--使徒の直下。地底空間
シンジが地上からの落下の衝撃による気絶状態から回復したとき、既にシンクロはしていなかった。暴走防止の安全装置が働いたようだ。
腕時計をみると、作戦から1時間ほど経っていた。とりあえず外部モニターを回復させる。
初号機が落ちたところは、第三新東京市の地下と同じ、広大な地底空間だった。ただNerv本部があるジオフロントよりは狭く感じる。
3つある穴から光が差し込み、ぼんやりと辺りを照らしている。天井は湾曲しているようで、ここが球体の一部であることを伺わせた。
天頂部には使徒のドリルが突き出ているが、途中で折れているようだった。
地面に緑はない。しかし、なにか朽ち果てた建物がそこかしこに見える。
「これじゃあ、登れないや……」
上の穴まで、数百mはある。EVAでジャンプしても絶対届かないだろう。通信も繋がらない。電波障害が起きているようだ。
シンジは途方に暮れていてもしょうがないので、辺りを捜索することにした。EVAでは、破壊を撒き散らしそうなのでエントリープラグから降りる。
天井の穴からの光は弱く備え付けの懐中電灯で照らし、恐る恐る建物に近づいてみる。
なにかの遺跡のようだが、人の気配はない。
過去のどの古代文明とも様式が違う。まったく別の文化のようだ。しかし、シンジには、その辺の知識が皆無なので、どういう遺跡かも想像がつかなかった。
しばらく歩くと広場のような場所にでた。中央に像のようなものがあるが、壊れていてよく分からない。よく見ようと近づいたとき、背後で物音がした。
反射的に音のした方へ電灯を向ける。拳銃も持ってきてはいるが当てる自信などない。光を当てた人物は、よく知っている顔だった。
「なんだレイかぁー。レイも落ちちゃったんだ。脅かさないでよ。もー」
青み掛かった銀髪のショートカットに、赤い目。透き通るような白い肌。シンジの双子の妹碇レイは、他人とは間違えようがない特徴も持っている。
「あなた誰?」
しかし、帰ってきた言葉は、いつもと違っていた。
「?どうしちゃったの?大丈夫?」
すっと近づくと警戒していた『レイ』を自然に抱きしめる。天然のなせる技か。
「あ……」
「どうしちゃったのかな?落下時に頭でも打った?」
頭を撫ぜる。当然たんこぶはない。『レイ』は何故か抵抗する気が起きなかった。
(……あたたかい……)
「彼女は、『碇レイ』では、ないよ。碇シンジ君」
「え?」
振り返るシンジ。声の主は広場中央の像らしきもの上に居た。
「何時の間に……」
「その子の名前は、『綾波レイ』。君の妹とは別人さ」
少年は、像から飛び降りなが答える。レイと同じく銀髪で赤い目をしていた。黒を基調としたプラグスーツを着ている。
「え?綾波?」
綾波レイを見る。抱き合ったままなので自然と見詰め合う形になる。
よく見ると、確かに違う。碇レイは感情が直ぐ顔に出るが、『綾波レイ』は無表情と言ってもいい。少し目が潤んでいたが。
シンジは人違いに気が付くと慌てて離れた。
「あ、ご、ごめん!」
「あ……」
綾波レイは、抱きしめられたときとは、また違う吐息を漏らした。
改めて綾波レイの全身を見ると、プラグスーツの色が違っている。碇レイは、薄い水色が基本のはずだが、綾波レイは白。純白を基本としていた。しかし、それ以外は、そっくりだ。言われなければ気が付かない。
「あ、あの、ごめんなさい。失礼なことしちゃって……」
改めて謝るシンジだったが、妹に敬語を使っているようで変な気分だ。ふるふると首を振るレイ。許してくれるらしく少しほっとする。
近づいてきた少年に、お礼を言おうとして、まだ名前を聞いていなかったことを思い出す。
「えっと……君は?」
「僕は、カヲル。渚カヲル。君は碇シンジ君だね?」
「う、うん。ありがとう教えてくれて。あれ?なんで僕の名前を?」
「知らない者はいないさ。失礼だが、君は自分の立場を、もう少し自覚した方がいいね」
その少年カヲルは、そう言って微笑んだ。シンジはそんな立場だっけ?と驚く。
「君は、
