女の子はひとりだけ! 男だらけの結束バンド 作:koshikoshikoshi
ノリと勢いだけで書いちゃってごめんなさい。
「ちょっとあんたたち、あまりにも失礼じゃないの?」
「な、なによあなた」
「本当の事いっただけじゃない。実際、演奏もパッとしなかったし!」
「ギターヒーローさんを馬鹿にするのは、私が許さないんだからね!」
結束バンドの初ライブ。一曲目と二曲目の間の僅かな時間。かん高い嬌声がホールに響いた。女性各二組が取っ組み合いのケンカを始めてしまったのだ。
「あー、今度は客同士のケンカかぁ? 勘弁してくれよ」
やれやれといった風体で、店長(♂)が腰を上げた。
「ど、どうするの、星歌さん?」
「そりゃ止めるさ。店長として、さすがに客同士のいざこざを放っておくわけにいかんだろう。ぼっちちゃんがこれ以上悩む顔も見たくないしな」
「ださくてパッとしないバンドに、ださくてパッとしないって言って何が悪いのよ!」
「ド素人にはわからないだろうけどねぇ、あのピンクジャージの人は、本来ならこんな場末のライブハウスで演るような人じゃないのよ!」
「はぁ? あなた何言ってるの?」
売り言葉に買い言葉。女性同士の言い争いは際限なくヒートアップしていく。
(ええええ?)
ぼっちは狼狽えるしかない。ポイズンさんが自分を庇ってくれるのはありがたい。ありがたいが、しかし今まさに実力で見返してやろうと気合いを入れている瞬間にこれは、勘弁して欲しい。ありがた迷惑とはこのことだ。
しかも、口ケンカ(?)は妙な方向に転がっていった。
「あなた、あのピンクジャージの人、……ギターヒーローさんを知らないの?」
ひぃぃぃぃ! ぽ、ポイズンさん、どうして初ライブでまだ一曲しか弾いていない私がギターヒーローだと……。
「ギターヒーロー? あれが? ださいだけじゃなくて、あんなに下手くそなのに?」
「なに言ってるのよ! 歌うようなビブラート、絶対に狂わない正確に刻むリズム、ド素人メンバーの中でひとりだけ際立ったテクニック、……一目瞭然でしょ! 」
えっ? えっ? やめて! 喜多君も虹夏君もリョウさんもド素人なんかじゃない! あんなに一生懸命やってるのに!
「ば、バンドとしては下手くそなのは否定できないでしょ!」
「私はねぇ、彼女が小学生の頃からずっとネットで知ってるの。これは押し入れでひとりぼっちで配信してきたギターヒーローさんがやっと組んだバンドなの! 高校生なんだし、少しくらい下手くそなのは大目にみるのが大人ってものでしょ! ……まったく、ド素人が偉そうにバンド語るんじゃないわよ!」
(ぽ、ポイズンさん。それって、フォローになってない、から……)
ぼっちはステージの上で固まったまま、声の方向に視線をむけることができない。かわりに、あわててメンバーを見渡す。
喜多君(♂)は、今度はポカンとした顔で客席を見つめている。あまりの展開に何が起こっているのか理解できていないのだろう。
に、虹夏君(♂)は? ……私を見ている。目を丸くして。……ギターヒーローのこと、ばれた?
そしてリョウさんは……。
(リョウさん、……悔しそうに唇を噛んでうつむいている)
ついさっきは私のためにあんなに怒ってくれたリョウさんが、ギターヒーローの足手まとい扱いされてこんなに落ち込むなんて。
(あ、……もしかしてリョウさん、私がギターヒーローだって、もともと知ってた? 今日ギターヒーロー目当てのこんなお客さんが来ることを予想していた?)
一曲目と二曲目とのあいだのわずかな間。それは、時間にすればほんの数秒間の沈黙。……だが、バンドメンバー、観客、スタッフ、その時間を共有している人々にとっては、それは永遠にも感じられる長い長い沈黙だった。
(ど、ど、どどどうしよう。どうしよう。前世の時と同じ、いや遙かに酷い状況だ。しかも、全部私のせい。私のせいで、みんなが動揺している)
「おい、そこの迷惑客と迷惑ライター いいかげんに……」
一歩前に出ようとする店長(♂)。その袖を掴み、きくりが止める。
「なんだ?」
「あー、たぶんだけど、ひとりちゃん、……ぼっちちゃんは、大丈夫じゃないかなぁ」
「……どういうことだ?」
「ぼっちちゃんは、強い子だってこと。そーねー、星歌さんが知ってる昔の私より、……アルコールドーピングなしの私なんかより、ずっとずっとね」
はぁ? なんだそれ?
