--EVA弐号機エントリープラグ
「ここは?」
アスカはいつの間にか知らない場所にいた。
草原の丘の上に廃墟があった。壁も崩れ窓のガラスもなく天井も無いようだ。なんとなく入ると青空の見える部屋にバスタブがある。中に少女が入っていた。
「そんなところに居ると汚れるわよ」
「いいの。もう汚されてるから……」
問うたのはアスカ。返答したのも『アスカ』。
『アスカ』は焦点が合っていない目で、呆けたように答える。
「シンクロ率0。セカンドチルドレンたる資格無し。もう私がいる理由もないわ。誰も私を見てくれないもの。パパもママも誰も。私が生きてく理由もないわ……」
「あなたにはEVAしかないの?」
「そうよ。でも私、勝てなかったんだ。EVAで。もう私の価値なんてなくなったの」
『アスカ』の思いが流れ込んでくる。
ママーッ!ママッ!私、選ばれたの!人類を守る、エリートパイロットなのよ!
世界一なのよ!誰にも秘密なの!でも、ママにだけ教えるわね!
いろんな人が親切にしてくれるわ。だから、寂しくなんかないの!
だから、パパがいなくっても大丈夫!さみしくなんかないわ!
だから見て!私を見て!
ねぇ、ママッ!
……
『アスカ』にはパパもママも居ない。両親とも健在のアタシとは大違いだ。
ただ同情の思いは湧いてこない。これは別のアタシだ。
なにかが違っていれば、この状態になったのはアタシ。壊れたアタシ。
嫌い嫌い、みんな嫌い、大っ嫌い!
--EVA初号機エントリープラグ
「アスカ!」
使徒の出す光線に晒されたEVA弐号機。光線に物理的な攻撃力はなく外傷はないようだが、直後からアスカから通信がなくなっている。何かが起きているのは確実だ。
ポジトロンライフルもプログレッシブナイフも使徒に弾かれた。
謎の攻撃は続いている。シンジは反射的にEVA初号機を弐号機の前にかばう様に飛び出す。
『だめ!シンジ君!』
ミサトの悲鳴を聞いた直後、シンジの意識は途切れた。
--EVA弐号機エントリープラグ
「はっ!」
アスカは意識を回復した。ただただ悲しく。締め付けられるような感覚。それだけが残っている。L.C.Lに浮かぶ、水滴。
「これは涙?」
何が起きたか分からないが、おそらく『もう一人のアタシ』に会ったのだろう。いつも複雑な思いだけが残る。
意識が段々はっきりしてきたアスカ。先ほど使徒の攻撃を受けたはずだ。何が起こっているかと前方を確認する。
EVA初号機の背中が見える。大の字になって弐号機を庇っていた。
しかしその背には12枚の光る翅。
「シンジ!?」
--中央発令所
未だジャミングによって衛星軌道上との通信は回復しない。
ただ有線の通信はできており、地上のケーブルネットワークは生きていた。その有線経由で統合軍第二艦隊から連絡があり、ミサトが指揮をするために、宇宙に送ったとのこと。
両副司令もその行動力に驚いたが、少し安心する。子供たちだけに任せる状態ではなく指揮があるのはプラスだ。
その安心したところにオペレータ席でアラームが鳴った。既に2か所に使徒が出現している状況でこれ以上なにがあるというのか。冬月は焦燥した声で青葉シゲルに確認する。
「今度は何があった……」
「空間歪曲が観測されました!場所は……Nerv本部内!?」
「なに、場所は分かるのか?」
「詳細はサーチ中……CL3 SEG.Heaven's Door?ここは?」
聞いたことない場所に困惑するシゲル。しかし冬月は知っている場所だった。
「いかん!L.C.Lプラントか!映像は出せるか?」
「プラント?該当箇所がセキュリティでロックされています」
「分かった。私が解除しよう」
冬月がオペレータ席のスリットにカードを通して解除を行った。
「青葉君。見たものは忘れるように」
「は、はい!映像を表示します!」
オペレータ席のモニタにその場所の映像が映し出される。
白い巨人が居た。
「!?」
思わず声を出すところだったシゲルはなんとか口を押さえた。他のオペレータには気づかれてない。皆ジャミングの状況を確認しようと作業を続けている。
「リリスは無事か……」
