女の子はひとりだけ! 男だらけの結束バンド   作:koshikoshikoshi

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お姉さんと路上ライブ

 

 金沢八景。ぼっちは頭を抱えている。目の前にあるのは、自分で書いたライブの宣伝フライヤーだ。

 

 人生二周目にして、確かにギターは上手くなったけど……。なぜ、なぜ、イラストやデザインはまったく上達しないのか?

 

 ぼっちは、ギター以外にはまったくもって進歩していない無能な自分に絶望しているのだ。もちろん、見知らぬ人にフライヤーを配る勇気などないのも、前世と同じままだ。

 

 だ、だめだ。やっぱり自力では無理。絶対に無理。ここは、あの人に頼るしかない。……そ、そろそろ、来るはずだけど。

 

 ドサッ。

 

 まさにその時、まるでタイミングをはかったかのように、ぼっちのすぐ後ろで人間が倒れる音が聞こえた。そして、幽霊のようなかすれた声。

 

「み……ず……、……お水、ください」

 

 きたー。

 

 勢いよく振り向こうとして、だが、……ぼっちは一瞬だけ躊躇してしまう。

 

 ま、まさか。お姉さん、この世界では『お兄さん』だったり、しない、……よね?

 

 ぼっちの脳みそにとんでもないイメージが浮かぶ。顔色が悪くて、ろれつが回らなくて、ところかまわず嘔吐しまくる酔いどれアル中の、……男性。しかもベーシスト。正直言って、あまりお近づきになりたくはない。

 

 で、でも、それでも、お姉さん(?)を放っておくわけにはいかないし……。

 

 

 

 

 

「はい。こ、これ、お水です」

 

 目の前、ゾンビのようにのたうち回る酔っ払い。ぼっちは、あらかじめ用意していたペットボトルを手渡す。

 

 きくりお姉さん、女性でよかった。……本当によかった。

 

 心の底から胸をなで下ろしているぼっち。そんなぼっちの心中など知らずに、廣井きくりは一気に水を飲み干した。

 

「あ、あ、ありがとう」

 

「そ、そ、それと、これが酔い止めです。インスタントですが、シジミのお味噌汁とおかゆも。あ、お湯は水筒に」

 

「よ、用意がいいね、きみ。助かるけど、……ま、まるで、私がここで行き倒れることを知ってたみたい」

 

「ええ」

 

(お姉さんと私がここで出会って、そして一緒に路上ライブやることは、運命だったんです。……もし男性だったら見捨てようと思ってたことは内緒ですけど)

 

 

 

 

 

 な、なんだぁ……。上手すぎるよ、この子。

 

 即席ユニットによる即興路上ライブ。廣井きくりは、セッション相手の少女のギターに舌を巻いていた。

 

 単なる人助けのつもりだった。後藤ひとりちゃんと名乗った女の子は、チケットノルマに苦しむ若いバンドマン。人見知りでコミュ障で隂キャの女子高校生。昔の自分をみるようで放っておけなかった。

 

 ただチケットを買ってあげるのでは、一時的な助けにしかならない。だから、いっしょに路上ライブを誘った。ライブの宣伝とチケット販売の助けになれば、と。

 

 曲は、この子のバンドのオリジナルだという。私にとっては初めて聴く曲だが、そんなことはたいした問題じゃあない。たとえ知らない曲だって、先回りして初心者ギタリストを支えてあげて、いざとなったら派手に動いて場を持たせてやることぐらい、このきくりちゃんにとってはお茶の子さいさいなんだから。

 

 ……って、あれ?

 

 きくりが違和感に気づいたのは、演奏が始まった直後だ。

 

 あれ? あれ? こ、このギターの子、……初心者じゃないぞ。

 

 きくりは、あらためて隣を見る。一心不乱にギターを掻き鳴らしている少女。

 

 出会ったときと同じ、あいかわらずの猫背。俯いてばかりで、視線を合わせてはくれない。だけど、……まったく迷いがない。とにかくキレがいい。そのうえ、上手いだけじゃない。ちゃんと音に色がついてる! 弦が歌ってる! 高校生がこんなに弾けるのおかしいだろ。

 

 そ、それに……。

 

 きくりは気づいてしまった。初めて聴く曲なのに、あまりにも気持ちよく弾けている自分に。

 

 こ、こ、これって、もしかして、……知らない曲を弾いている私を、ひとりちゃんがリードしてくれている? さ、さ、さ、支えられているのは、私の方? このきくり様が?

 

 

 

 

 はぁ、はぁ。

 

 曲が終わったとき、ぼっちは息を切らしていた。

 

 お、思いのほか、本気になってしまった。きくりお姉さんとのセッションが懐かしくて、楽しくて……。そ、それにしても、さすがお姉さん。初めての曲のはずなのに、ちゃんとついてきてくれるなんて、すごい!

 

「あのー、チケット買ってもいいですか?」

 

 肩で息をしているぼっちの前に、浴衣姿の女性がふたり。おずおずと申し出る。

 

 あ、……い、一号さんと二号さん!

 

「も、も、もちろんです!」

「24日のライブも頑張ってください!」

「は、はい。ありがとうございます! がんばります!!」

 

 お二人、この世界にもいてくれた! 前世よりちょっとだけ上手くなった私を、また応援してください!!

