--蒼き月
かなり大きな振動と音が聞こえてきた。
「地震!?」
シンジは畳に引いた布団でうとうとしていたが、突然の揺れに飛び起きる。パジャマ姿のままキョロキョロとしていると、縁側の外にカヲルとグラオべが出て上を見上げているのが見えた。
「カヲル君、何が起きたの?」
「いや……こんなことは初めてだよ……いや、まさか……、Herr Anker、Erzengelにエントリーしておいてくれ。シンジ君は綾波を呼んできてくれるかい?」
「ああ」
「うん分かった」
グラオベとシンジが同時に動き出す。シンジは縁側から部屋に入り廊下に向かう。確か廊下突き当りの風呂場に近い部屋が綾波の部屋だったはずだ。襖をあけて呼び出す。
「綾波!カヲル君が来て……くれ……って……」
シンジの目に入ったのはシャワー直後でバスタオルを首に掛けただけの全裸の綾波だった。
「うわー!ごめん!」
「いい、着替えてから行く」
「分かった急いでね!ごめんね!」
察しと思いやりの日本家屋でも女性の部屋にいきなり入るのは失礼だろう。慌てて廊下に出て襖を閉める。
「あ~びっくりした」
こんな時にアレだが、しっかり見た。
バスタオルも隠すべきところも隠しておらず、上半身は目に焼き付いていた。濡れた銀髪。上気した赤い頬。綺麗な鎖骨。細い腕。慎ましい胸とその先端の桜色。そして胸の中央にある赤い球。
「あれ?」
一瞬の違和感に気が付く。普通の人間にはないものがあったような……
「気のせいかな?」
「おまたせ」
「あ、うん」
綾波がプラグスーツに着替えて出てきた。シンジはとりあえず考えるのをやめて一緒に庭に出る。カヲルはまだ上を向いていた。
「ありがとうシンジ君。綾波もErzengelにエントリーを頼む」
「わかった」
走ってErzengelに向かう綾波。シンジとカヲルだけ残される。
「カヲル君、一体なにが……」
「どうやら今日で『蒼き月』も終わりのようだよ」
「え?」
「シンジ君も着替えて荷物を纏めてきてくれるかい?」
「あ、うん」
部屋に戻るシンジを確認すると、再び上空を見上げカヲルはつぶやく。
「よりによって、なんで今日なんだい?サハクィエル」
--中央発令所
「これは酷い」
主モニタに映し出された光景を見て呟いたマコトの言葉はミサトや他のオペレータも同意見だった。エアーズロックがあった場所には巨大なクレーターができていた。
世界最大の一枚岩が今や跡形もない。貴重な観光資源が台無しだ。
「C-03監視衛星が、使徒を一瞬捉えましたが破壊されました。使徒の高度はかなり下がっていたようです」
「やっぱりあそこが本命なのね。今度は使徒本体ごとか……」
使徒の欠片でこの威力だ。使徒そのものが落ちてきたらどれだけ地面がえぐれるだろうか。
「でもあのあたり人は住んでいないのは幸いでした」
「そうね。でも何の意味もないところに攻撃を仕掛ける訳がないわ。あの下に何かあるはず」
「北米の使徒戦でもそうでしたね」
北米で殲滅した使徒の直下にNerv本部のあるジオフロントのような場所が発見された。現在Nerv北米支部で調査中だが、資源探査衛星からは何も発見できていない場所に、あんな巨大空間があったのだ。
エアーズロックがあった場所の地下にも同じものがあると考えていいだろう。
「未発見の地下空間ですかね」
「ええ……逃げてシンジ君……」
「え?」
--蒼き月
「準備できたよカヲル君」
「うん、綾波のErzengelが来たらここから去ろう」
「え?でもいいの?ここはどうなるの?」
「いつかはこうなることは分かっていたのさシンジ君」
「そう……なんだ」
寂しそうなカヲルにシンジは何も言えなくなった。振り返ると日本家屋が見える。シンジはほんのちょっとだけ過ごしただけだが3人はどうなんだろう。思い入れはかなりあるはずだ。
綾波より先にグラオベのErzengel壱番機が飛んできた。家を守るように前に立つ。
『カヲル、どうだ?』
「分からない……いや!来た!」
Erzengelのスピーカーからのグラオベの声が聞こえてきたと同時にカヲルが叫ぶ。
その瞬間、球状空間の反対側で大きな破壊音と共に赤い光が見えた。それはA.T.フィードの光の膜だ。その裏には巨大な使徒。壁を突破してきて、そのまま落下を続けている。ここに目掛けて落ちてくるようだ。
『カヲル、シンジ離れてろ』
グラオベの言葉に従い、後ずさる。Erzengel壱番機は片手を上げた。使徒の落下は続き、今は月明かりを灯してる人工太陽が一瞬で破壊された。
『A.T.フィールド全開!』
Erzengel壱番機の手より上で凄まじい力場が発生している。あの使徒を本当に片手で止めようというのか。使徒のA.T.フィールドの赤い膜が上の視界を全て覆っていた。
数舜で、Erzengel壱番機と使徒のA.T.フィールドが接触する。
「くっ!」
こちらにまで衝撃波が来ている。シンジは立つのがやっと。
だが、使徒はこれ以上は落ちてこない。A.T.フィールドがせめぎ合っている。Erzengel壱番機も耐えているが、押し返すことはできないようだ。足元が地面に少しずつ沈む。
そのとき綾波のErzengel弐番機が飛んできた。
『A.T.フィールド全開』
Erzengel壱番機の隣に立ち手を上げ使徒に抵抗する。押されていたが、何とか持ち直したようだ。Erzengel弐番機は巨大な剣を持ってきていた。以前Erzengel壱番機が背負っていた武器だ。Erzengel弐番機が剣をErzengel壱番機に渡す。
『助かる』
開いてた片方の手で受けとる。振りかぶり使徒の中心に向かって切りつける。
『消えろ!』
使徒は、A.T.フィールドごと真っ二つになって吹き飛び、左右に落下した。その時大きな地鳴りと共に上から大きな岩などが落ちてきた。球状空間が崩壊し始めている。
「うわっ!」
思わず目を瞑ってしまうが、何も落ちてこない。目を開けると赤いA.T.フィールドの壁が見えた。そして片手を上げているカヲル。
「カヲル君?」
「もうここは無理だ。綾波乗せてくれないか?」
色々あり過ぎて思考が追い付かない。
Erzengel弐番機が差し出してきた手にシンジも乗る。来た時のようにエントリープラグに入るとその場を飛び立つ。瓦礫などが降りそそぎ、日本家屋が崩れるのが見えた。
「さようなら『蒼き月』」
カヲルの言葉を最後にErzengel弐番機の裏コード:ベトザタの回廊で、転移する。
--第三新東京市上空
転移した先は、来た時と同じ第三新東京市上空だった。そのまま高度を下げて旅立った公園に降り立つ。エントリープラグを出てErzengelの手で運んで貰い地面に降りる。降りたのはシンジだけだ。
「ここでお別れだよシンジ君」
「カヲル君?」
「2年A組のみんなにもよろしく言っておいてくれないか。とても楽しかったと」
「カヲル君……どうして……」
「本部にある僕のErzengelはNervにあげるよ、分析するなり解体するなり好きにしてくれ」
「何を……カヲル君……君が何を言っているのか分かんないよ!カヲル君!」
「別れの言葉だよ」
そう言った後、シンジを残してErzengel弐番機と上空で待機していたErzengel壱番機が回廊の中に消えた。
続く