女の子はひとりだけ! 男だらけの結束バンド 作:koshikoshikoshi
「オーディションまで一週間しかない……」
「へ、下手っぴでも、頑張れば熱意は絶対に伝わるから、……たぶん」
「喜多も虹夏もビビりすぎ。不合格ならまた受け直せばいいだけ」
「熱意……って、なんですか、先輩?」
「た、た、たぶん兄貴は『バンドらしくなっているのか』が観たいんだと思う」
「その点は問題ない。ボク達にはぼっちがいるし」
「でもオレ、みんなの脚を引っぱりそうで不安しかない……」
オーディションを目前にして、ビビりまくっている結束バンドの一部メンバー。
(お、オーディションは、大丈夫ですよ。みんなこんなに一生懸命、練習してるんですから)
彼らをよそに、前世の記憶があるぼっちはあまり不安を感じてはいない。
(でも、みんな緊張している……。ここは、人生二周目の『おねえさん』である私が、みんなを励ましてあげなくちゃ)
次の日のバイト前。空いているスタジオを借りての、ぼっちと喜多(♂)の個人練習。
当たり前のように膝と膝が接するほどの近距離に座る喜多(♂)。ぼっちは少しづつ距離をとろうとしているのだが、気づけば喜多(♂)は一気に近づいてくる。油断すると肌けたシャツから胸元が見える。体温を感じる。吐息がかかる。そして、女の子とは違うにおいがする。
精神年齢はお姉さんであるはずのぼっちだが、いまその内心は平静からはかけ離れている。鼓動はバクバク。視線は定まらず。挙動不審。肉体が爆散しないよう必死にこらえている状態だ。
「できた! どう、後藤さん?」
通しの演奏が終わった瞬間、喜多(♂)が嬉しそうに顔をあげた。キラキラと輝く笑顔で、ぼっちにむけて問い掛ける。
実を言うと、ぼっちは喜多(♂)の演奏はほとんど見れてはいない。視線を向けることができない。それでも、彼のギターが奏でる音だけは、完璧に把握している。だからわかる。喜多(♂)の進歩が。
「い、今のは完璧でした。さすがです、喜多くん」
「やっぱり? オレもそう思ったぜ! ……でも、本番よりもゆっくり演奏だし、オレ後藤さんとの練習で出来たことがバンド練習ではできないことよくあるしなぁ」
喜多(♂)が暗くなる。自他共に認める陽キャのくせに、顔全体に縦線がはしっている。
(喜多君、きっと、リョウさんの前でうまくできないことが、くやしいんだろうな)
「あ、き、喜多君は、短期間でとても上手くなっていますから、この調子でいけばオーディションでも、きっと心配ないです」
「本当? 後藤さん! ……もう一回やってみよう!」
「はい」
喜多(♂)の表情が、一気に明るくなった。しかし……。
「痛てっ!!」
「ど、どうしました?」
「指先、切れた……」
喜多(♂)の指先から血がにじんでいる。弦で切れてしまったのだ。
「大丈夫大丈夫。こんなかすり傷、まだやれるから」
「だ、だ、だめです。もし悪化したら本番に影響があるかもしれません。……今日の練習はお終いにしましょう」
ぼっちはポケットから絆創膏を取り出した。こんなこともあろうかと『知っていた』のだ。
たかがオーディション。合格さえすればライブに出演できるんだ。
ここ数日、喜多(♂)はずっと心の中で繰り返していた。そうしないと、プレッシャーで押しつぶされてしまいそうなのだ。
たかがオーディション。もし失敗したって、やり直せばいい。……山田先輩はそう言って笑ってくれた。
しかし、一度は逃げた自分を許してくれた伊地知先輩。もし自分のせいで不合格になったりしたら、なんにでも一生懸命な結束バンドのリーダに、なんと謝ればいいのか。
それよりも……。
「あ、じ、自分で自分の指先に絆創膏は、難しい……です、よね?」
突き出したオレの指先。おそらく男子の指に触れることで過剰に緊張しているのだろう。後藤さんは息を止め、必死の眼差し、震える手で絆創膏を貼ってくれた。
「は、貼れました。……わ、わたしも、ギターの練習を始めた小学生の頃、よく指先をケガしました。お母さんに絆創膏を貼って貰ったんです。明日まではこのままにしておいてください」
止めていた息を吐き出して、ほっとした表情の後藤さん。自分の練習時間を削ってまでオレに付き合ってくれる後藤さん。自分が作詞した曲をオレに託してくれた後藤さん。……この子を、がっかりさせたくはない。
「ありがとう、後藤さん。……やっぱり初心者であるオレにギターとボーカル両方まかせるなんて、無茶だったんだよなぁ」
ついさっき後藤さんの励ましのおかげで一度は持ち直したやる気が、後藤さんをがっかりさせたくなくて不安に落ち込んでしまう。我ながら感情の起伏が激しすぎる。
どうした喜多郁代。しっかりしろ。おまえは脳天気でウエーイな陽キャじゃなかったのか。これではまるで、……恋する乙女みたいじゃないか。
「だ、大丈夫です。もしステージでうまく演奏できなかったら、あわてずに、……隣のリョウさんを見てください。いろいろ合図してくれるはずですから。それに喜多君は歌も上手いし、か、か、か、かっこいいし、いざとなったらギターなんて放っておいてボーカルとしてステージの中心で堂々と歌ってくれれば、あとは、わ、わ、私が、このギターで、なんとかしますから」
長セリフを息継ぎをせず一気に言ったぼっち。そして『なんとかする』と胸をたたく。
(後藤さん、男前だ。……格好いい)
喜多(♂)は、ぼっちの顔を改めて見つめる。そして同時に、ちょっとだけ嫉妬したのだ。そんなぼっちに頼りにされている山田先輩に。だから、ちょっとだけ意地悪を言いたくなった。
「後藤さん……。本当にオレのこと『かっこいい』と思う? 山田先輩や伊地知先輩よりも?」
えっ?
