--Nerv本部会議室
「私が、月に行きます」
碇ユイは冬月に宣言した。
ゲンドウが撃たれて3週間が過ぎている。弾丸は左眼から入り側頭骨を抜け奇跡的に脳を傷つけなかった。命に別状はないが重症であることは間違いない。未だ入院中である。
ゲンドウがキール・ローレンツと交わした最後の言葉に赫き月の場所への答えがあった。カヲルの遺言から検出した数字の最後『384,400』は、月までの距離384,400kmだ。
「しかしだなユイ君……」
「冬月先生……いえ、冬月総司令代理、月はとても遠く地球との通信も妨害される恐れがあり誰か現地で指揮をする必要があります。Seele掃討作戦が未だ続いていますので、Nervのトップが地球を離れる訳には行きません」
「何が起こるか分からん。危険だぞ」
「承知の上です。キール・ローレンツ、いえ、アダムは人類補完計画の遂行を言っていたそうじゃないですか。人類補完計画について一番詳しいのは私です。それに自分の子供を行かせて親が行かないことはありえません」
冬月はなんとか止めたがっているが、ユイは頑固として聞かないようだ。説得は無理だと観念して嘆息する。
「分かった。気をつけてな」
「はい!本部での指揮をお願いします。後、ミサトちゃんは一緒に来てくれる?戦闘指揮に関しては不慣れなの」
「ええ、もちろんです」
ミサトは既に赫き月がある月への強襲作戦を作戦部で立案、実行中だ。対使徒戦術旅団を再編成し、赫き月強襲部隊に組みなおしている。
「ゲルハルトさんも本部から情報収集をお願い」
「ああ、娘をよろしくな」
情報部長であるゲルハルトは、Seeleの情報収集を指揮している。統合軍の掃討作戦にも情報を提供しており、ほぼ9割方残党掃討が完了した。
「キョウコは家をお願いね。私が帰れなくとも子供たちは絶対に返すから」
惣流・キョウコ・ツェッペリンは本来は休職中だが、特別に会議に参加していた。その言葉にキョウコはユイの手を取ってじっと見つめる。
「ダメよ。ユイも必ず帰ってくること。子供達はまだ中学生よ。親を亡くした場合の心の傷は深いわ。良いわね?」
「……うん分かった」
次は最後の幹部である赤木リツコに振り返る。
「リツコちゃんも、本部で技術支援を……」
「いえ私も行きます」
食い気味に反対された。困惑するユイ。
「母が赫き月に居ます。一緒に行かせてくださいユイさん」
「リツコちゃん……分かったわ」
「ありがとうございます」
リツコの母、赤木ナオコはSeeleチルドレンと共にある。各地のSeele施設では発見できなかった。恐らく赫き月に居るのだろう。決意が固いと感じたユイは了承する。
赫き月強襲作戦に参加する幹部は、奇しくも女性のみ3人になった。
「ミサトちゃん、リツコちゃん、行くわよ。月へ!」
--Nerv本部第一病棟
「じゃあ父さんまたね」
「おじさま、お邪魔しました」
スライド式のドアからシンジとアスカが出てくる。碇ゲンドウの病室は最上階の最高級個室だ。だだっ広い個室だが、返って寂しいんじゃないかなとシンジは思う。
「おじさま命に別状なくてよかったわね」
「うん。左眼はもう直らないらしいけど、右眼で十分とか言ってた」
ゲンドウは重症だが意識はしっかりしている。未だ安静が必要なので、冬月副司令が総司令を代行していた。シンジはゲンドウから撃たれた時の事を伝えられた。
「それにしても渚とそっくりな少年ねぇ。渚本人じゃないのかな?」
「父さんは、キールなんとかさんは別人だって言ってた。なんか雰囲気が全然違うとか」
「おじさまが言うんだったら間違いないわね」
「カヲル君が父さんを怪我させるとは思えないからね。でもそれとは別にカヲル君は生きているんじゃないかと思うんだ。根拠はないけど」
