--技術部長執務室
今日もミサトが来ていた。タダでコーヒーが飲めるから。
「ミサト、最近随分張り切ってるらしいじゃないの」
「えー、そうかしら?」
無料のコーヒーを飲みながらリツコの方を見る。何を唐突にと思ったようだ。
「……やっぱりアレを聞いたのが原因?」
「アレって?ああ、父のことね。正直言って信じてないわ」
「そう……」
「目の前で見たもの。お父さんは、あたしを庇ってカプセルに乗せてくれたわ」
ミサトは何時も身に着けている銀の十字架のペンダントをまさぐる。それは、父親の最後のプレゼントだった。別にキリスト教信者ではなかった父が、何を思い、選んだのか。
「あの悪夢の日。南極大陸は地上から消えた。生きているはずがない」
「……」
「まあ惣流のおじさまには感謝しているわ。もしかしたら、あたしの知らないお父さんの記録が見つかるかもしれないし」
ペンダントを見つめながら独白する。気にしていない風に装ってはいるが、思うところはあるようだ。
「……そうね。あ、そうそう衣笠君が言ってたわよ。最近チルドレンの疲労が目立ってきてるって。張り切り過ぎるのも考えものよ」
リツコは話題を変えるように最近の訓練の話をした。それに乗っかってミサトは明るく答える。
「んー、それは言えてるわね。そろそろ休養が必要な頃かも……!そうだ!」
「……なんか変なこと思いついたわね……」
--ブリーフィングルーム
「えー、今日の訓練は『ダンス』です!!」
「「「「「はぁ?」」」」」
--1週間後
「バカシンジがぁ~!どこで油売ってんのかしら! ちょっと探してくる!!」
「アスカー、着替えたんだから、転ばないでよー……ってもういっちゃったか」
「ロングスカートで、よく全力ダッシュができるねぇ」
ここは第一中学の体育館ステージ脇の小部屋。普段は体育用具置き場になっている。
アスカとレイの服装は、白の長袖ブラウスに、臙脂色のロングスカート。カヲルは、タキシード(借り物)だ。それぞれ楽器を用意している。
今日は、第三新東京市立第一中学校の芸術鑑賞会というイベント。
通常授業を中断して、丸一日使って行われる。ノリは文化祭的だ。
しかし、文化祭自体は十一月に霜月祭として別に行われる。この霜月祭は殆ど学園祭という感じで、アイドルコンサートこそないものの屋台や生徒によるバンドコンテスト、ミスコン等中学とは思えない盛り上がりを見せる。
あまりの盛り上がりに、文化祭本来の目的である文化系部活の発表の場として意味を成していないとのクレームが生徒会に寄せられた。
それならばと、違う時期に芸術鑑賞会というイベントを企画する。これに教師側は反対するどころか文化系部活顧問の教師の後押しで七月に丸一日使って行われることになった。
芸術鑑賞会というからには芸術を用意し鑑賞しなければならない。芸術を用意するのも生徒ならば鑑賞するのも生徒。全員参加が原則。
展示するのは、絵画、彫刻、文芸作品などなんでもよい。また楽器演奏、歌、ダンス等を、当日に発表してもよい。何をするかは生徒の自由だが、必ず何か芸術を用意する必要がある。文化系部活ならともかく、運動系や帰宅部などはめんどくさいだけだ。
鑑賞は、ただ見る聞くだけではなく、批評をしなければいけないことになっている。一人あたり、学校側からランダムに指定された三人の芸術を批評して感想文を提出しなければならない。つまり授業の一環なのだ。もちろん成績にも影響する。
シンジ、レイ、アスカ、カヲルは、四人で弦楽四重奏をすることに決めたらしい。有志は6人まで許され全員同一の評価を貰う。絵画で合作などもOK。
シンジは、チェロ。レイは、ヴィオラ。アスカ、カヲルは、ヴァイオリンを担当する。楽曲は、パッヘルベルのカノン。カノンという言葉自体は作品名ではない。一度現われたフレーズを模倣し繰り返すこと。パッヘルベルがカノンによって書いた曲という意味。……なんだそうな。
ともあれ、『四』重奏なんだから、四人揃わないと演奏できない。
さて、チェロパートの担当者は、というと……
--3年B組教室
一応、断っておくが、担任は金八という名前ではない。新八でも仙八でもない……他になんかあったっけ?