「ええ冬月先生、槍もそのままのようです」
操作するシゲルを挟むように両副司令がモニタに顔を寄せた。2人ともあれが何か分かっているようだ。
白い巨人は奇妙な仮面を被っており、聖人のように十字架に貼り付けにされ、白い体から何かの液体が流れて下に溜まっていた。そして巨大な槍が刺さっている。
シゲルには何だか分からないが、今は黙っている。
青葉シゲルは司令部直属のオペレータでセキュリティレベルも作戦部のマコトや技術部のマヤよりも高く設定されている。しかし首脳にしか開示されない最重要極秘レベルの情報は見ることができない。ただしオペレーターとして、この様に触れる機会がある。
それを秘匿するのもシゲルの任務だ。
端末を操作していると、空間歪曲が巨人の前で発生していることが分かった。モニタにもその兆候が表れる。
白い巨人の前に、空間から手が生えてきた。
「なんだ?」
その手は腕の途中で切れている。空間の途中から腕が伸びてきていた。紫色を基調とした巨大な腕だ。腕の断面は黒く体は見えない。
「これは初号機の腕?」
その手が白い巨人に刺さっている槍を掴んだ。そのまま抜いて槍ごと空間から消えた。
「ロンギヌスの槍が目的か!」
冬月の放った単語にシゲルは疑問に思ったが、その単語に覚えがあった。以前冬月副司令が同じように叫んだことがある。
それはEVA初号機が暴走したときだ。
--EF-6『アイスファルシオン』後部座席
それは一瞬の出来事だった。
使徒からの謎の光線をEVA初号機が受けたとき。EVA初号機の背に12枚の光る翅が生えた。ミサトがこれを見るのは三回目だ。一回目は南極で。二回目は第三新東京市で。
翅を生やしたEVA初号機は、無重力空間を高速で移動し使徒よりも上空に遷移すると何かを構える。いつの間にか巨大な槍を持っていた。あのNerv本部を攻撃した槍だ。
宇宙空間で槍投げの選手のように助走から反動をつけ槍を使徒に投げつける。
散々苦労していた使徒本体が一瞬で掻き消えた。
「え?」
ミサトのつぶやきは誰にも届かなったが、直後にレーザー通信でない通常の通信が回復した。ジャミングしていた使徒が殲滅できたということだろうか。余りのあっけなさに言葉もない。槍はそのまま地球に向かって高速で落下していった。
--サハラ砂漠
「スズハラ避けて!」
『おわっ!』
トウジの乗るEVA参号機の横を加粒子砲の光が通過する。
巨大な使徒は近づこうとすると加粒子砲を放つ。その攻撃は北米で戦闘した正八面体の青い使徒とよく似ている。ミサトが「攻守ともパーペキ」と評した使徒だ。防御も強力なA.T.フィールドでライフルが効かず弾かれる。さらにオーストラリアに落ちた使徒よりも巨大だった。
「ともかく足を狙って!」
ヒカリが指示を出すが、A.T.フィールドを中和しないと攻撃が届かず、中和するために近づくと加粒子砲で攻撃される。手の打ちようがない。
「え?」
その時上空で光るものが見えた。
ヒカリが認識したと同時に使徒に一瞬で落下する。A.T.フィールドなど無いように使徒を貫いた。その落下の余波が第二中隊のEVAをも揺らす。
直径10kmの使徒が崩れだした。足が折れ形状が崩壊する。先ほどの何かがコアを貫いたのだろうか。使徒は完全に動かなくなる。
「使徒……殲滅?」
ヒカリのつぶやきが、回復した通信で全EVAと作戦部臨時発令所とNerv本部に届いた。
--EVA初号機エントリープラグ
『……ンジ!……シンジ!さっさと起きろ!バカシンジ!』
「はっ!」
シンジが目を覚ましたとき、どうしようもない無力感を感じた。
自分ではない誰か。いや他人ではない誰か。それはEVAの中の自分と会ったときに感じたものだ。何かを覚えている訳ではないが、心がとても痛い。悲しさというよりも虚無感を感じる。
『大丈夫!?シンジ!?』
「あ、アスカ……はっ!アスカ大丈夫!?」
『それはこっちのセリフよ……シンジもEVAの中と?』
「うん。全然覚えていないけど多分。心が痛いんだ……」
『アタシも……でもシンジのそれは本当にシンジなの?さっきのEVA初号機とても怖かった』
「え?」
続く