夜、帰って来ると彼女は基本的に魔道具を作成している。自分のために食事を用意してくれていて、家事も大抵の事は済ませていて、戻って来た自分に顔だけ向けて『……おかえりなさいです』と気恥ずかしそうに言葉にしてから、また魔道具作成に取り掛かる。
彼女は自分と違い、自立した女性となっていた。大抵のことを1人で出来るようになっていた。5つも歳上の癖に、未だに料理さえも上手くは出来ない自分とは全く違った。
(……いや、自立せざるを得なかったのか)
食事に手を付けながら思う。
それとなく、ディアンケヒト・ファミリアに居た頃の彼女の噂を調べてみた。彼女は仕事熱心であり、常に何かしら仕事を見つけて走り回っていたと。
誰よりも早く仕事場に出て来て、誰よりも遅く帰る。休日でさえ遊んでいる姿を見たことがなく、借りて来た本で知識を蓄えることや、薬学の習熟に励んでいたとか。そして周囲には隠してはいたものの、こうして密かに魔道具作りにも精を出して居たのだろう。
……もちろんその代わり、友人らしき友人も居らず、仕事以外での会話というのもそれほど多くはなかったということも聞いている。決してコミュニケーションに難があるという訳ではなく、そもそも彼女がそれどころではないという形。仕事上は円滑に会話が出来ており、彼女を嫌う団員も特に居なかったというのがその証拠だ。反面、サラと友人関係だと自信を持って言えるような者も居なかったそうだが。それも仕方ない。
(本来ならば……もっと誰もに愛されるような、生き方が出来ていたはずなのに)
人と関わることが大好きで、寂しがり屋で、一人で居ることが大嫌いで。そんな彼女をこうなるまで追い詰めたのは、他ならぬ自分である。こうならざるを得なくしたのな、どう言い訳しようとも自分である。
「サラ」
「?もう食べ終わって……ひぅっ!?」
「ほら、危ないですよ、手元に気を付けて」
「あ、貴女のせいですけど!?な、なんでいきなり後ろから抱き着いてくるんですか!?心臓止まるかと思いましたよ!!」
「ふふ」
自分から相手に甘えることが出来なくなってしまった彼女に対して、出来ることを考えてみた。これがその答えの1つ。
彼女の方から甘えられないのなら、自分の方から迎えに行けばいい。こちらから抱き寄せてあげればいい。言ってみればそんな簡単な話。
……もちろん、エルフの自分にとってはそれなりに精神を削る行為ではある。しかし、ならば慣れていけばいい。自分を変えることも出来ず、他人を変えることなど出来まい。とことんまで触れ合う時間を増やして行く。地道にであっても、今はそれが最善。
「本当に、一日中働いていますね」
「……まあ、それほど出来た人間でもないので。人一倍の努力が必要です」
「息抜きなどはしないのですか?趣味などは」
「1日1時間の休息も、1年省けば365時間の余裕になります。私はアミッドさんほど優秀ではないので、同じ働きをするためにはその1時間が必要なのです」
「……それは少々、謙遜し過ぎなのでは」
「魔道具作り1つにおいても、その発想と応用力で自分が酷く劣っているのは、隣で製作を手伝っていた自分が一番よく分かっています。"神秘"などという希少なアビリティを持ってしまった以上は、可能な限り有効利用しなければなりません」
「……そうして、一生を過ごすつもりですか?」
「希少な才能を持ってしまった人間として、その才能がより多くの人の命を救うことが出来るからこそ、そうすべきだと思います」
「……」
言いたいことは分かる。けれど納得は出来ない。だが立場が違う自分では本当の意味で理解は出来ないのだから、きっと自分の言葉は彼女にとって、とても薄っぺらいものになってしまう。
リューの才能は、正直なことを言えば唯一無二とは言い難い。自分よりも優れた眷属などこの街には多く居るし、これだけは負けないと言えることも特段ない。故に彼女がどんな感情で、どんな責任を持って生きているのかは分からない。分かるなどとは口が裂けても言えない。
「……貴女はそうして、自分の人生の全てを他者のために費やすのですね」
「自分のためですよ、結局は自己満足ですから」
「約束通り明日私は休みを取って来ましたが、貴女も休みませんか?」
「休めません、依頼がある限りは」