こ、こ、このままじゃイヤだ。絶対にイヤだ。私の力でなんとかしなきゃ。
『自分とバンドの仲間に自信を持って!』
心の中、きくり姉さんの言葉がよみがえる。
できる! たとえ前世よりひどい状況でも。前世とメンバーの性別が違ったとしても。それでも、結束バンドのみんなは仲間なんだから。
ぼっちはひとつだけ深呼吸。そして構える。
ダン!!
ぼっちはペダルごと力いっぱい脚を踏み込んだ。そして、弦を弾く。観客に、仲間に、この世のすべての人に向けて。
それは、たったひとりの少女が引き起こした音のはずだった。だが、その旋律は、まるで洪水のように濁流となってSTARRYのホールを埋め尽くす。
『だまれ!』
ギターの雄叫びがSTARRYに鳴り響く。
『こちらを見ろ!』『聴け!!』
それは、聴く者すべての理性を破壊する、あまりにも攻撃的な音だった。
(うわ、後藤さん? な、なにこれ。すげぇ!)
喜多(♂)はあっけにとられている。突然となりで狂ったように弦をかき鳴らし始めたぼっちに圧倒されている。
(これが、バンド。これが、ロック。これが、……後藤さん)
唖然としてしているのは、虹夏(♂)とリョウも同じだ。
(このイントロ、オリジナル? これが、ギターヒーローの本気……)
(ぼっちちゃん。……本当に、ギターヒーローだったんだね)
ステージの上のメンバーだけではない。さっきまでケンカしていた客も、やみ14歳も、店長(♂)ときくりも、スタッフも、その瞬間STARRYにいた全員が、二周目ギターヒーローの全開に圧倒され、我を忘れていた。
(……前世の初ライブのイントロは、何も考えていなかった。なんのひねりもなく、ただただ思いつくまま衝動的に掻き鳴らしたソロだった。お客さんの反応も、仲間の反応すらも気にする余裕がなかった)
ステージの上、とことん前屈み、長い髪を振り乱し、視線をあげること無くただひたすら弦をかきならす少女。その鬼気迫る演奏シーンは、見る者すべてを圧倒し、戦慄させている。
(だけど、結束バンドのみんなには内緒にしていたけど、……お客さんの前でひとりだけで自分勝手に弦をかき鳴らすこと、あれはとても気持ちよかった。四人であわせた演奏とはまたちがう、快感? を、確かに私は感じていた。絶対内緒だけど)
もしこの時、俯きっぱなしで演奏に集中している少女の顔を覗き込む者がいたならば、その意外な表情に驚いただろう。ぼっちは、……笑っていたのだ。
(だから、あのあと何度も妄想した。練習を繰り返した。本当にあの演奏で良かったのか。あのアレンジがベストだったのか。もし次があるのなら、どうすれば良いのか。……まさか、本当に、こんな機会が来てしまうとは思わなかったけど)
規格外で圧倒的な技術。折り重なる超絶的なフレーズ。二回の人生に渡って計算され尽くしたメロディ。そして、世界の誰にも迎合しない、メンバーも客も置いてきぼりのひたすらエゴイスティックな演奏。……あまりにもギタリスト。どこまでもギタリスト。ギタリストの本能を具現化した存在が、いまそこにいる。
ひとりちゃん……、やっぱり君は凄い子だ。
きくりが他の観客よりいち早く我に返ることが出来たのは、ぼっちならこの程度できることを、もともと知っていたからだろう。そして、隣で同様にあっけにとられているはずの星歌(♂)の顔を見上げる。
(……呆気にとられていない。みごとなドヤ顔だ)
つまりは星歌さんも、彼女の実力は知っていたわけだ。
(私より陰キャで、だけど私より芯が強くて、どこまでもどこまでも徹底的にギタリストである女の子、……か)
きくりは苦笑いするしかない。握りしめた鬼ころのパックから最後の一滴をむりやり吸い込み、勢いよく飲み込んだ。
