『疾風』は妹の責任を取りたい。   作:ねをんゆう

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03."はじめまして"

 その日の昼から、リューは早速行動を起こすことにした。というより、強制的にそうせざるを得なくなってしまった。なにせ……

 

『事情が事情だ、アタシだって何も言うつもりはないさ。……ただし!さっさと済ませて帰って来な!!あんまり帰って来ないようなら首根っこ引っ捕まえて無理矢理にでも引き合わせるからね!!』

 

 などという事を言われてしまったからである。

 そんなことを言われてしまうと困ってしまうが、とにかく行くしかない。しかし当然、顔を合わせるつもりはない。故にこうしてシルから聞いた彼女の住んでいると言う家の近くで、屋根の上から見張っている。少し覗いてみたが、恐らく彼女と思われる人影があったのは確認出来た。ここで待っていれば彼女の顔を見ることが出来る筈であるが……

 

「……っ!出て来た!」

 

 いつものように昼には自宅に戻り、昼食を取りながら依頼の確認をする。そうして彼女はこれから依頼のある場所へと向かうのだろう。

 

「あぁ……サラ……」

 

 こうして久しぶりに見た彼女は、なんだかやっぱり大人びていて。けれどやはり昔の面影を残しているその顔に、リューは思わず涙を出しそうになる。記憶の中にあった幼い姿はもう昔の話、今や彼女は立派な女性だ。

 白桃の髪を後ろに纏め、白の医服に鞄を持って、颯爽と歩いていく。その毅然とした姿はなんとなく女神アストレアを思い起こさせるものであるが、彼女の場合はもう少し控えめだろうか。彼の女神が持っていたような強い意志というか、覇気というか、そういうものが彼女にはない。それこそ、本当に気配が静かというか。

 

 

 

「おお!サラくんじゃないか!久しぶりだねぇ!」

 

 

 

「?」

 

 そうして屋根を伝いながら追っていると、彼女がとある女神に話しかけられるところに遭遇する。リューはあのような女神を見たことはない。しかしその様子からしても、二者が顔見知りであることは間違い無いだろう。それにこうして見ていても、恐らくは善神の類。リューは再び物陰に隠れてその会話に耳を立てる。

 

 

「ヘスティア様……おひさしぶりです、なんだか今日はお元気そうですね」

 

「ふふん!そうなんだよ!実は最近とても良いことがあってね!!」

 

「と言いますと?」

 

「実は!この度!ついに僕にも正式な眷属が出来たんだ!!」

 

「それはまた……おめでとうございます、とても喜ばしいことですね」

 

「ありがとう!ありがとう!いやぁ僕も嬉しいよ!君にも恩恵はあげたけど、ファミリアには入ってくれなかったからね!」

 

 

 

「!?」

 

 なんだかとんでもない話が聞こえて来た。彼女があの明らかに何の実績もないようなチンチクリンな女神の恩恵を受けているなどと。

 ……しかし、よくよく考えてみればそれも当然か。ファミリアを抜けた以上はいつまでも男神ディアンケヒトの恩恵を刻んでいる訳にはいかないし、そういう意味では適当な善神にその役割を願うのも道理。

 それでも、それはなかなかにリスクのある行為だ。なにせ相手を選び間違えてしまえば、首を握られたも同然なのだから。本当に大丈夫なのだろうか?心配で仕方がない。

 

 

「それでは、こちらはお祝いの品ということで」

 

「おお!君特製の回復薬かい!?」

 

「ええ。効能は他より劣りますが、鎮静効果に優れたものです。市販はしていませんから、あまり公にしないで下さいね」

 

「それはいいね!ありがとう!早速帰ったらベル君に渡すよ!」

 

「はい、またそのうち挨拶もさせて下さい。必要になれば、治療も承りますよ」

 

「本当かい!?助かるよ!ベル君はなんだか無茶をするところがあるからね、いざという時にはお願いさせて欲しい!」

 

「もちろんです。……すみません、これから別の依頼がありますので。また何処かで」

 

「おおっと、すまない!それじゃあ頑張ってくれたまえ!」

 

 

 そうして別れたサラは、そのまままた足を動かし始める。……なるほど確かに、神にしては明らかに分かるような善神というか。とても接しやすそうな神というか。そのやりとりを少し見ていただけでも、なんとなく大丈夫そうだと分かるような女神である。

