「こんなところでいいでしょうか」
「ええ、ありがとう。ラインハルト」
馬車の荷台に荷物を乗せる力仕事を任されたラインハルトは、真上に日が昇る前に、すでに一通り仕事を終わらせていた。
『破壊者』との死闘の末、ラインハルトに助けられた【アストレア・ファミリア】の被害は甚大なものとなっていた。
主力団員を含め、殆どの団員が冒険者としての復帰を見込めない手傷を負ってしまったのだ。
「……唯一戦えるのは、リュー・リオンですか。それ以外の団員は――」
そこで言葉を切り、ラインハルトは顔を少し歪めた。
あの一件からずっとこの調子である。
助けると息巻いていたが、最悪とは言えぬまでも、度し難い結末であったからだ。
「こんな終わり方……」
「――終わりじゃないわ」
アストレアが強く言った。
咎めるわけではないが、心外――といった声色だ。
「終わりじゃ……ない?」
「ええ、まだ途中よ――いえ、始まりかもしれない」
「いったい――」
「リューがいるじゃない」
リュー、とラインハルトの零した声はすぐに空気に溶けた。
「しかし――彼女はもう歴とした犯罪者ですよ」
「わかってる。わかってるわ――あの子とも、私は話をした。彼女が、アリーゼ達に顔向けできないほど、自分を恥じていることも、自分の無力さに打ちひしがれていることも――よく、わかってる」
闇派閥が減った今、犯罪者といえば――『疾風』リュー・リオンだ。顔を隠し、事実上崩壊している【アストレア・ファミリア】に代わり、民間の被害を厭わないで闇派閥を滅ぼそうと働いている。
つまり――復讐心で動いているということだ。
「――彼女なら、見つけられる気がするの」
「――――」
「正義を。アリーゼ達の出会えなかったものを。見つけてくれる――気がするの」
ラインハルトは目を大きく開き、唖然とする。
正義の神が――悪行を黙認する。
今までの彼の常識では、あり得ないことだった。
ラインハルトの意見は民衆の意見。
だが、例外がある――いや、例外とはいえないのかもしれない。
優先事項として民衆の遥か上に、女神アストレアの意見が位置している。
「――アストレア様の、御心のままに」
「ありがとう。できれば彼女を、見守っていてほしいわ」
それがこの日、アストレアとラインハルトの最後の会話だった。
次に話すのは何年後だろう。ラインハルトは、想像もつかなかったが、やはり、神には予想できるのだろうか。『疾風』の行く末すらも。
馬車は数台用意している。金はかかったが、【アストレア・ファミリア】の蓄え――功績から、簡単に払えた。続々と、団員達が乗り込んでいく。
痛ましい傷跡が、目立っていた。
「おい、剣聖!」
「君は――ライラ。昨日ぶりだ。よく僕のことがわかったね」
実は団員たち――リュー・リオンを除く――とは、かなり親密になっている。療養期間に仲良くなっていたのだ。
桃色の髪を持つ小人族――ライラも当然その内の一人だ。彼女の復帰できない要因は――ジャガーノートによる失明で、傷は未だ残っている。
「まあ、お前の気配はわかりやすいからな。剣聖――いや、ラインハルト・ヴァン・アストレア、頼みがある」
笑顔を消し、真面目な表情になったライラは、改まって、
「リオンを――支えてくれ」
アストレアと同じことを言うライラに、ラインハルトは不意に吹き出してしまった。
真面目な話をしている時に哄笑されたため、ライラは不機嫌そうに顔を歪めた。
「……君も似たようなことを言うんだね」
「――?なんのことかはわかんねーけど、とりあえず頼む。あいつは若いんだ。今やってることも、あいつの気持ちもよくわかる。ただ――全てが終わった頃には独りになっちまう」
妹を心配する姉のように、ライラは哀愁を漂わせていた。
リュー・リオンを昔からよく知っている【アストレア・ファミリア】の団員たちは、彼女を妹のように思っているのだ。ライラは特に気にかけていた。
「ああ、もちろんさ。彼女を最期まで見届けてみせる」
「最期って――最期が来そうだったら助けてやってくれよ。あいつはあたし達がいなくなって寂しいだろうからさ」
そんじゃあな――と言い残し、馬車に乗り込む。
他の団員たちもラインハルトに感謝と別れの言葉を伝え、ライラに続いた。
最後尾には輝夜もいたが、「よろしく頼みます」とだけだった。義足はまだ慣れていないようだ。
「ああ、了解した」
リュー・リオンのことか、正義の一団としてオラリオのことを憂いたのか、どちらをラインハルトに任せたのか――おそらく両方だろう。所謂ツンデレというやつだ。どこまでいっても、リュー・リオンが心配なのだ。
影により顔は見えないが、きっと安心から弛んだ表情をしているだろう――と、ラインハルトは確信をもった。