碇シンジは、ここに居た。
教室は、机と椅子が片付けられており、壁一面に、書道作品が張られている。
もちろん書道も芸術だ。実は比較的お手軽に書けるということで一番多い。『富士山』とか『平和』など無難な(?)ものから『初日の出』、『春一番』など季節外れのものや、『家内安全』とか『土足厳禁』とか『冷し中華始めました』なんてものもある。
書く方は比較的簡単だが、鑑賞して批評しなければいけない方は大変だ。『字がうまいです』一言じゃあまずい。書いてある言葉の意味を読み取って、感想を書く程度のことは必要だ。
ちなみに、シンジがタキシード(やっぱり借り物)姿で見ている作品は、
『ぶんちん』
3年生の作者は、書道二段の腕前。達筆だ。
頭を捻るシンジ。
しばらくすると、廊下を誰か走ってくる音が聞こえてきた。すっぱーーーん!!と勢い良く開いたドアには、アスカの姿。
「はぁはぁはぁ!みぃ~~つぅ~~けぇ~~たぁ~~!!」
息切れが激しい。ここは3階だ。
「あれ?アスカどうしたの?」
真面目に作品の意味を考えていたシンジ。思考のループからようやく抜け出した。
「『どうしたの?』じゃな~~~い!! もう演奏が始まる時間よ!!!」
「え?もう?」
教室の時計を見る。確かに出番が近い。
「楽器のセッティングもあるのよ!急いで!」
ドつく暇もない感じで、慌てて出て行くアスカ。シンジも後を追う。
出て行く一瞬、振り返り作品を見る。やっぱり頭を捻る。
実は書道二段の作者が文面を思いつかなくて、目に入った物をそのまま書いただけなことは、知らない方が幸せかもしれない。
--体育館臨時控え室
取り残された2人、レイと、カヲルは手持ち無沙汰でお喋りをしていた。
「お兄ちゃん達遅いね~カヲルクン」
「そうだね。アスカちゃん、シンジ君を見つけるのに手間取っているのかな?」
ここのところ、碇兄妹、アスカ、カヲルの4人で行動することが多い。
アスカはカヲルのことを毛嫌いしていたが、あまりにも碇兄妹が懐いていることと、この間のSeeleチルドレンとの一件で、ちょっと見なおしたこともあり、『アスカちゃん』と呼んでも怒らない程度には気を許していた。もっとも、ある意味の警戒は、無意識に解いていない。
3馬鹿トリオ(こちらもカヲルを加えて4馬鹿カルテットとはアスカの弁)に引き続き2年A組の名物4人組が出来た。彼らは、非常に目立ち、全校生徒のみならず市内中の中学生にも知れ渡っている。全員ファンクラブがあるくらいの、色んな意味でトップクラスな4人だ。
「へぇ、そんなことあったんだ」
「うん、そうなの。でね、アスカったら寝言でお兄ちゃんのこと……」
と、レイがカヲルに言いかけたとき、控え室の扉が勢いよく開いた。息切れのアスカが目に入る。
「はぁはぁはぁ、た、ただいま……」
「あっ!!アスカ、おかえりー」
「シンジ君は見つかったかい?」
レイとカヲルが迎えるが肝心のシンジがまだのようだ。
「ふぅ、後から、すぐ来るわよ……それよりレイぃ、なんか喋ってなかった?」
「んん~?なんのことかな~?」
と、言って目を反らすレイ。手をワキワキとさせたアスカが迫る。
「白状しろ~~この~~~」
「きゃははは!やめてーくすぐったい~」
遅れてシンジも入ってくる。こっちも息切れしているようだ。カヲルの傍に座る。
「はぁはぁはぁ。ご、ごめん!遅れて……」
「やあ、シンジ君。なんかスケジュールが遅れているみたいだから出番は、もうちょっと先だよ」
「ほんと?よかったー……そうだカヲル君、『ぶんちん』と聞いてなにを思い浮かべる?」
「へ?」
もうすぐ大勢の前で、演奏するというのに、緊張感0だ。