女の子はひとりだけ! 男だらけの結束バンド 作:koshikoshikoshi
ライブ直前の結束バンド。お揃いのTシャツの三人と、ひとりだけ上にピンクのジャージを羽織ったぼっち。ライブにむけ、全員で気合いを入れる、……つもりだったのだが。
(いやな予感、あたっちゃった……)
「うーん、学校の友達はみんな来られなくなったみたいです」
「う、うちの親も……」
悲壮な顔をしているメンバー達。
「オレの後輩もだ。リョウがチケット売った人は?」
「おっと、熱帯低気圧のせいで低血圧が……」
わざとらしくふらつき、虹夏(♂)にもたれかかるリョウ。だが、体調が良くないのはおそらく本当だ。見るからに顔色がわるい
「リョウ、大丈夫か? 寝てないんじゃないのか? おまえ、実はオレ以上にプレッシャーに弱いよな」
「うるさいな、これは低気圧のせいだって」
「はいはい」
親友の見え見えな強がりに、虹夏の頬がちょっとだけ緩んだ。だが……。
いまだガラガラのSTARRY。フロアの客のコソコソささやき声が妙に響く。その一部が控え室まで聞こえてしまうほどに。
「1番目は、……『結束バンド』だって。知ってる?」
「知ってるわけない。興味もなーい」
「だよねぇ。雨宿りにたまたま飛び込んだライブハウスだしねぇ」
「なんか寂れてるし、小降りになったらさっさと帰ろう」
くっ……。
虹夏の表情がふたたび曇る。
「先輩、大丈夫です。客が少ないなら、いつもの練習のつもりでやればいいんですよ!」
顔をこわばらせたまま元に戻らない虹夏(♂)とリョウに向け、喜多(♂)が言い放つ。その背中からは、当社比三倍増の陽キャオーラが輝いている。
「喜多、……おまえすごいな。オーディションの時はあんなにビビってたくせに」
「あの時は、もし不合格ならギターを教えてくれた後藤さんに申し訳ないというプレッシャーが強くて……。でも、今日はそんなものありませんから。そもそも、客が少ない方が後藤さんはかえって調子でるだろうし。ねっ後藤さん」
「あ、は、はい!」
(喜多君、そんなに私のこと気に掛けてくれてたんだ……。よーし、がんばるぞ!)
「……そ、そうだな。よし、切り替えていこう!!」
表情はこわばったまま、それでもリーダの虹夏(♂)が拳を振り上げる。
「おおぉ!」
「おー」
「お、おー」
(大丈夫。……きっと、大丈夫)
ついに開演。四人でステージに登る。ガラガラの観客の前、チューニングをしながらぼっちはため息をついた。
結局のところ、一曲目までに店に来た客はほんの数人だけだった。前世の時よりも輪を掛けてさらに少ない。しかも、雨宿りに店に入った客は、壁際から一歩も前にでてこない。結束バンドを無視してスマホで天気予報を眺めている。
熱心にステージに視線を向けてくれているのは、ぼっちの正面にいるファン1号さん2号さん。そして……。
え? あ、あれは、……ぽいずん、さん?
ぼっちの前世の記憶、たしかに見覚えのある女性がひとり。一見幼い外見と、食らいつくようにこちらを見つめる目つきのギャップが恐い。
あ、あ、あれ? ぽいずんさんにギターヒーローのことがバレちゃうのって、もっと先のライブだったような……。まぁいいか。お客さんとして来てくれたのなら、ありがたいことだし。
『初めまして! 結束バンドです。本日はお足元の悪い中、お越しいただき誠にありがとうございます!』
喜多(♂)のMCでライブが始まった。
がらんとしたしたフロア。数少ない観客に視線を向けて微笑むチャラ男。
きたーーーーー!!!