「そうね。それを確かめるためにも作戦を成功させないとね。ちゃんと作戦手順覚えた?」
「色々覚えること多くて……」
「しょうがないわねぇアタシが教えてあげるわ」
「よろしくアスカ隊長」
「ま~かせなさい!行くわよ!」
「うん」
「「月へ!」」
--技術部第三実験室
「日向君どう?きつかったり突っ張ったりしない?」
「ああ、大丈夫そうだよマヤちゃん」
マコトが屈伸したり腕を回したりして具合を確かめる。着ているのはプラグスーツだ。本来はEVA搭乗用だが、気密性が非常に高く宇宙服としても使用できる。
「くくく、似合ってるぞマコト」
「よせやい」
シゲルも何故か実験室に来ていた。特になにをするでなく単なる野次馬。オペレータ同期3人組が揃っている。
マヤがモニタで状態を確認してマコトに伝えた。
「大丈夫そうね。じゃあ次はヘルメット付けてみて。首のジョイントしっかりね」
「了解」
眼鏡を外し普通のプラグスーツにはない専用のヘルメットを被る。チルドレンのプラグスーツ用にも準備中だ。
「問題なさそうだったら、左手首のスイッチを入れて」
『ほい』
ヘルメットからの通信で返事する。左手首のスイッチを入れると、液体がヘルメットの中に満たされ始めた。
『わわっ!がぼがぼ!』
「日向君、飲み込まないで呼吸して。空気を全部入れ替えるのよ」
しばらく、がぼがぼ言っていたが、口から空気が出尽くすと楽になったのか呼吸を始める。
「肺が全部L.C.Lに入れ替わったようね。電荷開始」
ヘルメットを一杯にした液体はエントリープラグで使用しているL.C.Lだ。空気の代わりにL.C.Lで満たすことで衝撃に強くなり、酸素も通常より持つようになる。電荷することで透明度が上がり液体として意識しなくなった。
『ふう。最初は苦しかったけど、もう大丈夫』
「チルドレンは毎回それをやってるのよ」
『そうか、すごいなチルドレンは』
一通り動いてみて問題ないことを確認し、L.C.Lを抜きヘルメットを脱ぐ。
「はい。洗面器」
「うぇ!」
「きったね、ほれ水飲め」
マコトがなんとかL.C.Lを吐き出して、深呼吸をする。苦笑いのシゲルからタオルと水のペットボトルを受け取ると頭を拭き水を飲み干す。一息ついて眼鏡を掛けた。
「サンキュー、あー苦しかった。L.C.Lってなんとなく血の味がするな」
「人間の体液に近いからかしらね。後でシャワー浴びてね」
「了解」
「なあ、マコト……本当にお前が行かないといけないのか?」
シゲルが先ほどまでとは違い真剣な表情で問いかける。
「……ああ、作戦部総出で出撃だ。葛城さんはEVA大隊の指揮に集中してもらって、俺は突入隊の指揮を取らなきゃ」
「やっぱり戦闘になるのか?」
「Seeleチルドレンは必ず敵対してくる。後、情報部からの情報で特務軍に宇宙部隊が居るそうだ。そいつらの相手が必要だ」
「やつら宇宙部隊も持ってるのか」
「Seeleメンバーの資料を精査中だけど、どうやらかなり前から宇宙に大量の資材を送っているらしい。月に運び込んで何等かの施設を建築しているそうだ」
「それが赫き月か」
「分からん。現場に行ってみないとな」
「そうか……気を付けてな」
「ああ、シゲルは本部から支援お願いな」
「おう。任せておけ」
「日向君!必ずセンパイを守ってくださいね!」
「マヤちゃん。勿論全力で赤木博士を守るよ、マヤちゃんも技術支援頼む」
「はい!」
マコトは両手の拳を握ると、同期2人に向けて突き出した。
「じゃあ行ってくる」
「ああ」
「行ってらっしゃい」
シゲルは右の拳、マヤは左手の拳を突き合わせる。
「月へ!」