--EVA第二起動試験場
ミサトとアスカが着いたときには、身体検査も済んで起動試験の準備が始まっていた。
シンジは既にエントリープラグと呼ばれるEVAの操縦ユニットに乗り込んでいる。昨日のこともあり作業は慎重に進められた。
「シンちゃんに何もなくてなによりだけど、大丈夫なの?リツコ……」
「何が?」
作業をしながらミサトに答えるリツコ。その声は淡々としている。
「何がって……暴走よ。暴走」
「ああ、対策ならしてあるわよ」
「対策?」
「昨日の暴走でもシンジ君はシンクロをし続けていたの。寝ながらでもね。逆にいえば、シンジ君がシンクロしていなければ、または意識をしっかりしていれば暴走はないわ。たとえば眠りそうだったら、電流を流して起こすとか……」
「で、電流ってアンタなに考えてんのよ!」
「ちょっとぴりぴり来る程度よ。なんにしてもシンジ君次第ってこと。暴走に関しては私は心配してないわ。ただ……」
「ただ?」
リツコはミサトの問いに答えることなく、マイクを取ってエントリープラグ内のシンジに語り掛けた。
「……OK、準備完了よ。シンジ君いい?」
『はい、リツコさん』
「マヤ」
「はい先輩、起動プロセスを開始します」
ディスプレイに神経接続の様子が映し出される。数十段階の接続が今の所、順調に行われていた。しかし何時ものような勢いがみられない。マヤのカウントダウンは続く。
「絶対境界線まで、あと1.5……1.0……0.5、0.4、0.3、0.2、0.1……駄目です。起動できません……」
「シンジ君、集中して」
『は、はい!』
もう一度、シンクロを試みるが、やはり起動の指標である絶対境界線を突破できなかった。リツコは画面のデータを確認するとあっさりと宣言する。
「やっぱりね。起動試験を中止します。シンジ君、もう上がっていいわよ」
起動試験が中止になりエントリープラグからシンジが出てくるところを確認しながら、リツコの言葉に違和感を覚えたミサトが確認した。
「やっぱりって、さっきリツコが言いかけたことってこのこと?」
「そう、怖がってるのよ……EVANGELIONをね」
それまで座って静観していたアスカが、突然立ち上がった。怒っているような悲しんでいるような複雑な表情で。
「あんのバカ、道理で様子がおかしいと思ったわ。朝早く起きてたり授業中寝てなかったり。心に余裕がないとこうなるのよね。昔から」
「アスカ、お願いできる?」
「……分かってるわ、リツコ。これも隊長の勤めよね」
と、言って退出する。ちょっと早足で出て行ったドアを見ながらリツコは微笑んだ。
「ふふ、やっぱり心配なのね」
「えっと……どゆこと?」
展開においてけぼりを食らったミサト。頭に?が浮かんでいる。
「EVAはA10神経接続によって動かすわ。それだけにメンタルケアが必須でしょ」
「それは分かってるけど」
「今回の件は、アスカに任せた方がいいのよ」
「ああ、そうか。彼女『経験者』なんだっけ……」
--EVA搭乗者男子更衣室前通路
シンジが更衣室を出た瞬間、廊下に居たアスカと目が合う。シンジは思わず目を反らしてしまった。
シャワーを浴びた直後らしくタオルを首に掛けていて髪がまだ濡れている。廊下の壁にもたれ掛って腕を組んでいたアスカは一歩踏み出す。
「あ……アスカ……」
「……」
「ど、どうしたの?」
「……ちょっと付き合って」
アスカはいきなりシンジの手を引っ張り歩き始めた。シンジは抵抗もせず引っ張られるままにされている。
しばらく無言で歩き続けるが通路の角で、眼鏡の少女加賀ユキノに見つかった。
「あら、アスカと碇」
「ゲッ!ユキノ!」
幼い頃より人に褒められるための努力は惜しまず文武両道・容姿端麗・品行方正な自分を作り上げていた。学力もチルドレントップクラスで、自分の組んだプログラムで株取引まで手を付けており既にそれなりの資産を計上している。
