神の目を売りたい少年の話   作:胡桃の胸ェ…

3 / 9
 評価・感想は全て見させてもらっています。


月光に満ちた夜空

 異変に気づいたナイフ使いの男が、まずは目の前に現れた一不の喉を狙う。

 ナイフが投げられる。だが、一不の身体が僅かに傾き、刃は紙一重で頬を掠めて背後の岩へ突き刺さった。

 ほぼ同時に、別の男が一不に向かって火炎瓶を投げる。

 瓶が空を切ると同時、一歩踏み込み刀を振るう。

 刃が瓶を弾き、火炎瓶は軌道を変え、地面に落ちる。

 

 次の瞬間、炎が爆ぜた。

 火の粉が舞い、宝盗団の視界が潰れる。

 

 眼球を熱から守る為の反射の瞬き。

 それを訓練で鍛え上げた『理性』で御し、一不は縦横無尽に刀を振るう。

 武器が地面へ転がり、斬られた肉がずるりと落ちる。

 男たちの動きが止まり、肉と血で地面が汚れる。

 

 焚き火の火が揺れ、たった一人の勝者を照らす。

 

 その光の中で、一不の刃だけが冷たく光っていた。

 宝盗団の笑い声は、もうどこにもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山の夜気は、骨の奥まで染みるように冷たい。

 『璃沙郊』の切り立った岩山と低い草木に囲まれた場所の、更に目立たない所にぽっかりと口を開けた洞窟。

 その洞窟の奥からはもう、先程まで聞こえていた下卑た笑い声は響いてこない。

 代わりに、鉄臭い匂いだけが、夜風に乗ってゆっくりと外へ流れ出ていた。

 

 ……コツ。

 

 やがて、洞窟の暗闇の奥から、足音が一つ。

 

 ……コツ。

 

 ゆっくりとした、落ち着いた歩みの音。

 月明かりの差す洞窟の出口へ向かって奏でられる足音が、いよいよ月光の下に晒される。

 そうして、一不は暗闇に隠れた身体の全容を晒す。

 

 赤く染まっていたのは、右手に持った刀だけではない。

 雪のように白い髪は、吹き出した血と散った臓物を浴びて醜悪な様となっていた。

 

 洞窟の中には、転がったナイフや割れた火炎瓶、そして散乱した盗品がそのまま置いてあった。

 一不は何も振り返らず、そして死体に手を加えようともしない。

 ただ洞窟を出て、死体を背に軽く刀を振った。

 

 ヒュン、と鋭い風切り音。

 

 刃に残っていた血が夜の闇へ飛び散り、岩肌に細かな点となって落ちる。

 静かに鞘へ刀を収め、カチ、と小さな音が鳴る。

 その時だった。

 

「――いや~流石だねぇ、やっぱり」

 

 パチ、パチ、と緩い拍手。

 そして軽い声。

 まるで観劇の感想でも述べるような姿勢だった。

 

「相変わらず綺麗な戦い方だ」

「…………」

 

 岩壁に寄りかかるようにして立っているタルタリヤ。その青い瞳が月明かりに照らされる。

 一不は言葉を返さない。

 彼は洞窟の奥をちらりと見て、くすりと笑う。

 まるで『予想通り』と言わんばかりの調子だった。

 

「うん、全滅だ」

 

 その声には残酷さがない。

 ただ面白いものを見た子供のような、純粋な興味があるだけだった。

 一不は短く言う。

 

「終わったぞ」

 

 それだけ。

 それ以上の説明も、感想もない。

 タルタリヤは肩をすくめる。

 

「見れば分かるよ」

 

 笑顔のまま。

 

「いやぁそれにしても残念だったなぁ、俺が探してた奴はどうやらここにはいないみたいだ」

「…………」

 

 一不は何も答えない。

 ただ洞窟から離れ、タルタリヤに背を向け、山道へ向かって歩き始める。

 砂利を踏む音が静かな夜に響く。

 タルタリヤも、その隣に並ぶように歩き出した。

 少し歩いたところで、一不がぽつりと聞く。

 

「……報酬はどうなる」

 

 声音は平坦だった。

 まるで興味がないようでいて、しかし必要なことだけは確認する。

 

「もちろん出すよ?ちゃんと働いた分のモラはね」

 

 タルタリヤは笑い、軽く手を振る。

 

「標的がいなくても、仕事は仕事だろ?」

「ならいい」

 

