1978年、5歳になった。
世界情勢は悪化の一途をたどっている。
欧州でH05、ミンスクハイヴへの攻略作戦、パレオロゴスが発動。2ヶ月にわたる激戦の末、ソ連軍のヴォールク連隊がハイヴ内への侵入に成功するも、数時間で全滅。
断片的ながらハイヴ内のデータを得た代償に、BETAの猛反撃によって人類はユーラシア北西部を失った。
同年、ソ連領スルグートにH7、七番目のハイヴが建設された。
その日、俺は病院に来ていた。
俺や身内がけがした、というのではなくお隣さんの見舞いである。
隣に住んでいる一家の大黒柱さんが仕事で大けがをし、病院に担ぎ込まれたのだ。
幸い命に別状はないそうだが、けがの具合があまりよくなく、元の仕事に戻るのは難しいらしい。
……俺にとっては好都合だったが。
「おや、九郎君か」
病室に入ってきた俺に、先に気づいた部屋の主が声をかける。
「お見舞いに来ました、北村さん」
北村 開。
それがお隣さんで俺が見舞いに来た人の名前だ。
帝国軍に勤めていて、F-4J”撃震”のパイロットである衛士、それも教導隊所属である。
スパロボOGにも同姓同名同じ顔の人がいるので、何の因果なのかと初めて見たときは思ったものだ。
……まあ、じいちゃん見たときに気づくべきだったんだが。
「一人で来たのかね、利秋さんは?」
「今日は一人ですよ。じいちゃんは稽古ありますし、聞きたいこともありましたから」
稲郷 利秋。
スパロボOGに登場するキャラクターでも指折りでぶっ飛んだ人だ。
示現流剣術を操ってマシンガンの弾を切り飛ばすばかりか、弟子の危機に何もできなかったことを悔やんで一念発起。機動兵器の操縦を覚えて前線まで出てきてしまうというスーパーおじいちゃんなのだ。
……気になって聞いたら出来なくもない、と言われたのでたぶんこっちのじいちゃんもできるんだと思う。
「まだ5歳とは思えないな。美奈とは大違いだ」
「美奈ちゃんも年の割にしっかりしてると思いますけど」
多少の世間話の後、切り出したのは開さんだった。
「それで、聞きたいこととは?」
「足のけが、完治は難しいですか?」
俺の質問に、開さんは悔しそうな顔になる。
「ああ。日常生活する分には問題はないそうだが、軍人を続けるのは難しいだろう、とのことだ」
訓練中の事故だったらしい。足を複雑骨折して、元に戻すのは難しいのだとか。
……今の医療技術では。
「取引しませんか?」
「取引?」
いきなり妙なこと言いだした俺に、開さんが怪訝な表情になる。
「さっきお医者さんに新しい治療法を提示してきました。もしそれで開さんの足が完治したら、俺のやっていることに手を貸してください」
「いきなり何を?」
突拍子もないことを聞かされて、いよいよ開さんの顔が怪しくなる。
が、それ以上言う前にドアをたたく音が。
「治ったらうちに来てください。そこで説明しますので」
呼び止める開さんをおいて、俺は病室を出る。
今頃入れ違いで入ってきたお医者さんに新しい治療法について説明されているはずだ。
今の医療技術では難しくても、俺の頭の中にはもっと進んだOG世界の技術が詰まっている。
そこには医療技術も含まれていた、というだけだ。
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退院した開さんはまっすぐうちに来た。
「家によらなくていいんですか?」
「気になって仕方がなくてな。このままでは嫁や美奈に会えんよ」
居間で出したお茶に手を付けず、開さんは本題を切り出した。
「君は約束通り俺の足を治してくれた。ならば今度は俺が約束を果たす番だ。何を手伝ってほしいんだ?」
「ではちょっとお待ちを」
そういって、俺はテレビのリモコンをとり、スイッチを押した。
途端、居間が下に下がりだした。
「何!?」
おお、驚いてる驚いてる。
家の地下にこっそり作った秘密研究所へ降りていく居間丸ごとのエレベーターはじいちゃんですらびっくりしてたからなぁ。
……あとで勝手に改造するなと怒られたけど。
やがて、エレベーターは目的地に到着する。
「これは……!?」
そこから見えたものに、開さんは絶句した。
エレベーターが止まったのは、秘密研究所の上層。そこからは研究所にある格納庫が一望できる。
まだ開発中で形を成していないものもあるが、既にガワが出来上がっているものを見ればここで何が作られているかは一目瞭然だった。
「あれは、戦術機、か……!?」
人間のおよそ10倍に達する体躯。
人にはない金属質の輝き。
丸みを帯びながらも鋭角的なフォルム。
かつて曙計画に設計図を送り付け、封印されたものの現物が、今ここに存在していた。
「開さんは知ってるんじゃないですか?封印されちゃったこれの設計図」
その一言だけで、開さんは答えにたどり着いた。
「君が、設計者だったのか!?」
「ええ。ちょっとでも力になれればと思って送ったんですけど、あの仕打ちでしょ?頭に来たんで、じゃあ本物で一発ぶん殴ってやろうかと」
あまりに予想外なものを見せられて呆然としていたが、やがて開さんは笑い出した。
「なるほど。俺にやってもらいたいことっていうのは、これの開発衛士だな?」
「ええ。技術者までは何とかなったんですけど、流石に衛士までは確保できなくて」
帝国で戦術機の実戦配備が始まったのは去年のことだ。
当然衛士もそれに準ずる数しかいない。
ましてや開発衛士ができるほどの人間など何人いることか。
そんな時に開さんが怪我した、というのは俺にとっては朗報だった。
医者に無理いってカルテを見せてもらえば、今は無理でも俺の技術なら治せる範囲だったのも幸運でしかない。
医者に治療法に関するすべてを譲渡する代わりに、口止めと開さんの治療を真っ先にしてもらったのだ。
「見ての通りハードは完成したんですが、ソフトのほうが追いついていません。今のこいつは唯の張りぼてです」
「そこで俺の出番というわけか。一つだけ聞かせてくれ」
俺の目を見て、開さんは真剣に聞いてきた。
「こいつは、希望になりえるか?」
愚問だな。
「人の命救う物作ってんだ、ガラクタ作るやつがどこにいる」
いつもの外向きの顔を放り出して本音で言った俺に、開さんは破顔した。
「ならば任せろ。ここから先は俺の領分だ」
では聞かせてくれ、と開さんは俺に聞いた。
こいつの名を。
「PTX-001 ゲシュペンスト。今はまだ実体のない、ただの亡霊さ」