「……それは、どうしても?」
「ええ、どうしても」
「ではせめて、今日はもう寝ましょう?明日は依頼のない限りは、魔道具製作もやめてゆったりとしましょう」
「……どうしてリューさんにそんなことを強要される必要が」
「えいっ」
「ふぎゅっ!?」
ぐたぐだぐだぐだと、こうして終わりのない会話をするのにも良い加減に飽きる。
彼女を机から引き離すと、そのままベッドの中へと押し込んだ。トドメに逃げ場を無くすように自分もベッドに入り、彼女を拘束してしまえばお終い。彼女は相変わらずされるがまま、やっぱり抵抗することはない。
「……あの、ほんと強引過ぎます」
「いいじゃないですか、もう汗も流したのでしょう?」
「手くらいは洗いたいです」
「私の使っていた拭布で良ければ拭ってあげますよ。貴女が良ければですが、良い具合に濡れていますし」
「……まあ、別に、私は気にしませんけど」
「それでは」
「……」
「……」
灯りを小さくして、薄暗くなった部屋の中で、直ぐ目の前にある相手の顔。その薄暗さ故に相手の顔の色までは分からないけれど、互いに妙に心臓を動かしていることは理解している。
「なんか……指を一本ずつ拭かれているだけなのに、妙に恥ずかしいのは何故ですかね」
「…………………お香を作っていたからか、サラから良い匂いがしますね」
「なぁっ!?か、嗅がないで下さい!?……と、というか」
「な、なにか……?」
「………なんでも、ないです」
「そう、ですか……」
「……」
「……」
自分の髪を乾かすために使用した拭布で、サラの指を一本ずつ丁寧に綺麗にしていくリュー。それだけでは飽き足らず、自分にとって割と好きな匂いが相手からしていることに気付くと、ふと無意識にサラの首筋に鼻を近付けて嗅いでしまったりもした。
……相手にされたこと、自分のしたこと。改めてそれを自覚して思考すると、顔が熱くなって、羞恥で悶えそうにもなってしまう。それでも盗み見るように互いの顔に目を向けると、同じようにした相手と視線が合ってしまうという、どうしようもなさ。
そんな様子は付き合いたての男女のようではあるけれど、その"まるで"さえも恋愛を知らない2人には分からない。
「あの……こういう、簡単に相手に触れるようなことして、駄目なんじゃないんですか?」
「……駄目というか、私の故郷の里は他種族に対して排他的でしたので。それを嫌って里を抜けながらも、結局のところ風習は身に染みてしまっていたというだけです」
「キスなんてしようものなら、自分と相手の唇を削ぐくらいはやりかねないと思ってました」
「う……ひ、否定は出来ませんが」
「貞潔、貞淑、どころか潔癖。恋愛観が超古代の化石レベルで、エルフの中でも希少種クラスのバケモノだって、昔セルティさん(故アストレア・ファミリアLv.3のエルフ)が言っていましたよ」
「セ、セルティィィィイイイイイ!!!!!!!」
「あの、男女は永久の誓いを立てるまで手を繋ぐことも駄目だと思ってるって本当なんですか……?」
「えっ……」
「……あ、本当なんですね」
「ふ、普通ですよね……?少なくともエルフの中でなら一般的な話ですよね!?」
「少なくともエルフの患者さんの中にそんな人は居ませんでした。ハイエルフのリヴェリアさんでさえ、そこまで潔癖な感じではありませんでしたよ……?」
「………ごふっ」
「うわ……」
ハイエルフよりも潔癖などと言われると、流石のリューであっても心が折れた。もちろんリヴェリアはハイエルフの中ではかなり馴染みやすい人物であるとは言え、そうまで言われてしまうと流石に自覚せざるを得ない。
……否、分かっていたはずだ。それから目を逸らし続けていただけだ。それなりにエルフも多いこの街で暮らしていて、本当に知らなかったなどという事があってたまるものか。
男性どころか女性でさえ、触れようとすると手を弾いてしまう。それがおかしいことだと知っていて、そんな自分を自覚して悩んでいたこともある。……しかし改めて、今こうしてそれが再び自分にとって障害になっているのなら。やっぱりこれは解決しなければならない問題で。
「サ、サラ」
「はい……?」
「少し手を貸してください」
「手?………ふわぁっ!?」
「そ、そんなに驚かないでください」
