--赫き月
大きな部屋に円形に並んだ棺桶のようなもの。その内、蓋が開いてない最後の棺が開いた。
「やっとお目覚めかい。タブリス」
蓋をガタンと落として、起き上がった少年は銀髪で赤い目をしていた。
「アダムか。生まれ変わって最初に君の顔を見るとはね」
「同じ顔じゃないか。鏡を見ているようなものだろう?」
起き上がった少年と見守っていた少年はまったく同じ顔だった。
棺桶から起き上がった少年は裸で、胸の中心部にこれまでは無かった赤い球が嵌っている。見守っていた少年はSeeleの制服を着ていた。
「アダム、あの茶番はないんじゃないかな」
「あのリリスは抜け殻さ。魂はEVA初号機に移っているよ。文句は碇ゲンドウに言ってくれ」
「そうかい。ああ、楽しかったなNerv本部の日々は」
「もう渚カヲルは死んだ。君はタブリスだ」
「……そうだね」
「もうSeeleチルドレンではなく、Adamsチルドレンだ。そこは間違えるな」
「分ってるよ。他の皆は?」
「もうすでに揃っている。後はイヴの目ざめを待つだけだ」
「そうか」
「ああ、後Nervがここを突き止めたようだ。その内来るよ」
「シンジ君も?」
「もちろんEVA初号機を持って来てもらわないと困る。折角、君が情報を残すのを見逃していたからね。さあ早く着替えてくれ、全員集合している」
「分かった。……シンジ君にまた会いたいな……」
--真希波マリ執務室
『教授、タブリスが目ざめました』
「そう、随分時間が掛かったわね。博士には私から伝えておくわ」
真希波マリは、スタッフから内線電話で報告を受ける。赤木ナオコ博士にも報告が必要だろう。
赤木博士は南極で入手したL.C.Lにご執心であり、誰とも会わないようにしている。唯一マリだけが、アクセスを許されていた。
「ん?これは?Nervの月襲撃者メンバーか」
地球のSeele残党はまだ動いており、諜報活動も継続しているようだ。その諜報部隊からNervの情報が送られてきた。ここ月への襲撃が計画されており、そのメンバーのリストが入手できたらしい。
「アダムの言う通り、EVA初号機はくるようね……ユイさん!?」
襲撃者リストに、Nerv副司令の碇ユイの名前を見つけたマリは動揺した。無意識に赤いフレームの眼鏡に触れる。
「ユイさん……」
--1998年 京都
「特別研修生?」
学長室に呼ばれた真希波マリは、学長からイギリスの大学への留学を薦められた。留学費用も全額免除とのことで、かなりの好条件だが、彼女は乗り気ではない。
「私より、もっと適した人材がいると思いますけど?」
学長室の窓から一人の女性が見えた。
「碇ユイさんですよ」
マリは2年飛び級して16歳で入学した才女だが、自分より才能も実績もある人がいることを知っている。何故その人を推薦しないのか疑問だった。
「碇くんか。彼女は特別だ」
学長によると彼女は既に政府直属の研究機関から声が掛かっているそうだ。格の違いを思い知らされる。窓の下の碇ユイは、男と楽しそうに会話していた。
碇ユイが男と付き合っているという噂は学部中の男を泣かせ、マリも本人から聞いたときはゲンメツした。ましてやその男が、あの六分儀ゲンドウだなんて。
六分儀ゲンドウは、ものすごい変人で暗いし何考えているか分からない。しかし碇ユイがいうには、可愛かった、とのこと。ユイからそんなこと聞きたくなかった。
ある日、冬月教授の研究室で、ユイがラットを逃がして大騒ぎになった。マリも手伝ってなんとか片付けたが、そのときマリがなんとなく隠していたユイの眼鏡がユイに見つかってしまった。どうしてマリの鞄にあるのかユイに聞かれるとマリはユイへの思いを吐露する。
「分かっちゃたんでしょ。あたしがあなたを好きってこと」
ユイはそれには答えず、マリの乱れた髪を直してくれた。2つ結びのおさげに整える。
「できた。かわいい」
「やめてください」
「女子高生みたい」
「当たり前でしょ。16歳なんだから」
マリはそのとき留学をすることを伝える。ゲンドウとの幸せを願っていることも。
そのときユイから貰った赤いフレームの眼鏡はレンズを入れ替え今も使っている。
--2000年 イギリス
セカンドインパクトは、イギリスでも大混乱をもたらした。彼女はなんとか生き延びたが大学どころではなく、日本に居た家族とは完全に連絡が途切れ、生きるのに必死だ。
その時ある組織からオファーがあった。彼女の才能を買ってくれたらしい。生きていくためその誘いを受ける。その組織の名前はSeeleと言った。
--2001年 ドイツ
Seeleの施設で研究を行っていると、葉書が一枚マリの元に届く。
「今時、紙の葉書?」
差出人は碇ユイ。歓喜して裏をみると『結婚しました。碇ゲンドウ、碇ユイ』と書かれていた。
歓喜から一転、絶望する。
「碇……碇ゲンドウ!」
あのときユイに言ったゲンドウとの幸せを願っていることは本心であるが、感情ではそうはいかない。
マリの中で何かが壊れた。
マリはSeeleからの指示で、とあるクローンの研究を行っていた。しかし何度やってもうまくいかない。どうしても魂というべきものがからっぽになる。その状態では生きる意志がなく、直ぐに死んでしまう。
研究の壁にぶつかっていた所、Seele経由で、碇レポートと呼ばれる碇ユイの論文を手にいれる。それはマリが途中まで関わってた研究の成果だった。
