入学式の校門での演奏も無事に終わった。ちょっと音が合っていなかったところもあったりはしましたが、それでも形にはなっていたかな。
片付けを済ませて、音楽室に向かおうとすると誰かに肩を掴まれた。
「なんで先に行こうとしてんの?」
「え、ど、どういうことですか?」
「私の準備が整うまで待ってって言ってんの!」
「あ、はい。分かりました」
吉川さんの準備が整うまで突っ立っている間に新入生の方に視線を向けると…本当に色々な子がいると改めて思わされる。そしてなぜかこちらをずっと見て来る子もいる。黒髪でとても容姿が整っている方。一度もこっちから視線を外さずに見ているところを見るともしかして吹奏楽部への入部希望の人かも。
「ちょっとどこ見てんの!」
「い、いや、ちょっと新入部の子らしき人がいてね」
「へぇ、ただ女の子に見惚れていただけじゃないの?」
「…そうかもしれないですね」
自分のような人間に人を好きになるなんて無理ですけど、可愛いと思う気持ちはありますし。
だけど、僕の答えが吉川さんのお気に召さなかったようで頬を膨らめてこっちを見て来る。
「ど、どうしたんですか?なんか言っちゃいましたか…」
「なんでもない!!別にそんな名前も知らないような奴に見惚れてればいいじゃん!」
吉川さんは怒ってどんどん先へと行ってしまった。僕はなるべく吉川さんから離されないような距離感で続いて歩く。
「ご、ごめんなさい!」
「別に怒ってないし!」
さすがにこのままだとマズいのでどうにか吉川さんい機嫌を直してもらえるようにしないと。
「僕は吉川さんの笑顔が好きなので笑顔でいてくれませんか…」
「…じ、じゃあ、ちょっとぐらい私のことを見なさいよ!」
「え、いつも吉川さんのことは見てますよ。弾いている時の吉川さんも普段の吉川さんも」
「な……///」
「やっぱり吉川さんはすごい人ですから。少しでも技を盗めるように」
僕なんかが吉川さんのように上手く弾くには一生を掛けたとしても無理な気がする。そうだったとしても、少しずつ近づいて行けるようにはしたい。その努力が無駄だったとしても、努力をしてよかったと思いたい。
「そ、そうよ。あんたは私のことを見ていればいいの!どんなことでもあたしが全て教えてあげるんだから!」
「ありがとうございます」
どうやら吉川さんは機嫌を直してくれたようだ。
校内に入って音楽室まで歩いている最中にちょうどあることが思い浮かんだので吉川さんに聞いてみるにした。
「傘木さんと連絡を取り合っていたりしますか?」
「なんで?」
「い、いや、お二人って同じ中学で仲が良かったと聞いてましたし。今は吹奏楽部には所属していませんけど、それでも連絡は取り合っているかなぁと思って」
「そうじゃなくてなんであんたは希美と私が連絡を取り合っているのか気にしてるのって聞いてんの?」
「す、すいません。ちょっとプライベートに突っ込み過ぎてしまいましたね」
また歩き始めようとするも吉川さんが僕の目の前に立ちはだかった。
「吉川さん?」
「早く質問に答えてよ、なんであんたが希美とあたしの関係を気にしてんの?」
「…さすがにちょっと気になっちゃいまして。僕の所為であんまり良い感じではなかったので」
「なんで…あんたが希美のことなんて気にしてんのよ!あんたは希美にあんなに言われてたのに、それでもそんな奴のことを気にすんの!あたしはあたしの言ったことは間違っていないと思ってるし、どんな勘違いや理由があったとしてもあたしは希美が言ったことは許せない」
そう話している時の吉川さんは初めて…怖いと感じた。僕が初めて吉川さんと会った時は傘木さんととても仲が良さそうだった。そしてそれが壊れてしまったのは僕の所為。僕が変に行動してしまった所為で傘木さんを怒らせることになってしまって、それに対して吉川さんが庇ってくれた。
そして結果的に二人の仲は悪くなってしまった。
吉川さんは別に「あんたの所為じゃないから」とは言ってくれてはいたものの、ずっと心配だった。自分の所為で誰かが不幸を被ったり、仲が悪くなるところは見たくないんです。もっと自分のことを嫌いになっちゃいそうですし。
「そう行きませんよ。お二人の中が悪くなった原因を作ったのは僕なんですから」
「だから何度も言ってるでしょ。あれはあたしと希美の問題であんたの問題じゃないって!」
「それは無理ですよ。僕が何もしなかったら吉川さんと傘木さんが言い合うようなことにはならなかったと思いますし」
「いいの!あんたはあんたのことだけ考えてればね。変にあたしのこととか周りのこととか気を遣っちゃうからダメなのよ。あんたはもっと自己中になりなさい!そうしたら少しはあんたもこの吹奏楽部でやっていきやすいと思うわよ」
その後も話そうとはしたものの、吉川さんはどんどん先へ行ってしまうのでこの話はここで終わった。
