初めからフルスロットルである。
「領域展開」
「リカ!」
『孤毒形影相弔』
ドバっとまるで墨汁の津波のように地面に影が溢れる。
それは俺達を中心に広がり空間に溶けるようにして何事もなかった景色をもたらす。
宿儺や羂索と同じ閉じない領域。
宿儺のように逃げられる縛り、羂索のように効果範囲を狭める縛り、伏黒恵のように地形に依存する縛り、日車のように攻撃効果のない無害である縛り、秤のように無害で相手に有利な情報を与える縛りによって成立する。
範囲外に逃げれば無効化され、自分を中心とした半径5メートルのみの展開、空間を変化させず表面にテクスチャを重ねたような領域、当たり判定は当たっても無害であり、攻撃力はないようなもの、領域内に踏み入れたら自分が不利になる情報の強制開示。呪霊操術なのに一体しか使用しない縛り、ダメージの共有という命賭けの縛り、同化術式の内容を教える縛りだ。これにより、リコちゃんの瞬間移動と閉じない領域の成立を何とか出来るようにしている。
「リカ!」
「自分で来いよ」
乙骨が刀を片手に踏み込む。
同時に、一瞬動揺する。
リコちゃんの同化術式の全容が頭に叩き込まれたからだろう。
迷い、動揺、焦燥、行かんなぁ。
「一瞬の隙だ」
「なっ!?」
振り下ろされた呪力のこもった刀、それを呪力で強化された身体で受け止める。
乙骨の刀は俺の身体にぶつかり、肩に触れて……触れただけだ。
そのまま素手で刀を掴み、リコちゃんが触れに行くが乙骨を巨大な手が包んで連れ去った。
リカだ、リカが間一髪で乙骨を確保したのだ。
「な、なんで」
「君の呪力より私の呪力が強かった。呪力の差、それだけの話さ」
「なら、リカ!」
本来なら勝てはしない呪力量の差はあるだろう。
だが、乙骨は刀が壊れない程度にしか呪力を込めれない。
なら殴るしかないが、触れたら同化術式が入る。
「命を賭ける覚悟をしている私に勝てるわけがない」
「リカ!」
リカちゃんが俺の背後に、乙骨が俺の正面に来る。
なるほど、リコちゃんを警戒しつつ殴りに来るのか。
乙骨がリコちゃんを襲い、背後からリカちゃんが此方を掴みに掛かる。
しかしフェイント、本命は乙骨自身。
乙骨が呪力を込めた拳を俺に叩き込む。
だが……終わりだ。
「リカちゃん!」
「動けば乙骨も死ぬ」
『うぐぅぅぅぅ!』
唸るリカ、だが掴んだまま握り潰す事はできない。
簡単だ、リカは気付いているからだ。
乙骨に俺という不純物が混ざっていることを、そして俺自身に乙骨の存在が混ざっていることも。
欠片といえど、僅かといえど、恋人を傷付けたくないのだろう。
「リカちゃん!どうして!ぐっ!」
「君と私が同化したからさ」
「クソ!動け!動け!動けよぉ!」
拳を叩き込んだ状態で、叫ぶ乙骨。
だが、主導権は俺の身体と同化していたリコちゃんが触れた瞬間に神経系を乗っ取っているので動かせない。
リカちゃんは腕でも切り飛ばして再生させればいいものの、それすら躊躇している。
「動いてよ……リカちゃん……」
『ゆ゛ゔぅたああ゛あ゛!』
「見えているリコちゃんの存在を警戒して、私自身に同化しているリコちゃんまでは想定できなかったか」
やれやれ、原作より弱くないか?