「お、驚くに決まってるじゃないですか!こんな、いきなり、指を絡めるみたいな……その、恋人繋ぎ、されたら」
「こ、恋人!?これにはそんな呼び名があったのですか!?」
「知っててやってても最悪ですけど、知らずにやってるのも最悪ですよ!」
「………」
「………あの、なんで急に無言になるんですか。あと無言で手をニギニギするのもやめてください。絡め方がなんか妙に深いですし」
「いえ、その……ここで手を離してしまったら、本当に潔癖になってしまう気がして」
「だからって、より深く握って来るのはおかしくないですか……?」
「この機に一番深くまで試してみれば、今後は浅い部分への抵抗も減るかなと……」
「……馬鹿ですよね、やっぱり」
「そ、そんなに呆れたように言わなくとも……」
「ほんと馬鹿です、ほんと何も変わってないですよね。呆れてものも言えませんよ」
「うぅ……」
「……ほんと、仕方ない人」
「っ」
ぎゅっと片手を繋ぎながら、もう片手を背中に回される。そのままリューの腹部に顔を押し付けるように潜り込むと、サラはそのまま目を閉じた。
……想定外の彼女の行動にリューも驚き身を固めながらも、しかし納得の出来るところもある。こうして彼女がアストレアに甘えながら眠っていたことを見たことがあったし、きっと根が甘えたがりの彼女にとっては、こうすることが何より落ち着くのだろうと分かったからだ。
(……貴女も、変わっていないじゃないですか)
確かにまだ、こうして密着するほどに肌を触れ合わせることに抵抗はある。しかし今はそれより嬉しさの方が優っている。こうして彼女が素直に甘えてくれたことが、何より嬉しく感じている。
……それから少しすれば、直ぐに寝息を立て始めるサラ。リューはそんな彼女の髪を優しく撫でながら、彼女を包むようにして自分の目も閉じた。
変わって、来ているのだろうか。
少しは彼女の救いになれているのだろうか。
強引に強引にここまで進めて来た、彼女は戸惑っているだろうし、余計な仕事や気遣いを増やしてしまい、むしろ疲労させてしまっているのかもしれない。それでもリューがもう一度こうして彼女を抱き締めるためには、これ以外に方法が無かったということもまた事実。
「不甲斐のない姉で……すまない」
戦うこと以外に能がないと、本当に、それを実感させられる。今日まで生きて来て積み上げて来たものが、密度が、あまりにも自分に足りていないことを自覚させられる。その皺寄せが自分ではなく妹に行っているのだから、本当に不甲斐ない。
「もっと……変わらなければ」
誰かに甘えられる時間は終わった。
誰かに頼る立場では無くなった。
誰かに支えられるだけでは駄目だ。
強さだけではなく、それ以外の価値を自分の中で作っていかなければならない。強さだけでは救えないものがあるのだから。本当に守りたいものを見つけたからには……悩んでクヨクヨしている時間など、どこにもない。
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「おおい!結局ややこしい問題を持って帰って来とるやんけ!!」
「別に持って帰って来た訳ではない、むしろ取り返して来たという話だ。そもそも1人の子供に押し付けていた事自体が間違っている」
「……いや、言いたいことは分かるねんけどな」
まあこれに関しては、この反応に関しては、リヴェリアも分かっていたことだ。しかしそれでも曲げられないところも確かにある。
これに関してはロキの期待していたママパワーが働いた結果でもあり、この件についてリヴェリアに丸投げしたロキの責任であるとも言えるだろう。
「まあな……他人事にしとったのはその通りや。助けて貰った子供に、礼するどころかむしろ負担押し付けとったんなら、無関係やなんて言うて無視は出来んわな」
「……少なくとも、彼女はアイズと同い年の16歳。彼女の性格と事情を知って、そのまま無視するようなことは私には出来なかった」
「ま、別にええわ。いつかは向き合わないアカン問題やったことに間違いはないし、その末にあの子がウチに入ってくれるんなら万々歳。そうやなくても、ヒーラーに医術仕込んで貰うようお願いするだけでも価値はあるわな」
