ふぅ、何とか生き残れそうだ。
俺は何も知らないで泣きじゃくる、ミミナナを抱き締める。
いよいよ持って、意識が無くなりそうだ。
「俺は死なない、安心しろ……」
「……夏油様?」
「だから、俺の敵討ちなんてしようとするな……」
俺はその言葉を最後に、今生で初めての死を経験した。
気付けば俺は真っ黒な空間にいた。
いや、俺はここを知っている。
術式の空間の中だとすぐに理解した。
どうやら俺の計画はうまく行ったらしい。
リコちゃんが俺を復活させてくれたんだろ。
だが、どうして俺はここにいるんだ?
「やぁ、傑」
「……どういうことだ?」
「どうもこうもないよ」
ヘラヘラと笑う袈裟を着た男を俺は知っている。
そいつは鏡に写った俺だったからだ。
俺の前に俺に似た奴がいる。
「説明しよう」
相手の握手に応じて手を繋ぐ。
そして流れ込む記憶、俺は何が起きたか理解する。
なるほど、俺は魂の情報複製体ということか。
俺が死んでから何日も経過している。
俺自身に魂はあるようだが、それも元の人間を変質させた物ということか。
つまり、俺はコピーでオリジナルではない。
「リコちゃんは出せなくても他の呪霊は出せるかと思ったんだが、ダメか」
「なるほど、分身した真人みたいなものか」
「脳のデザインは一緒だぞ、未契約ということか?いや、階級差があっても調伏出来ないな」
真人の分身体と同じ仕組みか?
術式は脳に宿るのではないのか?
「なかなか面白いね、対話しながらの思考実験のようだ」
「おい、縛りで出せる呪霊は一体だけのはずだろ?」
俺の前にいるオリジナルが、呪霊を加工して椅子にしやがった。
スライムのような呪霊がソファーのようになる。
「出したら、だろ?ここは術式の空間内だ」
「出してない扱いなのか?なら領域展開した場合の領域内は、術式空間と同じだからリコちゃん以外を出したり出来るのではないか?」
「本来の領域展開ならな。伏黒恵のように空間内で自由に呪霊を復元して戦えるし、破壊されてもすぐに復活も出来るだろう。祓われた際の呪力の拡散とでも言うべきものが空間内で完結するからだ」
さっと、眼の前にペットボトルが落ちてくる。
上を見れば、真っ白な穴と無言のリコちゃんがいた。
上から落としたのか?コーラだぞ、炭酸やんけ!
「だが閉じてない領域の場合、領域という区切りがないために外に出ていると言えるのではないか?なので、領域展開の場合では、ここみたいに2体目は出せない」
「孤毒形影相弔の場合は自分を中心に円形の領域を足元に展開しているだけで、踏み込んだ者に接触を条件に術式効果を開示している。例えるなら、伏黒の未完成の領域に近い。地形に展開するからだ。なら効果の及ぶ範囲と及ばない範囲で区切りが出来る。領域の外殻と考えれば、術式空間の外とは術式開示の判定外の場所になるため、外に出してないと考えられるじゃないか?」
「いや、あれは個体数を絞る縛りと術式効果の開示を縛りとして成立させているからリコちゃんしか出せない」
ふぅ、と言いながらオリジナルがコーラを開ける。
おい馬鹿、落ちてきた奴やろがい!
「アッ……アッ、炭酸……こんなんなちゃった、たはは」
「ちいかわやってんじゃねぇよ、俺」
オリジナルは頭からコーラを被っていた。
こんなんがオリジナルだというのか。
「なぜ、お前が呪霊操術を使えるのか。魂まで同じで、肉体も脳も一緒なのに俺は使えないぞ」
「もしかしたら、自分がオリジナルでないと自覚がなければ使えるのかもしれない」
そう言って、オリジナルが新しい夏油傑を生み出そうとする。
いつからそこにいたのか、信者である女とグチャグチャな胴体になった死体の俺がいる。
信者の女がしゃがみ込み、死体をゾンビのように貪り食っていた。そして、いつの間にか現れたリコちゃんが脳みそを片手に持った状態で女を殴る。
こうやって俺を作ったのか、詠唱とか呪力のゴリ押しで省略してやがる。
「ここは……」
「やぁ」
「お目覚めかな?」
「……多重影分身の術?違うな、幻覚……どういうことだってばよ」
お前の頭がどういうことだってばよ。
なんでそういう思考プロセスになってんだよ、頭ジャンプかよ。
「呪霊操術は使えるかな、もう1人の僕」
「俺のターンドロー!呪霊を……召喚出来ない。待て、そもそもお前達は何なんだ?俺の前に蘇生した……なら、俺が後か?その場合、どちらが本物なんだ?」
「いや、問題ない。答えは出ないだろう」
「うわ、何をする!やめろ、俺に近寄るんじゃねぇ!うわぁぁぁ!?」
そう言って、オリジナルが手を向けるとリコちゃんが三人目の背後に立って同化した。
俺と違って同期もしてないし自覚もないから偽物に反逆されたとか思ってそう。
「契約呪霊がどうやって紐付けられているのか分からないが自覚がないと使えないのかもしれない。呪霊操術で調伏した呪霊はこの空間にいるが、この空間自体は生得領域であり、体内は領域だと思うんだ」
「十種影法術や投射呪法のように術式の中に入るっていうのは、厳密には体内ではないだろ。体内の中に体内があるなんてマトリョーシカみたいなもんだ」
