Part-A
--コンフォート17マンション11階碇家
「父さん話があるんだけど」
「なんだ」
「明日、カヲル君とこに泊まりにいっていい?」
今、碇家には母親と長女が不在で、父親と長男だけが居た。
男2人だけで朝食を食べているところだ。朝食はゲンドウが作っている。トーストとベーコン付の目玉焼きとサラダ。ユイは不在で息子は料理ができないため仕方がない。PIYOPIYOと書かれたエプロンは着けたままだ。
ゲンドウは昨日まで、冬月と共に根回しのためEUに行ったり、いかなる生命の存在も許さない死の世界、南極に行ったりしていた。
ユイもEVA輸送用SSTOの正式受領のためNerv北米支部に行って司令部が日本に不在だった。
その間に本部内に使徒の侵入を許したことは驚くべきことだが、葛城作戦部長と赤木技術部長の機転で撃退に成功したことは幸いだった。情報部には隠ぺい作業を指示している。
「……渚カヲルか」
「うん」
確かフィフスチルドレンは、本部の施設内で寝泊まりしているはずだ。一泊くらいは問題ないだろう。
フィフスを取り込んだのはSeeleへの牽制の意味もあったが、Seeleは特に反応を見せていない。他のSeeleチルドレンの所在も未だ不明だ。フィフスの情報を情報部で精査中だが、肝心なところでたどり着けない。嘘は言っていないようで彼の情報の出し方が巧妙なのか。彼自身も隠ぺいされているのか。
まあ今は泳がせておくだけでいいだろう。監視は常につけてある。
「ああ。構わん」
「わーい!」
「何泊だ?」
「一泊二日!」
「そうか」
このときゲンドウは勘違いをしていた。ちゃんと報告しないシンジも悪いのだが。
「母さんとレイは今頃どの辺かな?」
「もう京都には着いているはずだ」
「そっか。……あの家苦手だな……なんか堅苦しくて」
「……そうだな」
「父さんもなんだ」
ユイは長女のレイを連れて、京都にある実家に行っていた。
碇ユイの実家、碇家は資産家であるばかりでなく、代々続いている由緒ある名家だ。日本政府にも影響力があり、裏でも有名な一族。
ゲンドウもそのバックボーンを利用している一面もある。
ユイはその碇家の跡取り候補だったが、ゲンドウとの結婚時には猛反対された。だがユイの巧みな情報操作で強引に認めさせたようだ。このことで逆に碇家の中枢にユイが認められる。
碇家はSeeleと事を起こすには必要な力を持っていた。
「では、そろそろ行ってくる。昼飯は外で食べなさい」
「うん。行ってらっしゃい」
エプロンを外して鞄を持ち玄関を出ると、既に保安部の担当が出迎えていた。専用車で本部に向かう。
シンジや他のチルドレンは昨日までの強化訓練合宿を終えて一時的に休みを取っている。もちろん使徒迎撃のため全員とはいかず、中隊単位で交互に5日ずつ休暇になった。今は第一中隊の番だ。アスカやマナ達は新横浜の方に遊びに行くらしい。
食器を片付けてシンジは明日の泊まりの準備をすると、もう暇になった。
「宿題でもやるかな……」
--本部最上階Nerv総司令執務室
「やはり赤木ナオコ君か……」
「はい」
赤木リツコは体調も回復して本部に出勤後、最初にする仕事は碇総司令と冬月副司令への報告だった。
冬月が報告を聞いて唸る。
「うーむ、どこからだったかは分からないのかね?」
「はい、MAGI・アルタバンで追跡していますが、イスラエル支部のMAGVS・ヘロデ王を経由しているところまでで、それも単なる踏み台にされただけですね。根本には辿り着けてはいません」
「MAGIコピーを踏み台とは贅沢な使い方だな」
「引き続き痕跡を追跡します」
「頼む。しかしMAGIバージョンアップが間に合ってよかった」
「そうですね。逆にそれを知っていて探りを入れに来た可能性がありますが」
「なるほど。今、本部を自律自爆で破壊してはE計画に影響が出るからな。連中もそれを良しとはしないか」
「はい。それも想定の内でしょう。しかし母さんの居所以外は芋ずる式にいろいろ入手できました」
「さすがだな。碇どうだ」
