--(翌日)第2食堂
「リツコー!ただ酒飲みに来たわよん♪……ってなんかみんなHiじゃない?」
食堂で技術部主催の慰労会が開催されていた。
立食式で個々が自由に飲んだり食べたりしている。しかし雰囲気は飲み会というものではなく、どこか狂喜じみた物だった。
今、来たばかりのミサトが混乱するのは無理もない。
「はぁ。来たわねミサト」
「何?何なの?あちこちで一気とかやってるし……」
「みんな、徹夜でテンパってるのよ」
一気で盛り上がってる者、げらげら笑いっぱなしの者、早くも酔っ払って裸になってる者、その裸踊りをしている男を袋叩きにする者。まさに阿鼻叫喚の図だ。
シラフの人が見たら引くのは間違いないだろう。普通の人間だったら。
「なーるほど。んじゃ、あたしも行きますか。あ、あれに見えるはエビチュじゃなーい!こらー!それはあたしのだ!!」
「……そうよ、って、もう行っちゃったの?はぁ……」
大ジョッキで、いきなり一気を始めるミサトと、それを囃し立てる課員をみて溜息を漏らすリツコ。疲れているのか、いつもより溜息の数が多い。
「溜息の数だけ幸せを逃すって言ったのは誰だったかしら。私には、逃げる幸せなんか残っていないでしょうけどね……はぁ」
どこまでも暗いリツコの付近だけ空気が違っていた。
『(ゴンゴン)……あーあー、テステス。ん、よし』
今日の幹事で司会役の伊吹マヤが、一段高いところで、マイクを持つ。
開会式(と、言っても誰も聞いていなかったが)は、既に終っているので、別の件だろう。今度は注目を集めることに成功したようだ。
『皆様!宴も
「「「「「おおぅぅ!(パチパチパチパチ)」」」」」
「え!私!?」
突然、指名されて戸惑う。一応事前には聞いていたが、何を話せばいいか決めていなかった。周りから急かされて台に上がり全員の視線が集まると柄にもなく緊張した。
『(こほん)えー、何を話したらいいかしら……まだ、新しいバージョンのMAGIは、起動していないし問題も発生するでしょう。でも、これまでにない仕様書の作成と修正。膨大な量のコーディング。200万件にも及ぶチェックリストの作成と消化。突貫作業ではあったけど、とりあえずの区切り。フェーズ1は終了よ。お疲れ様』
わーーーっと歓声が上がる。
これまでの苦労を偲んでか涙する者も。普段は鬼のように厳しい技術部長の労いのお言葉で感激しているのだろう。それが見目麗しく、妙齢の美女とくればなおさらだ。
そして彼女が一番働いていることは部員全員が知っている。誰よりも優秀で誰よりも行動する。だから、例え年齢が自分より下回っていても上司として尊敬するのだ。
さながら女王と、それに従う従者のよう。これは作戦部でも同じだが。
歓声が一段落すると誰かの声が上がった。
「博士!!新バージョンのMAGI-OSに名前はあるんですか!?」
『あら?そうね。只のバージョン番号じゃ味気ないわね』
「やっぱりMAGI2ですか?」
「それじゃマンマだろ? MAGImk2ってのはどうでしょう?」
「スーパーMAGIとか」
「MAGI TypeR」
「MAGIターボ」
「MAGI改」
喧々囂々。好き勝手に名付けようとする部員を余所に、リツコが宣言した。
『実は、前から決めていた名前があるんだけど、それでいい?』
いいもなにも開発中心人物なんだから文句はない。全員が肯いて発言を待つ。
『今回の修正は、OS機能の分散、全世界のネットで『MAGI』を構成するところがテーマだったわね。だから『
(((((……え?パクリ?……)))))
『なんか文句ある?』
「「「「「いえ……何も……」」」」」
--B-12ブロック通路
とぼとぼとケンスケが一人で歩いていた。
マヤさんからのご招待で、喜び勇んで来たものの、少し食べただけで退席。酒の飲めない未成年としては、あの場のノリに着いて行けないものがあった。
他の招待されたチルドレンも早々に退席したり元々来てなかったりで一人も残っていない。
「くっそ~、マヤさんも幹事で忙しそうだったしな~。ジャンも来てなかったし」
カメラという趣味が同じなジャンとは仲が良いが、彼も来ていない。騒がしい場所は苦手なようだ。
ケンスケ自身はお祭り騒ぎは嫌いではないが、大人の宴会には、酒という、なんでアレが美味しいんだ?と思う飲み物が絡む。撤退するしかなかった。
