--ジオフロント内の建物屋上
「じょ、冗談だよね?アスカ……」
「あら。アタシは本気よ?」
ここはジオフロント内の訓練施設屋上。レイとアスカの2人っきりだ。レイは屋上の縁に突き出している板の上に追いつめられていた。アスカが腕を組み睨みつけている。
「な、なんでこんなことするの?」
「全て任務のためよ。いいからさっさと落ちなさい」
ふと、足元を見るレイ。大体5階建ての高さだ。ジオフロントの中だが、これだけ広いと対流も起きる。下から風が吹き上がってきた。先ほどから足の震えが止まらない。
「こ、こんなの落ちたら死んじゃうよ~!鬼!アクマ!へっぽこ!」
「うっさいわね~時間ないのよ。早く逝きなさい」
「あ~~~!今『逝く』ってゆった!しんにゅうに、てへんに、おのづくりの『逝く』ってゆった!」
「チッ往生際が悪いわね~」
「死んだら化けてでて、アスカの恥ずかしい秘密みんなにバラしてやるぅ~」
「そんときゃアタシもアンタの恥ずかしい秘密バラすわよ」
「酷いよアスカぁ~。アスカだったら『お義姉ちゃん』って呼んでもいいのにぃ」
「(ぞわわ~~~)ナニ言ってんのよ!アンタは!いいからさっさと落ちろ!」
どん!とアスカに蹴っ飛ばされるレイ。仰向けに落下して行く。
「いやあああぁぁぁ~~~~~~~~~~!!」
びよーん。
ここはジオフロント内のチルドレン訓練施設屋上の自由落下訓練場。通称『バンジージャンプ台』だ。
--技術部長執務室
「高所恐怖症?」
「そ。レイって
「ちょっと、どうするのよミサト。もう何時出撃命令が出てもおかしくないわよ?」
現在、南米コロンビアで、秘密裏に行われている使徒捕獲作戦。実行しているのはNervではなく、Seeleの部隊だ。
公式には存在していないはずのチルドレン部隊。彼らが成功すれば貴重な使徒のサンプルがSeeleの手に。失敗した場合は、2つのパターンに分かれる。
一つは、使徒が羽化した場合。この場合、使徒固有波長パターンブルーを使徒警戒網が感知して直ちにNervへ連絡がくるだろう。
そしてもう一つは『卵』に還元した場合。使徒の幼生が卵と呼ばれる状態に戻るとき、膨大なエネルギーを放つ。セカンドインパクトがいい前例だ。
次に起こればサードインパクトと呼ばれるだろうが。
ミサトは冬月副司令からその話の聞いた後、即座に行動を開始した。
3つの可能性の内、1つにしか対応できないが、それでもじっと待っているよりは彼女らしい。なにしろ相手は、地球の裏側だ。短時間で移動できる手段が必要。
ところがリツコに相談したところアッサリ返答があった。EVA輸送用SSTOがあるそうな。
そこで『SSTO輸送機での高高度降下作戦』。
問題は、それが実戦配備前の試作機で、3機しかないこと。作戦を担当するのは最強チームの第一中隊第一小隊の3人に決まった。
「今、アスカがレイに特訓しているわ。まあ、5,6回飛ばしゃ慣れるっしょ」
「……ホント大丈夫なの?」
「大丈夫よ。恐怖症っていったって孤独恐怖症ほどじゃないから……」
「あれね……」
眉を顰めるリツコ。実際に目の当りにしたこともあるし、診断もしたことがある。何故あそこまで恐れるのか。恐怖には限界が無い様だった。
「……あれは恐がるってレベルじゃないわ。心が砕けたようになるのよね……」
ミサトも、幼いレイの症状を何度か見ている。最初は寂しがっているだけかと思ったが、その尋常でない様子を見て知識がないなりに心の病気ではないかと思っていた。
「以前、ユイさんに聞いたんだけど、レイは心が大きく欠けてるらしいわ」
「心が欠けてる?」
疑問形だが、その言葉に納得できるミサト。
「人間は誰でも心が欠けているの。それを補う為に、他人の温もりを求めるのね。そして、レイはその傾向が非常に強いらしいわ」
