やはり俺の日常ラブコメはまちがっている。   作:ARuTo/あると

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⑦雪ノ下雪乃は、静かに茜色に想いを馳せる。

 夕日の下で雪ノ下御一行を待つ。うだるような暑さはピークアウトしたらしい。外は幾ばくか涼しくなっていた。

 壁際に体を預ける。余程強烈な日差しが照り付けていたらしく、背中からじんわりぽかぽか温かな感触が伝わってきた。冷房の冷えと中和したのだろう。体温に似て、長らくそうしていたい心地よさがあった。

 ふと空を眺めると、残照の綿毛雲が浮かんでいた。上昇気流でも発生しているのか雲の流れは速い。頻繁に姿形を変えながら頭上を通り過ぎていく。

 きっと俺達もそうしてきたのだろう。変化とは過去の自分を殺す事だ。停滞こそが自らを肯定し、自己保存するのだと以前はそう考えていた。けれど今は違う。歪な関係も、予防線を張ってしまう自身の愚かさも、元から自分はそういう人間なのだと飲み込んで納得した。いや、違うと断言出来るほど自信はないが、少なくとも変化に寛容にはなったと思う。尤も、自らの意思で選択したのか今でも分からないけれど。

 頬を撫でるそよ風に任せ、ただぼんやりしていると、自動ドアの駆動音が鳴った。

 「……待たせてしまったわね。ふと気づいたのだけど、小町さんのお会計、まだだったわね」

 現れたのは雪ノ下一人。小町の姿は見当たらない。雪ノ下は合流するが否や、バックから財布を取り出して勘定し始める。

 「いや、いい。小町には後で俺から支払っておく」

 「そんな、悪いわ。気持ちだけでも……」

 言うと、雪ノ下は小封筒に現金を詰めて、ぐいと半ば強引にお金を押し付けてきた。事前に用意していたのだろう。この小娘はどこまで礼儀正しいのかと。俺は多少引きながら、掌を突き出して全力拒否した。

 「マジでいらん」

 「いいえ、駄目よ。無銭飲食は犯罪だもの」

 「罪の意識高い系なの?いや、ほんといらないから大丈夫」

 冗談交じり、早口で受け取らない意思を見せると雪ノ下はムッとして、一歩また近づいてくる。

 「受け取りなさい。これは強制よ」

 詰められた歩幅は大きく、俺との距離は僅か拳一つ分。

 手入れの行き届いた艶やかな黒髪が揺れる。夏らしいシトラスの甘酸っぱい香りがして、俺は思わず上半身を仰け反らせた。

 瞬間、彼女の頬も朱に染まり始める。無意識だったのだろう。視線をそらしたまま、手に持った小封筒を胸元に収めた。

 「ご、ごめんなさい……」

 「……別に。いつもの事だろ。気にしなくていい」

 以前にもこんな事があったような気がする。多分これから数え切れないくらいこんな痴話喧嘩を繰り返すのだろう。ほんと可愛いからそういうの止めてほしい……。

 雪ノ下は一歩引くと、また徐(おもむろ)に携帯を取り出して何やらスワイプする。

 「なら……」

 彼女の言葉は途切れる。恐らくその携帯には例の風景画像が映し出されているのだろう。分かっている。察しが良すぎるくらいには分かっているつもりだ。

 不意にポロンと軽快な効果音が響く。時を同じくして俺はポケットから携帯を取り出すと、ラインから届いた小町のメッセージを確認した。食料品の買い出しに行ってくるからと。そのまま帰宅するからと。それだけが書かれていた。

 全く……そこまでお膳立てされないと俺は動けないのかと、嫌悪感に苛まれる日もある。けれどもう大丈夫だ。これは俺が選択した結末なのだから。

 「……茜浜緑地。行きたいんだろ?と言っても、日没までに到着できるか分からんが」

 雪ノ下は俯いていた顔を上げると、驚いた表情で暫し、俺を見つめていた。

 ビンゴだ。千葉県横断ウルトラクイズ首席の俺だからこそ成しえる所業。千葉ラーを舐めるでない。

 本当に良いのかと、雪ノ下は尚も視線をさ迷わせ、問うてくる。適宜、面倒くさい事この上ない。だがそれがいい。

 「まあ、直ぐそこだしな。食後のウォーキングがてら、いいんじゃねぇの」

 来るなら来いと、軽く笑みを見せながら俺は歩き出した。ビルとビルの隙間から突風が吹く。そんな予言めいた現象に紛れて「……ありがとう」と、彼女の小さな感謝が聞こえた気がした。

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