息をする間もなく、ぼっちの奏でる音のスケールが駆け上がる。ひとり舞台のイントロが終演に近づく。
突然、ぼっちはギターを放り出した。そして、そのままピンクジャージを脱ぎ捨てる。空に向かって放り投げる。中から現れるのは、もちろん結束バンドロゴのピチティーだ。
そう、スポットライトのど真ん中、ピンクジャージとともにギターヒーローは消えた。そして、四人目の結束バンドメンバーが現れたのだ。……あいかわらずの猫背で前屈みで結束バンドロゴはいまいち見えづらいが、それはともかく。
「今のわたしは、ギターヒーローじゃない! 結束バンドの後藤ひとり、だ! ……です!」
ぼっちは叫ぶ。視線は上に向けられないまま、心の中だけで。……そして、ふたたびギターを構える。
(※作者注) あのイントロにジャージを脱いで再びギターを構える暇なんてあるのかよ、というつっこみは無しの方向でお願いします。
激情的で破壊的で官能的で魅力的なイントロが終わる。終わってしまう。
(ソロは上手くいった、次だ!)
前世のあの時も、たしかにイントロはそれなりに上手くいった、けど、……前世の私はやり過ぎた。ソロが終わってからも、リズム隊もボーカルも無視してつっぱしってしまった。結果的に彼らを食ってしまった。まるでワンマン。あれはあれでひとつの形だけど、冷静に振り返ってみれば私がやりたい結束バンドはあれじゃない。
でも、二周目の私はみんなのことを知ってる。バンド演奏をひっぱるなんてことは相変わらずできないけれど、結束バンドとして演奏がうまくいく条件くらいはわかっている。
ぼっちは一瞬だけ顔をあげる。いまだ唖然としているリョウを見る。目が合う。
リョウさん、おねがいします。私ができるのは、ひたすら自分勝手に掻き鳴らすことだけ。でも、リョウさんが引っぱってくれれば、結束バンドはもっともっと凄いバンドになれるんですから!
イントロのソロが終わる間際、リョウは息をのんだ。目の前で神がかったソロを弾いているピチピチのティーシャツ姿の美少女が、こちらを見つめているのだ。リョウにすべてを委ね、リョウに全幅の信頼を寄せる瞳で。
(女神……)
リョウは頭をふる。一瞬、自分いまどこにいるのか、何をやっているのかわからなくなった。だめだだめだ、こんなことをしている暇はない。イントロが終わってしまう。
「……わかったよ、ぼっち。演奏中に3人を束ねるのはボクの仕事だ」
リョウがまず視線を向けたのは、もちろん親友の虹夏(♂)だ。結束バンドのリーダーにしてドラム担当は、怒濤の展開にアホみたいに口をポカンと開けている。
「目を覚ませ! 虹夏」
虹夏(♂)がリョウのアイコンタクトに気付くことができたのは、長馴染みの阿吽の呼吸という奴だ。
「あ、ああ。すまないリョウ。ギターヒーローさんに見とれていた」
「あれはギターヒーローじゃない。結束バンドのぼっちだ」
「そ、そうだな」
おなじく固まっていた照明さんとPAさんがギリギリで正気を取り戻したのは、プロの矜持ゆえのものだろう。
一瞬、照明がおちる。そして……。
よし! 虹夏のドラム、ちゃんと入った。いつもの手数が多くてパワフルな虹夏のドラムがかえってきた。さすがだ親友。
リョウ自身もふてぶてしさを取り戻す。意識して、お客さんを小馬鹿にしたようなテクニックを見せつけるような意地の悪いベーシストを演じる。
喜多、いまだ!
合図に従って、喜多が歌う。……ぼっちに圧倒されて開き直ったか。ギターの難しいところは初めから諦めて、歌に集中しているのか。でもそれでいい。素人ぽいのに迫力と色気が同居したその声は、喜多の大きな武器だ。
ジャージを脱いでくれたぼっち。結束バンドのティーシャツ姿のぼっち。さあ、ボクらの精一杯を受け取ってくれ!