女の子はひとりだけ! 男だらけの結束バンド 作:koshikoshikoshi
(あ、圧が強い!)
居酒屋の小上がり。ぼっちの目の前には、息がかかるほどの至近距離にたくさんの人がいる。
それだけでもとてつもないプレッシャーなのに、揃いも揃って美形とイケメン(そしておっさん)。たとえ二度目の人生であっても、しょせんはぼっちだ。その圧力に対抗できるはずもない。息をすることさえ難しい。
な、な、なんとかして、なんとかして、一時的にでも、この状況を脱しなければ。
「あ、あの、ちょっと、私、……トイレに」
前世とは性別含めていろいろと変わってしまった結束バンドのみんな。だけど、基本的に中身は変わっていない、……と思う。みんないい人だし、大事な大事な仲間だ。
(……なのに、私だけが妙に意識しちゃってる、かも? これって、結束バンドにとってよくないよね)
前世、女の子ばかりだった結束バンドメンバーとは、少なくとも同じバンドのメンバーとしてお互いに尊重し合う大切な仲間として親しくお付き合いできていた、……と思う。だけど、この世界のメンバーとは、ちょっと、ほんのちょっとだけ、ぎくしゃくしているような気が、し……ないでもない。
これはきっと、……私が意識しちゃってるからだ。
(男の子は恐いけど、せめて、せめて、前世と同じように振る舞わなきゃ!)
……この期に及んでも、ぼっちは理解できていなかったのだ。
問題は、ぼっちの気の持ちようではないということを。最大の問題は、男の子達の方こそがぼっちを意識しちゃってることだということを。ぼっちがぼっちであるかぎり、これは仕方が無いのだが。
(そ、そういえば虹夏君、さっきからいないな。もしかして、前世と同じ展開? なら……)
ぼっちはおそるおそる店の外に出る。いつの間にか雨は止んでいる。薄暗い灯りの下、……いた。
ぼーっと空を見上げている虹夏(♂)に、そっと声をかける。
「あ、に、虹夏君。何してたんですか?」
「うわ!!! ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、……ぼっち、ちゃん」
心底驚いたのだろう。普段の彼からは想像できないほどの大げさなリアクションで後ずさりする虹夏(♂)。
え?
前世の記憶では、虹夏(♂)にこんな反応をされたことはない、……はずだ。
「え、えーと、暑くてさ。ちょっとだけ、外で涼んでいたんだ」
「あ、……そ、そうですね。最近は、もう、夜は涼しいですよね」
「そうだね。……あ〜夏休みもあと一週間で終わりかぁ」
ただの世間話。いつかと同じ会話。……よかった。虹夏君の様子がちょっとおかしいのは、私の気のせい、……だよね。
「あのさ。……ぼっちちゃんがギターヒーロー、だったんだね」
やっぱりこの展開かー。ライブが終わってからも、この世界のみんなはあえて触れないでいてくれた話題だったんだけど、……虹夏君はそうはいかないよね。
「は、はい。ごめんなさい。隠しているつもりはなかったんですが……」
はぁ……。
大きな大きなため息をつく虹夏(♂)。
「が、がっかりさせちゃいました、か? やっぱり」
「違うよ。オレ、ずっとギターヒーローさんのファンだったのに。なのに、今日までぼっちちゃんだと気付かなくて。……リョウや兄貴達は気付いていたのに。そんな自分が情けなくて」
「わ、わるいのは、虹夏君じゃなくて……「ぼっちちゃん!」」
虹夏(♂)はぼっちの言葉を遮る。最後まで言わせない。
「オレ、本当の夢があるって前にいっただろ」
「……オレ小さい頃に母さんが亡くなって、親父はいつも家に居ないし、兄貴だけが家族だったんだ」
「そんな兄貴のSTARRYは、オレの家みたいなものなんだ」
「は、はい」
「兄貴は何も言わないけど、STARRY始めるためにバンドやめて、たくさんの人に頭下げたり、金のこととかすごい苦労して」
「……まぁ、あの兄貴が何を考えていたのかはオレにもわからないけどね。もしかしたら、当時の女のためにバンドで食ってくのをあきらめただけかもしれないし」
「でも、たとえどんな理由だったとしても、オレはSTARRYを守りたい。兄貴の分まで人気のあるバンドをつくって、兄貴がはじめたこのSTARRYをもっと有名にしたい。これがオレの夢なんだ」
(……わたし、知ってます)
「だけどさ……なかなか上手くいかないんだ。オレ、リョウみたいに才能ないし、こんな夢なんて無謀なんじゃないかと思うときもあって、……今日もオレ、リーダーなのにみんなを全然まとめられなくて」
「だけど、……とんでもないヤバい状況をぶっ壊してくれたのが、ぼっちちゃんなんだ。今日のぼっちちゃんは、本当にヒーローだった」
台風一過。すっかり晴れ上がった星空の元。金髪元気少年が正面から見つめている。優しくて、マジメで、ぼっちに絶対的な信頼をよせている瞳。
(やっぱり。男の子でも虹夏ちゃんは虹夏ちゃんだ)
「ももももったいないお言葉です、虹夏、……くん」
眩しい! リョウとも喜多(♂)とも違う。そのあまりにも正直で誠実でまっすぐな視線。ぼっちは虹夏(♂)の視線を受け止めることができない。いつものようにうつむいて、地面をみつめるだけだ。
「そういえばさ、ぼっちちゃんが今なんのためにバンドしているのか、聴いてもいい? ……『世界平和』以外の理由は?」
「わわわたしは、……ギタリストとして、みんなの大切な結束バンドを最高のバンドにしたいです。そしてみんなで人気バンドになって……」
ぼっちの言葉を聞いた瞬間、虹夏(♂)の目がまん丸になった。
(あ、……虹夏君、呆れられちゃった?)
