僕は物心つく頃から色々なことをした。両親が習い事をたくさんさせてくれたお陰で本当にある程度のことには触れてきた。でも、僕はどれもダメ。自分は何をしても平凡でそれ以上の結果を出せなかった。両親はそんな僕に失望したような様子だったけど、一つだけ褒めてくれるものがあった。
それは僕がピアノのコンクールで金賞を貰った時。習い事をした中でピアノだけは心の底から楽しいと思えて、それに結果も付いて来てくれた。僕にとってその経験は初めてで飛び跳ねるほどに嬉しかったのを今でも覚えている。それから両親は口を開けば「次のピアノコンクールでも期待している」だった。それに僕も「うん!!お父さんとお母さんのために頑張るよ」と言った。そして…ピアノはどんどん上達していった。その過程でたくさんの賞を取れた。
だけど、いつからかな。ピアノを弾いていても何も楽しくないと感じてしまうようになっちゃった。それでも両親は僕をずっとコンクールにエントリーするので演奏してきた。それは今でも続いていて、高校に入ってもずっとピアノコンクールには出場していて有難いことに全国大会には行かせてもらっている。
トランペットの練習に時間を割いているのでピアノ練習はほとんど出来ていない。それでも昔の名残である程度の成績を収めてしまうのが嫌だ。僕よりも圧倒的に練習量が多い人たちを超えて、全国大会に行くのはあまりいい気が済むものではないですしね。だからと言って、ピアノコンクールに出たくないと口にしたら絶対にトランペットをやらせてもらえなくなる。只でさえ、家でトランペットの練習はしないようにしている。それは両親がピアノよりもトランペットの練習をしているなんて知ったら怒りだしちゃうと思うから。いつかは両親にトランペットの演奏を聞いてもらって…「上手いね」って言ってもらえたらいいなぁと思ったりするけど、たぶんそれは難しい。自分には常人以上のことは何も出来ないし、もしかしたら三年という月日を使ってもダメかもしれない。でも、僕はそれでもいいと思うの。だって今、トランペットを弾いててとても楽しいから。
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「お昼休みだから誰もいないですね」
いつも放課後には騒がしい、音楽室はとても静か。そしてそんな中、僕の視線はピアノに向いた。いつも授業でもなければ弾くことがほとんどないですが、一応学校なのでしっかりと調律はしているらしい。
「…今はいいですよね」
僕は椅子に座って鍵盤を見る。そしてまずはランダムに弾いてみて、音の調律を確かめる。
「本当に調律をしているんですね。あってますし」
今の僕の手元に楽譜はないですし、どこかに楽譜の一つぐらいはないですかね。そう思って音楽室を探してみると…一つの楽譜が見つかった。
「これですか……今はこれしかないですし、仕方ないですね」
僕は楽譜をセットしてピアノ椅子に腰を下ろして…深呼吸をしてから弾き始める。家にピアノはあるけど、もうしばらく触れていない。なのでピアノに触れるのも久しぶりだというのに、やっぱり体は覚えているもので自分が思っているよりもスムーズに演奏をすることが出来た。
そして演奏をし終えて余韻に浸っていると女子生徒が音楽室に入ってきた。
「あの……」
入って来たのはまだ入部したての一年生、黄前さん。さすがに名前と顔は一致させないとまずいと思ったので必死に全員覚えたんですよね。
「あ、黄前さんだよね」
「そ、そうです!!」
なぜか、直立不動になっている。もしかして僕に怯えているのかな。
「ごめんね。怖がらせちゃって」
「いえ、怖くありません!」
いや、その様子で怖くないは無理があると思うけどな。やっぱり後輩との付き合い方は難しいなぁと改めて思わされた。
「それで黄前さんはどうしたんですか?」
なにか用でもなければ貴重なお昼休みを捨ててまで音楽室に来ることはないと思うんですよね。
「あ、ペン!」
そう言って黄前さんは音楽室を見回したり、かがんだりしてペンを探している。たぶん、昨日の部活の時に使ってそれを置いてきたって感じかな。
「一緒に探しますよ」
「い、いえ、先輩のお手を煩わせてしまうのは!」
あの僕ってどこかのすごい人にでもなったの?黄前さんは予想以上に僕のことを怖がっているようだね。個人的にはここまで怖がられているとは思ってもいなかったんですけど……。もちろん、黄前さんと話すのは二度目くらいですし、打ち解けるのはまだまだ先の話。でも、ここまで怖がられるのは予想外。これじゃあ、普通に話せるようになるにはかなりの時間が掛かりそう。下手したら来年ぐらいにならないと無理かも。