「……ごごごごごごめんなさい。わわ私ごときに、格好いいとか言われても、迷惑でしたね。今のは、わすれて、ください!!」
ぼっちの全身が溶け始めた。
(おお、後藤さん、予想した通りの反応だ)
いつの間にか不安が消えている。後藤さんとのたわいのない会話が楽しい。
「いや、わすれない。後藤さんが格好いいと言ってくれたことは絶対に忘れない。おかげで元気がでたよ。オレがんばる!」
どさくさに紛れて、喜多(♂)はぼっちの両手を握りしめた。
ひゃーーー! き、き、喜多君、て、て、て、て!
「喜多、いつまでぼっちの手を握っているんだい?」
「ひっ、山田先輩!」「り、リョウさん?」
振り向くと、いつの間にかリョウがいた。リョウは二人を引き剥がすと、ぼっちの両肩を掴んで無理矢理むきを変える。視線の先には、……虹夏(♂)がいた。
「ぼっち。……すまない。喜多だけではなく虹夏も励ましてやってくれないか?」
虹夏(♂)は座り込んでる。あきらかに顔色が悪い。
「えっ、わ、わたしが、ですか?」
「虹夏はもともとプレッシャーに弱いからね。その点ではボクもあまり他人のこと言えないけど、今回オーディションするのが星歌さんだということで余計に緊張しているみたいなんだ」
ゾンビのような顔の虹夏(♂)。普段の元気小僧との落差が凄い。
(オレのせいだ……。もし不合格にされたら、兄貴を怒らせたオレのせいだ。せっかくリョウやぼっちちゃんとバンド組めたのに、オレのせいで……)
ぶつぶつと呪詛を吐いている。このままでは、まともに演奏できるとは思えない。
(いっそ寝込みを襲って兄貴を再起不能にして、うやむやのうちにライブやってしまおうか)
なにやら不穏なことまでつぶやき始めた。
「ボクとしては、店長の寝込みを襲う案に賛成なんだけど……」
り、リョウさんが言うと冗談に聞こえませんから!
「じゃあ頼むよ、ぼっち」
わ、わかり、ました。虹夏君を励ましてみます。
「に、虹夏君。大丈夫です。店長さんは個人的な恨みで不合格にするような人じゃありませんから」
ゾンビ状態の虹夏(♂)に、ぼっちが声をかけた。
「ぼっちちゃん。……でも、そもそもオレ達、ぼっちちゃんに頼りきりで、兄貴の言うとおりバンドの体をなしているとはいえないのは確かだし」
ぼっちにとって、前世の虹夏はお母さんのような存在だった。プレッシャーに弱いしたまに凶悪な毒を吐くけど、いつも励ましてくれたり叱ってくれたり、なによりも私を押し入れから光の世界に引っ張り上げてくれた人。
「だ、だ、大丈夫です! 大丈夫なんです! 結束バンドが自分達の演奏できれば、絶対に合格します!!」
この世界の虹夏君(♂)も同じはず。いまはたまたま弱気になっているけど、結束バンドを引っぱってくれるのは彼しかいない。少しでも、恩返ししなきゃ。
「虹夏君がなんのために結束バンドやってるのか、どんな夢を結束バンドにかけているのか、思い出してください!」
「え、オレの夢?」
一瞬、きょとんとした顔。
「ま、まだ、秘密だ。……ぼっちちゃんには、そのうち教えるよ」
そして、照れる。自分の夢を問われて、頬を赤くして照れる虹夏(♂)。
(か、かわいい。虹夏……ちゃん)
ぼっちは、そんな虹夏(♂)の可愛い表情に見とれてしまったのだが、もちろん虹夏(♂)本人はそんなことに気付かない。
「じゃあ、ぼっちちゃんは、なんのためにバンドやってるんだ?」
「え、えええ? わ、わたしは、……せ、せ、世界平和を伝えたくて、です」
「ふ、ふふふふふ。そうか。わかったよ、ぼっちちゃん。じゃ、ふたりの夢をかなえるために、オーディション頑張ろうぜ」
「は、はい!」
ほっ。
(よかった。これで、オーディションなんとかなりそう)
「ぼっち」
一息ついたぼっちに、ふたたびリョウが声をかけた。またしても深刻な顔をしている。
「な、なんですか、リョウさん」
「……喜多と虹夏だけ励ましてずるい。ボクも、励まして」
へ?