 その言葉を聞いて、一不は短く答える。

 それだけだった。

 

「君って本当にモラの話しかしないよね」

「仕事だからな」

「別に悪いとは言ってない。俺は嫌いじゃないよ、そういうの」

 

 淡々とした返答。

 それ以上の会話はなく、二人はそのまま夜道を歩く。

 

 遠くの山の向こうには、灯りが見えている。

 夜でも眠らない港町――璃月港。

 無数の灯火が、星のように山の向こうで揺れていた。

 

 しばらく沈黙が続く。

 一不は無表情に一言も発さず、タルタリヤは顔に薄い笑みを浮かべ、両手を後ろで組みながら歩く。

 何も会話はしていない。

 なのに、どこか楽しそうだ。

 

「ところでさ」

 

 そして、ふと横目で一不を見る。

 一不は猛烈に嫌な予感がした。

 彼がこういう声を出す時は、大抵ろくなことを言わない。

 沈黙。

 

「この後暇かい?」

 

 案の定だった。

 タルタリヤの口元がにやりと歪む。

 

「もし暇なら――」

「やだね」

 

 言葉の続きを聞く前に、一不が言った。

 即答だった。

 

「え?早くない?」

 

 一拍遅れて、タルタリヤが目を瞬かせる。

 一不は前を見たまま言う。

 

「どうせ戦いだろ」

「ぷっ、あははっ!」

 

 タルタリヤは吹き出した。

 

「よく分かったね?」

「顔に書いてある、というかお前は必ず最後にそれを言う」

「そんなにかい?」

 

 一不は面倒くさそうに息を吐く。

 

「自覚してないのがもう救えないな」

 

 深夜。

 ほぼ『処理』に近いものとはいえ、ついさっきまで自分は戦っていたのだ。

 正直、これ以上動きたくない。

 それに――この男と戦うのは、普通に面倒だ。

 

 執行官・第十一位。

 末席だからと侮るなかれ、その飽くなき戦闘欲と実力は、逆立ちしても一不が敵う道理などない。

 

 本来なら瞬殺する、される程の力関係。

 それでも、こうして彼が一不に『戦い』を所望するのは、彼が『戦い』を好んでいるからとしか言えないだろう。

 事実、タルタリヤは一不と戦う際は『神の目』を使わない。

 とことん『戦い』に貪欲で、そして真摯とも言える姿勢。

 たとえモラを餌にされようとも、それでも『戦いたくない』と思わせる程の実力者。

 その癖、こちらに対し一方的にシンパシーを感じ取っているのだから、厄介極まりない。

 

「いやいや、軽く手合わせだけでもさ?」

「やだね」

 

 タルタリヤは諦めていない。

 また即答。

 

「ほんの五分」

「やだ」

「三分」

「やだ」

「勘弁してくれよ。最後にやり合ったのはいつだい?もう二日も前じゃないか」

 

 タルタリヤは隣で笑う。

 

「……武器のメンテナンスも終わってないんだ。それに、俺はお前と違って貧乏なんだよ」

「そのくらい俺が払うよ?」

「…………前言撤回。後が怖いからお前には一生頼まん」

「もしかして、俺と戦うの怖い?」

 

 一不はちらりと横目で彼を見る。

 そして、ため息を吐くように言った。

 

「怖いんじゃない、面倒なんだよ」

「それは光栄だね」

 

 タルタリヤは楽しそうに目を細める。

 逆に、一不は吐き捨てるように。

 

「お前とやると長くなる」

「はははっ!」

 

 ついにタルタリヤは吹き出し、腹を抱えて笑った。

 

「それがいいんじゃないか!長く楽しめてさ」

「お前と一緒にするな」

 

 夜風が吹き抜ける。

 山道を、二人の影が並んで歩く。

 戦いを求める男と、それを全力で避ける男。

 遠くの璃月の灯りへ向かって、二人は静かな夜を歩いていく。

 

 ……ザッ。

 ……ザッ。

 

 二人の足音が、砂利を踏みしめる度に小さく鳴る。

 昼間には多くの商隊や冒険者が通る細い山道も、深夜ともなれば完全に沈黙していて、砂利の音がよく響く。

 岩肌に当たる風の音と、遠くで鳴く夜鳥の声も同時に響いていて、夜の寂しさがそこにある。

 

 しばらく、会話はなかった。

 