「だから、恐らくは魂に紐付けられた生得領域、心の中、心象風景でもいいが、そこに入ってるのだろうね。であれば、魂が大本でその下に生得領域である術式の空間があり、そこに我々がいるんだろ」
「なるほど、同じ空間の呪霊を操れるのはメインとなる魂がある方という訳だ。だが、同じ魂と肉体なら条件は同じじゃないか?」
少なくとも脳に術式が宿ると考えていたし、実際に脳を複製し、外付けの装置として同化すれば術式は発動できた。
肉体に術式は宿るという考えは、間違いではないはずだ。
「肉体に宿ると言うなら、例えば呪言は喉、赤血操術は血液、十種影法術なら影だろうか。だが傀儡操術や構築術式、芻零呪法や十劃呪法などは宿る場所がない。考えられるのは呪力だ、呪力によって操り物を作れる。他にも呪力で相手に干渉しダメージや弱点を作り出すなどの影響を与えている」
「なら、肉体ではなく呪力に術式が宿っているのか?だがそうなると術式の焼き切れが説明つかない」
「そこで羂索の肉体は魂であり、魂は肉体理論だ。奴は肉体を奪うと記憶なども手に入るらしい、恐らく肉体に残った呪力が記憶や思いとなっているのだろう。トリガーとなる肉体、そして呪力のセットで術式が発動するんだ」
「特定動作や道具を使うのがトリガーということか」
「真人の分身体や私達の場合、トリガーとなる肉体の複製などが出来てもセットである必要条件を満たす魂が違うんだ。この魂というのは、恐らく格というか、量とか質とも言うべきか。主たる魂と副たる魂に別れるんだろう」
つまり、術式とは脳に宿ると思われていた。
根底にあるのは肉体に宿る理論。
だが、それだけでは説明出来ない概念的な術式がある。
そこから、肉体は術式を発動する条件でしかない。
肉体があってもセットとなる魂、またはそこから発生する呪力が必要。
魂の割合が8対2とかそういう風に分割されていたら、8はメインとして優先されるのかもしれない。
「肉体に宿るなら、宿儺や呪胎九相図は魂だけの存在となって術式を引き継げないはずだな。受肉体になった術師が術式を使えるのは魂に宿るからだ」
「真人は魂の下位に肉体があると考えていた。だから魂の影響を肉体が受けるんだ。だが、伏黒甚爾の肉体は魂に影響を与えて上書きした。つまり、魂は肉体に、肉体は魂に影響を相互に与えているのだろう」
「なるほど、例えばパンダやオガミ婆は魂の複製を行って、生まれたり術式を構築している。オガミ婆は死体から情報を与えている。パンダの場合は違う魂による観測で、呪骸である肉体から情報を与えられ安定処理しているんだな」
では、宿儺のような魂が分割された存在の場合。
魂に宿る術式はどうなるのか。
受肉することでトリガーとなる肉体に変更されたとしてもだ。
それに宿る魂で違いが出ている。
真人の分身体や、宿儺の指を取り込んだ特級呪霊とかだ。
では、その魂の違いとはなんだろうか。
「魂と肉体の他にも我々は知っている要素がある。精神だ」
「あぁ、自分がオリジナルだと思う自意識や気構えか。同じ指一本でも特級呪霊か宿儺の受肉体のどちらかだからな。その違いは自分が宿っているのはどちかという意識かもしれない」
「真人の分身体は同じ肉体でも魂が本体として認識しているのが存在した。だから術式は本体だけで、術式の宿ってない呪力の塊のような魂の入った分身体は、魂の影響から肉体の変形しか使えなかった。宿儺は虎杖悠仁の中にいる自覚があり、指を飲み込み受肉している呪霊よりも指の本数からしてメインの魂は虎杖悠仁の中だと思っているから同時に宿儺自身は二人存在していない。そして、同じ指一本でも精神の宿ってる自覚から別の肉体に移動しようと思えば出来た」
そして、羂索の場合は脳のアレがトリガーとなる装置で、そこに起動する魂がある。さらに、術式が必要な肉体と肉体から得た魂の情報を使って他人の術式を使っているんだろう。
反重力機構は……起動に必要な魂を持っていれば、脳の形を弄ることで使えるんじゃないか?
あと、渦巻きとかで抽出した術式は魂であり術式が宿った呪力なのだろう。
トリガーである肉体は再現できても、使った場合は必要になる魂を消費してしまうのだ。
「で、何の話だっけ?」
「結局、俺とオリジナルの違いの話だ」
「俺自身の魂もリコちゃんの中にある筈なんだ。だからリコちゃんを使って同期した時点で、他人から改造して復活した俺もお前も条件は同じなんだ。違いがあるとするなら、同化が同時だとしても傀儡操術のように大本から呪力を通して伝達された精神をどちらをメインに置くか、もしくは天与呪縛のように預かり知らぬ所で置かれるかでしかない。どちらもがオリジナルだと思っているなら、同じ肉体で双子のように同化してるリコちゃんの認識を参照先にしてるのかもしれないね」
「そして、俺は用済みか」
リコちゃんが俺を抱きしめる。
そして、俺の身体が液体のようにびしゃりと溶けて、吸収された。
まるでATフィールドがなくなった人間みたいだな。
……ところで、肉体のないはずの俺は、今どうやって考えてるんだ?