Part-A
--箱根山山中
時刻はすでに夕方と言える時間を過ぎている。
西には沈みきったばかりの夕日、東側では星が幾つか瞬いていた。天を蓋う赤から濃紺への鮮やかなグラデーション。
昼間の五月蝿いミンミン蝉に変わり、カナカナと蜩(ひぐらし)が寂しく鳴いている。
少し開けた場所に、焚き木が焚かれていた。暖かな灯りが薄暗い辺りを照らす。
「そろそろ飯にするかな……」
迷彩服を着た相田ケンスケが呟いた。
世間一般の中学生は1ヶ月半という長期休暇の初頭を満喫中。
セカンドインパクト後にも存在していた宿題という障害はあるが、まだまだ休みは始まったばかり。時間は無限にある……と、思っていると最終日に泣く泣くやる羽目になったりはするが、すでに終わらせているというツワモノも含め平等に
夏休み。
頭の中は遊ぶことで一杯だ。
チルドレンも、同様に……とはいかず、ジオフロントに泊まり込みで戦闘訓練。まあ、体育会系部活の強化合宿みたいなものだ。その前に束の間の休みを貰った。
ケンスケは、その休みを利用して、一人でここに来ている。
騒がしいのは嫌いじゃないが、たまには静かにのんびりしたい。そう思って久しぶりにキャンプ道具を持って山登りを計画した。
と言っても使徒が出れば緊急召集がかかるので余り遠くには行けない。そこで休みの日に時々来ている箱根山を選んだ。
実は小学生の頃からこうやって山に来ている。アウトドアの達人と言えば聞こえがいいが、サバイバル技術書の内容を試している内に自然と身についたものだ。
一番の理由は、父親は忙しくて母親は離婚して、帰っても誰も家に居なかったことかもしれない。
前はエアガン片手に一人戦争ごっこをしていたが、チルドレンとなりモノホンの銃で訓練している今ではさすがにしなくなった。代わりにカメラ片手に歩き回っている。
「相変わらずマジーな……」
ゴムのような味の軍用レーションを食べ終わると、後は寝るだけだ。
普段、家に居る時よりもかなり早いが、これ以上動き回るつもりはない。辺りはすっかり闇に包まれた。虫や獣の鳴き声で昼間よりも騒がしく感じる。
夜の森は、人間とは違うモノが支配する世界。それはヒトの持つ原初の恐怖。
一人用のテントに入り、ごそごそと寝袋の準備をする。そのとき、虫の鳴き声に混じって『何か』が聞こえた。
「なんだ?」
テントから出て辺りをマグライトで照らしても、何もない。何もいない。
しかし、ケンスケは何かの気配を感じていた。虫でも獣でもない『何か』。
不気味には思ったが、いくら闇を見つめていてもしょうがない。テントの中に戻り、寝る準備の続きをする。
「そうだ、メールのチェックをしなきゃ」
自然と独り言が多くなる。漠然とした不安を感じながらモバイルPCを立ち上げた。
『メールを3件受信しました』
モバイルPCから、女性の声でメッセージが出た。機械の声(アイドルの声をサンプリングしたもの)だが自分以外の声を聞いて少しほっとする。
受信したメールは、所属するサバイバルゲームサークルの会報。カメラ関係のメールマガジン。そして、技術部所属伊吹マヤ中尉からだった。
「おおー!マヤさんからだぁーーー!!」
たかがメール、されどメール。いつもは男の名前か自動配信される味気ない物だが、女性、それも見目麗しい憧れのおねーさまとくれば、メーラーのフォントも華やいで見えるというもの。先ほどまでの不安もぶっ飛んだ。さて、肝心の内容は……
『MAGIバージョンアップ作業終了慰労会開催のお知らせ』
色気もへったくれもない。
要するに打ち上げの連絡で、彼女が幹事をしているということだった。ケンスケもチルドレンとして協力しているのでお声が掛かった模様。場所がNerv本部内食堂というのも、今一地味だ。無料招待というのが唯一の救いか。
「へー、やっとテストが終わったんだ。明日の1900時からか。急だな。明後日の本番稼動前の前夜祭みたいなものか?まあいいや。出席っと……」
バババババン!!