だが、すぐにまじめな顔になる。そして、ぼっちの両手をとった。暖かくて大きな手。強い力で握りしめる。
え! ええええ!
「おーい、俺のぼっちちゃんはどこへ行ったんだ?」
ビール瓶をラッパ飲みしながらクダをまく、やさぐれおっさん。
「ぼっちはあんたの物じゃないだろ」
「あれぇイケメンベーシスト君、意外と口悪いんだねぇ。ひとりちゃんの事は気にしないでさぁ、おねぇさんとお話ししようよぉ」
「アル中がうつるから近寄らないでください」
「えええー、冷たい。冷たいなぁ。きみ、私のバンドのファンって言ってくれたじゃな〜い」
「それとこれとは話が別。……酒臭いからすがりつかないでください! はなせぇ!!」
「あれ? 後藤さんだけでなく伊地知先輩もいない。……これは、イヤな予感がする。行かなきゃ」
「まぁまぁ、喜多君は学校でも後藤さんといっしょなんでしょ。今日くらい虹夏君にまかせませんか?」
「だ、だめですよPAさん。俺はこんなところで油断して一生後悔するはめになるのはゴメンですから」
「おおげさですねぇ。ほらほらウーロン茶、おねぇさんがお酌してあげます」
「だめだって! オレは行くんだ! はなしてください!!」
ぼっちの夢。結束バンドのみんなと一緒に有名になりたいという夢。虹夏(♂)にとって、それは自分の夢とまったく同じものにきこえた。
……ぼっちちゃんが同じ夢を共有してくれている!
それを聴いた瞬間、虹夏(♂)は自分の体温が上がったことを自覚した。
ぼっちちゃん。
名前を呼ぶだけで身体が熱い。胸が苦しい。息ができない。生まれて初めての経験。どうしたらいいのかわからない。
「あ、あの、に、虹夏、くん?」
身体が麻痺している。心の芯がしびれている。脳髄の奥、本能を司る脳幹の部分が沸騰している。とてつもなく大きくて重くて深くて暖かい正体不明の感情があとからあとから無限に湧き上がる。なのに、なのに、目の前で両手を握られてピカソの絵みたいな顔をしている少女に対して、言うべき言葉が見つからない。
(な、な、な、なにか、言わなきゃ)
……虹夏(♂)が困った時、助けてくれたのはいつも兄貴と、そして親友だった。何事にも生真面目に対処しようとして悩みがちな虹夏(♂)は、ちゃらんぽらんで世間を舐めきっているリョウの言動に救われた事が何度もあった。そして今、どうしても自分の言葉がでてこない彼に頭の中に浮かんだのは、……かつてリョウがつぶやいたぼっちへの思いを語った言葉だった。
「リョ、リョ、リョウが言ってたんだ。……ぼっちちゃんと一緒なら、夢が叶うかもしれないって」
へっ? リョウさんが?
いきなり出てきたリョウの名前。ぼっちは少しだけ戸惑う。目の前の虹夏(♂)から意識が離れる。
……リョウさんの夢って?
(し、しまった。どうしてこんな時にまでオレは、リョウの言葉を使って……)
虹夏(♂)は頭を振る。両手に力をこめる。
親友に頼るな。自分の力で、自分の言葉で言うんだ! オレとふたりで夢を叶えて欲しいって。そのために、オレといっしょに……。
そのまま強引にぼっちを引き寄せる。正面から目を合わせる。全身に全霊の力をこめる。いま言わないと、もう二度と言えないような気がした。
「い、い、今は、オレもそう思っているんだ。だからさ、……ぼっちちゃん、いっしょに、夢を叶えて欲しいんだ」
握られたぼっちの両手が熱い。前世でも何度も虹夏の手を握ったが、こんなに熱さを感じたことはない。
「あ、は、……はい」
さ、さすが虹夏君。前世と同じ。自分の夢だけじゃなく、リョウさんやメンバーのこともいつも考えて……。みんなの夢をかなえるためにも、わたし頑張らなきゃ。
「わ、わかりました。わたし頑張ります。だから虹夏くんも見ていてください。わたしのロック、ぼっちざろっくを! そして、リョウさんや、結束バンドのみんなの夢を叶えましょう!!」
「え? みんなの?? ……あ、うん。そうだね。期待してるよ、ぼっちちゃん」
虹夏(♂)の身体から、力が抜けた。