次の日の朝、リューは彼女に対して仁王立ちで相対していた。困ったように、呆れたように苦笑いをする彼女。しかしそれでもリューは諦めるつもりはなかった。
「本当に着いてくるつもりなんですか……」
「貴女が普段どんな事をしているのか間近で見たかったので。荷物持ち程度しか出来ませんが、邪魔はしません」
「はぁ……分かりましたよ、止めても無駄なのでしょう。ならせめて、これを着て、これを被っておいてください」
「……これは?」
「私の予備の服です、付属品を全て付けると外部に殆ど肌を晒さずに済みます。貴女のようなエルフは悪目立ちしますし、何の意味もなく隣に居ると妙な反感を買うこともありますので。取り敢えずは見習い助手として隣に居てください」
「な、なるほど」
「それと……どうしても清潔とは言えない場所ですから。その衣服なら液体であっても肌に触れるということは絶対にありません。多少暑いですが、必要に応じて外すなり付けるなりして下さい」
「……ありがとう」
「いえ……」
彼女が依頼を確認して外に出る準備をしている間に、リューも急いで渡されたそれを着る。……着ようとしてみるが、なかなかに複雑な構造となっており、結局は彼女に手伝って貰う羽目になってしまったのだから情けない。
先程見た際には他にも同じものが何着かあったことを考えると、彼女が治療師として活動していくために必要不可欠なものなのだろう。決して壊すことのないように、大切に扱っていきたい。邪魔などしたくないのだから。
「………大分よくなりましたね。薬の量を減らしていきましょう、これなら直ぐに良くなります」
「本当ですか先生!?」
「ええ、このまま継続していけば1月もしないうちに咳も落ち着くでしょう。ただ、薬は今まで通り欠かさずに飲ませてください。治り際が一番危険ですから」
「わ、分かりました!」
「……ありがと、せんせぇ」
「いいえ。お薬ちゃんと飲めて偉いですね。もう一踏ん張り、頑張りましょうね」
「うん……!」
「………」
「どうだい、うちの婆さんは……」
「……正直に申しますと、これ以上の投薬に意味はありません。今の薬では殆ど効果が見込めない上に、より強い薬を使おうとすればお婆様の身体が耐えられないでしょう」
「そうかい……」
「……申し訳ありません」
「いいや、謝る必要はない。本来なら儂等のような貧乏人には手の届かないような薬を、アンタは安く譲ってくれた。半年も長く生きられたんだ、婆さんも喜んでたよ。どんな形であっても、最後に助けてくれたのはアストレア様の子だって」
「……」
「すまんが、最後にあいつを楽にしてやれる薬をくれんか。念の為に2つあるといいな。金は今あるだけしか出せんが……人は死を避けることは出来ずとも、死の瞬間を選ぶことだけは出来るだろう?」
「……分かりました。もし他に何か困ったことがあれば、またいつでもご相談ください」
「ああ。ありがとうな、嬢ちゃん。本当に、返せるものが何もないことだけが心残りだ」
「いえ、お気になさらないでください。……どうかお元気で」
「嬢ちゃんも、元気でな」
「………」
「なあ、いつもの薬くれよ」
「……いえ、差し上げられません。前に渡したもの、飲んでいませんよね?売ってお金にしましたか?」
「っ、アンタには関係ないだろ!いつもみたいに金は払うから!アンタは薬だけくれりゃいいんだよ!!」
「死にますよ、貴方」
「っ」
「症状の進行速度が増しています、今は元気でも1週間もすれば歩くことさえ難しくなるでしょう。その時になって薬を飲もうとしても、確実に手遅れです」
「だ、だったらもっと強い薬をくれりゃいいだろうが!」
「今の薬が一番強いものだとしたら、どうしますか?」
「……」
「やはり1粒も飲んでいないんですね……以前お渡しした薬は副作用が強く、飲めば少なくとも次の朝までまともに動くことが出来なくなります。貴方の罹っている病はそれほど深刻な物なのです。今が元の自分に戻れる分水嶺であると、以前お話しした筈ですが」
「………だったら、だったら俺はどうすりゃいいんだ!!生きていくには金が必要だ!だが俺は金もなければ、病気のせいでダンジョンにも潜れねぇ!!神の野郎も他の奴もどうせ誰も助けちゃくれねぇんだ!!どうやって生きてきゃいいんだよ俺はァア!!!」
「サラ!!」
「問題ありません、リューさん。………もうこの方に、私を害するような力はありませんから」
「………」
「………」