 タルタリヤは空を見上げたり、遠くの灯りを眺めたりと、やはりどこか楽しそうに歩いている。

 対して、一不は前だけを見て歩いていた。

 しばらくの沈黙の後、一不がぽつりと口を開く。

 

「……結局、探してる人間は誰なんだ?」

 

 声は低く、抑えられている。

 その問いは、ただの確認のようだった。

 

 興味があるわけではない。

 だが、わざわざ十数人の『宝盗団』を始末する理由には、少なくとも関係している。

 だから聞いただけだった。

 

「ん?うーん……」

 

 タルタリヤは少しだけ目を丸くする。

 それから、すぐに視線を空へ向けた。

 夜空を見上げながら、顎に手を当てる。

 まるで、今初めて考え始めたと言わんばかりの、妙に間の抜けた仕草だった。

 

「え~っと、どう説明したものかな……」

 

 一不は無言で歩き続ける。

 タルタリヤは数歩遅れてから、ふと一不の方を見た。

 見つめ合う。

 一不の紫の瞳と、タルタリヤの青い瞳が交差する。

 それから。

 

「……あっ」

 

 何か思いついたような声。

 そして、少し困ったように笑って言う。

 

「ちょっと一旦待っててくれないかな?」

「……ァ?」

 

 一不の眉が、わずかに動いた。

 タルタリヤは軽く肩をすくめる。

 

「いやさ、君の事は当然信頼してるんだよ?」

 

 言葉は、嘘には聞こえない。

 妙に真っ直ぐな印象だった。

 

「むしろ手伝ってもらえたら、かなり心強いと思ってる」

「…………」

 

 夜風が二人の間を通り抜ける。

 タルタリヤは続ける。

 

「……けどさ、一応これ『任務』だから」

 

 その言い方は、まるで大した問題ではないと言うような軽さだった。

 

「色々許可貰ってからじゃないと、君にも話せないんだ」

「…………あっそ」

 

 まるで、友達に世間話をするような口調。そこに重みはどこにもない。

 それから、彼は少しだけ身を乗り出す。

 一不の横顔を覗き込むように。

 

「本音を言うと……」

 

 口元がゆっくり歪む。

 

「今すぐにでも君を巻き込みたいんだけど」

 

 その瞬間だった。

 一不の表情が、露骨に変わった。

 

 眉間に皺が寄る。

 明確な嫌悪。

 

 心底うんざりした顔で、低い声が落ちる。

 

「……おい」

 

 そして、はっきりと吐き捨てた。

 

「二度と喋りかけんなよお前」

「ははっ」

 

 夜の山道に、威圧感の籠るその言葉だけが落ちた。

 だが、タルタリヤはまったく堪えていない。

 むしろ――楽しそうだった。

 

 くすり、と喉の奥で笑う。

 そして一歩、二歩と近づく。

 

 一不の前へ少し回り込むようにして、身を屈めた。

 青い瞳が、真正面から一不の整った顔を覗き込む。

 いたずらを思いついた子供のような目だ。

 

「でもさ」

 

 声が少しだけ弾む。

 

「モラが出るなら、どうだい?」

「――――」

 

 ぴたり。

 一不の足が止まった。

 沈黙。

 

「…………」

 

 夜風が岩肌を撫でる。

 遠くで虫が鳴く。

 タルタリヤはその反応を楽しむように、黙って一不の顔を見ていた。

 一不は、しばらく何も言わない。

 ただ立ったまま、前を見ている。

 しばらくして、眉間の皺が一層深くなる。

 

「…………チッ!」

 

 そして、わざと響かせるような大きな舌打ちをする。

 夜の静けさを破る音だった。

 一不は顔をしかめたまま、指でこめかみを押す。

 まるで頭痛でも堪えているかのようだった。

 深く、長い息を吐き。

 それからぼそりと零した。

 

「……やっぱお前苦手だ」

 

 声には、疲労と苛立ちが混じっていた。

 だがそれが、肯定か否定のどちらであるのかは、一目瞭然。

 タルタリヤは笑った。

 

「知ってる」

 

 それは、本当に楽しそうに。

 まるで褒め言葉をもらったような調子だった。

 

 一不はもう一度、ため息を吐き、それから再び歩き出す。

 タルタリヤも当然のようにその隣へ戻る。

 

