支度を終えた虹夏とSTARRYを出て、散歩に向かう。
いつも通りの動きのはずなのに、あの日を意識するだけで胸の中で台風が暴れているようだ。場を和ませるために話を振ろうとするが、蓋に栓がされているように声が出ず、腕を冷や汗が伝う。
あの態度の真意を聞くだけなのにこんなにも緊張してしまうのは、俺が官能的な女性に慣れていないからなのか、俺の知らない虹夏がいることに困惑している驕りなのか。
無言のまま歩き続け、公園に到着する。ここまで会話がなかったことは記憶を漁ってもあまり見つからない。
流れでブランコに座り、お互いの顔を見合わせる。夜の涼しい風が虹夏の髪を揺らす。絹糸のようなサラサラとした髪が顔に触れ、むず痒そうに髪を抑えるそれだけの仕草が、嫌に艶っぽく見える。
心臓が強く脈打つ鼓動を感じながら、意を決して本題に入る。
「それで、あの日に言ったことの真意が聞きたくてさ?」
「真意?」
心底不思議そうな顔で虹夏が呟く。
「ああ、情けない話だけどあの虹夏の考えていることが分からなくて
モヤモヤしちゃってさ。」
そう言うと、虹夏は目を細め微かに口角を上げる。
「そっか」
息をするように小さく呟いたその言葉は、達成感や寂しさが混在している音に思えた。いつもの虹夏の天真爛漫さは身を隠し、その感情が表に現れている。
「分からなかったら人に聞くのはいい事だと思うけど、これは新くんが自分で考えて欲しいな」
「結構考えたつもりなんだけどな」
「んー、仕方ないから分かるようになる方法は教えてあげる」
「ありがたい、俺にできることならいいんだけど」
「大丈夫だよ、今もやってるから」
「今も?」
「うん」
ブランコから降り、こちらの耳元に顔を寄せる。急に来られたことで体が硬直し、耳に虹夏の息がかかりくすぐったい。
「ずっと私を見てて」
そう話す虹夏はあの日と同じように、とても妖艶な女性に見えた。
いつも空で輝いている星々はその光を吸収されたかのようになくし、虹夏だけがこのくらい夜の中で淡い光を放っている。
女性は成長が早いと聞いた事があるが、俺の知らないところで虹夏は成長していたのだと寂しさを感じる。
いつも輝くような太陽だと思っていた虹夏が、夜は月のように淡く妖しい光で人を惹き寄せる。
「いつも見てるよ」
「それならよし」
表情を一変させ、いつもの明るい笑顔の虹夏に戻る。その姿には先程まで感じていた妖艶さはなく、まるで虹夏が二人いてそれぞれが入れ替わっているかのようだ。あまりの高低差にクラクラとしてしまう。今まで虹夏とリョウを自分なりに理解してきたつもりだったが、そんな自分に嫌気がさす。
やはりいつまで経っても俺はあの時の俺から何も成長できていないのだろう。
「じゃ、帰ろっか」
そんな俺にも声をかけてくれる彼女。先程までの風はやみ、遠くから虫の鳴き声が聞こえてくる。彼女と一緒にいる、それだけでこの鳴き声すらも心地よいBGMのようだ。自責の念は体の奥底から否が応でも湧いてきている。しかし、今はそれすらも無視して今は心地よい時間に浸りたいと感じた。
自分が彼女らを知っているなんてあまりにも烏滸がましい考えだ。俺は彼女らを支えてくれる人が現れるまでの偽物。ただそれだけだったはずなのに。
(だめだな、考え出すと今から未練が湧く)
だからこそ少しづつ離れていこうと思ったのだ。彼女らのバンドが新しいスタートを切った。ただそれだけだが、ある種の予感がしている。
きっと、あの二人はヒーローになってくれると。
「し、しぬ」
「昨日はあんなにかっこよかったのに…」
喜多ちゃんのベースを購入してわずか一日。クールビューティーの代名詞のようなリョウの姿が、一晩で絞られた雑巾のようになっている。
草を持っている姿を見た時、またかと思った。余裕そうな表情が不思議で何も言っていなかったが、やはり強がりだったのか。
「今日はバイトもないだろうし奢るよ。虹夏は先に行っちゃったしな」
「それでこそ新、私はあなたを愛してる」
「こんなにフラフラしてなければ少しはドキッとしたのかもしれないのにな、膝が爆笑してるぞ」
「貧乏こそがロック」
「じゃあ、奢るのはやめるか」
「これは一旦置いておこう」
「はいはい」
調子のいいリョウを連れて向かったのは近くにあるカフェ。もちろん美味しいが、これ以上の味を求めるよりは早急に何かしらを食べさせないとまずいと思った。
「ここからここまでください」
「大富豪か」
「色んなの食べたいけど、入らないだろうから新が残ったの食べてね」
「分かってるよ」
「さすが」
得意げにふふんと笑うリョウ。今のどこに自慢げになることがあったのかは分からないが、満足そうなら良かったよ。
「おお…」
運ばれてきた料理を見て感動の声をもらす。まるで煌びやかな宝石を見るようだ。食事をするだけでこんなに感動できる感性を褒めるべきか、こうなるまでに食べないリョウを叱るべきか。
「はぐっはぐっ」
「ゆっくり食べろよ」
「食べ物はいつ目の前から無くなるかわからない」
「それがバイトしてる人間のセリフかよ」
「極限の状態に常にいるからこそ私は最強のベーシスト」
「俺に奢られてる時点で最強じゃないと思う」
「そこは気にしない方向で」