「!ああ、彼女はディアンケヒト・ファミリアの中でも特に勤勉だったそうだ。新人の治療師達への講義を任されていたこともあれば、アミッドと共に論文を書いて表彰を受けた程に研究熱心だったとも聞いた。問題ないだろう」
「……」
「……?」
「……他には、なんかそういう話あるん?」
「うん?まあ、そうだな……1人で3人分の仕事をこなしていたとか、魔法の相性と腕前から執刀が必要な手術であっても驚異的な成功率を持っていたとかだな」
「は?執刀まで出来るんか?16やろ?」
「というより、オラリオ外で行われた手術や論文について彼女はよく読み漁っていたそうでな。最先端の医術は彼女がそうして抜き出して来たものを、アミッドや神ディアンケヒト、熟練の治療師達と話し合って実践していたらしい」
「なるほど……となると勿論それを行うのは大抵の場合、提案して来た本人になる訳で。そうなると結果的に、ファミリアの誰よりも執刀経験積んだ上に、技術も上がると」
「……そういうことか。未だに定期的に彼女に声を掛けて治療院に来て貰っているそうだが、どうもそれは彼女の魔法目的でなく、困難な手術を願うためのことの方が多いそうだ。私はそれを単なる人手不足なのかと考えていたが……」
「どう考えてもアミッドや他の治療師達にも出来んような術が出来るんやろうな。そらディアンケヒトも戻って来い言うわ」
「……だが、彼女はそんなディアンケヒト・ファミリアに価値を感じなかった」
「いや、もっと価値のある場所に行ったんやろ。自分にしか出来んことは言ってくれればやる、自分以外にも出来んことは他人に任せる。そうして空いた時間を誰も助けてくれないような人間のために回す。合理的な判断やと思うわ。……単に大勢救うだけなら、もっとええ方法はあるやろうけどな」
少なくとも、実際にアストレア・ファミリアを求めているような貧困層のことを考えれば。どれだけ大きな事を為すより、どれだけ素晴らしい治療法を思い付くより、今の彼女の行動の方が役に立っているだろう。
つまり彼女が無意識ながらも真に求めたのは、決して大勢を救える場所などではなく、自分を含めたアストレア・ファミリアが、つまり自分と『疾風』が、これ以上の糾弾を受けることのない場所であるということだ。
……今も貧困層を中心に続くアストレア・ファミリアへの求め。ガネーシャ・ファミリアの手が足りず、治安維持には緊急時でもない限りロキ・ファミリアも手を貸すことはない。
そんな彼等であっても、日頃から治療という形であってもアストレア・ファミリアの生き残りが寄り添ってくれていると知っていれば、それ以上のことを求めることはしない。彼女が自分の身を削ってまでも出来る限りをもって何の利益も齎せない自分達を治療してくれていると知っていれば、それ以上の声など出せるはずもない。
「……ずる賢い、なんて言う資格は無いわなぁ。リヴェリアの言う通り、10代の子供に押し付けるには重過ぎるわ」
そうなると彼女が本当に求めていることも分かる。それはつまり、自分と『疾風』がこれ以上のことを求められることも責められることもないように。
もちろんそこに自分の持つ才能への責任感なども上へ上へと積み重なっているのだろうが、根本にある願いは恐らくそれだ。ある意味で彼女は強欲なのだ、あれもこれもを取りこぼしたくない。けれどそれもまた子供らしさとも言える。誰に責められるものでもない。
「……分かった。まあそっちの方はウチに任せとき、ギルドにも明日とか話してくるわ」
「いいのか……?」
「リヴェリアはそれより遠征の準備があるやろ、そっち集中せぇ。まあどうせ今直ぐどうにかなる問題でもないんやから……良い感じに信頼関係結んで、じっくりやってこうや」
「……」
そんなゆっくりとしていられる余裕もない、と言うことはリヴェリアには出来なかった。なにせ遠征前の自分達にその問題に割くための時間もないし、少なくとも遠征から帰って来るまでは放っておく以外にないのだから。
半端に向き合うべきではない、半端に手を出すべきではない。ロキは取り敢えず自分達が帰って来るまでに、その辺りのことについて考えておいてくれるだろう。
なにはともあれ。
遠征から生きて帰ってこなければ意味がないのだから、そちらに集中しておかなければならないのは事実だ。