「へー。そういえば、あの穴を開けたのってEVAだったってミサトさん言ってたっけ。それに乗ってきたんだ。飛べるんだって?すごいなぁ」
素直に納得した様子のシンジに、逆に驚くカヲル。そんな彼をレイも初めて見た。
「そうだけど、不信に思わないのかい?僕たちを」
「え、同じチルドレンなんでしょ?だったら仲間だよ」
「仲間?」
「うん。あ、ウチの学校にも一杯いるよ。同じクラス全員チルドレンなんだ。面白いやつらばっかりだよ。よかったら遊びにおいでよ。第三新東京市の第一中学に」
シンジは、思いっっきり機密事項をばらすだけでなく、アスカを含めて面白いやつらと評してしまった。バレたら『アスカちゃんきっく』を食らうだけでは済まないだろう。
「そうか……僕を仲間と呼んでくれるんだね」
「うん。えっと、綾波さん、だっけ?君もチルドレンなんでしょ?」
「ええ、私は、
「へー、ウチのレイと、おんなじだ。すごい偶然だね?」
「そお?よく分からない……」
珍しく積極的に話す綾波レイ。そんな彼女をカヲルも初めて見た。
「誰だ!!」
突然、大きな声が響き渡る。
もう一人『チルドレン』が現れた。高台から階段で広場に降りてくる。
逆光で顔が見えにくいがプラグスーツを着ていることは分かった。レイと同じく真っ白だが、こちらの方が白の割合が大きい。手にアタッシュケースを持っている。
「なにをしてるカヲル、綾波。そいつは……」
階段の途中で止まり、見下ろすようにしている少年は金髪だった。意思が強そうな目は、吸い込まれそうなほど鮮やかな青。その中性的な顔立ちには何故か見覚えがある。
「貴様が、碇シンジか」
「う、うん」
「冴えないツラだな」
初対面のはずの少年に言われて、さすがのシンジもムっとした。しかし彼の顔がはっきり見えるようになっても、どこかで見たような違和感を感じたまま。
「オレの名前はグラオベ・アンカー。貴様と同じ
「え?」
「カヲル、綾波。例の物が見つかった。撤退するぞ」
驚くシンジを無視して、アタッシュケースを掲げ宣言する。
少年が手を掲げると、音もなく彼の背後に羽の生えた銀色の巨人が現れた。巨人は屈んで手を差し出す。彼がその手に飛び乗ると頭の後ろのエントリープラグのハッチまで運んだ。
気が付くとレイとカヲルの後ろにも、巨人が現れていた。白いEVAの手の上に乗ったカヲルはシンジに問いかける。
「シンジ君。君のEVAは?」
「あ、うん。あっちの方に……」
「じゃあ、エントリーして来てくれるかい?上まで運んであげるよ。君のEVAは、飛べないんだろ?」
「う、うん、ありがとう」
「構わないよね。Herr Anker?」
「勝手にしろ」
銀色のEVAに乗りかけていた少年は、そう言って乗り込んでしまう。銀色のEVAは大きく翼を広げた。
「レイ、君も手伝ってくれるかい?」
返答を聞いて満足そうに肯くカヲルはレイにも声を掛ける。
こっくりと肯くとレイはそのまま青いEVAの手の上に乗った。
カヲルはシンジに振り返る。
「シンジ君。僕達は、もう家に帰るよ」
「帰る?家に?」
「そう。君らに学校があるように、僕らにもホームがあるんだ。そこに帰るよ。……でも、シンジ君。君とは、直ぐに再会できる気がする」
「うん。僕も、そんな感じがするよ。カヲル君」
「……じゃあ」
後ろ向きに手を振って、カヲルは白いEVAのエントリープラグに乗り込む。
「じゃ、さよなら」
EVAの手の上から、言葉少なに別れの挨拶をするレイ。
「あ、ちょっと。レイ……じゃ、まずいか、レイさん……も変な感じだ。綾波さん」
「綾波でいい」
「あ、うん。綾波。君とも、また会える気がするよ」
「そう?」
「うん。だから『またね』」
「……じゃ、『また』」
レイは、別れの言葉を言い直すと、青いEVAに乗り込んだ。シンジは、初号機に乗るため走り出し、大きな翼をもつ銀色のEVAの前を通る。
「そっか。どこかで見たと思ったら……」
グラオベ・アンカーと名乗った少年の顔は、金髪と青い目を除けば毎朝鏡で見ている顔。シンジ自身の顔に、そっくりだった。