ステージの上、スポットライトよりも眩しいキラキラ笑顔が輝いた。地下にあるはずのフロアが光に溢れる。イケメンが本気をだすとここまで破壊力があるというのか。
(ま、まぶしーー。……喜多君、こんな雰囲気の中こんなに堂々とMCできるなんて、さすが陽キャの男の子。頼もしい)
「へ、……へぇー、ちょっと格好いいじゃん」
喜多(♂)のオーラと甘い声、一番後ろに陣取った女性客がスマホから顔をあげる。はじめてステージの上に興味を向けた。
「うわ、イケメンだ。……いま私をみて微笑んだ!」
「ちがう、私を見たのよ」
一度喜多(♂)と視線を合わせてしまえば、もう逃げられない。女性達を正面からみつめたまま、喜多(♂)はわざと間を開ける。そして、ゆっくりと視線を動かす。観客の視線を引き連れたまま、ホール全体を見回す。そして視線はステージの上のメンバー達に。自分の仲間をひとりひとり紹介するかのように。
喜多(♂)の日常。彼の周囲にはいつも沢山の人がいる。彼は常に話題の中心であり、視線を集める存在だった。だが、それは決して必然ではない。彼の努力のたまものだ。
自分の恵まれた容姿を最大限に活かし、いつも格好良くあるべく努力してきた。コミュ力全般をひたすら磨いてきた。目立つために。モテるために。16年間の人生をかけて。
そう、喜多(♂)は目立つことが大好きだ。他人の視線が自分に集まることは大好物だ。そのためならば、どんな努力でもしてきた。逆にいえば、みんなの視線(特に女性の視線)が自分に向いていない状況は耐えられない。……だけど、今この時だけはちょっとちがう。見て欲しいのは、自分だけではない。結束バンドの仲間達だ。
「へぇ、いいんじゃない? タイプの違うイケメン3人のビジュアル系、って感じ?」
「全員高校生なのかな? どんな曲やるのかしら」
「星歌先輩、あのボーカルの子すごいね。まだ曲もはじまっていないのに、ほんの数秒で客の心をつかんじゃった……」
きくりが呆れたようにつぶやいた。
「イケメンちゃら男君の本領発揮ってところか。……しかしなぁ、今日はちょっと客層が悪すぎる。かえって雰囲気が悪くならなけりゃいいが」
自分の店の客を見渡しながら、星歌(♂)は渋い顔のままだ。
『じゃあ、……1曲目いきます! オレ達のオリジナル曲で、ギターと孤独と蒼い惑星!』
よし、オレのペースだ。このままいける!
キラキラオーラを振りまきながら、喜多(♂)は確信する。
喜多(♂)はライブハウスのステージに立つのは初めての経験だ。だが、ボーカルである自分に求められている役割は、とにかく客の注目を浴びることだということを理解している。残念ながら今の自分には、満員の客を前にして歌や演奏でそれができるほどの腕はない。ない、が、しかし客が少ないからこそ、……ついでに視線の先の相手が女性客だったからこそ、できることがある。いまこの場を仕切っているのは、たしかにオレだ。
へへへ、アイドルか芸人を目指そうと思ったこともあるけど、オレにはバンドの方が向いてるかもね。今日はその第一歩。さぁ、あとは後藤さんと先輩方がなんとかしてくれる!
だが、……フロントマンとしての天賦の才能はあっても、残念なことに喜多(♂)にはステージ経験がまったくもって足りなかった。店長(♂)が危惧したとおり、今日のSTARRYはあまりにも客が少なく、しかもたちが悪かった。
虹夏(♂)のドラムが始まる直前、きこえてしまったのだ。結束バンドのメンバーの耳に。例の雨宿り女性客達の会話が。
「始まるわよ」
「確かにかっこいい子達だけど、どうせビジュアルだけ系のバンドでしょ。演奏にはあまり期待しない方が……」
決して悪気があるわけではないのだろう。他人に聞かせる気などない、内輪だけのこそこそ話。たまたまここが普段ならあり得ないほどガラガラのライブハウスで、まだ演奏が始まっていないタイミングでなければ、他人の耳に入ることなどなかったはずの。
「ビジュアル系にしては……、あのださいピンクジャージはなに?」
「えっ? あのジャージの子、メンバーなの? ダサすぎなんだけど」
えっ?
ぼっちの身体が固まった。
「色物枠でしょ? それにしても、あれはないわ。いっそヌイグルミでもかぶってればいいのに」
「他の子はかっこいいのに、ピンクジャージひとりのおかげで台無しよねぇ」
えっ、えっ?
ぼっちだけじゃない。虹夏(♂)の手が止まる。喜多(♂)の声も詰まる。ステージの上、時が止まった。
「あー、ひどいな。ぼっちちゃんの魅力を理解できないド素人どもが……」
最後列の壁際。きくりと共に結束バンドを見守っていた星歌(♂)がつぶやいた。
「ど、どうするの、星歌先輩。ひとりちゃんの悪口言われて、男の子達ステージの上で固まってるよ」
横からきくりが尋ねる。握りしめた紙パックが完全に潰れている。
「どうするって言われても、……腹はたつが、オレ達にはどうしようもねーよ。おまえだってバンドやってるなら、この程度の鉄火場は経験したことあるだろ?」
ため息をひとつ。大きな大きなため息をもうひとつ。星歌(♂)はゆっくりと吐き出した。
た、たしかに。
きくりは頷くしかない。
SICKHACKの初ライブは、客が二人しかいなかった。しかも、きくり達のパフォーマンスに怯えて途中で逃げてしまった。それに比べれば全然マシ、……なのかなぁ?
「まぁ、自分達でなんとかするしかないな。これくらいでへこたれちゃ、ロックなんてできないよ」
「男の子達はそれでいいとして、ひとりちゃんは? 私みたいにドーピングするわけにいかないし……」
「そうだな。ぼっちちゃんは、……なぁ、ライブの後、どうやってフォローしてやればいいかな?」
(この顔。星歌さんは弟さんよりひとりちゃんのこと心配してるんだね。でも、私の勘では彼女は大丈夫だと思うんだ。……なんてぜーったい口に出して言ってやらないけど)
きくりは、ポケットから新しい鬼ころ紙パックをとりだす。そして一気に吸いこんだ。
あいつら、ぼっちちゃんを……。
瞬間、虹夏(♂)の頭に血が上った。我を忘れた。何も見えなく、何も聞こえなくなった。そして、反射的に腰が浮いた。
(おちつけ、虹夏!)