 遠くの港の灯りが見える。

 時折夜空を見上げたり、遠くの灯りを眺めたりしているタルタリヤが、ふと口を開く。

 

「あぁそうだ、そういえば君さ」

 

 軽い声だった。

 横目で一不を見て、それから。

 

「――スネージナヤにいた事あるだろ?」

 

 一不は反応しない。

 だが一瞬、その足はほんの僅かに止まりかけた。

 

 本当に一瞬。

 気づく者がいなければ、何気なく見逃すほどの変化。

 

 だが、タルタリヤはそれを見逃さない。

 

「……」

 

 一不はすぐに歩き直す。

 表情も変わらない。

 しかし、沈黙が少しだけ重くなった。

 数歩進んで、一不が言う。

 

「なんでそう思う」

 

 声は低く、警戒が混じっていた。

 だがタルタリヤは笑う。

 

「武器の振り方さ」

 

 洞窟の方を顎で示し、軽く手を後ろで組む。

 そこではつい先ほどまで、宝盗団たちが笑いながら盗品を自慢していた。

 今はもう、誰も笑っていない。

 

「間合いに入る時、身体が自然と斜めに流れてた。あれは雪の上で滑らない為の動きだ」

 

 肩をすくめ、少し楽しそうに目を細める。

 

「あとは足運びかな?北の訓練の癖が残ってる」

「…………」

 

 夜風が吹く。

 一不の前髪が僅かに揺れる。

 やがて、沈黙を破って一不が小さく鼻で笑い、言う。

 

「……観察眼だけはいいな」

 

 それは肯定以外の何物でもない。

 タルタリヤの口元が、楽しそうに少し上がる。

 

「やっぱりか」

 

 彼は満足そうに息を吐いた。

 

「でも君璃月人だろ?って事は……」

 

 一不は答えない。

 ただ歩く。

 夜道に足音が続く。

 スネージナヤ生まれでもないのに、スネージナヤ特有の訓練の跡が残る子供。

 彼も頭の中にいくつかの推理が浮かんだようだが、それをわざわざ口にする無粋な真似はしなかった。

 しばらくして、タルタリヤがまた言う。

 

「寒かっただろ?」

「何が」

 

 一不の眉が僅かに動く。

 タルタリヤは空を見上げる。

 遠くで夜鳥が鳴いていた。

 

「北の国。雪ばっかりだし、風も強い」

 

 それは彼の故郷でもあった。

 スネージナヤ。その名を口にしなくても、二人には分かっている。

 北の国。そこはファデュイの本拠地でもある。

 一不は少しだけ考える。

 そして、小さく鼻で笑った。

 

「寒さより」

 

 一拍置く。

 

「人間の方が冷たい場所だ」

 

 その言葉は、夜の空気よりも冷えていた。

 タルタリヤは少しだけ目を細める。

 笑ってはいない。

 ただ、静かに頷いた。

 

「……それは否定できないかな」

 

 彼は短く息を吐いた。

 

「俺の故郷だからね」

 

 軽く言う。

 だがその声には、ほんの僅かな重さある。

 二人の間に、また沈黙が落ちる。

 遠くの璃月港の灯りが、少し大きく見えてきた。

 

 タルタリヤはふと横を見る。

 一不は前を見たままだ、表情は変わらない。

 

 だがその顔には、何か重たいものが乗っているように見えた。

 タルタリヤは、それ以上聞かなかった。

 代わりに、少し笑って言った。

 

「でもさ。雪の国の訓練を生き残ったなら、君ってかなりしぶといよね」

 

 一不は視線を向けない。

 ぶっきらぼうに短く答える。

 

「死ななかっただけだ」

「それが一番強いんだよ、俺もそうだった」

 

 タルタリヤは笑った。

 夜風が二人の間を吹き抜ける。

 山道はゆっくりと下りになり、遠くにある璃月港の灯りが、いよいよ目前に近づいて来た。

 タルタリヤがふと立ち止まる。

 彼は夜空を見上げていた。

 

「なぁ」

 

 静かな声だった。

 一不は立ち止まり、聞き返す。

 

「……何だ」

 

 タルタリヤは顎で上を指した。

 

「見てみなよ」

「お前な……」

 

 一不は露骨に面倒くさそうな顔をした。

 小さく舌打ちしそうな声で言う。

 

「何だよ急に」

 

 だが、無視するほどの理由もない。

 軽く息を吐き、それから、タルタリヤが示す方向へと視線を向ける。

 

