【カオ転三次】終末を約束された世界で心のままに生きていく 作:緋咲虚徹
暦が五月に移り変わり、終末まで多少の余裕はあれど、恐らく期限まで一年は確実に切ってるだろうと感じるこの頃だけど、準備に追われつつも弟子への指導を疎かにする訳には行かないと言う事で、今日はマリッサとペリーヌへ講義を行う日。
今回の題材は、道士から仙人へ至るための方法の一つである仙丹作り――詰まるところ調薬関連の話になる。
「さて、今日教えるのは調薬関係の話ですが、今までの霊薬とは少し異なる物について教えていきます」
「少し異なる、ですか?」
「今までのは傷や霊力を回復する系統の物に、結界などの儀式で使う系統の物、後は札用の墨なんかの中間素材系だったが……まさか媚薬とかのエロ系とか言わないよな?」
「物によっては近い効果の物もありますが、主目的としては別ですね。二人共そろそろレベル30近くになってきて、ヒトの限界を超える段階が見えてきた所ですが、その方法については考えていますか?」
「レベルが上がれば良いって訳じゃ無いのか? 正直まだ数年先の事だと思って余り調べられて無いんだが……」
「私も殆ど同じですわね。強大な悪魔を倒すとか、特別な経験をする事で上の段階へ至るとの話を少し目にしたくらいです」
「まあこの間の京都沖が良い狩り場になったおかげで、想定よりレベルの上がりが早いですから仕方無いですか。では軽く説明して行きますね」
予習が足りていない事に少し表情を曇らせている二人だけど、そもそもレベルが25を超えた辺りから話を進めていこうと思っていた所、先日の件があってレベル28にまで上昇したのが若干想定外の話。
まあ黒札みたいな高位の悪魔を起源に持ち、霊的才能が高いなら、レベルを上げるだけでヒトの限界を超えるぐらいは可能な話で、そうで無い場合はそもそもヒトの限界までレベルが上がらなかったり、限界を超えられない場合も多いのが、現在のオカルト界隈の実状。
ただ、昨今のメシア教による根切りが行われる以前においては、脈々と受け継いできた霊才によってヒトの限界へ到達する例も相応に有り、超人の位階へ至った経緯や方法なども星祭神社の書庫には残されていた。
他にも、全国各地で逃げ延びた霊能一族が受け継いできた記録だったり、特殊な例ではあの世から口寄せして、当事者から直接聞いたりするなど、様々な方法で限界を超える為の手法ってのが保存・復元されているし、何なら私もそれらの情報を発掘し編纂する作業に携わっていたぐらい。
「まず前提として、ヒトの限界と呼んでいるだけあって、本来レベル30の壁はそう簡単に超えられる物では有りませんし、私の様な黒札――大きな括りで言うところの〝転生体〟みたいに、悪魔の分霊などが魂魄と混ざっている事で、肉体よりも霊体や魂の比重の方が大きい場合でも無ければ、魂魄を外界から護るための肉体が、今度は魂魄がヒトの枠を超えない様にする枷となる訳ですね」
この辺、普段は黒札としか交流してないと勘違いしそうになる所だけど、普通は格下の悪魔を倒しても早々レベルは上がらないし、同格前後の悪魔を倒し続けるだけでレベル31以上に成れたりはしない。
まあハクスラを単調に熟してるだけだと、レベルは上がっても質の錬磨が足りず、超人などの位階に上がれないとか言う、本来は起こり得ない現象が発生したりする弊害も有ったりするんだけども……。
ともあれ、霊的才能の高さで色々な前提を殴り飛ばしてる黒札は例外として、普通のと言うか、本来の才能に溢れる霊能者がヒトの限界を超える場合、重要なのは肉体の枷を如何にして取り払うかと言う点。