「ああ、武器が増えるに越したことはない。よくやった赤木博士」
「ありがとうございます。後で情報部サーバにデータを提出します」
昨日の使徒撃退自体も重要だが、その後のMAGIへの不当アクセスの方が今後に影響する事件だ。
司令部としては使徒全てを撃退するまでは規定事項で、その後のSeeleとの対立へと優先度をシフトしていた。この場に居ない碇ユイ副司令もそのために京都に行っている。
--京都 碇家本邸
「お母さん、足しびれそう……」
「我慢しなさい」
碇家の本家は、広大な敷地を持ち、本邸もとても大きなお屋敷だった。その中で何十畳もある部屋に通されて正座して待っている。ユイもレイも和服に着替えていた。
「ご当主様がお見えになりました」
屋敷の使用人が正座で襖を開けると、白髪を結い上げている老女がしずしずと入ってきた。そのまま上座に座る。
「お久しぶりです。おばあ様」
ユイは老女に向けて座礼をした。レイも慌てて見様見真似で頭を下げる。
「はい、お久しぶりですね。ユイさん。レイさんもようお越しくださいました」
老女は碇家の現当主でユイにとっては祖母。レイにとっては曾祖母にあたる。既に90歳を超えているはずだが、しっかりとした姿勢からそうは見えない。
挨拶からたわいもない世間話を経て、本題に移ると曾祖母は険しい表情になった。会話の内容は遠回しな表現でレイには良く分からなかったがユイと曾祖母では通じてるようだ。
「それがあの男六分儀ゲンドウの望みなのですか」
「今は碇ゲンドウです。おばあ様。それにあの人だけではなく私の望みでもあります」
ユイはしっかりと祖母を見つめ、隣のレイの頭をなでながら宣言した。
「そしてシンジとこの子の将来のためにすることです」
「……そう。分かりました。次期当主はあなたです。好きなようにおやりなさい」
嘆息した曾祖母はそう言って、レイの方に視線を向ける。とても柔和な表情だ。
「レイさん、その着物似合っていますね。とても可愛らしいですよ。ゆっくりしていってくださいね」
「は、はい!ありがとうございます!」
さすがのご当主様も曾孫は可愛いのだろう。謁見はこれで終わった。レイの足のしびれはなんとか持ったようだ。曾祖母退出後、立とうとしてコケたが。
--赫き月
「さすがねりっちゃん。危うくココがばれそうになったわ」
赤木ナオコが端末を操作しながらNerv本部に仕掛けた結果を確認していた。
部屋は大きいが他のオペレータなどはいない。色々な制御装置やディスプレイは、ナオコ一人のためにある。部屋の壁の一部がガラスになっており隣の部屋が丸見えだ。
隣の部屋には巨大な脳……に見える大きな機械があった。大脳の皺のようにパイプが複雑に絡み機械を構成している。その下から様々なコードが伸び床を這っていた。
「世界中に展開している分散処理プログラムの詳細も不明ね……手の出しようもないわ。これは『外』でPCは使えないわね……老人たちには気の毒だけど、もう筒抜けでしょう。りっちゃんすごい!」
一見、純粋に娘の成長を喜んでいるように見える。それとも、どうでもいいのか。
ナオコが微笑んでいると、部屋の外からインターフォンが鳴った。この部屋にたどり着ける者は限られてる。ナオコは端末を操作して部屋の自動ドアを開けた。
入って来たのは赤い眼鏡を掛けた若い女性だ。髪を2つに分けて結わいて前に垂らしており、ナオコと同じく白衣を纏っていた。20代かそれよりも若くも見える。
「どうしたの?真希波教授」
「イロウルが覚醒しました赤木博士」
「そう。ちなみにどっちだった?」
「少女体です。覚醒直後はかなり怯えていました」
「あら、殲滅時にトラウマでも刻まれたのかしら。これで何体……いえ何人目?」
「サキエル、シャムシェル、ラミエル、ガギエル、イスラフェル、サンダルフォン、イロウルで、7人です」
「まだ半分くらいってとこね。まだまだNervの皆さんには頑張ってもらわないとね」
「……そう……ですね」
教授と呼ばれた真希波マリは赤いフレームの眼鏡に触れる。
(ユイさん……)