女の子はひとりだけ! 男だらけの結束バンド 作:koshikoshikoshi
「もーやってられるか! オレ、ギターやめる!!」
喜多(♂)が叫ぶ。ギターを放り出す。
放課後の階段下の謎空間。はれて結束バンドのギターボーカルとなった喜多(♂)は、ぼっちと二人でギターの練習を重ねていた。一度はバンドから逃げだした自分を許してくれたメンバー達に報いるためには、せめて足を引っぱらない程度までは上達せねばならない。それもできるだけ早く、だ。
「だいたいこのFコードってやつ、難しすぎるだろ!!」
……のだが、もともとギターとベースの区別すらつかない喜多(♂)だ。そうそう簡単に上手くなれるほど、世の中は甘くなかった。
「あ、あ、その、最初はちゃんとならなくても、それっぽく弾けてたらいいですから」
困った表情のぼっちが、それでも必死になって励ます。あの日のSTARRYと同じどこまでも透明な青い瞳。この瞳に見つめられると、喜多(♂)は何も言えなくなる。これ以上泣き言を吐けなくなってしまう。
き、喜多君(♂)は、イケメンでチャラくて男の子で恐いけど、ギターとボーカルの才能があるのはわかってる。喜多ちゃんなしの結束バンドなんてあり得ないかのだから、根気よく、教えてあげなくちゃ。
「え、Fをマスターすれば、いろんなコードが弾けますから」
前世、ゼロからほぼ独学でギターを学んできたぼっちは、初心者がひっかかる箇所はだいたいわかる。だから、喜多(♂)が悩んでいることがわかる。目の前で実際にお手本をやってみせることができる。
……この娘は、どうしてこんなに一生懸命なんだろう。どうしてこんないい加減な男に、必死になってギターを教えてくれるんだろう。
喜多(♂)は理解できない。
後藤さんがギターが上手いということは、初心者でもわかる。結束バンドの練習のたび、あの山田先輩が後藤さんに全幅の信頼を置いている様子から、おそらく相当レベルが高いのだろうということくらいは、なんとなく理解している。
それだけじゃない。
オレも気付いたのは一緒にバイトをするようになってからなのだが、この後藤さん、……実は性格もいい。
確かに暗いし、人見知りだし、自虐的だし、承認欲求モンスターだし、不気味な笑い方するし、スライムになったりツチノコになったり爆発したりする陰キャの変人だけど、だけど、だけど、その点にさえ目をつむれば、決して他人の悪口を言ったり攻撃したりはしない女の子だ。
そしてなによりも、やさしい。一度逃げ出したオレみたいな男をバンドに誘ってくれた。オレは、この子のおかげで先輩達に謝ることができた。ちんけなプライドを保つことができた。バンドを始めることができた。ここ最近の充実した毎日は、みんな後藤さんのおかげだといってもいい。
バイト中、伊地知先輩が後藤さんのことばかり気にしているのも無理はない。その気持ちは、オレにもちょっとわかる。
そう、後藤さんはいい子なのだ。そんな女の子が、人見知りを我慢してまで、なぜこんなオレに……。
「き、喜多君? どうしました?」
いつのまにか、喜多(♂)の手が止まっていた。ギターを奏でるぼっちを見つめていた。
弦をつま弾く細い指。小さな手。華奢な腕。
いつも俯いている普段の後藤さんしか知らない人は、決して気づかないだろう。だけど、一度でも正面から視線を合わせればわかる。前髪に隠されたどこまでも透明な青い瞳。整った鼻筋。(集中しているときは)引き締まった口元。……かわいらしい顔立ち。
「き、き、喜多君?」
……ピンク色の髪。色っぽい首筋。うなじ。スカートから覗く白い脚。胸。
「あ、ち、近い、近いです、喜多君。そんなところ、そんなに、見られると……」
ぼっちの身体が溶け始める。
はっ!
喜多(♂)は我に返る。
し、しまった、無意識のうちに近づきすぎた。後藤さんにはもっと近づきたいが、近づきすぎると溶けてしまう。
「ご、ごめん。後藤さん。集中しすぎた。……そうだ、いいこと思いついた!!」
へ?
「後藤さんがギター教えてくれるところ、動画撮影してもいいかな」
「えええ? は、恥ずかしいです」
「頼むよ。動画があれば、家帰ってからもオレひとりでできるし!」
顔が写ると恥ずかしいという後藤さんをなんとかなだめすかし、練習中のふたりのバストショットと手元をスマホ撮影することを許してもらった。そして練習再開。
後藤さんは、初めのうちこそスマホを気にしていたようだが、すぐにカメラの存在を忘れた。必死の表情でオレにギターを教えてくれた。どんな事でもギターさえ絡めば、後藤さんは集中できちゃうんだね。
喜多(♂)にとって幸福な時間。だがそれは長くは続かなかった。
「おーい、喜多。こんなところにいたのか。カラオケ行こうぜ」
ビクリ。
ぼっちの身体が跳ねる。えびぞる。階段の向こうに男の子達がいる。
陽キャ? 男子? しかもたくさん!!
天敵とも言える存在の出現に、ぼっちの身体が固まる。爆発までのカウントダウンが始まった。
「ごめん。オレ、用があるんだ」
さりげなくぼっちを背中に庇いながら、喜多(♂)が誘いを断る。
「……ふーん。喜多、さいきん付き合い悪いよねぇ」
親しげに声をかける女子。いつのまにか、ふたりの目の前にいる。
「だから、ごめんって、さっつー」
「……この埋め合わせ、何してもらおうかなぁ」
さっつーと呼ばれた女子が、小悪魔のような表情でわらう。そして、ぼっちに視線を移すと、その顔をしげしげと眺める。一瞬だけ口を開きかけたが、けっきょく何も言うことなく去って行った。
さ、ささささん、だよね。やっぱり喜多君(♂)と仲がいいんだな。……そ、それにしても喜多君(♂)。この世界でもやっぱり男の子にも女の子にも友達多い。しかもみんな陽キャ。
ぼっちはそっと、ちょっとだけ自分が座る椅子をうごかした。喜多君(♂)から距離をとる。
「ん、どうした後藤さん?」
「な、なんでもないです。そ、そ、そ、そろそろ、今日は、お終いに……」
「えええええ、やっとノってきたところなのに。……オレが『やめるやめる』言ったから怒っちゃった? ごめん、もう言わないから、もう少したのむよ」
喜多君(♂)がふたたび椅子を寄せる。膝と膝がふれあうほどの至近距離に近づく。
ひゃーー、ち、ちかい、ちかいいいいい!
「ね、頼むよ、後藤さん」
は、は、はい! わかりました。
五分後。
「……やっぱり無理だぁ!! オレはやめるぞ!」
「き、喜多君、もうちょっとだけ、がんばって」
無限ループはつづく。