こんなんじゃ、この先やっていけないだろ。
「君は弱いな。どうしてもっと呪具を使わない、どうしてもっと術式を模倣しない。肉弾戦だって相手のブラフを警戒してリカを使えばよかったんだ。リコちゃんの同化は呪力による強化で進行を遅らせられる。領域による自己のステータス強化があるとはいえ、君自身でやるなら命を賭けて呪力制限を解除すればウイルスが免疫に負けるように、進行することすらできなかっただろう」
「僕は……うっ!?」
「美々子か」
腹にパンチを叩き込み意識を失わせた乙骨と私のそばに、人影が近づく。
それは、人形と縄を持った美々子だ。
「私とやるつもりか」
「いいえ」
「なら、何しに来た」
「友達を、奪わないで下さい」
美々子はそう言って、膝を地面に着ける。
人形と縄を横に、額を擦り付ける。
それは、土下座だ。
「初めての友達なんです。殺さないで下さい、お願いします」
「やめろ、美々子」
「勝てないのは分かってます。何でもします、ごめんなさい」
「女誑しめ……元から殺すつもりはない。美々子、終わったら菜々子と仲直りしろ」
リカを睨みつけ失せるように命令する。
聞かなければ殺すと脅迫してだ。
ふぅ……乙骨より扱いづらい相手だ。
意識を失った乙骨を、美々子に放り投げる。
さて、そろそろ天元の居場所を突き止めた頃だろうか。
乙骨は美々子に任せて薨星宮本殿へと向かう。
いかに入口を隠そうと、入口以外を破壊したらそこが入口になる。
薨星宮、そこは前来たときとは変わっていた。
六角形とも五角形とも見える結界で、形つくられていた。
天元め、ステージでも作り出したか。
「なんでテメェがいる、灰原ぁ!」
「素が出てますよ、夏油先輩」
降り立った場所、真っ白な空間に灰原が立っている。
何考えてんだコイツ。
「好きにしていいって言いましたよね、だから好きにしました」
「俺が憑依を解除したら、お前は何もできないだろ。それどころか術式の維持は誰がしてると思ってるんだ」
「無駄っす!天元様が俺の中の魂の複製体を、抜けないようにしてくれたんで」
「はぁ?」
「原理はよくわからないっす!」
どういうことだ、リコちゃんを通じて憑依させてる術式効果が消えてない。
何故だ、結界を使って何か作用しているのか?
「今の俺は術式は使えませんが、殴って正気を取り戻させてもらいます!」
「術式が使えない?簡易領域か何かか」
走り出す灰原、十中八九こちらの同化対策があるのだろう。
リコちゃんによって修復作業を行っているが、領域展開後の術式の焼き切れはすぐには治せない。
呪力でお互い殴り合うしかない。
灰原の拳が此方に飛んでくる。
七海と同期、また憑依体になってから禪院甚爾とも訓練してる。灰原は肉弾戦が得意だ。
「ハイッ!」
「楽しそうに殴るやつがあるか!」
振り抜かれた拳を掴み、投げの体勢に入る。
灰原は、逆に前に進んだ。
引かず、掴まれてない方の腕で肘打ちを首目掛けて狙ってくる。
コイツ、俺が他に持ってる術式を使わせるつもりで捨て身で攻撃するつもりだな。
使ってやるよ、術式!
「あれ?」
「吹っ飛べ!」
ある術式を使って攻撃を防ぎ、灰原の腕を両手で掴んで叩きつけ、そしてフルスイングで投げ飛ばす。
しかし、どこからか現れたベッドが灰原の身体を受け止める。
何でもありかよ、天元。
「チッ!」
頭上から岩の塊が複数落ちてくる。
原作の羂索戦でそんなことしてなかっただろ。
こっちが領域使えないから、領域を解析するリソースを使ってバックアップしてるのか?
「イテテ、行きますよ」
「クソが、武器なんか使ってんじゃねぇ」
灰原はいつの間にかトンファーを持って突撃してくる。
呪力の強化はあっても、硬さで言うならば武器。
だから身体よりも武器の方が一定レベルなら呪力強化は優る。
普段時なら問題ないが、乙骨で削れてるのもあるか。
「だが、運命は俺が勝つに決まってんだよォ!」
灰原の攻撃が俺の左肩に向かう。
振り下ろされたトンファー、左腕で受ける体勢を取る。
そして、呪力を込めて踏み込み。
「ぐっ!」
肩が砕け、出血と同時に肉が引き千切れる。
刃物でもないトンファーの威力ではない。
しかし、拳は入り柔らかい皮膚を、絡みつく肉を、硬い骨を粉砕して突き抜ける。
「邪魔するんじゃねぇ!」
「あはは、やっぱ強いや」
灰原の腹を突き破った右腕には膨大な呪力が溢れていた。
簡単な話だ、全身に回した呪力を一点に集めた。
互いの想定以上に呪力のなかった左腕は肩からグチャグチャになってしまったが、犠牲にした分だけ攻撃力の上がった拳は高速で飛んでくる大砲の玉みたいな物だ。
鉄板を破るように、簡単に腹部を破壊する。
「でも、時間は稼いだ」
足元が崩れ灰原ごと落ちる。
似たような空間が眼下には広がり、真っ白い背景にブロックの塊が複数あるような地面が見える。
何を企んでる天元。
「最高だよ、灰原!」
「九十九!またテメェか!」
高所から叩きつけられるのを、攻撃を防ぐときにも使ったあべこべ術式で軽減し着地する。
すると同時に、真上から式神を振りかぶった九十九が攻撃してきていた。
「やはり、強弱を逆転する術式か!」
「縛りはどうした、何でお前が」
「美々子からのお願いでね、これは敵対じゃなくて協力だよ」
畜生、なんて反抗期だ。