呪霊になったら呪霊操術で自分自身を改造できるんじゃね?
流行病による死者が爆発的に増加するという事態により世界で500万人が死んだ。
人類からしたら1%にも満たない数。国で言ったらアイルランド一国に匹敵する数。
偶然にしては、死亡時刻が6時間以内であり何らかの風邪のような症状があったという共通点がある。
そして、世界的に流行していた感染症の自然完治。
専門家は匙を投げ、終末論者は自分から飛び出していく少女の夢を見たという。
たったそれだけ、たったそれだけだが社会というものに影響を与えていた。
後にコロナと呼ばれたそれによる影響は、人や物流の流れを阻害し、消費活動を減少させ、失業率の増加をもたらし、経済活動を制限するという物であった。
連鎖的に人々の不安から起こされた行動は世界全体へと波及し、経済を悪化させる。
営業している店はなくなり、働く人間はリストラされ、病による不安は株や債券を現金化する流れのせいで株価は下落し、コロナショックと呼ばれる世界恐慌が起きた。
「世界が不景気になる可能性は常にありました。コロナの出始めに、私はただ悲観的になっていただけです」
しかし、その世界恐慌をチャンスに変えた者がいた。
世界的な企業、菅田カンパニー代表取締役社長、菅田真奈美。
時価総額の20%、金額にして凡そ10兆の日本円を株主の反対を押し切り投資に回し、その全てを空売りに回した現代に蘇った伝説、リバモアの再来と呼ばれる女だ。
先立って起こしていた事業は巣篭もり需要という分野において、圧倒的なリードをもたらし企業としての経営眼は追随を許さない。
「お願いされたからではなく、タイミングが良かっただけなのです」
彼女のもとには時の日銀総裁が使いを寄越し、空売りを辞めてくれと申し出たという噂もある。
事実、ある日を境に彼女は企業の株を買い戻し、日本経済はコロナ禍において暴騰相場が巻き起こった。
その結果、海外投資家の参入による日本経済の立て直しも実現。
まだ買い戻すのは早いという株主達も、彼女の買い戻しが終わったタイミングでコロナが終息したことで何も言えなくなっていた。
「これからはどうなるかは分りません。たまたま運が良かった、なので投資はこれっきりですかね」
引退を表明した日本のグレードベア。
彼女が齎した表世界への影響は大きい。
強い光の傍には、同じくらい深い影が存在する。
裏の世界では、未曾有の呪術テロが行われていた。
それは全世界を対象とした呪殺テロ、主謀者は特級呪詛師夏油傑。
五条悟によって処理されたにも関わらず、その影響は根深く残っていた。
呪霊の大量発生、それは人手不足の呪術界を苦しめていた。
だが、これで全ては終わったのだ。
「とか思ってんだろうな」
仙台市杉沢第三高校、菅田カンパニーの力を借りて入学した東北の高校である。
そこそこ都会で、でも東京よりは田舎な場所。
ここは平和だ。
少なくとも強い呪霊に溢れる都内よりも平穏だ。
「はぁ?知らねぇよ、何回言わせんだよ」
「ご、ごめん」
「調子乗ってんのかよ、痛い目見ねぇと分かんないの?」
クラスの片隅では、可愛らしい戯れ合いがある。
田舎特有の凄惨さと都会特有の陰湿さが混じっている。
それにしても、校庭で運動部にスカウトされかけてる生徒は天与呪縛だろうか。
「虎杖悠仁……ね」
何処かで聞いたことある名前を私は呼んでいた。
授業が終わったらパルコで待ち合わせ。
東京から任務を終えた美々子がやってくる。
今はバラバラに住んでいるけど、連絡は取り合ってる。
待ち合わせ場所には田舎に似付かわしくない、お洒落な女子がいた。
艶のある黒髪ロングとは対象的な白いカーディガン。
淡い色のワンピース、小さい革製カバンがワンポイント。
うっわ、めっちゃ清楚でオタクとか好きそう。
なお、カバンの中には縄と人形という仕事道具が入ってるっていう。
そんな美々子が何やらナンパされてる。
「ねぇ、良いじゃんパルコで奢るぜ」
「うーん、友達もうすぐ来るから相談してからなら」
「マジ?じゃあさ友達も一緒に行こうぜ」
「あっ、来たらしい……」
探していた美々子と目が合う。