 正直少し能天気というか、そういうところもあったけれど、他の胡散臭い神々と比べればよっぽど良い。

 

 

 (それにしても……)

 

 

 やはりと言うか、何と言うか。リューが知っているよりも彼女の反応は少し控えめ過ぎるように思えてしまう。それこそ昔の彼女はもう少し、感情が豊かだったというか。喜ぶことには満面の笑みで喜ぶし、時々リューも抱き付かれていた程だった。そういう可愛げのようなものが、今の彼女には何処にもない。

 人当たりは良いし、ああして他者とも関係を築くことが出来ている。それでも、やっぱり何処か他人行儀というか。それは大人として成長して、治療師の顔しか見せていないからかもしれないが。正直リューとしては少し寂しくも感じる、あの頃の可愛らしい姿が見れないのは。あまりにも勝手な思いであると、分かってはいるけれど。

 

 

*************************

 

 

 ロキから頼まれたリヴェリアが早速訪れたのは、ディアンケヒト・ファミリアの本拠地である。

 都市最大規模の医療系ファミリアであるここには、治療院と販売所という二つの側面がある。彼のファミリアの主神である男神ディアンケヒトが金に対して酷く貪欲であることが理由ではあっても、それでもディアンケヒト・ファミリアの治療薬等の効能は一級品だからである。

 今やどのファミリアにとっても敵に回すことなど絶対に出来ないそのファミリアが、今なおこうして良心的な価格で対応をしてくれているのは、きっと男神ディアンケヒトの少ない良心以外にも、現在の団長たる彼女の存在が大きいのだろう。

 

 

 

「……サラについて、お聞きになりたいと」

 

 

「ああ、彼女の魔法には私達も何度も世話になった。そんな彼女がいきなり辞めたとなると、正直な」

 

 

 団長:アミッド・テアサナーレ。

 都市最高峰の治療師であり、その治療師達をまとめる団長たる彼女は、勿論サラ・アクアメリアという後輩についても良く知っている。彼女が辞めた経緯も、彼女が何を望んでいるのかも。当然のことではあるが。

 

 

「彼女を勧誘するおつもりですか?」

 

「!……可能なら、の話だが」

 

「恐らく、不可能だと思われます」

 

「……というと?」

 

「彼女が望む報酬を、ロキ・ファミリアでは用意することが出来ないからです」

 

「……!」

 

「そしてそれは少なくとも、私達でも用意することは出来ませんでした」

 

 

 悲しげに顔を歪ませるアミッドの顔を見ても、そこに何か理由があるのは明白だ。それもあまり喜ばしくないような事が起きてしまったということもまた、理解出来る。円満な別れ方というか。少なくともディアンケヒト・ファミリアにとっては望まない別れだったということか。

 

 

「彼女が、求めるものというのは……?」

 

「……献身です」

 

「献身……?」

 

「対価を求めない施し、と言ってもいいでしょうか」

 

「……話が掴めないのだが」

 

「……これについて話すには、そもそも彼女がここで患者達からどのような扱いを受けていたかを話さなければなりません」

 

 

 そうしてアミッドは、無意識に机の上にあった名簿を撫でる。彼女の名前の上に斜線を引かれた、本来なら今日出勤していた筈の同僚達のその名簿。

 

 

「彼女は確かに治療師の1人ではありましたが、それ以前にアストレア・ファミリアの眷属の1人でもありました。ご存知かと思われますが」

 

「ああ、それは知っている」

 

「正義の眷属、都市の守手。あらゆる不平を許さず、助けを求める民達の声を聞いて真っ先に名乗り出る、民達の希望の象徴」

 

「……」

 

「そんな彼女達が5年前、この街から消えました。当時は私達も混乱しました、直後の『疾風』の凶行も含めて」

 

「ああ、私達もそうだった。まさか新しい希望の光とも言えた彼女達が命を落とすことになるとは……」

 

「しかし、それ以上に動揺していたのは民達です」

 

「!」

 

「闇派閥に怯えることしか出来なかった、力のない冒険者達もまた同様。良い意味でも悪い意味でも力が支配するこの街で、その理不尽な力から自分達を守ってくれた彼女達が消えたという事実は。彼等を酷く怯えさせました」

 

 