「後輩が必死に探しているのに先輩がただ眺めているだけじゃ、だめですから」
そして僕も黄前さんと一緒に探していると黄前さんがさっきのことを聞いてきた。
「ピアノ…」
「あ、うん。ちょっとだけ弾いてたんです。こういう時じゃないと弾けないですしね」
「あ、あの…先輩って…ピアノ上手いですね…」
「お世辞でもそんなことを言ってくれると嬉しいよ」
正直、個人的にももっと酷いと思っていたんだよね。だけど予想以上に体は覚えてみたいで、それなりの演奏が出来たみたい。
それから数分して黄前さんのペンは見つかって帰っていった。
そして黄前さんが帰ってからまた弾き始めた。やっぱり自分はピアノを弾くのには向いているのかも。これだけブランクがあってもここで弾けるとは…。
「ねぇ…」
誰かに肩を叩かれて僕の鍵盤に触れる手が止まった。振り返るとそこには鎧塚さんが立っていた。
「な、なんだぁ……鎧塚さんですか、声ぐらい掛けてくださいよ」
鎧塚みぞれさん。僕と同級生で担当楽器はオーボエ。吉川さんたちと同じ強豪校の出身で腕前は折り紙付き。今ではほとんど鎧塚さんと関わる事はないですが、吉川さんの繋がりで一年生の頃はよく会っていた。性格はとても寡黙な方で特に初対面の人やなれていない人の場合はほとんど話さない。僕も初対面の頃はひどかった。まあ、今でもそこまで打ち解けられていないですけどね。
それに鎧塚さんは僕のことをあまりよく思っていないと思う。
「かけたよ。でも、キミが集中していて気付かなかった」
「あ、そうなんですか。それはすいません」
やっぱり一つのことに集中しちゃうと周りのことに目がいかなくなってしまうのはダメなところですね。
「それで鎧塚さんも忘れ物ですか?」
「忘れ物?」
「あ、いや…なんでもありません。それで鎧塚さんはどうしたんですか?」
「キミの音が聞こえたから見に来た」
「あ、そうなんですか…」
この音楽室は普通の教室よりも少し離れているものの、聞こえて来るんだと思う。
「やっぱりきれい」
「そうですか?鎧塚さんにも言ってもらえるとは嬉しいですね。自分なんかの音色が」
「あれからずっと変わってない…」
鎧塚さんが言う『あれから』とは…一年前のことを指しているんだと思う。僕は入部したての頃、数人で集まって演奏会のようなものをしていた。さすがに平日は部活をやっていますし、土曜日も部活をやっているので日曜日に顧問の先生に頭を下げてお許しを得た。そしてその時にピアノを弾いたことがあった。
僕と鎧塚さんはその時に集まっていたメンバーなのだ。だから、僕がピアノを弾くことを知っている数少ない人。
「それは良かったです。もうずっと弾いてなかったのでもっとヤバいと思っていたんですよ」
「…よかった」
鎧塚さんの性格からしてそれはたぶん、本心かな。あんまり嘘を言うのも得意ではないような人だと思いますしね。
「キミの音色は綺麗だから…すき」
お世辞だとしても鎧塚さんにそんな風に言ってもらえるのは有難いですね。鎧塚さんに褒められる経験はあんまりないんですよね。
「よかったです」
それから少し話していると鎧塚さんが自分の持っていたオーボエを僕に見せびらかすように見せてきた。普通の人だったらしれが何を意味しているのか分からないかもしれないけど…。
「久しぶりにやるんですか?」
そう聞くと鎧塚さんは首を縦に振る。
「じゃあ…弾きますか」
すると鎧塚さんはオーボエを弾く準備を初めて、僕も急い楽譜を準備する。一年前はあったので処分はされていないと思うのであるはず。
やっと見つかって…僕は楽譜をセットする。
「鎧塚さんは楽譜…持っていたんですね」
「うん」
「それじゃあ、始めますか」
久し振りに合わせているので個人的にはかなりヒドイ結果も予想はしていたんですけど…予想以上に仕上がりは良かったんですよね。僕のダメなところでも上手く鎧塚さんがリードしてくれたお陰で。
主人公は誰かと結ばれて欲しいですか?
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結ばれないで欲しい
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結ばれて欲しい