Part-A
--コンフォート17マンション11階惣流家
第三新東京市の住宅街は中心部より大分外れた場所にある。
要塞都市としての機能があるため戦闘に巻き込まれないようにしての措置だが、それにしてはマンションの数が多く、今も住人がまだ居ない空のマンションを作り続けていた。
人類の存亡を掛けて戦っているのに何を呑気なと思うかもしれないが、地球統合政府の直轄都市であり将来的には日本の首都機能も一部移転してくる計画がある。住民がもっと多く移住してくることを見込んでの措置だ。
都市計画は数十年先を見据えて立てられる。使徒を倒した後も世界は続いていく。
惣流アスカとその両親が住む分譲マンションはタワーマンションと言えるほどの高さはないが、それでも11階建ての高級マンションで最上階4LDKと中々豪華なところだ。
その一室から聞こえてくるアスカの絶叫。
「きゃー!!エッチ、チカン、ヘンタイ!信じらんなーい!!」
ダイニングでゆったりと朝食を取っていたアスカの父親で惣流家の主、惣流・ゲルハルト・ラングレーは平手打ちの音と共に聞こえてきた声で、思わずコーヒーをこぼしそうになった。
「あちちち!なんだなんだ!?」
「寝顔見られて恥ずかしかったんでしょ」
母親、惣流・キョウコ・ツェッペリンは当然といった風に答え、全然動揺せず優雅に紅茶を飲んでいる。
暫くして、ぷりぷり怒っているパジャマ姿のアスカと、ほっペを赤くした制服姿のシンジが現れた。
「ママぁ!なんでシンジを上げたのよ!」
「あら?何時までもアスカが起きて来ないからシンジ君に頼んだのよ?ごめんね、シンジ君乱暴な娘で」
「いえ、慣れてますから……」
「なんですって~~~!!」
アスカが隣にある碇家に突撃して兄妹ともども叩き起こすのが毎朝の恒例行事になっていたが、本当に珍しくアスカが寝坊してシンジが迎えに来ている。
出迎えたキョウコは笑顔でシンジを招き入れアスカを起こすように頼んでいた。
キョウコの頼みは断れないシンジが緊張しながらアスカの部屋に入った結果が、頬の赤い掌の跡だ。
「いいからアスカは支度してきなさい!早く!」
「む~~~~」
母親の一喝でやっぱりぷりぷりしながら退場するアスカ。朝の支度をすべく洗面所に向かっていった。
「ささ、座ってシンジ君。朝食は?」
打って変わって優しい声でシンジに着席を進めるキョウコ。
「あ、もう食べてきました」
「そう。あら、そういえばレイちゃんは?」
「レイは母さんと今朝早くジオフロントに行きました。昨日の後片付けで零号機を使うとか」
昨日の戦闘から、まだ夜が明けたばかりだ。第三新東京市中央区画には戦闘の後が残っている。
ジオフロントの天井にはEVA初号機によって開けられた穴があり、小さく空が見えていた。
立場上、戦闘の全てを知っている惣流夫妻は複雑な気持ちだった。ゲルハルトはNerv本部の情報部長であり、総司令、副司令に次ぐ上級幹部だ。キョウコは現在は休職しているがEU支部でE計画を主導していた研究員で今でもある程度の情報は流れてくる。
「そっか……昨日はご苦労さまだったわね、シンジ君」
「いいえ、Nervスタッフの皆さんが助けてくれましたんで……」
「そうだな。これからも色々あるだろうが優秀なスタッフがバックアップしてくれるからな。安心してくれ」
「はい!!」
「うんうん。良い返事だ」
幼いころから知っているシンジを、まるで本物の息子のように感じるゲルハルトは、その成長ぶりが嬉しかった。未だにあのゲンドウの子供とは思えない素直さで、顔も含めユイさん似に育ってくれたことを神に感謝したい。
ダイニングで3人がゆっくりと会話していたところ、どたどたという足音と共に制服に着替えたアスカが戻ってきた。
「あぁーーーもうこんな時間!シンジ!行くわよ!!」
「う、うん!」