レベルが上昇するに連れて、肉体も霊的な強度――自身を形作る概念の密度や情報量など――が増して行きはするのだけど、文字通り物質としての肉を持つ事から、霊格の上昇による影響の割合は魂魄よりも低くなるし、物質の状態に例えるなら固体の様な物。
一方で精神や意志である魂とそれを護る外殻の
超人や仙人の様な存在の位階を上げる事は、安定している固体から液体や気体へと相転移させて行く様に、より霊格の影響を受けられる状態にすると言う事。
そのため、肉体の枷を取り払いヒトの枠を超える方法については、存在の重点を物質側から精神側へと相転移させられるのであれば、方法自体は割と自由だったりする。
「――と言う訳で、ペリーヌが認識してる様に自身より強大な悪魔を倒す事により、偉業の達成と膨大なマグネタイトを受ける事で肉体を強制的に相転移させるのも、方法としては正しいものとなります。今の大陸で中華戦線を戦っている高レベル者にはこのタイプが多いですが、倒した相手の力を受け取る関係から、精神や肉体が悪魔側に寄り易く暴走しがちだったりしますね。それで今回教える霊薬に話が戻りますが、薬によって肉体を変化させる方法、道士が仙人へ至るために作る丹薬の類いになります」
「なるほど、そりゃ確かに今までとは方向が違うわな」
「回復薬などは元の状態へ戻すのが目的ですものね」
「さて、目標としてはそれぞれ自力で金丹を製造して貰う感じになりますが、使う素材的に上手く処理しないとただの毒になりますので、まずは肉体と魂魄に影響を与える丹薬作りに慣れて貰うため、お香を作って貰います」
「「お香?」ですか?」
「簡単に言えば、一部の悪魔を倒した後に稀に残る
ここで言う〝お香〟とは、一般的な香りを楽しんだり、揮発成分によるリラクゼーションなどを目的とする物では無く、前世のメガテンやペルソナに登場した能力値を上昇させるアイテムで、ダンジョン内の宝箱や特定の悪魔から稀にドロップする稀少品の事。
ゲームだと時間を掛けて集めれば、全ての能力値を最大にする事も可能なアイテムだったりする。
今世でもお香に関する文献は星霊神社の書庫に有ったし、修業場異界の下層や深層へ潜っていれば、偶にでは有るけど入手出来たりもするため、今世にも存在する事は確認されている。
ただ、ゲームみたいに無制限で即座に能力値が上昇する便利アイテムという訳では無く、お香を使う時は周囲に影響を受ける存在の居ない独りの空間で、お香が燃え尽きるまで発生するマグネタイトを取り込んで循環させ、魂魄に定着させる工程が必要だったりして、多少手間が掛かる代物になっている。
とは言え、その程度の手間暇で能力値を向上出来るのだから、破格な事に変わりは無いところ。
他に問題点を挙げるなら、定着作業は能力値が高くなるほどに難しくなる上、必要なお香の量も増えていく点で、まあ当たり前の話では有るけど、現実的に考えれば、能力値90から91にする場合と10から11にする場合が、同じアイテムを同じ量でってのが無理な話。
それにゲームみたいに明確な数値として表れてる訳では無いのもあって、感覚的に少し力が増したとか、霊力量が増えたとかが何となく分かる程度。
物としては確実に有用では有るのだけど、私達黒札にとっては何が何でも集めないと、って程の代物では無いのが、今世でのお香の立ち位置ですかね。
「能力値ってーと、ゲームみたいな力だったり頑丈さだったりが増える感じか?」
「その認識で大体合ってますね。使用者の霊力操作技術に寄りますが、定着出来る限りのお香を使用すれば、10から20レベル差ぐらいまでなら正面から戦える範囲になります」
「それはかなり凄い事ですわね……」
