女の子はひとりだけ! 男だらけの結束バンド 作:koshikoshikoshi
今日は、STARRYでのバイトの初日だ。
(前世ではたしか、お店に入るのも一苦労だったなぁ)
下北沢の地で、しみじみと思うぼっち。
正直、前世の虹夏ちゃんとの運命の出会いの記憶があまりにも強烈すぎて、その他の細かい記憶はあまり残っていない。時系列の順番はともかく、日々の何気ない出来事の詳細な内容や日付まで覚えているわけではない。STARRYのバイトに関する記憶も、なんとなくイメージが残っているだけだ。
だが、これだけは間違いなく言える。いまの私は、バイトを恐がっていた前世とはひと味違う。仕事の出来る女なのだ。
地下におりる階段を軽快な足取りで下り、軽やかにドアをあけ……。
「……チケットの販売は5時からですよ」
ひいっ!
身体が硬直した。突然、背後から声をかけられたのだ。
(て、て、店長さん、だよね? ……すごく野太い声だったのは、気のせい、だよね)
首からギギギと音を出しながら、おそるおそる振り向く。そこに居たのは……。
「まだ準備中なんで」
ひーー!
咥え煙草。無精ヒゲ。睨みつけるような眼光鋭い瞳。金髪長髪のやさぐれおっさん。
こここれが、まさか、てててて店長、さん?
「ふーん新しいバイトね」
男性? 男性なの店長さん? この世界、伊地知姉妹ふたりとも性別がかわっちゃったの?
「あ、おまえ、虹夏と同じバンドだった奴じゃん。けっこう上手かったギター」
え? う、上手かったですか? 店長さんからみて。
「ぼっちちゃん、だっけ。かなり上手い方じゃね。その年齢でどれだけ練習してきたんだ? それに、あの音、どこかで聞いたような気もするんだよな……」
えへへへへ。
ぼっちは頭をかく。
店長さん(♂)見た目は恐い人だけど、誉められるとどうしても舞い上がってしまう。
「あー、それと、虹夏を許してやってくれ。あのアホ、熱くなると周囲が見えなくなるんだ。ぼっちちゃんのおかげで初ライブが成功したから感激しちゃったんだろう」
店長さん(♂)が頭をさげる。
先日の結束バンド初ライブ。前世との時と比べて、ちょっとやり過ぎたかもしれないと反省している。虹夏ちゃん(♂)があんまり一生懸命だったからつい本気出しちゃったけど、人生2回目の私だけズルしたみたいで虹夏ちゃん(♂)とリョウさんには申し訳ないと思っている。
とにかく、結果として、結束バンドの初ライブは思いのほか盛り上がってしまった。で、感激した虹夏ちゃん(♂)に、思いっきり抱きつかれてしまったのだ。
男の子に抱きしめられた。しかも不意打ちで。たくさんの人の前で。
あまりの事に、私は悲鳴をあげることもできないまま反射的にアメーバになっちゃって。それもパフォーマンスの一部だと思ったお客さん達がさらに盛り上がって。……その後、リョウさんと虹夏ちゃん(♂)土下座して謝られて、ちょっと気まずい雰囲気になったけど。
「あ、え、えーと、虹夏……くんには土下座して謝ってもらったし、だ、だ、大丈夫、です」
だいじょうぶ。だいじょうぶ。男の子だからビックりしたけど、あれは虹夏ちゃんなんだから。前世とは性別が違うけど、やっぱりいいにおいがしたし。抱きしめられるくらいぜんぜん大丈……。
言いかけて、ぼっちの身体はまたしても硬直する。
「お、ぼっち、……ちゃん。おはよう」
虹夏君(♂)が現れたのだ。
びくびくっっ!
ぼっちは、反射的に店長さん(♂)の大きな背中の後ろに隠れてしまった。『大丈夫』と言ったばかりなのに。
「ぼっちちゃん! こないだは、ごめん。本当にごめん。もう抱きついたりしないと約束する。だから許してくれ! このとおり」
またその場で土下座しようとする虹夏君(♂)。
「だ、だ、だ、だ、大丈夫、で、すから、あ、あああ頭を上げてください」
「おい虹夏、こうしてぼっちちゃんも許してくれたんだから、……そこをどけ。邪魔だ」
自然な感じでぼっちの頭に手を乗せている店長さん(♂)。
店長さん、手も大きい。あたたかい。指も硬いけど、あたま撫でてくれるようでちょっと気持ちいい。
「あ、ああ。わかったよ兄貴」
「ここでは店長って呼べよ」
「えへへ、ごめんよ兄貴」
伊地知さんの兄弟(?)、性別かわってもやっぱり仲がいいんのね。ちょっと安心。