Part-A
--コンフォート17マンション11階碇家
碇家の朝は早い。
Nerv副司令である前に碇家の主婦である碇ユイは、日課として朝早くに掃除、洗濯等を済ませてしまう。
もちろん、娘や息子にも手伝ってもらっているが、主婦としての勤めと思っていたし、なにより、良家のお嬢様だったにも関わらず家事をすることが好きなので、大体を自分で行っていた。
今日も朝から、溜まった洗濯と掃除をしている。
Nerv総司令である前に一家の主である碇ゲンドウは、ユイと同じ部屋で寝ている為、どうしても早く起きてしまう。
日課としてユイの手伝いを……している訳ではなく、ラジオ体操をしている。時間になると、柄パン、ランニングシャツ姿でベランダに出てラジオに合わせて体操する。
保安部の方から、格好の狙撃の的になるので止めて欲しいという陳情があったが、
「ふん。そんなやつを進入させた時点で家のどこにいても同じだ。進入させない事を考えろ」
と、全く聞く耳を持たなかった。
まあ、ランニング姿のおっさんがラジオ体操している所をみて、裏の世界では恐怖の代名詞でもある『あの』Nerv総司令だとは、到底、思えないだろう。
今日も朝からベランダで、21世紀でも続いていたラジオ番組を聞きながら体操する。
「♪あ~た~らし~い、あ~さが来た~♪」
ちゃんと歌も歌うらしい。
碇家の朝は早い。が、子供達は早くない。
「おふぁようごじゃいます。せんちょ~どの!」
「???」
ファーストチルドレンである前に、碇家の長女である碇レイは盛大に寝ぼけていた。
さすがのゲンドウも、朝から娘に敬礼されてしまっては、返す言葉もない。
「ほらほら、早く顔を洗って、しゃっきりしなさい!」
「ふぁ~い、せんちょ~どの」
「誰が船長よ!」
日課として隣家の子供達を叩き起こしに来たアスカに連れられて洗面所に行った。
レイの面倒を見た後、リビングに戻ってきたアスカは、お茶を啜っていたゲンドウに朝の挨拶をする。
「ふう、あ、おじさま!おはようございます」
「ああ、おはようアスカ君」
「あの……シンジは?」
合鍵で勝手知ったる碇家に上がり、叩き起こすためにシンジの部屋に突撃したがベッドに既に居なかった。ゲンドウにそのことを確認する。
「ぼけ息子だったら、日直とかで朝早く出た」
「あー、そう言えばそんなこといってたっけ。あの、ちゃんと起きれたんでしょうか?」
「うむ、ちゃんと私が起こしたからな」
「え゛っ!おじさまが!」
「朝飯も作ってやって送りだした。あのぼけ息子を起こすのは、一苦労だったよ。アスカ君は、毎朝アレをしているのか。うむ、さすがキョウコさんの娘だな」
「はあ、ありがとうございます」
一応、お礼を言ってその場を濁すが、よく見るとゲンドウはエプロンを付けたままだった。ゲンドウが朝食を作っていたところを想像して、吹き出しそうになっていたアスカだった。
「わっ!もうこんな時間!行かなきゃ!」
やっと起きたレイがどたばたと、リビングまで戻ってくる。
「レイ、せめて、パンを食べていきなさい」
「うん、ありがとうお父さん!じゃあ行ってきまーっす!」
「あ、待ってレイ!」
「アスカ早く~~」
毎度お馴染みの碇家の朝の風景が一段落した。ユイの方の家事も一段落したようだ。今は、朝食の後片付けをしている。
「ほんとアスカちゃんには感謝感謝ね。お嫁に欲しいわぁ。シンジもレイもアスカちゃんが迎えに来てくれなかったらどうなることやら」
「ああ」
「あなたも!新聞ばかり読んでないで、さっさと仕度してください」
「ああ」
「もうー、いい年してシンジと変わらないんだから……」
「君の仕度はいいのか?」
「はい、いつでも。もう、会議に遅れて冬月先生にお小言言われるの私なんですよ」
「君はもてるからな」
「バカ言ってないで、さっさと着替えてください」
「ああ、分かっているよ、ユイ」
ゲンドウはとても柔和な声でユイに答える。夫婦でのみ見せる表情をしていた。
「ところで、夕方の停電の件は、シンジに伝えました?」
「ああ、きっちりとな(にやり)」
「?」
--第一中学通学路
毎度お馴染みの走りながらの登校風景。今日は一人足りないが。
レイは器用にパンを咥えながら通学路を走る。アスカも呆れながら一緒に走った。
「遅刻、遅刻~!初日から遅刻じゃ、カナリヤバイってカンジだよね~!」
「……初日ってなによ」
「それは、お・や・く・そ・くっ!」
「なんで、パン口に加えたまま、しゃべれるわけ?」
「それは、心意気だって某三刀流の剣豪が」
「ナニソレ」
「海賊マンガ」
二人になると、ボケとつっこみがハッキリする。が、あんまり噛合ってはいないようだ。
パンを咥えたままの通学は、お約束のようにはいかず誰にもぶつからないまま無事登校できた。2人は2年A組の教室へと入ると机につっぷしたシンジを見かける。
「お兄ちゃん、おはよーー!って起きてる?」
「コラ!シンジ!寝てちゃだめじゃない!ちゃんと日直の仕事したんでしょうね」
「ちゃんと、日誌取ってきて、花瓶の水替えて、机並べ直したよ……」
目を擦りながら、体を起こすシンジ。何故か顎のラインに沿って髭が生えていた。
「「ぶっ!!!」」
思わず吹き出す2人。鼻の下にチョビ髭、眼鏡、眉毛が繋がって、額に『にく』。そして、左頬に『問題ない』と、サインペンで書かれていた。
「「きゃははははははっ!!!!」」
指をさして爆笑するアスカとレイ。訳が分からなくてシンジは頭に?マークを浮かべる。
「あーーーくるしーーー『問題ない』って、これ絶対おじ様よねー」
「う~む。普通、漢字で『肉』と書くところを、ミートくんでくるとは。さすがお父さん」
なんだ、なんだと集まってくるクラスメイトにも笑い菌が移る。まだ分かってないシンジの様子が、笑いを増長させる。一通り笑ったアスカが小さな手鏡を見せる。
「くっくっく、さっさと顔、洗ってらっしゃい」
「ああーーーー!!なんだよこれ!!」
やっと気がついたシンジがダッシュでトイレに向かう。教室のドアで、HRのために来た担任のミサトは、シンジとすれ違ったが思わず見送ってしまった。前の座席のヒカリに聞いてみる。
「どしたの彼?」
「(くすくす)『問題ない』そうです」
「?」
--校舎2階男子トイレ
「くっそーーー父さんめーーー」
改めて鏡を見る。犯人は丸分かりだ。朝、顔を洗った憶えはある。朝食が出来るのを待つ間、ちょっとソファーで寝てる間にやられたらしい。
「落ちるかな~これ……ん?」
左頬に『問題ない』とデカデカと書かれている反対側、右頬に小さく、
『今日、16:00から停電』
と、書かれていた。ご丁寧にも、鏡に映して読めるように逆さまで。