あのとき形而上生物学第一研究室で議論していたときの熱を思い出す。碇レポートには魂の定義が書かれていた。魂を人間が生きる上でのエネルギー源とし、高次元から湧き出る力を生きる力に変えている構図が数式や仮想実験などでまとめられていた。
そのレポートは表は出ておらず世間には知られていなかったが、Seeleでは共有されている。
マリは碇レポートを元に再研究し、一人の少女を人工子宮から生み出した。魂はマリ自身の魂の一部を与えることに成功する。言わば自分の分身だ。
名前をマリア・イラストリアスとした。
--2004年 パリ NervEU支部
Seeleという組織はNervにも影響力があり、その施設も自由に使え研究を進めていたところ、日本のNerv本部で、重大事故が発生したことが伝えられる。
マリはユイが主導している実験であることを知っていたのでとても心配した。
事故の続報では、ユイの子供がEVAに取り込まれたとのこと。ユイ自体は問題なかったので、マリは一安心したが、子供と聞いて思わず傍にいたマリアを見つめる。
現在マリア・イラストリアスは3才になった。男に興味が持てず結婚をまったく考えていなかったマリは、子供も自分には関係ないと思っていた。しかし、結果的に子育てをすることになる。
マリアは研究員皆で面倒を見ており、自分ひとりが育てている感じはなかったが、素直に育ってくれているようだ。マリは子供時代はよく覚えていないが、親からするとまったく手の掛からない子供だったらしい。マリアも同じだろうか。
いつしかマリはこの研究の中心となっており、教授と呼ばれるようになった。
しばらくするとユイが子供のサルベージに成功したという知らせが入った。
マリは素直に喜んでいたがE計画の大幅見直しが行われることになった。その関係でNervEU支部の主任研究員である惣流・キョウコ・ツェッペリンが家族ごと、Nerv本部に転属することになる。
マリアは、キョウコの娘さんとよく遊んで貰っていたのでとても寂しがっていた。マリはキョウコがユイの元に行けてちょっと、いやかなり羨ましい。
そんなとき、赤木ナオコ博士がNerv本部を離れ、Seeleの研究機関に合流した。博士は京大でマリと顔を合わせており旧知の仲だ。しかしちょっと変わったように思える。笑顔ではあるが内に何か秘めたものがあるように見えた。
博士の協力で研究は大いに進展する。特に博士が持ち込んだ手のひらサイズの紅玉は魂を宿らせることができる謎の特性を持っていた。この紅玉のおかげでクローン技術が進化する。
博士に入手先を聞いたが、ないしょ、とのこと。恐らくは元居たNerv本部からだろう。
--2009年 ドイツ
E計画の見直しに際し、Seeleの研究機関もNervEU支部に協力することになり、マリも参加させられる。
研究機関には名称がなく、Seeleの名前は使えないため仮の名称を付けることになった。
赤木博士からマリに丸投げされたので、マルドゥック機関と付ける。
由来は古代バビロニアの主神の名前で、聖書などとは全く違うところから持ってきたのは上部に対する微かな反抗だった。
マルドゥック機関の任務は先行量産機のEVA弐号機パイロットの選出だが、それとは別にSeeleから違う任務を命じられていた。Seele専属のチルドレンの確保だ。
マリはサポート的な立場になり、計画の主導は別の担当で行われたが、その担当はかなり強引な男だった。
候補者達を保護者や協力先のNervEU支部にも知らせない施設に隔離し、厳しい訓練が施される。
マリのクローンであるマリアも9才になり、その訓練に参加させた。データ採取が目的で、選抜されてもマリの権限で落とす予定であったが、本人の才能か最終選考まで残っている。
同じ最終選考メンバーには、キョウコの娘さんであるアスカが残っており、再会したマリアと仲良くしてくれた。
順調に試験が進んでいたが、仮設EVA弐号機のシンクロテストでマリアが消えてしまう。
2004年のNerv本部での事故と同じことが起こってしまった。マリは試験主任を問い詰めたが、本部で起こった事故を調べておらず対処方法も分からないとのこと。
マリアはサルベージされることもなく、死亡扱いとなった。
このとき26歳だった真希波マリの体に変化が起きる。徐々に若返り14、5歳くらいの体になってしまった。
検査の結果、どうやらマリアがEVAに溶け込んだ影響で、魂がリンクしたマリの体は年を取らないようになってしまう。まさにEVAの呪縛。
永遠の若さを羨ましがる女性は多いだろうが、マリはまったく興味がなかった。寧ろ若い頃の未熟な自分を思い出し辛い。
体は若返ったが、知識はそのままなので研究は続けることにする。自分の呪縛を解くためにも。
先行量産機のEVA弐号機パイロットは惣流アスカになり、最終選考に残っていた4人はSeeleチルドレンとして確保した。新型のEVAに乗るには能力不足だが、無理やり適用させるため薬を使うらしい。
Nervが使徒と戦いを始めたころ、マリは赤木ナオコ博士からキール・ローレンツを紹介された。そして人類補完計画のことも。
マリは自身のEVAの呪縛を解くために人類補完計画に協力することにした。