 それは例えば、男神アポロンによる強引な眷属の勧誘。それは例えば、金銭を求めるソーマ・ファミリアの団員達による強盗や窃盗、恐喝。

 実際、アストレア・ファミリアが壊滅し、『疾風』が闇派閥を壊滅させるまでの間。あの時期が最も犯罪が多かったと言っても良い。それほどに正義のファミリアの影響は強かった。それほどに正義のファミリアの壊滅は、民達に大きな絶望を齎した。

 

 

「事実として、サラは数少ない生き残ったアストレア・ファミリアの眷属です。……そして同時に、唯一その身元がハッキリしている生き残りでもあります」

 

「……まさか」

 

「……治療院に運ばれて来られるような方は、多かれ少なかれ精神的にも消耗している方が多いのです。自分でも訳の分からないことを、理不尽なことを、朦朧とした意識で言ってしまう。そういったことも、珍しくはありません」

 

 

 

 

「……アストレア・ファミリアが壊滅したことに対する不平不満を、彼女は一身で受けていたということか?」

 

 

 

「……恥ずかしながら、我々がそれに気付いたのは既に何もかもが手遅れになった後のことでした」

 

 

 

 

『アストレア・ファミリアが居てくれたら』

 

『アストレア様が居てくれたら』

 

『どうして居なくなってしまったんだ』

 

『どうして壊滅してしまったんだ』

 

『あのファミリアが居てくれたら……』

 

『今頃はあの子も助かった筈なのに……』

 

 

 そんな言葉は、未だにこの街で聞くこともある。それが壊滅した直後の数年の話であれば、もっと多くあったに違いない。そしてそれは、その感情は、より過激なものになってしまっていたとしても、おかしくない。

 

 だって、仲間を殺されたのだ。大怪我を負わせられたのだ。友を、家族を、夢を奪われたのだ。そんな絶望を前にして、他人のせいにしたくなるのも仕方がない。怪我で冷静ではない頭で、当たり散らしてしまっても仕方がない。

 

 ……そう、仕方がなかった。

 

 

『アストレア・ファミリアのせいで!!』

 

『お前達が壊滅したせいで!!』

 

『なんで助けてくれなかったんだ!!』

 

『どうしてお前は助けてくれないんだ!!』

 

 

 そんな理不尽な言葉を突き付けられることも、リヴェリアには想像出来てしまった。単なる治療師でしかない彼女が、ほんの少しの間、正義のファミリアに在籍していたというだけで。そんな風に糾弾されてしまう姿を、想像することが出来てしまった。

 

 

「……だから、献身か」

 

「そうです……彼女はそうして、生き残った正義の眷属としての役割を果たそうとしている。自分に出来るやり方で、自分の身を削りながら、多くの人を救おうとしている」

 

「……だが彼女は確か、7年前の大抗争で両親を失っただけの少女だろう。それこそ眷属として活動していた時期だって、2年もない筈だ」

 

「そうですね……ですがそのようなこと、誰も知らないことですから」

 

 ディアンケヒト・ファミリアで治療師として働くだけでは、その働きを認められることはなかった。そうしていても、民達からは責められた。だから彼女にとっては、ここに居ても何の意味も無かったということになる。

 

 ならばロキ・ファミリアに移籍したら?それは認められるのか?……否、それでも無理だろう。ロキ・ファミリアはあくまでも探索系ファミリア、そこでは彼女の求めるものは手に入らない。

 

 ならばガネーシャ・ファミリアでならばどうかと言われれば、きっとそれもまた違う。だって彼女は治療師だから、戦うことなんて出来ない。そこで治療を行うくらいなら、今彼女がそうしているように。

 

 

 自由に、フリーで、治療を行うことが一番良い。

 

 何にも縛られることなく、常に他者の為に動ける。

 

 だから彼女はきっと、勧誘には乗らない。

 

 今の現状こそが彼女の望んだ形であるから。

 

 

 

*************************

 

 

 

「ありがとうございました、先生」

 

「いえ、子供達ももう大丈夫そうですね。明日には熱が引く子も出て来ると思いますが、可能な限りは安静にお願いします。熱が引いただけで、完治はしていませんので」

 

「はい、勿論です。……いつも本当にありがとうございます。こんな程度しか出せないのが申し訳ないのですが」

 

「私の提示した金額です、気になさる必要はありません。もし何かあればいつでもお声掛けください、直ぐに行きますので」

 