「じゃあパパ、ママ、行ってきまーす!」
「アスカ、朝食は?」
「いらなーーーい」
「あ、待ってアスカ!おじさん、キョウコさん、お邪魔しましたー」
まるで、嵐が過ぎ去ったよう。やれやれと新聞を開こうとしたゲルハルトは先ほどのシンジの挨拶に引っかかるものがあった。首を捻る。
「あら?どうしたの?あなた」
「……うむ。前々から思っていたことなのだが、なぜ君は『キョウコさん』で、私は『おじさん』なんだ?」
「ああ、シンジ君ね。それはそうよ。初恋の女性を『おばさん』とは呼ばないでしょう?」
「なに!?」
初耳だった。Nerv本部で世界中のあらゆる情報を統括管理している情報部の部長でも知らないことはあるようだ。
「いえね、この間ユイとお茶してたとき初恋は実らないって話題になって、それじゃウチの子達はどうだろう?ってことになったの」
「ユイさんも君も何を話してるんだか……」
「まあまあ。で、ユイが言うには、シンジ君は引っ越してきたばかりの私が好きだったらしいの。おませさんね。ふふっ、私の前ではおとなしかったけど緊張してたのね。そういえば、お花も貰ったっけ」
「うーーむ。男性の先輩として、その審美眼を誉めるべきか、もう一人の父親として、おまえにゃまだ早いと叱るべきか、妻の配偶者として、徹底的に戦うべきか……」
「最初のはともかく、他の2つは絶対にやらないでくださいね。それに、シンジ君が4才のときのことなんですから。あ、ちなみにアスカは加持君よ。初恋の人」
「なにーー!?!それは許さん!よし加持君には、もうちょっとヨーロッパに居てもらおう」
「あらあら、それじゃミサトちゃんに恨まれちゃいますよ?」
「まあそれは冗談として、僕は本当にヨーロッパに行かなきゃならんのだがね」
「あら大変、用意しなくちゃ、どのくらいですの?」
「大体、三週間くらいは戻って来れないな。場所はドイツだ」
さきほどとは打って変わって真剣な表情でゲルハルトは予定を告げる。地球統合政府の中心機関はドイツに集中していた。
「それは……」
「ああ、ゲンドウのお供だ。まあ色々調べたいこともあるしな。プラン
「……気をつけてくださいね」
「分かっているよ。これまで以上に慎重に行動しなければな」
あれから、まだ夜が明けただけ。今日はこれからだ。
--第一中学通学路
いつもの朝の通学風景。時間ぎりぎりが多いシンジとアスカは、9割方走って登校していたが、今朝は少し違う点があった。
いつもは前を走っているアスカが遅れ気味で、いつもは遅いシンジが引っ張っていた。息の切れたアスカは立ち止まってしまう。
「ま、待って……」
「アスカ大丈夫?もう間に合う時間だから歩こう」
アスカは朝は強い方だ。碇家の兄妹を叩き起こす日課はEUから日本に帰って来てからずっと続けていた。しばらく休んで息を整えシンジの言う通り歩いて登校する。
「やっぱり朝食を抜いたのがまずかったんじゃ……」
「違うわよ!ね、寝不足よ寝不足……」
「寝不足?なんで?」
「う゛っ」
昨日の初号機の『声』を思い出して眠れなかったとは意地でも言えない。ただ思い出すだけで体の芯から恐怖の寒気を感じる。しばらくは忘れられないだろう。
「それよりアンタの方は朝から随分元気ね。珍しいじゃない。自分で起きるなんて」
「あはは……昨日、初号機の中での分も合わせて、随分寝たから……」
「……その初号機で寝たこと皆に言うんじゃないわよ?」
「う、うん。昨夜ミサトさんにも、みんなが怖がるから黙っててねって言われたし……」
「まったく……初陣でEVAの暴走だなんて……」
「まあ、いいんじゃないの?勝てたんだから」
「そういうことじゃないでしょうが!!」
「うわっ!いつものアスカだー!」
「こら!逃げるなーー待てーーー!」
--Nerv本部会議室
