夏油様の言う、乙骨憂太がやってきた。
入学は少し遅れてだった。
謎の転校生の噂はすぐに広がり、窓の人から聞いた内容から東堂並の筋肉ダルマみたいだった。
だって、ロッカーに同級生を詰めたらしいから。
「転校生を、紹介、しっ、まーす!入っておいでー!」
「…………」
「ほらぁ、みんなテンション上げて。乙骨憂太君が気まずいでしょ、ハイ拍手!」
面倒臭そうにみんなの拍手が響く。
うわぁ……なんだろ、うわぁ……入りづらそう。
「し、失礼しまーす……」
恐る恐る入ってきたのは、ヒョロっとした背の高い青年だった。
だが一歩、それだけで空間に滲み出る赤黒い呪力。
禍々しい邪悪な呪力が教室に広がる。
いや、広がっていたものに気付かされたとでも言うべきか。
威圧感の正体は特級過呪怨霊、リカちゃんという存在のせいだと聞いている。
同級生は前に、私達は背後に飛ぶようにして移動する。
瞬時に力量を見極め、逃げの一手を打つことを私達は夏油様に仕込まれていたからだ。
私達も戦おうとしたが、無意識下の行動は退避を選択している。
「美々子」
「菜々子」
やってしまったなら仕方ない。
互いのツーショットを取ってもしもに備える。
映写呪法、映写とはフィルムや映画を写すこと。
投射呪法が脳内でイメージを作り現実に再現するとしたら、映写呪法はフィルムを通して対象を捉え、被写体への加工を元になったモデルに照応し現実に再現する呪法……らしい。
美々子の説明は分かんないけど、要するに写真と同じ状態にする呪法。
無傷の私達の写真をなんかあった場合に使用することで、無傷になれるって訳。
「なぁ、これって何かの試験な訳?」
「ダ、ダメだよリカちゃん」
「ダッサ……」
「ダメだよ菜々子、事実は人を傷付けるよ」
黒板を突き抜けるように顕現するオリモトリカ、通称リカちゃん。
あの顕現の仕方は、乙骨の呪力を起点としているようにも見える。
一方的ではなく、互いに縛りを結んでいるのだろうか。
寧ろ呪われてるのではなく、呪っているようにしか見えない。
「ゆ、ゆ゛ゆうたをいじめるな゛ぁ゛ぁぁあ!」
「ば、バカ!呪具って高いんだぞ!」
「可哀想なマキマキ」
「自業自得っしょ!」
顕現したリカちゃんは黒板に刺さっていた呪具をパワーで圧し折り、呪言をパワーで捻じ伏せ、パンダをパワーでパンしていた。
物理、圧倒的な物理、やはり物理はすべてを解決する。
「やめて、やめてよ、リカちゃん!」
「ゆうたぁぁぁ……」
此方を一瞥しながらスッーと消えていくリカちゃん。
恐ろしい体験だった、底が知れない呪力量。
今は出力に制限が掛かってそうだが、内包する呪力だけでも強力だ。
「憂太に攻撃すると、リカちゃんが攻撃したりしなかったりぃ〜みんな、気を付けてね」
「早く言えや!」
「しゃけしゃけ!」
「こんなんなっちゃった……たはは」
まぁ、何もかも五条先生が悪いということで。
乙骨君の席を用意する。
私が机、美々子が椅子を用意する。
コイツは監視対象、しっかり見張らないと行けないので私達の間だ。
「…………」
「…………」
「な、何でしょうか……」
私と美々子の間に座らせてバッチし監視。
完璧な布陣だ。
「おーい、ミミナナ。憂太はこれから真希と出掛けるから」
「はぁ!?なんで私が、つうか聞いてねぇよ!」
「あー、うん、今言ったからね」
バ、馬鹿な!こんな短期間で私達の監視を振り切るつもりか!
これが、特級呪術師!
「ダメ、乙骨憂太は観察対象」
「えぇぇ……」
「憂太、美々子は何言ってるか分からない時があるから気にしないで良いから」
「おのれ、謀ったな!」
「あっちの菜々子は、基本的にアホだから気にしないで良いから」
「アホじゃないんですけど!流行りのDVって奴じゃん、ムカつくんですけど!」
「処す?処す?先生の代わりに乙骨君」
「なんでぇ!?」
「あー、多分。僕最強だから、代わりにじゃない?」
そうして、乙骨憂太は五条先生に連れてかれた。
……ところで、監視して何を報告すればいいんだろ?
「とりま、転校してきましたって書く」
「じゃあ、五条先生の写真送る」
「えっ、いる?」
「……いらないかも、まぁ一応」
夏油様からは、つよそうだけ返ってきた。
うーん、確かに。
送られてきた写真には、はしゃぐ学生と後ろで見守る五条悟の姿が見えた。
「ハハハ、老けたな。悟」
俺もお前も、もう大人。
学生のような若さじゃない。
なんか、学生時代よりも筋肉モリモリになってる。
お互い、ガタイがよくなってないか?