軽口を叩きながらも目の前の料理が次々と姿を消していく。もはやバンドマンより大食いタレントの方が向いているのでは?こんなに見た目がいいなら何やっても人気でそうだな。
「ふぅ…」
ある程度食べ終わり、食後の飲み物を飲んでいるシーンなんて見た目も相まってどこぞの令嬢みたいだ。
「食べ終わったからあと食べて」
「はいはい」
リョウから食べかけの食器を受け取り、口に運ぶ。すぐ食べれるところを選んで入ったのに、思ったよりも味がいいな。そこからしばらく俺が無言で食事をするだけの時間が流れる。他の客の談笑の声、店の中に流れる心地よいBGM
食べ終わって眠くなったのか鼻ちょうちんを膨らませながら寝るリョウ。
いや、起きろよ。
「そういえば虹夏と何かあったでしょ」
眠そうに目を擦り、まるで挨拶をするような気軽さで放たれた言葉はあまりにも予想外すぎて俺の思考を停止させた。口に運ぶつもりだったスプーンはいつも間にか食器の中に落ちている。
「なんの事だ?」
あの日からも虹夏と関わる時は普段通りだったはずだ。彼女自体がいつも通りなのもあるし、新しい姿を知ったからと言っても、態度を変える理由にはならないからだ。
「二人が何か隠してるのは分かるよ。
これでも幼なじみだし」
確信を持って問いかけてくるリョウに嘘をつくことはできないと思い肯定する。ただそれだけの事で肩に乗っていた何かが軽くなった気がした。
「何となく二人の感じから考えてることもわかる」
「そうか」
俺には二人の考えていることが何も分からない。分かるのはあまりにも自己中心的な自分だけだ。
二人には隠し続けてきたおぞましい感情。あの頃を思い出すだけで治っていない傷口が痛みを増す。
「ただ、私は止める気は無い」
「え?」
「昔だったら多分頑張って止めてたと思う
ただ、皆にはそれぞれの意見があって、多分どれが正しいとからないって学んだんだ」
「大人だな、どこから学んだんだ?」
「前のバンドの解散かな」
「そうか」
「あの時解散して、多分自分の中で売れ線に走ったメンバーを下に見てしまっていた所があった。」
「でも、その後わざわざ相手から話に来てくれたんだ。そこで思っていることをぶつけ合った。共感する事は出来なかったけど、私も相手も本気だったことはわかった。」
あの時の声が頭の中に木霊する。自分の無力さを改めて知った日。やはり俺の行動は彼女らに大きな影響を及ぼすことは無いのだと痛感する。
「自分がどれだけ真剣か伝えるためには、ぶつかり合うしかないよな」
「…そうだね」
神妙な面持ちで俺の返事を聞き、少し思案した後に煮え切らない言葉が帰ってくる。どこか引っかかる部分があったのだろうか。
「だから、二人のことは止めない。多分二人ともそれぞれ考えてることがあってどちらも正しいから」
今すぐ軽蔑されてもおかしくないことを思っているのに、そんな俺にも優しくしてくれる。リョウはこんなにも大人だったか?なにか今までとは違う気がする。俺の知らないところで彼女も成長していたということなのか。
いや、きっと俺が目を背けていたんだろう。
「だから最初は意思を尊重しようと思った。二人とも沢山考えてのことだろうから。けど気が変わった」
「新の考えは全てわかるわけじゃないけど、虹夏のは全部わかる。多分私たちは同じことを感じてると思う」
「俺には分からないよ…」
「新は分からなくていい、
私だけ見てればいいよ」
テーブルで頬杖を付き、伸ばされた指は俺の頬をつつく。澄んだ黄蘗色の瞳がこちらを真っ直ぐと見据えていて、取り憑かれそうなくらい綺麗だ。彼女の瞳に反射する俺は自分でも分かるくらい酷い顔をしている。
なにかに宣言するように語ったリョウがいつもの彼女と被らない。ロック以外でこんなに真剣な目をしているリョウは見た事がない。
「いつも見てるさ」
「知ってる、だからこれからもそうしてればいいよ」
「簡単に言うんだな」
「私の魅力から考えて、他を見れるはずがないからね」
それが当然かのように振る舞う。とても難しくて人によっては傲慢だと思われるその態度も、リョウには似合っているから不思議だ。確固たる自信と、それを体現できる魅力。彼女にしかない強みだと実感する。
「じゃあ行こうか、支払いはよろしくね」
「これがなければなあ」
本当にかっこいいのに。
支払いを終え、店を出る。すっかり町は夕日に包まれ、一日の終わりが近づいていることを予感させる。先を歩くリョウがこちらを振り返り、思い出したように呟いた。
「虹夏ばっかり見たら嫌だから」
少し頬を膨らませた彼女は、先程の大人のような姿とは違い不貞腐れた子供のようだ。そんな彼女の顔が朱色を帯びているのも、俺の鼓動が早いのも、この夕焼けのせいだろう。
ギリギリ月1投稿できた…
最初に用意してた道筋はこうじゃなかったけど、キャラクターが自由に動き始めたのでそのまま書きました。
この二人はヒロインなのか?だとしたら個人的にハーレムエンドはあまり好きじゃないからハッキリさせないとなあ。
今のところ恋愛感情かは分からないから、どうなるかは分かりませんけどね。
もっとキャラクターの魅力を上手くかけるようになりたいなあ…
高評価や感想が欲しいです…(懇願)
特に感想…
モチベーションに直結するんでお願いしますううう