「ありがとうございます……!」

 

 

 

「………」

 

 

 

「あぁ、悪いな姉ちゃん。毎回毎回」

 

「今日はどうされたんですか?骨まで折れていましたよ」

 

「マジかよ……ファミリアに納める金が足りなくてな。神の野郎がブチギレて、団長のクソ野郎に散々に殴られたんだ。明後日までに足りない分を持って来いって言われてっから、助かったよ」

 

「……今日の分はツケで良いですよ、また払える時に」

 

「……いいのか?前の分だって払えてないだろ?」

 

「私と貴方が生きているうちに払って貰えれば、それで構いません。それで損なんて起きないでしょう?」

 

「……悪い、いつか必ず倍にして返させてくれ」

 

「いえ、通常の料金で構いません。その代わり、今後も遠慮せずに私を呼んで下さい。この程度のことで遠慮されるのは、私も本意ではありませんから」

 

「……ありがとう、ありがとう」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「……なあ、嬢ちゃん。俺もそろそろ限界かね」

 

「……転移が始まっています。長くとも半月、というところでしょうか」

 

「……そうかい」

 

「力になれず、申し訳ありません」

 

「いや、良いんだ。……本当なら1人で、誰にも気付かれることなく死んでいた筈のジジイが。嬢ちゃんみたいな子に見つけて貰えて、人として死ねるんだ。これ以上を求めるのも、違うだろうよ」

 

「……」

 

「昨日な、ギルドの職員と話したんだ。俺が死んだ後のことについて」

 

「……?この書類は?」

 

「俺の財産は、あんたに渡すことにした」

 

「っ……なぜ、私なんかに……」

 

「親も子も、女も居ねぇジジイだ。残った財産も、この店を売っぱらって出来る程度のものしかねぇ。……けどな、このまま無くなっちまうくらいなら、アンタに使って欲しいんだ。アンタになら、どんな使い方されたっていい」

 

「……私は、そんなつもりでは」

 

「分かってる、けどいいのさ。……この貧民街には、アンタのことを必要としてる奴が山ほどいる。いつもは盗みやってる連中だって、アンタにだけは手を出せない。そんなことをしたら、自分達が本当の意味で1人になっちまうって分かってるからだ。俺達みたいな厄介者を助けてくれる奴なんて、もうアンタしか居ない」

 

「……」

 

「この程度の金を受け取ることを、躊躇わないでくれ。本当ならもっと稼げたアンタが、ここに居てくれる。それだけで俺達は感謝してんだ。……だから頼む、貰ってくれ」

 

「……分かりました。このお金できっと、より多くの人を救ってみせます」

 

「……くく、真面目だなぁ。もっと、自分のために使ってくれて良いってのに」

 

 

 

「……………」

 

 

 

 ……きっと、リューは想像も出来ていなかった。治療師というのがどういう仕事をしているのか。というより、どういう役割を成しているのか。特にこの貧民街において、治療師というのがどういう存在なのかというところまで。

 夕焼けに照らされながら帰路を歩く彼女を後ろから見つめつつ、相変わらず変わらない歩速のその様子に、目を細める。彼女は本当に午後は只管に依頼のあった場所を巡り、その間に声を掛けられれば直ぐに願いを受けていた。

 彼女の要求する治療費は大凡相場の1/4、それ以上も以下も受け取らない。足りなければ受け取らずに、次へのツケという形にしている。そのツケに利率など当然無い。支払い期限も、生きているうちにとしか言うことはない。

 

 正直リューからして見ても、彼女の活動は殆どボランティアと変わらなかった。消費するのが精神力だけだからというのもあるが、あれでは儲けなど殆ど出ないだろう。特に薬が必要な相手であっても、明らかに原価を下回っている額を請求している。

 

 ……削っているのだ。

 

 自分の身と、自分の財産を、削っている。時間も、精神も、何もかもを。ここに暮らしている、落ちぶれて、這い上がれない彼らのために、費やしている。

 病で寝たきりな老人から財産の権利を受け取った際に、彼女はそれを人を救うために使うと言ったが、きっとそれは間違いではない。こうして受け取った財産も、彼女はこれからこうして削り続けていくのだろうから。そういう意味ではこの活動の延命になった、なってしまったと悲観的にさえ捉えても良いのかもしれない。