「ただまあ、能力値は増えてもレベルが上がる訳では無いですから、レベル一桁がいくらお香を使っても、レベル16以上で達人の段階になった者に勝てるかは微妙ですし、レベル30の壁を超えて存在としての格が一段上がると、能力値1点辺りの概念重量が大きく異なりますので、能力値を増やして扱える力の範囲が広がっても、レベル30の達人がレベル31の超人に勝てるとは限りません」
現実においては、ゲームみたいにわかり易い能力数値を出したりまでは出来ないけど、お香を使う事で扱える力の範囲――持ち上げられる重量だったり走る速度など――が増えるのを確認しているため、数値として確認は出来ないものの効果が有る事は確実な話。
しかしながら、ここで言う能力値とは、あくまでも当人が扱える力の範囲を増やす物で、力の質を高める物では無い事に注意しておく必要が有る。
例えば、力の香を使い力の数値が1から2へ上昇した場合、単純計算で倍の重さまで物を持ち上げられたり、握力が倍になったりする訳だけど、
そのため、能力値が有るに越した事は無いけど、黒札ならレベルを上げて存在格を上昇させる方が手っ取り早いと言う事になる。
「基本的にレベル限界に到達した後、扱える力の範囲を増やすために使うアイテムと言ったところですね。まあ存在格が上昇しても、増やした力の範囲が減る訳では無いですから無駄にはなりませんけどね」
「なるほど、その力を増やす効果の部分が、肉体や魂魄に影響を与える概念に関係する訳ですわね」
「肉体と魂魄に影響するが、存在格を上げる程に大きく変化させる訳じゃ無いって事か。そんでどんな物を作るのかってのはわかったが、私らでも作れるもんなのか?」
「高レベルでも使える物となると素材自体のレベルも高くなりますから、二人だとまだ触る事も出来ないですが、効果対象をレベル30以下の段階に限定した物なら可能でしょう。使う素材は御魂と呼ばれる特殊な悪魔のフォルマなので、集める方法を用意して無いと数を揃えるのが難しいのは難点ですが」
「御魂、ですか?」
「神道において神々の性格的な側面を表す
自然の力が集まって四大元素に基づく精霊が生まれる様に、高位の悪魔が放つマグネタイトに含まれる感情が集まって生まれるのが、荒魂・和魂・幸魂・奇魂の四体。
ゲームでは精霊を悪魔合体に使用すると、合体した悪魔のランクを上下に一つズラす事が出来るため、悪魔の種族を変更せずにスキルの追加をしたり、目的の悪魔を作るためのランク調整なんかでも使ったりしたものだけど、今世で実際に試して見た感じでは、ランクを上げる精霊はその悪魔と相性の良い属性な訳で、零落した分霊などが自身の力を取り戻したり、より強大な悪魔の名を名乗れる格を得る感じになっている。
一方で御魂の方は、悪魔としての存在を変化させずに格を上げる感じの結果になったけど、使う御魂が荒魂なら、勇猛果断だったり暴虐だったりと荒々しい側面が強くなるし、和魂なら仁愛や融和などの協調的な側面が強くなったりする。
後は存在としての側面が強調される関係から、扱うスキルなどの適性にも多少影響したりもするけど、サマナーをメインにしてる訳では無い二人には余り関係無い話か。
「御魂が出現する経緯自体からして、高位悪魔のマグネタイトに由来するため、倒した後にお香が残る様な高レベル悪魔のフォルマでは無く、御魂のフォルマを素材とする事でも各種お香を作る事が可能になると言う事ですね。まあ素材にする御魂のレベル相応のお香しか作れない制限も有りますが、作り方の基本は同じですから、本来のフォルマを扱えるレベルになった後も問題は有りませんよ」
「いやいや、そんな高レベルになった後の話をされても……」
「今はまず目先の、レベル30の壁を超える事ですわね」
「それもそうですね、少し先の話が過ぎましたか。では今回頑張る事として、次はお香を作る時に使う道具――八卦炉*1の説明をしましょうか」
と言う事で、まずはわかり易い様に道具の実物を取り出す。