「……一先ず、もう一度同じ薬をお渡ししておきます。これをどうするのかは貴方にお任せしますが、一度ファミリアだけでなくギルドにも相談してみるのをお勧めします」
「………」
「私は治療師なので、病を治す方法しかお渡しすることは出来ません。ただこの薬の費用も、いつか貴方に生きて返して貰わなければ困ります。私の財産も無限にある訳ではありませんので」
「………」
「どうか生きてください。どんな手段を使ってでも、生きていく術を模索してください。貴方に生きる意思があるのであれば……私は何度でも貴方を治しますから」
「………」
「本当に、大変な仕事ですね……」
「へ?」
お昼の休憩のために戻って来た自宅内で、リューは少し疲労した顔を見せながらそう言葉にした。結局治療も会話もしていたのは彼女で、自分はそれを隣で聞いていただけだというのに。この妙な疲労感に、思わず顔色まで悪くなる。
「正直、私は治療師という職業をよく分かっていなかったのだと、痛感させられています……」
「……まあ、今日は特段というところはありますから。ただ、私が依頼で呼ばれるような時は基本的に良くない事が起きている訳ですから、面白い話というのは余程ありませんね。経過を見に行って治療が上手く進んでいる時くらいしか、見ていても楽しい時なんてありませんよ」
「………」
リューがどうしてこれほどまで落ち込んでいるのか、サラには本当の意味では分からない。しかしリューからしてみれば、まだ幼い彼女をそんな世界にたった1人で押し込んだことに、強い自責の念を覚えてしまうのは当然のことと言える。
これはきっと、こうして実際に隣を歩いて、実際にその言葉を投げ掛けられる側に立たなければ分からなかったことだ。想像することは出来ても、実際にその場に居なければ本当の意味で理解の出来なかったこと。
「……サラ、午後からの予定はありますか?」
「ん〜、特に依頼はないので待機ですね」
「そ、それなら私と……」
『すみません!!サラ様はいらっしゃいますか!?治療院の者です!!どうかお力をお貸しください!!』
「………」
「さて、私は行きますが。リューさんはどうしますか?」
「……私も行きます。何の役にも立ちませんが」
こうしてリューの休日は消えていく。
しかしそれが何の意味もないものではなく、彼女を知るためのものであるのだから問題はない。ただ重要なのは、こうして隣を歩いているというだけで精神的な疲労は溜まっていき……
(その精神的疲労を幼い彼女に押し付けていたと思うと……あぁ、アンドロメダ。あなたの言うとおり、私は彼女をディアンケヒト・ファミリアに入れるべきではなかったのかもしれない)
リューは向き合いはじめる。
自分の過去の行動と、それによって生じた結果を。そしてその末に愛すべき妹がどのような立場に居るのかを、知り始めた。その末に彼女がどのような選択を取るのか……それはまだ分からない。
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「はぁ……6時間もの長時間手術、お疲れ様でした。それと急な呼び出しにも関わらずありがとうございました、サラ」
「いえ、アミッドさんこそお疲れ様です。それに気にしないで下さい。あれは診断ミスをしても仕方ありません、むしろ執刀中に気付いたのは流石です」
「……貴女なら、診断した時点で気付けたのではありませんか?」
「怪しむことくらいしか出来ないと思いますが……」
「……はぁ、己の勉強不足を恨むばかりです」
「そんなことはないと思いますけど……」
汗だくになった手術着を脱ぎ捨てて、2人でシャワーを浴びながらそんな話をする。6時間もの手術というのは魔法や魔道具もあるこの街では珍しく、それもここまで集中しなければならないほどのものとなると年に数度あるかないかくらいのもの。
「……『疾風』と仲直り、出来たのですね」
「流石に気付きましたか……?」
「ええ、私も彼女のことは何度か見たことがありましたから。おめでとうございます」
「……仲直りと言うか、無理やり押しかけられた形です。押しが強過ぎて断り切れず……」
「ふふ、貴女にはそれくらいが良いのでしょう。……もし私が同じように強引に迫ったら、ファミリアに戻って来てくれるのでしょうか」
「……それは」
「いえ、冗談です。ただ誤解だけはしないでください。我々は貴女のことを怒ったりなどしていません。貴女が帰って来たいのであれば、いつでも帰って来ていいのです。ディアンケヒト様もそう仰っています」
