東ドイツ領内、ベーバーゼー基地。
東ドイツ最強と言われる第666戦術機中隊、通称黒の宣告中隊(シュヴァルツェスマーケン)が駐屯する基地である。
その666中隊の指揮官、アイリスディーナ・ベルンハルト大尉は、現在医務室にある見舞い用の椅子に腰かけていた。
「妙なものを拾ったものだ、まったく」
彼女の目線の先では、まだ年端もいかない少年がベッドに寝かされていた。
戦闘終了後の帰投中、煙が上がっているのを発見し確認したところ、破壊された車とその近くに倒れたこの少年がいたのだ。
身分を示すものもなくそのまま放っておくわけにもいかず保護し、そのまま基地へ運んで今に至る。
医者の話では少々の凍傷と頭部の打撲が見られるが、命に別状はないらしい。
憲兵に任せてもよかったが、自身が興味を持ったためこうして彼が起きるのを待っていた。
「様子はどうだ?」
「ああ、医者の話ではそのうち目を覚ますだろうとのことだ」
医務室に一人の女性が入ってきた。
グレーテル・イェッケルン中尉。
666中隊付きの政治将校だ。
少年が起きた場合、彼女も尋問に参加することになっていた。
と、
「……う…ん」
少年が目を覚ます。
「気がついたか」
「……誰」
「東ドイツ陸軍所属、第666戦術機中隊指揮官、アイリスディーナ・ベルンハルトだ。戦場で倒れていたお前を見つけ保護した」
「同中隊所属、グレーテル・イェッケルンだ。話ができるなら、さっそくお前には聞きたいことがある」
半ば夢うつつに見えるが、少年は身を起こす。
「まず、お前の名前と所属を明らかにしてもらおう。戦場に倒れていたのだ、兵士には見えないが軍所属なのだろう?」
「名前、なま、え……だれ、だ?」
「は?」
「おれ、は……だれ、だ?」
「何?」
少年は頭を抱えだす。
「わか、らない。なまえ、も…あそこ、にい、たりゆう、も…なんでいたんだ?なんのために?どうやってあそこに?そもそもおれはだれだ?おもいだせない、なまえ、こきょう、おや、のかお、ともだ、ち?わからない、わからないわからないおもいだせないおもいだせないわからないおもいだせないわからないわからないわからないわから」
「もういい!」
アイリスディーナが少年の肩を強く揺さぶり、現実に引き戻す。
「医者を呼んで検査する。同志中尉、尋問は検査結果を聞いてから再開する。構わないな?」
「あ、ああ」
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医者の検査結果は、彼の記憶喪失を裏付けるものだった。
「頭部への強い衝撃と、おそらくは精神的なショックが原因でしょう。記憶が戻るかどうかは、私からは何とも」
医者を退出させ、アイリスディーナは少年に向き直る。
「落ち着いたか?」
「は、い。ご心配をおかけしました」
先ほどは顔面蒼白だったが、今は少し赤みが戻ってきていた。
「さて、どうしたものかな。記憶がないのでは尋問もできん」
「考えるまでもないわ。後方に送って終わりよ。私たちにはこんな子供にかかわっている暇なんてないのよ」
この後のことを話し合う二人をよそに、少年は外から聞こえてくる音に耳を澄ましていた。
「あの、外から聞こえてくる音。戦術機の跳躍ユニットの物、ですよね?」
「?確かに、そうだが」
なぜそんなものを気にするのか、と言いたげな二人に、彼は表情を変えずに言った。
「片方、多分今追いかけているほう、の右ユニット。燃料漏れ起こしてます。すぐに下ろして整備しないと、爆発――」
直後、外から爆発音が響いた。
「――間に合わなかったですね」
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「原因は?」
「燃料漏れです。タンクに入った亀裂から漏れ出した燃料が電気系統の火花で発火したようで」
かろうじて死者は出なかったが、貴重な戦術機が一機おしゃかになったことで基地内は騒ぎになっていた。
機付き整備員がどうなったかは把握していないが、ろくなことにはなっていないだろう。
「他人事にはできんな。全機のチェックを改めて厳密にやってくれ。戦場で同じことが起きてはたまらん」
「了解です。すぐに取り掛かります」
「……オットー」
自らの中隊付き整備員を取りまとめる整備主任を、アイリスディーナは呼び止めた。
「今回の故障、お前は音を聞いただけで気づけるか?」
「いえ、さすがに聞いただけでは違和感を持っても、原因まではわかりませんな」
「そう、か。呼びとめてすまなかった、作業に戻ってくれ」
整備に戻っていくオットーをしり目に、アイリスディーナは思考に沈む。
「同志大尉」
近づいてきたグレーテル中尉に、彼女は目を向けた。
「同志中尉、ちょうどよかった。頼みたいことがある」
「何でしょう」
何か嫌な予感を感じたのか、少しひきつった顔の中尉に、彼女は笑顔で言った。
「あの少年を、うちに引き入れる」
記憶喪失の少年、その正体とは!?
…バレバレだな、これ。