音楽室に着くとそれぞれがそれぞれのことをしている。友達と話している人がいれば、楽器の手入れをしていたり、楽譜を読んでいたりと本当にそれぞれ。入学式が終わってから新入生が見に来る時はいつものように活動を始めますが、それまでは自由ということになっている。
僕はトランペットの手入れをすることにした。これから演奏することになるわけですし、少しでもいい音色を弾けるようにしておきたいですしね。
それにしても…本当に傘木さんのことはどうにかしないといけない。このまま仲が悪いまま終わってしまうと本当にこの二人の関係が壊れてしまう。それだけはどうしても回避しないといけない。自分のような人間が気にするようなことはおこがましいかもしれないけど、やっぱり二人には笑顔で話してもらいたい。入部した頃のような関係に戻って欲しいと僕は思ってしまう。
どうにか今年中には……。
そんなことを考えていると隣の席に誰かが座ったのが視界の端に映った。そして視線をそちらに向けて相手を確認すると予想外の人だった。
「おはようございます…」
「…………」
「すいません、話し掛けちゃって」
それからは何も話さずに時はどんどん進んで行く。僕の隣に座っているのは中川夏紀さん。僕と同学年で吉川さんと同じ、吹奏楽部の強豪校出身。
そして僕は中川さんに嫌われている。
その理由は僕の行動に原因がある。だから今更、なにか言い訳をすることもできないですし、関係を元に戻せる感じでもない。なのでもうずっとこのまま。この状態も半年以上は続いているので僕も慣れてきている。なるべく中川さんに干渉しないように話さないようにしたり、近付かないことを心掛けて。なので中川さんがこんな近くの席に座ったことが驚きでしかないんですよね。
たぶん、ただ間違ってしまっただけだと思いますが。
でも、さすがに挨拶しないわけにはいかないですしね。
そんな感じで手入れをしながら待っていると小笠原先輩が「みんな、そろそろ準備を始めるよ」という掛け声が掛かって、それぞれ準備に手を付け始めた。一応、これから部活動見学に新入生が来てくれるかもしれないわけですし、最初の印象ぐらいはしっかりとしているところを見せたいという部長の意思もあるのかも。
「ここいいかな?」
「あ、どうぞ。笠野先輩」
「ありがとう」
笠野沙奈先輩。とてもお淑やかな人で優しい先輩。笠野先輩にも色々とお世話になりましたし、現在進行形で色々と教えてもらっている。それに僕が先輩方の中で一番最初にお話したのは笠野先輩ですしね。
「ついに音海くんにも後輩が出来るんだね」
「そ、そうですね…。すっごく不安ですけど」
「先輩なんだからドシっと構えていればいいと思うよ。それに入ってくる後輩の方が私たちよりも不安だと思うしね。これから自分たちよりも年上が集まるところに入って行かなくちゃいけないわけだからね」
確かに笠野先輩の言うように僕なんかよりも後輩の方が緊張しているかもしれない。思い出せば、僕も入部する時は吉川さんが付き添ってくれたとは言ってもすっごく緊張しましたし。
「ぼ、ぼく、頑張ってみます」
「音海くんの力になれたら私も嬉しいよ。いつも音海くんには助けられてばっかりだからね」
「え、たすける?」
「うん」
もしかして笠野先輩は僕のことを誰かと勘違いしているのかな。少なくとも僕は先輩を助けるようなことをした覚えがないですし。
「笠野先輩にお力を貸してもらったころはありますが、僕なんかが笠野先輩の力になれたことはないと思いますが」
「それは音海くんが思っているだけかな。音海くんに助けられている人は案外、近くにたくさんいると思うよ。その一人が私だし」
もし、本当に少しでも笠野先輩のお力になれているのだとしたらそれはとても嬉しいこと。僕なんかの力で先輩の力に慣れたのなら。
そして演奏が始まり、少ししたタイミングで廊下から音が聞こえてきた。楽器を構える手が止まって、全員の視線が廊下の外に注がれる中
田中先輩のあの後輩との絡み方は素直にすごいと感じてしまう。もちろん、田中先輩は演奏は綺麗で素敵だけど、こういう後輩への気配りや接し方もとても上手いと感じるんですよね。
「可愛い子たちだね」
「そうですね。あ、あの…子たちが後輩」
「今からそんなに緊張したらもたないよ。もうちょっと気楽で大丈夫だと思うよ」
「そ、そうですね」
頭では分かっているが、それでもやっぱり緊張せずにというのは難しい。
そしてそれから今朝見た、黒髪の子がもう『入部』すると言ったりと色々とあった。さすがに先輩たちも見学せずに入部する子がいると思っていなかったので色々と慌ただしかった。
主人公は誰かと結ばれて欲しいですか?
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結ばれないで欲しい
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結ばれて欲しい