「…………………ありがとう、ございます」
「貴女が複雑な思いを抱えて迷っているのも分かっていますし、そうなるのも当然かと思います。今は思う存分に、自分のやりたいことをすればいいでしょう。……もちろん、自暴自棄にならず無事に戻って来ることが前提の話ですが」
「……はい」
隣り合わせに湯船に浸かり、アミッドはそうしてサラの頭を撫でた。そして相変わらずそれをされるがままに受け入れて、恥ずかしそうに俯く彼女。
(……もう少し早く、気付いてあげられれば)
ここまでになるほど彼女が悩むことはなかったのかもしれないと、今更ながらに思う。
ファミリアの中で彼女と最も近い位置に居たのは、彼女の教育係もしていたアミッド自身であることに間違いはない。そこに団長という大きな役目を押し付けられ自分のことだけで精一杯になっていたという言い訳だってある。その聖女と称されるほどの魔法によって、アミッドもまた悩み事は多く抱えていた。
それでも実際に結果として広がるのは目の前の光景であり、3つ年下の彼女のために自分が出来たことはあまりにも少ない。それに後悔もしている。姉としてやれることがもっとあったのではないかと。ファミリアが壊滅した彼女が普通に生活出来ていたことの方がおかしいだろうと。今更ながらに思うことは多くある。何をどうすれば正解になるのか分からなくなるほど拗れてしまった、今更になって。
「サラ、もし休日が欲しくなったら私に相談をしてくださいね」
「?」
「1日程度であれば、貴女の穴埋めも出来るということです」
「!」
「もちろん事前に日程の調整と引き継ぎは必要ですが……そういう手段もあるということを覚えておいてください。日々の依頼を逃げの手段に使わないで欲しいとも言いましょう」
「……厳しいですね、アミッドさんは」
「それは貴女が一番よく知っている筈です、厳しく教えましたから」
「そうでもなかったと思いますけどね」
歳の差3つ、初めて出会ったのもまだまだ幼い頃。今のような余所余所しい関係ではなく、姉妹の関係となって笑い合っていた未来だって何処かにあった筈だ。
怖いくらいに仕事にのめり込んでいた彼女の様子に、子供ながらに少し距離を置いてしまった。それは否定されるようなことではないかもしれないけれど、結果が出た以上その責任だけは受けるべきだ。
「それと、ディアンケヒト様が受け取ってしまった脱退費についても私が回収してあります。必要になったら私を説得しに来て下さい」
「………?あの、聞きたいことは色々あるのですが、説得というのは?」
「貴女に今渡してしまえば、より身を削る速度が上がるだけでしょうから。そうでなくとも、今の活動を引き延ばす糧にしかならない」
「……アミッドさんも、今の私は間違っていると思いますか?」
「それが分からないほど貴方ももう子供ではない筈です」
「……」
「ですから、貴女が本当の意味で自分自身のために必要だと思える時まで、あのお金は私が管理しておきます。必要になった時はちゃんと相談しに来てください。……それに、お金でなくとも構いません。どのような話であっても、お金を渡すことは出来なくとも、解決策を一緒に考えることは出来ます。自暴自棄にはならないでください」
「……分かり、ました」
「……貴女はいつも最後の最後で心を開いてはくれませんでしたが、何をするにせよ自分を変えるには今しかありません。目を逸らすことなく、『疾風』と向き合いなさい」
「……はい」
今の言葉が掛けるべきものとして合っていたのか間違っていたのかも分からない。それでも彼女が苦しい顔をしているのは分かるから、それを誤魔化すように頭を撫でる。
ディアンケヒトは何かを知っている、けれどそれをどうしても話してはくれなかった。彼女が苦しんでいるのは目に見えるものだけが理由ではない、それは分かっていても暴くことは出来なかった。そしてきっとアミッドは最後の最後までそれをすることが出来ないだろう。
……少なくともアミッドは自分が、それをしても許されるほどの信頼を彼女から勝ち取れてはいないと思っているから。そこに踏み込むことまでは、きっと出来ない。
「ねぇディアンケヒト、正直に答えなさい。……あの子、他者の心に干渉するようなスキルを持っているんじゃないかしら?」
「………」
もちろん、誰もがアミッドのように臆病な訳ではない。
何時だって、誰だって。
最後に欲しい物を手に入れるのは行動した者だ。
少なくともそのことを、美を司る女神であり、愛を知る彼女だけは、知っていた。