見た目は八卦の先天図、或いは伏羲先天八卦と呼ばれる配置を基に、陰陽未分の太極から生じた陰と陽の両義、両義の陰陽それぞれから更に生じた陰陽である太陽・少陰・少陽・太陰の四象、そして四象のそれぞれから更に生じた陰と陽である太陽の陽に当たる
外から見た大きさは小学生ぐらいならギリギリ中に隠れられる程度だけど、実際は炉内の空間を拡張しているため、見た目より大量に素材を入れる事も出来る代物になっている。
ちなみにこの八卦炉、素材の分解と再構築による概念の純化を行うアトリエ式錬金釜とは異なり、素材を融合昇華する事で概念の純化を行う道具となっていて、創り出したのはアトリエ式錬金釜が完成した後だから、大体四年ほど前の事。
確か瑞琴がまだお腹の中に居た頃の話で、当時アロマなどを趣味にしているメンバーが集まった香楽会の面々と、霊薬香の研究をしてたところ、メガテンでお香と言うなら能力値アップの香が思い浮かぶのは当然の流れ。
星霊神社の書庫でも存在の確認はされていたし、私も含め修業場異界の下層へ進出している面々なら、数は少なくても現物を入手した事も有ったりした訳で、物として存在するなら自分達で作る方法が無いかと考えるのが、技術者や研究者と言う者。
そうした研究の過程で、アトリエ式錬金釜の分解と再構築の手順では手が出せない分野が有る事に気付き、素材を錬り合わせ融合昇華する【錬丹術】用の炉として、少ない文献を元に構築したのが八卦炉になる。
まあ八卦炉では出来ない事がアトリエ式錬金釜なら可能だったりするため、どちらが優れているとかでは無く、特化した分野が違うと言ったところ。
実際、要求レベルの低い霊薬ならどちらの炉でも普通に作れる訳ですし。
「使用する際は、太陽の陽である乾と太陰の陰である坤のどちらか、或いは両方に手を置き、使う素材や作る物に合わせて霊力を循環させていきます。簡単な霊薬なら順当に反時計回りに循環させれば良いですが、今回のお香みたいに高度な物となると、乾から一度素材を通って離に行き、また素材を通して次は巽へと言った具合に、複雑な霊力操作と正確性が求められる様になりますので頑張って下さいね」
「「はい!」」
元気よく返事した二人にそれぞれ八卦炉を貸し与え、まずは操作に慣れるために簡単な霊薬の作成を行わせる。
段階的に制作難易度の高い霊薬の素材と製造過程を提示し、それぞれのペースで挑戦させていくと、この辺はやはり元々錬金術を伝える家系だけあって、ペリーヌの方が進みは良い感じ。
ただマリッサの方も苦手と言うわけでは無く、一つ一つ確実に土台を固めながら確実にステップアップしているため、時折操作が危なくなる事もあるペリーヌとは違って、霊力操作に安定感があるのが特徴だろうか。
二人の作業過程を比べると、普段の言動の割りにペリーヌが割と感覚派で、マリッサが理論派な辺り、生産関連の適性と性格に関連性は無いって事だろう。
後、これが戦闘関連だと逆に、マリッサが感覚派でペリーヌが理論派になるのも何気に面白いところ。
戦闘面でも生産面でも、互いが互いに足りないところを補い合える辺り、本当に良いコンビだと思う。
さて、このペースなら今日中にお香の製作にチャレンジする所までは行けるでしょうけど、流石に完成までは難しいでしょうから、個別に時間がある時にでも鍛練を続けられる様に、小型の携帯用八卦炉でも用意しておきましょうか。
見た目からの連想は余り良い事では無いですけど、霧雨魔理沙にはミニ八卦炉が欲しくなりますからね。
その内八卦炉も自作出来る様になって貰う予定ですし、長期目標の一つとしてプレゼントしましょうか、ペリーヌにはこの間ストライカーユニットをあげましたから、理由としては十分でしょう……多分。