本来学校で教鞭を取っているはずの葛城教諭は朝から本部で会議詰めだった。
2年A組は代わりに古文担当の古鷹教諭が面倒をみている。
第一中学自体がNerv本部の関係者で構成されており、ミサトの立場も織り込み済みだ。
ミサトが教師をしているのはチルドレンの管理も任されてるのが理由。ただ時折本来の仕事である作戦部長を優先せざるを得ない。
今回も緊急の会議のため朝からNerv本部に出勤して昨日の戦闘について報告している。
「……以上で、戦闘経過報告を終わります」
会議の参加メンバーは、碇ゲンドウ総司令、冬月コウゾウ副司令、碇ユイ副司令、惣流・ゲルハルト・ラングレー情報部長、赤木リツコ技術部長、そして葛城ミサト作戦部長という本部首脳勢ぞろいだ。
ちなみに冬月副司令は、情報部、作戦部など外向け業務を、碇ユイ副司令は、技術部、総務部など内向け業務をそれぞれ統括している。
会議は早朝から昨日の被害状況や使徒の分析結果などの報告が続いていた。
「やれやれ、初の戦闘でジオフロント内に被害。それもEVAによるものとはな」
「冬月。関係各所への連絡は?」
「地球統合政府中央行政機関Herz、統合軍、日本政府などには、既に報告済みだ。暴走の件は伏せているが」
「
「シナリオB-22で対応している。現場に公的な連中はいなかったが不明のエージェントを数名拘束した。適切な処置を行う」
「任せる。ユイ、ジオフロントの穴は?」
「昨夜から設備課総出で突貫工事を行っていますわ。穴自体は今日にも塞がりますが、装甲板の回復には時間が掛かりそうです。レイに槍の回収をさせた後、手伝わせています」
「うむ……赤木君、MAGIの件について報告を聞こうか。すべての発端が昨日の停電だ」
第7世代有機スーパーコンピュータ・システムMAGI。現在、世界最速最強のそれはNervの存在理由の半分でもあった。
Nervは元々対使徒の戦闘組織ではない。正式には地球規模情報通信監理機関Nervという。
セカンドインパクトで混乱する世界を統治する地球統合政府が初めに行ったことは、武力と情報を押さえることだった。武力には日本の陸海空の自衛隊も編入した統合軍で対抗し、情報はセカンドインパクトでズタズタになった通信網を再び整備することで、コントロールに成功した。
情報を押さえることにより各国間の正常な対話を可能とし、流通を回復させ、世界経済が復活。また、地球規模の混乱による技術レベルの低下も、技術者の保護や保存情報の収集で防ぐことができた。
世界中の情報をコントロールすること。それがNerv設立の目的であった。その後、世界一の技術集団としてセカンドインパクトの調査から、使徒の対抗手段の開発まで行っている。現在も、世界規模の通信網をコントロールしていた。その中心がMAGIであり、そのコピーであるMAGIの弟子達であった。
MAGIをクラッキングされることは、世界規模の情報の混乱を意味しており、あってはならないことである。
もちろん対策はされている。絶対の防壁を突破し進入するものには攻性防壁で相手の機械をも殲滅。その後諜報員により相手を追跡、処分する。MAGIへの不当アクセスは重罪だ。
それにも、かからわず今回はクラッキングされ、しかも本部の機能停止まで起きている。問題は深刻であった。
「……というのが、現在までの調査状況です」
「ふむ。つまりトロイの木馬が城が完成する前から城内にあったということかね?」
「はい冬月副司令。MAGIに初めからあったプログラムによって引き起こされています。いわゆるバックドアが仕掛けられていました。今回のクラッキングは、あくまできっかけです」
「そんなことが可能な人物といえば……」
「確率はとても低いですが偶然その機能を知ってしまった人物。または、開発者本人ですわ」
「赤木ナオコ博士か……」
「ええ、私の母です」