ノ下家なら出来なくもないだろう、なんて柄にもない事を考えるが、そんな事は起きる筈もない。面向かって噛み付く血筋だ。真に勝利を手にするまで挑戦は続くだろう。

 黒髪がはらりと揺れる。

 「流石にそこまでは言ってないわ。かくいう私も可能性の一つとしてその選択肢は残っている訳だし」

 「なんか意外だな。てっきり一般入試で高みを目指すかと……」

 以前の雪ノ下はもっとこう……バッタバッタと敵を薙ぎ倒す才色兼備なイメージがあった。それ、本当に兼備か?殺陣の間違いでは……。ともかく、将来の志しが明確になったとはいえ、それなりの大学に進学しなければ家族も黙ってはいないだろう。進路は一個人、本人が決めるものだ。友達だから、知り合いだからといって判断を誤ればそれこそ一生の後悔をする事になる。

 俺が言うが否や、雪ノ下は少々困った顔をしながら窓の外を見据えた。凛とした佇まい。想いのこもった真剣な声音が紡がれる。

 「前の私なら、そうしていたかもしれない。……でも今は違う。手放したくないものが沢山あって、それは一生賭けても二度と手に入らないものだと自分でもよく解っている」

 「雪ノ下……」

 思わず彼女の名前を呟いた。雪ノ下雪乃は尊い関係、その儚さを知っている。

 「だからこそ判断を慎重に、間違ないようにしたいの」

 いつの日か聞いた告白のように、雪ノ下は言葉一つ一つを丁寧に噛み締めながら続ける。気づけば俺はその正直な瞳を見つめていた。勝気な表情が露わになる。

 「それに、進学が終着点ではないでしょう?高みを目指すのも大事な事だけれど、それよりも重要なのはそこに入るという安易な目的ではなく、入ってから何をするかよ」

 「お待たせ〜!ってあれ……?小町、席間違えたかな……」

 割に張り詰めた空気に、軽快な声音が介入する。デザート狩りに出掛けた小町殿がご帰還なすった!

 「いや、ここであってるぞ小町」

 「だ、だよねぇ〜。ははは」

 小町はへこへこしながら、野良猫みたくぬるりと俺の隣へ座った。先程まで真剣な表情をしていた雪ノ下に圧倒されたのか、変な気を遣っているようである。

 「ゆ、ゆきのせんぱいの分も買ってきたんですけど……余計なお世」

 「いいえ、頂くわ。ありがとう小町さん」

 小町が言い終えるのを待たずに雪ノ下は感謝を述べた。さてと、俺も〆のデザートを頂くとしますかね。

 「美味そうなケーキ……ってあれ?俺の分無いんだけど……」

 「お兄ちゃんは元から甘々な飲み物だったからいらないと思った」

 待ってましたとばかりに定型文よろしく、句読点濁点吹っ飛ばしつらつら答える小町。……まあ、事前にお願いしていた訳ではないから仕方あるまい。とはいえ……すこぉーし、ほんのすこぉーし淡い期待をしていたんですがね!

 再び訪れる団欒な時間。談笑する二人他所に、俺は窓辺を見ながら頬杖をつく。暫くして様子を見兼ねたのか、雪ノ下が小皿を差し出してきた。

 「よかったら……」

 白い小皿の上には丁寧に切り分けたケーキが乗っていた。それを受け取ろうとした瞬間、なにか覚えのある香りが鼻腔をついた。

 気づけばタールを含んだ重苦しい臭いがもくもくと店内を充満し始めていた。何事かと周囲を見渡すと俺達が入ってきた裏口後方、お一人様席につばの短い帽子を被った中年女性が一人。煙草を吸いながら酷い目つきで脚元をコツコツ鳴らし、何やら呟いていた。

 ええ……もうこれ完全にやばい人じゃん……。まじかよ、この店喫煙OKなの……?てか何でこの人いんだよ……東京勤務じゃなかったのかよ……。

 当の本人はこちらに気付いていないようである。これは旧を要する非常事態。早々に離脱する必要が出てきた。はちまん、だっしゅつします!

 「……すまん、雪ノ下。ちょっと新鮮な空気が吸いたくなってきたから、店出るわ」

 「そ、そう……分かったわ。長居してしまったし、私達も適当なタイミングで店を出ると思う」

 俺は足早に店を後にした。

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