--碇家
「行ってきまーす!」
「ああ」
シンジは早朝からフィフスの所に出かけるとのことだった。朝食を食べさせ送り出す。
その後一応保安部に連絡して監視を命令した。まだ時間は早いので、湯飲みでお茶を飲みながらゆったりと新聞を読んでいると、先ほど連絡した保安部から悲鳴のような報告が入った。
「なに!?シンジが!?」
碇総司令から、今まで誰も聞いたことがないような焦りの声が出た。
--中央発令所
「第三新東京市上空に空間の歪みを検知!」
「使徒!?」
たまたま朝から発令所に居たミサトはオペレータの報告に反応する。
「いえ、パターンブルーは検出されません」
「じゃあ何が起こっているの?」
「主モニターに上空の映像を出します!」
発令所の巨大なモニターに第三新東京市の上空が映し出された。
最初は何も映ってなかったが、直ぐに巨大な赤い光の輪が何重にも広がり始め、中心は空中に開いた穴のように黒く塗り潰されており、その穴から何かが降りてくる。
「あれは
それは青いErzengelだった。Seeleチルドレンが操るEVAだ。
ミサトは、すぐさま第二種警戒態勢を取るように指示を出す。Seeleとはまだ明確に敵対している訳ではないが、味方という訳でもない。警戒しておくに越したことはない。
警報が鳴る中、主モニターのErzengelの動向を追う。Erzengelは翼を羽ばたかせ、市の中心から外れた公園らしき場所に降りたようだ。カメラでは何をしているのか分からない。
不信に思っていると、直ぐ様また飛び始め、上空の穴に吸い込まれていった。上空にあった光の輪も直ぐに消えてしまう。
「何なの?」
ミサトのつぶやきには、その場も誰も答えられなかったが、直後に来た保安部から連絡で理由が分かった。
「シンジ君が攫われた!?」
--Erzengel弐番機エントリープラグ内
(綾波の匂いがする……)
L.C.Lで満たされたエントリープラグ内には3人居た。
シンジと招待したカヲルと送迎のために来た綾波レイだ。最初カヲルの家に呼ばれたとき、どうやって行くの?と聞いたところ迎えが来るのとのこと。呑気に車かな?と考えていたが、まさかErzengelだとは思わなかった。
シンジは純粋に綾波と再会できて嬉しがっていたが、このことが大騒ぎになっていることには全然気が付いていない。シンジがカヲルを完全に信頼していた。カヲルを泳がせていた弊害が出ている。
「綾波大丈夫?」
「平気」
エントリープラグ内に自分以外がいるとEVAとのシンクロに違和感を感じることはシンジも知っていた。シンジは綾波レイの席の右側に居た。カヲルも逆側にいる。コックピットのレイアウトなどはシンジの乗っているEVAとそう変わらないようだ。
外に映し出されている公園から上空に浮かび始める。EVANGELONには飛行能力がないので感じたことがない浮遊感だ。
「カヲル君ちまで飛んでいくのかな?」
「裏コード:ベトザタの回廊を使うわ」
「裏コード?」
「裏コードとはErzengelの特殊能力のことだよ。シンジ君」
頭に疑問符を浮かべたシンジに、カヲルが綾波の代わりに答えた。
「通常の管理機能ではない裏コード機能をErzengelは持っているのさ。綾波レイのErzengel弐番機が持っているのは裏コード:ベトザタの回廊と言って空間に回廊を開けて瞬時に移動ができる能力だよ。EVANGELONにはないのかい?」
「へー、すごいね。EVAには聞いたことないなぁ」
などとしゃべっているうちにErzengelは上昇を続け第三新東京市の上空に開いた黒い穴に飛び込んだ。
--蒼き月
「僕らのホーム『蒼き月』にようこそ。シンジ君」
Erzengelが穴に飛び込んだ瞬間、直ぐに明るい場所に出た。
羽ばたきながら草原のような場所に降り立つ。Erzengelを跪かせた状態でエントリープラグを排出し3人でその地に降りる。
瞬時に移動してきたので違和感があるが、確かに第三新東京市とは全然違う場所のようだ。
太陽が真上にある。見渡す限り平野が続いているが、その先には緩い坂から段々急になり遠くでは壁のように垂直になっていた。その上までは霞んでいて見えない。なにか山とは違う風景だ。
「なんか不思議な場所だね?どの辺なの?」
「実は僕らにも分からないんだ」
「え?」
カヲルの説明によると、ここは綾波のErzengelで転移することでしか来れない場所で、地球のどの場所にあるかも知らないとのこと。
そして驚くべきことに、この空間は球状でその内側になるそうだ。重力は球の外側に向かっているため、壁のようになっているところも歩いて行けば平野と変わらないらしい。
シンジはカヲルの説明を受けながらロボットアニメで見たスペースコロニーのこと思い出していた。
ただここは地球のどこかに埋まっており、回転で人工重力を生み出してはいない。上空の太陽も本物ではなく球状空間の中心に浮いていて、夜になると自然に暗くなる人工太陽とのこと。地上のように西に沈むようなことはない。