「ひぃあぁ!!な、なんだ!!」
返信メールを送信した瞬間、何かがテントを叩いたような音がした。慌てて飛び出るケンスケ。が、やはり辺りには何もない。闇が広がっている。
「風……か?」
突風が吹いてテントを揺らしたとも考えられる。しかし、今は無風だ。汗が滲む。テントを調べてもなんの痕跡もない。何かがぶつかった様にも聞こえたが。
さすがに恐くなってきたが、今下山するのも危険だ。朝を待つしかない。テントに潜りこみ、無理やり寝ることにした。寝袋に頭まで被る。
電源を切り忘れたモバイルPCの画面には、『メール送信中』というメッセージが表示されていた。
--技術部長執務室
「ねーねー!リツコー!タダ酒飲ましてくれるんだってぇ~?」
執務室に入室後、開口一番こういうセリフを吐くのは、ご存知、宴会部長……じゃなくて作戦部長葛城ミサト。応対する技術部長は、頭痛でこめかみを押さえる。
「いつかは嗅ぎ付けると思ったけどこんなに早いとは……で、どこで聞いたの?その話」
「ん?マヤちゃんが発令所でメール打ってたみたいだから、後から覗いたの」
「……一度、辞書で『プライバシー』って言葉を引いたほうがいいわ。マヤもマヤね、発令所でなんて迂闊過ぎるわ。後でオシオキね」
「そう?で、あたしも参加していいんでしょ?タダ酒飲み会」
「なんであなたの所に招待メールが行ってないことは理解してないようね。今回のはMAGIバージョンアップ作業が一段落したからスタッフへの慰労を目的としたささやかな飲み会よ。ミサトは関わってないじゃない。まだ本番稼動があるしトラブルもあるだろうし、本格的な打ち上げは、もうちょっと後にするから。その時にね」
「え~~~?作戦部からチルドレン貸し出してるじゃない」
「っぐ。確かにチルドレンも参加してるけど……」
「ね?ね?いいでしょ?」
「はぁ~~~、分かったわよ。どうせダメって言っても来るんでしょうから。その代わりあんまり飲まないでよ。少ない積立金から出すんだから」
「やったぁ~~~!たっだ酒!たっだ酒!」
「もういいでしょ。私は作業に戻るから帰りなさい」
文字通り小躍りするミサトを横目で見ながらリツコは再びモニターを向いて仕事を始めた。小躍りしながら執務室を退出しようとしたミサトは、その姿を見咎める。
「アレ?もうバージョンアップ作業は終わったんでしょ?まだ仕事してんの?」
「これは前回の使徒の分析結果報告書よ」
ディスプレイには、様々な図やグラフ、表などで埋め尽くされ、細かい字の文章が高い密度で書かれている。一目で作成者のこだわりが窺い知れるドキュメントだ。
「ふ~ん。この間のは楽で良かったわよね。アスカとシンちゃんが落っこちたときは心臓止まるかと思ったけど。ま、結果オーライってやつね」
「作戦準備は大変だったわよ。……あの落下の原因、バックパックが外れた件はまだ調査中。何者かによる狙撃の後があるということだけど」
「狙撃!?Seeleの妨害かしら……そう言えば良く助かったわね。二人ともあんな高度から落ちて」
「A.T.フィールドを大きく広げてエアブレーキにしたのよ。貴重なデータが取れたわ。シンクロ値も新記録更新したわね。シンジ君とアスカが共鳴したのかしら」
「A.T.フィールドを広げたってどのくらい?」
「まあ、あなたに数字で言っても分からないだろうから比較対象と一緒に見せるわ」
リツコが端末を操作すると、ディスプレイに地図が表示された。
「ぐ、あたしだって坪くらいは。ん?これ第三新東京市ね。で、A.T.フィールドは?」
「何言ってるのよ。もう表示してるわ」
「え?この網掛部分なの?だってこれ市を殆どカバーしてるじゃない!」
「そうよ。もし、このA.T.フィールドでここに落下してきたら都市が根こそぎ削られるわね。2人は着地寸前で解除したみたいだけど。一種の質量爆弾ね」
「う~ん。新しい攻撃方法として……やっぱりダメね。リスクが大きすぎる。もう、2度とあんな思いはしたくないわ」
「……それは同意するけど、まだまだこれからよ。戦いが厳しくなるのは」
「そうね。明後日からの強化訓練では、うんとシゴかないとね。もう帰るわ。お先にー……あ、ちゃんと飲み会メンバーに加えてね。んじゃ」
「チッ覚えてたか……」
--中央発令所
「ううぅ、葛城さんのばかぁ……」
半泣きでキーボードを打つ『魔女の弟子』こと技術部所属伊吹マヤ。
『電脳の魔女』こと技術部長赤木リツコに、「くれぐれも」と忠告されたことを守れなかったのだ。どんなオシオキが待っているやら。
プルルルル……
(びくぅ!)
オペレータ席備え付けの内線電話の音に心臓が飛び出そうになる。
現在、下の階層には夜勤のオペレータが数人居るが、このレベルAオペレータ席には一人しかいない。司令部所属の青葉も、作戦部所属の日向も帰宅済みだ。応対するのは自分以外に考えられない。ちょっとだけ同期の2人を恨みながら受話器を取る。
「は、はい、こちら中央発令所……あ、先輩! 夜分お疲れ様です!……いえ!そんな!いや!あのその……はい……(シクシク)え?ああ!はい、これから人数を確認して食堂の方に……はい、そうです。分かりました……はいお疲れ様です……(かちゃ)……はぅ……」
はらはらと涙を零しながら受話器を戻す。一体何を言われたのだろうか。気を落としながらも、本来の作業に取り掛かった。
「えっと、これで最後かな……参加24名っと……ん? 警告メール?」
返信メールで、慰労会参加確認をしていたマヤだったが、受け取りメールの中にメールサーバからの自動発信メールを確認した。
どうやら受信したメールの一つが監査スクリプトに引っかかったらしい。本文は受信しているが、添付ファイルは削除されたようだ。
本文を読むとどうやらケンスケのメールに添付されていたらしい。
「何だったのかしら?相田君って……あの子か……また、ハッキングしようとしたのね。先輩に叱ってもらわなきゃ……」
その前に自分がオシオキされる事を思いだし、再びはらはらと涙を零すマヤだった。