「ラインハルト――!」
最後に、団長――アリーゼ・ローヴェル。
少し遅れてやってきた。
「やあ、アリーゼ。壮健そうでなによりだよ」
「うん!私ったら昨日も今日も炎みたいに元気よ!」
アリーゼは、両腕を――失った片腕を隠すこともなく振り上げた。
彼女の情熱に、どれだけの人間が救われたか。
「――それはよかった。アストレア様の護衛、頑張ってくれると助かるよ」
淡白な返事になってしまったのは、彼女に見入ってしまっているからか。
「うんうん!ラインハルトも頑張って!なんだかこのオラリオ、これからもっとすごいことになる気がする!」
「もしこれからオラリオが栄えるのだとしたら――君たちは最大の功労者だよ。オラリオが英雄の都なら君たちは、オラリオの母――というのは、なんだか違う気もするけど。それより、みんなが待っているよ」
「うん!わかった!ありがとう、ラインハルト!ありがとう!あとのことは任せた――!」
Lv.4の跳躍力を駆使し、馬車に飛び乗った。
リュー・リオンのことに触れないのはなぜなのか、ラインハルトに言うべきではないと思ったのか、真相はわからない。
馬車は動き出す。
綺麗な朝日が、ラインハルトの視界の邪魔をした。
手庇をして、再び【アストレア・ファミリア】を見る。
すると全員で、馬が吃驚して逃げてしまいそうなほどの声量で――、
「ありがとぉぉ――!」
オラリオの母ではないけど――未来の英雄が指差し、憧れる星みたいだったよ、という本音をラインハルトは心の内に留めた。そんな言葉は必要がない。
星屑の冒険者たちは、最後まで戦った。
自分の正義に揺れ、それでも最後まで戦った。
彼女たちの栄華は、必ず次に繋がっていく。
オラリオの平穏は――正義の勝利に貢献した【アストレア・ファミリア】によって成し得た。
――その結果だけで、十分だろう。
それを知っている道化、美神、オラリオにいる全ての民が、彼女たちのこれからを――祈った。
――その事実だけで、本望だろう。
「――君はいいのかい?」
先ほどから感じていた気配。リュー・リオンだろう。
「私には――彼女たちに近づく資格などない……!」
「……そうでもないさ。『疾風』――いや、面倒だからリオンと呼ばせてもらうよ」
「……勝手にしなさい。――アストレア様にも、見限られてしまった。血に塗れた今の私は、もうダメなのだ」
「――君は、君の正義を見つけるんだ。死んではダメだよ。君に何かあったら、僕が彼女たちにどやされるからね」
と、苦笑しながら言い、
「だから、生きるんだよ。生きて、生きて、見つけるんだ――生き方も、正義も、何もかも。それまで僕は君が何をしようとも捕まえない」
優しく、柔らかい声だった。
視野の狭くなっている彼女を、掬い上げるように。
「それが、僕と彼女たちとの約束だ――君は、いったい何を約束した?」
返答はない。
ラインハルトの言葉は、リューを止めることはできない。しかし、その先はどうだろう。何らかの契機とラインハルトの言葉で、変わることがあるかもしれない。
疾風のように消え去った彼女を瞼の裏に強く描きながら、綺麗な彼女を――清廉で、正義という高尚な志を抱く彼女の姿を想像しながら、ラインハルトは大きく息を吸う。
「僕は、どうなるのかな」
リューの姿は想像できるが、自らの未来を予想できない自分を、ラインハルトはお疲れ様――と、珍しく労ることにした。
正義は堕ちた。だが、勝利は手にした。
零れ落ちた星屑もある。
一つ、二つと数えられないほど人も失った。
けれど、今はそれを受け入れよう。
これからもきっと悲劇は起こる。
それは――最後の英雄に任せるとしよう。
最後の英雄なら、やってくれる。
異分子で、たった一幕の剣劇しか演じれないラインハルトは、確かにそう思った。
それまでは、舞台を照らす照明のようになる。
次代の英雄を導く――幕間の英雄として、密やかに人々を救っていこう。
彼女たちの声が頭の中で谺する。
馬の嘶き、涼しい松濤、澄んだ青空。
正義を誇った者たちの門出を、精霊たちが祝福しているようだった。
自然と、笑みがこぼれた。
***
家に帰ると、謎の手紙が机の上に置いてあった。
不法侵入とはけしからんが、一先ず中身を見てみる。
『お前さんのことはよく知っておるぞ〜。儂の所に来たら良い出会いがあるかも!?待っとるぞ〜』
差出人は不明。住所だけ書いてある。
不審な手紙だが、住所はラインハルトの脚力ならすぐにいける距離だった。
さらに、手紙からは――神性を感じた。
ラインハルトはオラリオを出た。
新たな出会いに――未来に、想いを馳せながら。
子供のようにわくわくとした冒険心を持ち、強く大地を踏み締め――日が照った野原を駆け出した。
オラリオの空は、今日も青い。