「来たか」
小学校、そこにやってきた学生が二人。
自然発生した呪霊を払うべく戦っている。
俺の残穢がバレないようにしなくてはいけないが、リカちゃんとやらは一目見たい。
問題なく祓われる元々いた雑魚呪霊。
やはり、命の危機に瀕しないと顕現しないか。
少し離れた買い上げたマンションの一室で、見ていた望遠鏡を降ろす。
そして、後ろで酒を飲んでいるチンピラに俺は指示を出すことにした。
「金田くん、出番だよ」
「なぁ坊さん。これが終わったら俺は金持ちになれるんだよなぁ」
「あぁ、なれるとも」
「そうかぁ、そうだよなぁ!落ちてくだけの人生だったが、これから大金が舞い込むなんて最高だぁ!今日中だ、アイツら殺したら今日中に振り込んでくれよ!さぁやろう!俺の能力は最高だぜぇ!」
そら、こちらは手駒を差し向けよう。
巨大呪霊も、呪詛師も代わらないだろ?
どうせ死ぬんなら、一緒だからな。
「お手並み拝見だ、乙骨憂太」
俺の指示に従って、呪詛師の一人が小学校に侵入した。
小学生の探索を続ける。
呪霊は祓ったが、肝心の小学生が見つからない。
残すところ、後は屋上だった。
「あぁ?なんで一般人がここにいるんだ」
「真希さん!」
そこには男が一人いた。
だが、自分には分かる。
男の体から、化け物である呪霊と同じ呪力が出ているからだ。
「憂太、構えな。あんたが警戒するって言うなら、そういうことなんだろ」
「乙骨憂太だな、お隣の女はリカちゃんか?良いご身分だなぁ」
「逃げて!」
「うるせぇ!誰が喋っていいって言った!」
サッカーボールのように、何かが蹴り飛ばされてフェンスに当たる。
蹲るそれは、小さな子供だった。
蹴ったのだ、小学生である子供を、あの男は蹴ったのだ。
普通じゃない、どうかしてる。
「呪霊じゃなくて呪詛師ってか、ちゃんと言えよアイツ!」
「や、やばいよ!逃げようよ、真希さん!」
「バカ言ってんじゃねぇ!じゃあ、あそこのガキどもは見捨てるのか!おい、お前はなんのために高専に来た!戦えよ!」
「そ、そんなこと言ってもしょうがないじゃないか!無理だよ、真希さん」
「だったら……だったらそこで見てろ、私一人でやる!」
真希さんが、そう言って武器を構える。
相手の男は物怖じすらしてない。
真希さんが走る。
まるでバイクみたいな、そんな速度で走る。
速ッ!?何でそんなに!でもこれな――
「はい、ドーン!」
「ガハッ!?」
――ら……えっ?
自分の真横にあるフェンスが軋む。
真希さんが、蹴り飛ばされて吹っ飛んできた。
男の、巨大な足に、蹴り飛ばされてだ。
異常に大きくなった、胴体と同じくらいの足にだ。
「油断……した……」
「恨みはねぇが、死んでくれ。簡単さ、虫を潰すみたいに一瞬だ」
男の身体が膨れ上がる。
服が破け、ズボンが破け、小さな胴体に同じ大きさの手足。
頭は風船のように膨れ上がり、胴体が追いつくように車ほどに膨張する。
屋上の一部が崩れて男が落ちていく。
落ちて、見えなくなったと思ったら、巨大な手が屋上のフェンスを掴んで、そして見下ろしていた。
巨大になった校舎と同じくらいの男が、全裸の巨人が見下ろしていた。
「逃げろ……憂太……」
「ただ大きくなる、それが俺が貰った能力!説明するとよぉ、成長速度も増すんだぁ……だぁぁれ?あぁぁれ?」
「真希さん、でも……」
「逃げきれりゃ……五条がなんとか……してくれる」
「でも!」
その間、残された真希さんはどうなる。
眼の前の男が、見逃すとは思えない。
真希さんも、子供達も、そして僕も死ぬんだ。
「だったら!だったら……お前は……何しに……来た」
「だって、無理だよ」
「何がしたいんだよ…お前……」
僕は……僕はただ、一人は寂しいって、だから、言い返せなくて、だから、誰かに関わりたくて。
「おぉぉぉい、無視するなよぉぉぉ!」
生きてていいって、自信が欲しくて、でも僕じゃ……何もできないよ。
「誰かに……必要とされたい」
「なら、祓えよ……誰かのためじゃなく、お前自身のために……」
真希さんが、意識を失いかけながら言う。
「祓いまくれ……高専は……そう……い……」
手が、迫る。
巨大な手だ。
大き過ぎて、黒い輪郭しか見えない。
そんな、死の塊が手になったそれが迫る。
「助けて、お兄ちゃん!」
「ッ!」
子供の声が、助けを求める声が聞こえる。
僕を必要とする声が、聞こえる。
真希さんが、子供達が、死にかけてるんだ!
だったら、助けるしか、ないじゃないか!
「来い!里香ちゃぁぁぁん!」
『イアァァアア!』
祈本里香、422秒の完全顕現。