 

 

 (それは、良くないことだ……)

 

 

 そんなものは本来、公的な機関だったりが取り組まなければならないもの。けれど彼女がその役割を担ってしまったら、貧民街の問題が表に出てこなくなってしまう。つまりはそれは、長期的に見れば必ず何処かで破綻してしまう話だ。

 ……もちろん、彼女が居なければ助からなかった人達もたくさん居る。しかし彼等が助かってしまったからこそ、流行病や孤独死といった問題は表面化せず、ギルドは事態を軽く見てしまうだろう。彼女が自身を削り終えた後、表面化しなかった問題は一気に貧民街に襲い掛かる。1人の人間によって支えられている平穏など、あまりにも脆い。

 

 

「……私は、どうしたら」

 

 

 合わせる顔はない。

 

 けれど、このままで良いはずがない。

 

 色々な人に感謝されているのに、それに対して表面上は笑みを返すだけ。達成感も得ることなく、嬉しさも得ることなく、悲しさと辛さだけは受け止めているような今の彼女。自分の財産を削りながら、他者のために奉仕し続けるその姿。

 

 ……酷く危うい。

 

 このまま放ってはおけない。彼女は決して、自分が思い描いていたような普通の生活など送れていないし、願っていた幸福など掴めていない。仲間になど囲まれておらず、孤独に1人で歩んでいる。こんな彼女の姿を、自分は願っていた訳ではない。

 

 

 

 

 

『リオンは難しいことを考えちゃ駄目!』

 

 

 

 

 

「っ……アリーゼ」

 

 かつて心を許した友に言われたそんな言葉が、頭を過ぎる。そういえば彼女も、あの子のことをとても可愛がっていた。まだまだ小さな子供だったあの子のことを、ライラに小言を言われるくらいには甘やかしていた。

 ……そんな彼女がこんな状態になっていると聞いたら、どう思うだろう。であるならば、自分がすべきことはなにか。顔を合わせる資格がないからと、このまま見過ごしておくのが本当に正解なのか。

 

 

 

「サ……ラ……」

 

 

 そうだ、そもそも考える必要もない。自分は難しいことなんて考えてはいけないから。考え過ぎて動けなくなって、手遅れになってしまったことなんて、これまで何度もあったことだから。だからアリーゼは自分に対して、考えすぎるなと言ってくれた。

 ……故に自分がすべきことはもう、1つしかなくて。

 

 

「サラ………」

 

 

 それに、そもそも……自分はもう一度、彼女と話したい。心の内では、本音では、当然そう思っている。それは当たり前のことだ、だって彼女は自分にとって唯一残った最後の家族なのだから。

 それまで目を背け続けていた自分の言うべきことではないかもしれないけれど、それでも以前のような関係になることが許されるのなら、戻りたい。それは何よりの本心だ。もう一度また家族に戻れるのなら、それ以上のことは求めないと思うくらいに……

 

 

 

「サラ!!」

 

 

 

 いつの間にか、走り出していた。

 

 あれだけ色々と考えていた癖に、あれだけグチグチと資格だのどうこう言っていた癖に。いざ彼女の姿を目にして、こうしてその名前を口に出して、アリーゼの言葉を思い返してしまったら。まるで本当は自分は最初からそのつもりであったかのように、身体が勝手に走り出してしまっていた。

 

 

「サ、ラ……!」

 

 

 立ち止まった彼女の背中、手を伸ばした自分の手は酷く震えている。

 ……人というものは不思議なものだ。数瞬前まで落ち着いていたのに、いざ行動を起こしてその時になれば、ほんの数秒で心が酷く乱れる。心臓が凄まじい勢いで鼓動し、息も自然と荒くなり、酷く表情に力が入ってしまっているのを自覚する。

 

 夕焼けに照らされる彼女は、そんな自分に対してゆっくりと振り返った。白桃の髪は赤焼けし、ぎゅっと大きめの鞄の紐を握り締め。自分と同じか、少し上くらいまで背を伸ばした彼女は。

 

 

 そんな情けない自分を見て、

 

 

 そんな情けない姉の姿を見て、

 

 

 彼女は……

 

 

 

 

 

 

「"はじめまして"、わたしに何か御用ですか?」

 

 

 

 

 

「っ!!!?」

 

 

 

 

 そう、言った。

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