「なんかすごいとこだね」
「そうだね。草原だけじゃなく、森や湖もあるよ。後で案内しよう。その前にシャワー浴びないとね」
カヲルは中学の制服、シンジは普段着だったのでL.C.Lで濡れていた。荷物はエントリープラグの収納ボックスに入れており濡れてない。
カヲルは小道を歩いてシンジを案内する。プラグスーツの綾波は後から行くそうだ。
小道をしばらく歩くと一軒家が見えてきた。意外にも田舎にあるような古き良き日本家屋だった。
普段都会のマンションに住んでいるシンジはいわゆる田舎にちょっと憧れていた。母方の実家は幼いころに何度かいったが堅苦しく落ち着ける雰囲気ではなかった。
父方は場所すら知らない。一度聞いてみたが「すまんなシンジ」としか言わなかった。
「お邪魔します……これがカヲル君家か……」
「僕だけじゃなく3人で住んでいるよ。この廊下の先にお風呂があるから、シャワー浴びて来るといい。濡れた服は籠に入れておいて。後で洗濯するよ」
カヲルのいう通りにシャワーを浴びて、着替えて案内された部屋でくつろぐ。障子に畳の部屋で寝っ転がるのはとても気持ちがいい。縁側からちょっとした庭が見える。
「お茶」
綾波が着替えて麦茶を持ってきてくれた。何故か第三新東京市第一中学校の女子夏服だ。
「その恰好だと本当に妹そっくりだね」
「そう?良く分からない……」
カヲルが第一中学に転校するときについでに取り寄せたそうだ。ちゃぶ台の周りに座って冷たい麦茶を飲みながらくつろぐ。縁側には風鈴もあり風でチリンと鳴った。
「そういえばカヲル君3人って言ったよね?他に誰が住んでるの?」
「それは後で案内するよ」
しばらく休憩した後、近所を案内してくれることになった。家を出てしばらく歩くと畑のようなところが見える。そこで麦わら帽子を被り甚平を着た少年が鍬を振り上げていた。
「ただいまHerr Anker」
カヲルに、そう呼ばれた少年は、シンジが以前地下空間でカヲルたちと合ったシンジそっくりの少年グラオベ・アンカーだった。振り返るとシンジを見つけて露骨に嫌な顔をする。
「本当に来たのか碇シンジ」
「う、うん。よろしく……」
「一晩泊まっていく予定だよ。構わないよね?Herr Anker?」
「好きにしろ」
そう言って再び畑仕事に戻る。鍬でザクザクと畑を耕す。畑の大きさはそれほど大きくはないが手作業で耕すのは大変そうだ。その場を離れて案内を続けてもらう。
「畑って自給自足してるの?」
「いや、あれは彼の趣味だよ。時々は手伝っているけどね。基本綾波レイに食料も含め物資を運んで貰っているんだ。でも畑でとれた野菜はおいしいよ。Herr Ankerは農家の才能があるのかもね」
「あはは……そうなんだ」
カヲルの本気なのか嫌味なのか分からない解説を受けながら歩いていると湖が見えてきた。
「すごい綺麗なとこだね!泳いだら気持ちよさそうだ。水着持ってきてなくて残念だよ」
「裸で泳いでもいいんだよ?」
「え゛っ」
「冗談だよ」
--中央発令所
Nerv本部は大騒ぎになっていた。
珍しく碇総司令が陣頭指揮を取っている。副司令2人は丁度不在で発令所の一番上にはゲンドウのみだった。
「MAGI.NETによる捜査でも空間の歪みは地球上で検出されていません!」
「Nerv支部、統合軍、各国軍、各地方天文台などでも確認するように特務権限で指示しろ」
「はっ!」
発令所のオペレータに次々に指示を出す。
シンジを連れ出したErzengelは信じられないことだが、空間転移をしたらしい。それならば転移先でも同様の現象が起きているはずだが、その兆候は見られない。
完全にロストしている。
「ゲンドウ、一体全体何があったんだ……」
発令所の上に情報部長惣流・ゲルハルト・ラングレーが登ってきた。
情報部も全力でシンジの行方を捜しているが、未だ、なにも分からない。あらゆるコネクションを使用しても取っ掛かりさえ掴めていない。世界中の情報を管理している情報部でも何が起きているか把握できていないのだ。
「分からん。Seeleがシンジを攫ったという事実だけだ」
「しかし、シンジ君を攫うのはなぜだ?EVA初号機のパイロットだからか?」
「動機が分からん。私に対する牽制かと思ったがSeeleとの連絡がつかん。キール議長も音信不通だ。目的が私なら真っ先にアクセスしてくるはずだが」
「そうか。とにかくシンジ君の行方を捜すしかないな。あれほど目立つErzengelに乗っていたんだ。目撃情報などもないか確認してみる」
「頼む」
情報部長が指示を出すために去る。ゲンドウはいつものポーズだが、組んだ手は固く結ばれており、若干の震えがあった。
「シンジ……」
--蒼き月
その頃のシンジは湖で水遊びをしたり、お昼に素麺を食べたり、おやつにトウモロコシを食べたり、虫取りをしたりと、疑似田舎を満喫していた。
親の心子知らず。