 

 

 

 

 

 一方、きくりはといえば、……ただ呆然とぼっちを眺めているだけだった。曲が終わってから、ずっとこんな調子だ。

 

 今、きくりの目の前では、チケットノルマに苦しむバンド少女の初ライブチケットが、できたてのファンに購入してもらう瞬間という、バンドマンなら感涙必至の感動シーンが繰り広げられている。……のだが、きくりのアルコールに浸った脳は、納得できていない。

 

(さっきの即興セッションはたしかに良いできだった。それは認める。でも、後輩に支えてもらうなんて、先輩バンドマンとしては絶対に納得できない。……SICK HACK のベーシストとして、高校生の女の子に負けたまま帰るわけにはいかないよなぁ!)

 

「ひ、ひとりちゃん。……もう一曲、やらない?」

 

 は?

 

(あ、あれ? 前世の時、そんな展開あったかな?)

 

「今度は、二人とも知ってる曲でさ、……対等の条件で、勝負しようよ!」

 

「しょ、しょうぶ? え、えと、よくわからないですけど、……じゃあSICK HACKの曲で」

 

 ピキッ。

 

 自分では意識しないまま、きくりは青筋を立てていた。こめかみに井げたマークが浮かんでいる。

 

 こ、この私を舐めている? ……つもりは無さそうだけど。これが、天然?

 

 

 

 

 

 私達の曲もここまで弾けちゃうんだね、ひとりちゃんは。

 

 二曲目はSICK HACKの曲。うすうす予想していたとおり、ひとりちゃんは軽々と、そして完璧に弾きこなす。

 

 腕は、少なくともイライザと同等以上だね、これは。しかも、切れの良い弦さばきを最大限に活かした彼女独自のアレンジは新鮮で、オリジナルと比較してもこれはこれで心地良い。ていうか、これ絶対に私の癖をしっていて、私にあわせやすいようにしてくれてるだろ。

 

 これは、……勝てないわ。

 

 きくりは、素直に白旗を揚げる。

 

 勝負しよう、とは言ったものの、ここまでやられると正直勝てる気がしない。そもそも、ひとりちゃんは私の事を勝負の相手だと思っていない。先輩バンドマンとしての矜持を示すには、せめて、せめて、このセッションを完璧なものにするしかない。

 

 すこしずつ観客が増えてきた。ひとりちゃんのまるで歌うようなギターの音に、道行く人々が足を停める。その中の一部の人間が、目を見開いて唖然としている。たまたま偶然通りかかっただけの観客の中にも『わかる奴』がいるらしい。

 

 ……おまえら、運がいいぞ。このきくり様を子ども扱いできるギタリストの演奏を、無料で聴けるんだから!

 

 

 

 

 

 ざわ、ざわ。

 

 観客の中から、ひそひそ話が聞こえる。

 

「あのベースの女、ゲタ履きにバチ?」

「あ、SICKHACKの廣井だ。オレ新宿に見に行ったことある」

「へー有名な人なんだ。隣のギターの女の子も上手いよな」

「いや、……これは、上手いなんてもんじゃないぞ。上手すぎる」

 

 ざわ、ざわ、ざわ。

 

「え、ピンクのジャージ?」

「あのギター、配信で見たことある……」

「むちゃくちゃギターの上手い女子高校生って、あの……」

 

 ざわざわざわざわ。

 

「……まさか」

「ギター、……ヒーロー?」

「うそ!」

「ギターヒーローがこんなところで路上ライブ?」

 

 驚嘆の輪がゆっくりと広がっていく。ふたりに向けられるスマホの数が増える。徐々に周囲が騒然とし始める。

 

「ジャージはダサいけど、こんな可愛らしい子だったのか」

「さ、サイン貰わなきゃ」

「ギターヒーローが所属するバンドって、SICKHACKなの?」

「ちがうだろ。新宿FOLTではみたことないぞ」

 

 

 

「そこの人たち! ここでのライブはやめてくださーい」

 

 警備員らしき人の大声で、うやむやのうちにライブは終了となった。ぼっちときくりはその場から、ざわつく観客達の前から、逃げるように全速力で撤収する。

 

「と、とても楽しかったです、お姉さん! おかげでチケット二枚も買ってもらえたし!」

 

「いやいや私こそ楽しかったよ。勝負、なんて言い出してわるかった。あわただしく撤収しなかったら、もっとチケット売れたかもね。……最後の一枚は私が買うよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

(お、お姉さん。前世同様お世話になります!)

 

「で、ライブはどこのライブハウスでやるんだい? ……って、STARRYぃぃぃ???」

 

 ぼっちに手渡されたチケットを見て、きくりは目を剥いた。

 

(ど、どうしたんだろう。お姉さん、STARRYも知ってるし店長さんとも仲良し(?)のはず、……だよね?)

 

 きくりお姉さんは、最大限に見開いた目のままでぼっちを見る。グルグル瞳を上下して、頭からつま先まで全身をなめ回すように……。

 

「あ、あの、STARRYになにか?」

 

「え? あ、てててて店長は、……せ、星歌さんは、元気?」

 

「あ、店長さんですか? お元気です、よ。バイトでお世話になってるし、オーディションもやっていただきました」

 

 ……そーかー。星歌さん、あいかわらず、こーなのかぁ。

 

 ぼっちの顔をしげしげと眺めて、きくりは頷く。何度も、何度も、何度も。

 

 えっ? えっ? えっ?

 

 ぼっちは、きくり姉さんの反応の意味がわからない。

 

「あーー、今夜はやけ酒だぁ! 死ぬほど呑むぞぉ!!」

 

 ど、どうして突然? それに、涙? お姉さん、なぜ?

 

「私だってわかんないよ。……と、とにかく、STARRYは絶対行くから。ひとりちゃんのライブ、楽しみにしてるから」

 

 は、はい。

 

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