「そういや、小さい頃は常にシンちゃんやアスカが側にいたわね……随分大人しかったし。でも最近は元気いっぱいよ。きっと2人のおかげね」
「ところで、そのシスコンお兄ちゃんはどうしたの?ミサト」
「ああ、ブリーフィングルームに拘束中よ」
--ブリーフィングルーム
「はぁーーーなぁーーーせぇーーー!!レイ~~~!!」
「センセ。いい加減あきらめたらどうや?」
「普段大人しいくせに、妹のこととなると人間変わるなコイツ」
「ああ!縛られているシンジ君も魅力的だよ!」
呆れるトウジとケンスケ。かなりアブナイ事をぬかしているカヲル。椅子に縛りつけられているシンジは、かれこれ2時間ほど暴れていた。
--南米コロンビア共和国ネバド・デル・ルイス火山
火山の麓に数台の軍用車両が見える。車体には『炎を掲げる左手』のマーク。
(特務軍か……)
密度の高い林の中から様子を覗う加持。警戒は厳重でこれ以上は近づけない。
ふと山頂方向を見る。
5体の天使が空を舞っていた。
いや、天使(ANGEL)を捕獲する為に来た大天使(
Erzengelは全部で6機だが、1機は溶岩の中だった。既に潜って15分以上経っている。火口の中で何が行われているのかは分からない。だが目的は知っている。使徒の捕獲。失敗すれば……
(サードインパクト……これが最後の煙草かもしれんな……)
キンッとZIPPOを開いた。年季の入ったZIPPOは良い音がする。模様もシリアルNoもない普通のZIPPOだ。安物だが思い入れはある。ミサトからの唯一のプレゼントだった。
樹木に背を預け煙草の煙を燻らせる。深く深く吸い込み、肺の感覚と味を楽しむ。煙草の銘柄は親父が吸っていたものと同じだ。
セカンドインパクトで死んだ親父のイメージは大きな背中とこの煙草の匂い。それ以外は普通の印象しかない。真面目で不器用で野球が好きで、家族は大事にしていた親父。強く尊敬していた訳ではなく、特に嫌っていたわけでもない。本格的な反抗期に入る前に、死んでしまった。
しかし、この歳になって少し分かった気がする。偉大とまではいかないが尊敬することは出来る。特に家族を護っていたことに対しては。
今の自分はどうだろうか?所帯を持ったとして護りきれるだろうか?ある女性の顔が浮かぶ。あの笑顔を護ることが出来るか?少なくとも8年前には無理だった。だから逃げた。やるべき事があると自分を騙し。
(ククッまるで走馬灯だな。何時から俺は過去を振り返るようになったんだ?)
自嘲してみる。不思議なほど心が静かだった。使徒が捕獲されようがサードインパクトが起ころうが、今回の仕事はほぼ終わった。後は見守るだけだ。この後少し休暇を貰おうかとも思う。のんびり果物でも育ててみたいものだ。許されるものならば。
取りとめないことを考えていると、煙草の火がフィルター付近まで届いた。その灰が落ちる瞬間、足元から大きな地響きが轟く。
(始まったか)
火口から、翼をもったものが飛び出してきた。
くすんだ赤色のErzengel。その機体は煙を引きながら急上昇して他の機体と合流する。そして特に何もせず散開した。用事はここまでだと言わんばかりに。
麓の車両も慌てて動き出す。捕獲に失敗したのは明白だ。後は火口から何が出るかはお楽しみ。
鬼と出るか蛇が出るか。最大望遠で火口を望む。これの報告が本日最後の仕事。
(……鰈(カレイ)?)
溶岩と共にとび出したのは、鬼でも蛇でもなく平べったい魚のようだった。それも古代の生き物に似ている気がする。なんて名前だったろうか?
とりあえず、サードインパクトは無いのだろう。インパクトある姿ではあるが。
(……一番、無難なセンだな。悩んで損した。んじゃ葛城、後は頼んだぜ)
とっとと連絡して、とっとと帰ろうと思った。