手を振ると振り返してくれる美々子、ダッシュで駆け寄って抱き締める。
「久しぶり!」
「……苦しい」
「じゃ、とりま行こうか?」
「私、服とか見たい」
滞在期間は2日くらいだろうか、時間は限られてるし早く遊びに行かなきゃ。
明日は学校サボろうかな、楽しみだなぁ。
「ちょ、ちょちょ待って待って」
「あー、友達来たんでもう良いですよ」
「えっ、えっ、お茶は?」
「相談してないけど、まぁ無理かなって」
美々子の言葉に固まる男。
その男の顔が徐々に変わり、怒りの表情になっていく。
一歩踏み出し、右腕が動く。
美々子を掴もうとした右腕を、近寄ろうとした踏み込みを認識した瞬間。
私の身体は動き出す。
その右腕を掴み、捻りながら距離を詰め、片方の手でソイツの髪を掴みながら膝を振り上げる。
捻りと引っ張られたことで頭を前に倒す男、その顔面に振り上げた膝を叩き込んでいた。
「あっ……」
「菜々子、スカートで良くないよ」
「やー、反射的に」
吹っ飛んだ男が鼻血を出しながら倒れて此方を睨む。
なんだコイツ、まだ分からないのか。
「て、テメェ……マジで、ふざけんなよ!」
「ダメじゃないか菜々子、やるからには徹底的にだ」
睨みつける男が立ち上がる前に、その頭に向かって蹴りが放たれる。
首が飛ばないけど意識を落とす程度の威力。
周りからキャーと言う悲鳴も聞こえる。
蹴り上げたのは袈裟を着た成人男性。
いや、騒ぎになるからあの程度に抑えたんですけど。
「行くよ美々子!」
「えー、面倒くさい」
ダッシュで騒ぎの中心から逃げる私達を、下手人は笑って見ていた。
笑ってる場合じゃないんですけど、周りに見えないからって好き勝手して!
後で合流するとして、やり過ぎだと思わずにはいられなかった。
逃げていく美々子と菜々子の元気な姿を見ながら、携帯を取り出して連絡する。
監視カメラから足がつかないように菅田カンパニーに連絡を入れて隠蔽もバッチし、家族水入らずで過ごす準備を終えた。
不定形にドロドロとスライムのようになる身体を、意識することで人型に変形させる。
まだ慣れないから、ふとした瞬間に液状化してしまうのは不便な物だ。
「賭けに、俺は勝ったぞ悟」
あの日、俺は死んだ。
また会うという菜々子との縛りを残して自殺した。
正直、死んでも生き残ろうとする戦闘と違って、死ぬつもりの行為はまた別の負荷があった。
二度とやりたくねぇ、マジで嫌すぎる。
しかし、ちゃんと意味はあったのだろう。
無事に呪霊になることはできた。
五条悟に殺されるという原作のシナリオ、それを捻じ曲げて自殺するという選択。
結果は殺されてないから運命を変えて生存扱いになったのか、一応は死んだから原作という運命のとおりに死亡扱いなのか。
保険で結んだ菜々子との縛りのおかげなのか、単純に死ぬ間際の負荷による負の感情からか。
どうして呪霊になったのかは分からないが、少なくとも原作から外れた存在に俺はなった。
同じ呪霊だし、真人や漏瑚は敵対しないでくれるだろうか。
いや、アイツら危険だし見つけ次第取り込むしかねぇな。
呪霊になった際に、サンプルデータとしては少ないが直哉とか術式を引き継いでいた。
だからか、やはり俺の術式は呪霊操術であった。
皮肉だな、呪霊を操るのが呪霊だなんて。
だが、自分の術式が呪霊操術で良かった。
「操作系は早い者勝ち、だからな」
羂索が肉体を奪ったら、奴も呪霊操術が使える事だろう。
だが主従関係がある場合、呪霊は調伏出来ない。
俺自身が俺の主である限り、俺は対象外となる。
真人のように自分を術式対象にすることは実証済み、生前の肉体を再現することも可能となった。
呪霊操術を使わないとスライムみたいにドロドロになってしまうが、人型であるうちは操られないということだ。
「死ぬ予定の夏油傑になったけど、こうして凡人としてやり過ごせそうだ」
少なくともあと1年くらいは日本は無事だし、渋谷とか近寄らなければ悟が宿儺を倒してくれる事だろう。
それまで、仮初の平和を楽しんでおくよ。
……後に、五条悟と両面宿儺の対決を最後まで知る前に転生したことを後悔することになるのだが、それはだいぶ先の話なのであった。