正面に身体を張って立ち塞がる親友の姿がなければ、そのままスティックを放り投げて客席に乱入していたかもしれない。
(喜多もだ! やめろ!!)
同様にマイクを放り投げてそのまま客席に乱入する勢いだった喜多(♂)。後ろからリョウにローキックを喰らって正気を取り戻す。
(山田先輩、でも、後藤さんが……)
客席の二人と言えば、自分達の周囲の雰囲気がおかしいことに今さら気づいたのだろう。両手で口を押さえながら気まずそうにうつむいている。
(うるさい、だまれ! ……虹夏、曲をはじめるんだ。これくらい、ぼっちは大丈夫だから)
虹夏のドラムにより一曲目が始まった。リョウが言ったとおり、ぼっちは大丈夫だった。曲がはじまってもいつも通りの平常心でいられる自分に驚いてさえいた。
(か、隂であんなこと言われるの、初めてじゃないし。それに……)
もちろん、まったく傷付かないと言えばウソになる。でも、二度目の人生だ。私だって少しは成長しているし、なによりも虹夏君や喜多君が怒ってくれたから。だから私は、ツチノコにもならずこうしてギターを弾いていられる。
(ていうか、逆にちょっと、……うれしかったりして)
……とはいっても。
(一曲目がダメダメになっちゃったのは、前世の時とやっぱり同じ、か。……いや、あの時よりもひどい演奏かも)
曲が始まる前から、虹夏(♂)は明らかにプレッシャーに潰されていた。さらに、冒頭のあれで頭に火がついてしまった。いまさら冷静に叩けるはずだない。ぼっちが必死にリズムを保とうとしているが、素人目にもドラムが安定しないのがわかるだろう。
ドラムがもたつけば、正確で安定しているぼっちのギターが、逆に走り過ぎに聞こえてしまう。全体のリズムがヨレヨレになる。
ついさっきまであんなにキラキラしていた喜多(♂)も、さすがに表情がこわばっている。力が入りすぎた指が思うように動かない。練習では出来ていたことが出来ない。ギターがガタガタになる。そして、一番肝心なボーカルがよれる。
(どうしよう? どうすればいい? やっぱり二曲目にかけるしかない? そのためには、せめてこの一曲目は無難に終わらせないと)
前世もそうだったけど、こんな時はリョウさんのベースが頼りになるはず。絶対にマイペースを崩すことの無いリョウさんが、喜多君や虹夏君を引っぱってくれれば……。
(……だめだ。リョウさんもちょっとおかしい。喜多君や虹夏君とあわない。……ちがう、周りの音を聴いていない? リョウさん、もしかして、一番怒っている?)
私の責任だ。みんな私のせいだ。なんとかしないと。なんとか……。
『1曲目、ギターと孤独と蒼い惑星でした』
まばらな拍手。シラケきった空気。辛そうな顔の1号さんと2号さん。
(わたしの責任だ。みんなわたしのせいだ)
『喜多。次の曲紹介』
もう客の顔なんかみたくない。一刻もはやく終わってしまいたい。ぼっちちゃんのためにも。……虹夏(♂)の顔には顔にそう書いてある。
『次もオレ達のオリジナル曲。つい先日できたばかりの曲なんですけど……』
憮然とした声。喜多(♂)の背中のキラキラは、今やすっかり完全に消えていた。怒りと焦りと何も出来ない自分への失望が入り混じった灰色のオーラしか出ていない。
(……で、でも、まだやり直せる。ここからが勝負。前世でもそうだった)
ぼっちは深呼吸。全身に力をいれる。脚を踏みしめる。
いくぞ! 人生二周目の全力を見せてやる!
……その瞬間のことだ。台風ライブのトラブルはまだ終わらない。ぼっちの知る前世とは異なる事件がおきた。ぼっちが侮辱されたことで怒り狂っていたのは、ステージの上の男子三人だけではなかったのだ。
「ちょっとあんたたち、ギターヒーローさんにあまりにも失礼じゃないの?」
ホールに響く声。かん高い、そしてドスの効いた声。先ほど暴言を吐いた女性客に対して、別の客がつっかかっている。こちらも女性客。佐藤愛子、……ぽいずん♡やみ14歳だ。
「な、なによあなた」
「本当の事いっただけじゃない。実際、演奏もパッとしなかったし!」
「ギターヒーローさんを馬鹿にするのは、私が許さないんだからね!」
当たり前のように売られたケンカは買い取られる。客席の女性客2組が睨み合う。お互いに、いつ頬をひっぱたかれてもおかしくない。傷害事件まったなしだ。
ななな、なに? こんどはなにが起きたの?