とはいっても自宅に帰っても一人だし、他にやることがないケンスケは、普段より人気の無い本部内をぶらつくことしかできない。それも、もう飽きてきた。
そろそろ帰ろうかなと思ったところでチルドレン男女別更衣室の付近に辿り着く。今、女子更衣室の前だ。何気に開閉タッチセンサーに触れてみた。
プシュウという空気音と共に扉が開く。
「!!!」
まさか開くとは思っていなかったケンスケは、思わず飛びのいた。
普段は必ずロックが掛かっており、男子にとって禁断の間である女子更衣室。驚くのも無理は無い。ちなみに男子更衣室はロックなし。中隊長の2人が何時でも入れるようにだそうな。
ケンスケが固まっている間に扉は閉じてしまう。幸い中には誰も居なかった。もう一度タッチセンサーに触れると、いともあっさり開く。ロックし忘れだろう。
ケンスケの眼鏡がキラリと妖しく光った。
--情報システム部情報管理課第4端末室
「よし、バックアップ終了っと。次はlogの確認だな。ちくしょう、いいなー、技術部のやつら。俺も呑みてぇ」
現在時刻は、午前0時。高雄リュウジは、10日連続ジオフロントの中で日付の変わる瞬間を迎えた。
しかもまだノルマは終わっていない。全て片付くのは3時だろうか?
今晩もここで泊り決定だ。体力には自信があったがさすがに限界近い。忙しいのは構わないが帰れないのは辛い。
アパートの食べ残しは、今どうなっているだろう。想像するだけで恐くなる。
自分以上に働いていた美人技術部長はどんな生活をしているのだろう。想像も付かない。高学歴で地球統合政府の重要機関に入所したが上には上がいた。
「うー、目がしょぼしょぼする……」
眠気はないが、眼の疲れは限界に近い。一日中ディスプレイの細かいフォントを眺めて疲れない方が変だ。
新世紀が始まって15年。災害はあったがそれなりに技術の発達はしている。もちろんマンマシーンインターフェイスも進歩していた。しかし、それはエンドユーザのレベルの話で、技術者レベル、特にシステム管理では未だに文字情報を読むことが一般的だった。
コマンドラインで操作も行ったりする。キーボードの使用は前世紀と変わらない。リュウジは眼をこすりながらカタカタとキーを打つ。
彼の主な業務はNerv本部で交される膨大な量のメールを処理しているメールサーバーの管理。もちろん障害監視もデータ保存もMAGI内のサーバプログラムが全て処理しているので、管理といっても処理結果を確認するだけだ。
念には念を入れてバックアップは人の手でも行ってはいるが。新規立ち上げ当初やリビジョンアップ時ならともかく既に安定稼動状態のサーバプログラムは何も操作する必要がない。
logの内容は一言で言って『問題ない』だ。一日に処理されるメールは万の単位では効かない。その全てのチェックは時間的にも人間的にも無理なので一定レベル以上の警報を確認する。
それでも結構な量になるが、殆どが処理済みで『外部から来たメールのウィルスを処理』、『一定期間使われないアカウントの削除』、『新規登録の確認』等くらい。ただただ文字列を眺めていく退屈な作業だ。
「ん?なんだこれ?」
リュウジは、logの中に、いつもと違う内容のアラートを見付けた。
唯一MAGIで判断できないのは、画像データなどの内容だ。ありていに言えばH画像。
業務用のメールアカウントで、そんなものをやり取りするのはご法度よ!と技術部長の一喝で本部内規定となる。まあ一般企業も似たようなものだが。技術書の図等はドキュメントに付随するので単独の画像ファイルはその時点でアヤシイ。
しかし必ずしもそうとは限らないので人の目で判断する必要がある。滅多にないことだ。
ちょっとだけ期待しながら、そのファイルを取り出してプロパティを確認する。
「……なんだ。音楽ファイルか。それにしても大きいな」
人がチェックするのは、画像ファイルだけでなく動画や音楽ファイル等のaudio系。なんで音楽ファイルまでチェックするかというと……まあ音声とかも入るから。
そんなことするアホは居ない。とも言い切れないのが辛い。今までアホを3人確認。
一応、ウィルスチェックを行ってからaudioplayerを起動する。
「この大きさは、クラシックか?まあいいやplayっと……」
翌日、高雄リュウジは遺体で発見される。死因は急性心筋梗塞と診断された。