 ――夜空。

 その瞬間、視界いっぱいに広がる星々と月光。

 

 黒い空に、無数の星が散りばめられていた。

 大小さまざまな光が、まるで砂を撒いたように夜の空に浮かんでいる。

 その光も、決して全てが同じ光り方ではない。

 あるものは針で刺したように鋭く瞬き、あるものは柔らかく、灯りのように漂っている。

 タルタリヤが、静かに言う。

 

「綺麗だろう」

 

 一不は何も答えない。

 ただ、空を見上げたまま立っている。

 山の草が揺れる音。

 夜風が頬を撫で、遠くで雲がゆっくりと流れる。

 だがその間も、星の瞬きは変わらない。

 月の光も、静かに大地を照らし続けている。

 

「星空ってさ」

 

 タルタリヤは空を見つめたまま、ぽつりと続けた。

 

「どこで見ても大して変わらないと思わないか?」

 

 その声は、いつもの軽い調子より少し落ち着いた声だった。

 少し笑って、彼は指先で夜空を軽くなぞる。

 

「俺はスネージナヤでもよく空を見てたんだ」

 

 肩をすくめて。

 

「でも。スネージナヤで見てた星と、今ここで見てる星」

 

 少し指を横へ流し、そしてまた真上にある空を指差す。

 

「違いが俺には分からないや」

 

 その言葉は、冗談のようでもあり、少しだけ真面目でもあった。

 一不は空を見上げたまま、小さく言う。

 

「……同じだろ」

 

 続ける。

 

「場所が変わっても、空は変わらない」

 

 その声は静かだった。

 タルタリヤがふっと笑う。

 

「だよね」

 

 再び、沈黙が落ちる。

 だが今までと違い、今回は歩かない。

 二人はしばらくそうして、天蓋にある星々を見上げ続けた。

 

 星は相変わらず、空いっぱいに広がっている。

 

 ただ黙って空を見上げていると、世界は驚くほど広く、そして静かなものだと気づく。

 黒一色ではなく、吸い込まれそうになる紺色の広がり。

 その広い空を眺めていると、不意に一不の頭の中に、ある光景が浮かんだ。

 

 黒い帽子。

 赤い梅の瞳。

 そして、あの無邪気な笑顔。

 

 あの『言葉』を聞いた時も、確かこんな夜だった。

 あれは果たして何年前だっただろうか?

 週に一度の邂逅、そして空いっぱいに広がる星々を見上げた彼女は、その『言葉』を口にしたのだ。

 

 雲一つない空と、月光に満ちた夜空。

 

 こんな絶景は、そう――。

 一不はふと、記憶に残るその先の言葉を小さく呟く。

 

「……詩を作るにはぴったりだ」

 

 それは、本当に小さな声だった。

 風に紛れれば消えてしまいそうな程に小さい、自分にとっての光の象徴である、彼女の言葉を倣った独り言。

 それを吐き出すと同時、一不は視線を元に戻し、再び璃月港に向かって歩き出す。

 だが、足音は一つだけ。

 

「…………?」

 

 自分の足音だけがザッ、ザッと続く。

 さっきまで当然のようにそこにあった、タルタリヤの足音が聞こえない。

 一不は少しだけ気になり、振り返って彼を見た。

 

 すると、そこではタルタリヤが、妙に意外そうな顔をしていた。

 

 見た事のない表情だ。

 目を少し丸くし、固まっている。

 一不は眉を寄せる。

 

「……何だよ」

「…………」

 

 タルタリヤは一瞬考えるようにしてから、笑った。

 

「いや」

 

 そして言う。

 

「君って意外とロマンチストなんだね?」

 

 一不の表情が固まる。

 再びの沈黙の後、視線を前に戻し。

 それから、面倒くさそうに言った。

 

「……さぁな」

 

 それだけだった。

 話を終わらせるような、短い言葉。

 タルタリヤはそれ以上は聞かず、小さく笑ってまた歩き出す。

 二人の影は、星明かりの下で並んで伸びていた。

 そしてそのまま静かな山道を下りながら、ゆっくりと璃月港の灯りへ向かって歩いていった。




タル→家族が大事、でも悪事は闘る(戦うの大好き)。
一不→友達が大事、でも悪事は殺る(自己嫌悪)。

 境遇は似てるけど根本が違う。
 だから相容れない。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。