世が世なら医者か国家公務員になるための道を進んでいるところだが、その才覚を認められチルドレンとして抜擢された。
チルドレンの所属するNervは国際機関であるからある意味国際公務員のようなものだからあながち間違っていない。
そんな彼女をよく知る人に言わせれば優等生は仮面で見栄のために維持してきたという。事実チルドレンになる前は完璧をずっと演じてきていたが、チルドレンになってからは素直に自分を出すようになった。
ユキノはノートPCを抱えて技術部に行く途中でアスカとシンジに出会う。
「ゲッとはなによアスカ。2人してどこ行くの?」
「か、関係ないでしょ。あんたこそなんでここにいるのよ!」
「葛城大尉の話聞いてなかったの?赤木博士の手伝いよ。それにしても……」
フレームレスの眼鏡越しにしげしげと2人を眺めるユキノ。学校ではコンタクトだが作業やEVAに乗る場合は眼鏡にしている。
「ふーん。仲いいんだ2人。知らなかったな」
「な、なんでそうなるのよ!」
「だってずっと手繋ぎっぱなしだし」
「「はっ!」」
慌てて手を離す二人。心持顔が赤い。
「別にいいじゃない。手ぐらい繋いでたって。誰にも言わないわよ」
ユキノの言葉に、からかいの色はなく淡々と告げる。
「あ、あんただって、鞍馬と『彼氏彼女の関係』のくせにぃ!」
「そうよ。それが?」
「う゛っ」
苦し紛れのアスカの反撃はあっさりとかわされた。
鞍馬ソウイチロウもチルドレンの一人でユキノとは違うタイプの優等生だ。ユキノはチルドレンになって自分より優秀な人間に出会って変わった。
特に鞍馬ソウイチロウに出会い自分の本性をあっさりと見破られた以降優等生の仮面を脱ぎ捨てる。そのソウイチロウとは現在彼氏彼女の間柄であることを周囲に公言していた。
「もう行くわ。さっさと素直になりなさい。じゃね」
彼氏持ちの威厳を見せつけて、背を向け手を振りながら去るユキノ。アスカは最後の捨て台詞に反論できず唸りっぱなしだ。
「ねーアスカ、どこ行くの?」
そんなアスカの心情も、全く分かってないシンジはユキノと同じことを聞いてくる。
「ただ、2人っきりになりたかっただけよ」
「え゛!?」
「ご、誤解すんじゃないわよ!!もういいわ、この辺で」
辺りを見渡して休憩コーナーを見つけ、自動販売機のある休憩所のベンチに一人で座る。
「あー、喉乾いちゃった。シンジ、アタシアイスティーね」
なんで僕が……とブツブツ言いつつも自腹で買うシンジ。いつも奢らされてるらしい。
2人が飲み終わって落ち着いた頃、アスカは話し始めた。
「さて、本題に入るわよ。さっきの起動試験、あんたEVAが怖くなったんでしょ?」
「……ごめん」
「別に謝る必要はないじゃない。けど、なんでそう思ったの?」
「……正直言って分かんない……暴走している間、夢?を見ていたっぽいんだけどすごく怖い感じだったんだ。内容は全然覚えてないんだけど。そして気がついたら、あんな事になってた。いきなり自分の意思とは別に動きしたんだ。今までは、こんなことなかったのに……」
じっと黙ってシンジの独白を聞いていたアスカは、それには答えず別のことを話し始めた。
「ねぇシンジ?アタシがマルドゥック機関に居た頃の話ってしたっけ?」
「へ?い、いや、聞いたことなかったけど……言いたくなさそうだったし」
「確かに思い出したくもないわ。あんなこと……」
アスカが8歳の頃、
元々はE計画技術者の惣流・キョウコ・ツェッペリンによるEVAへのエントリーが計画されていたが、2004年の事故によってE計画が大幅に見直されることになる。
キョウコは計画見直しのため、家族と共に第三新東京市に引っ越してきた。
Nerv本部で様々な研究の結果、碇レイを
EVAの操縦適格者には碇レイと同じ年齢の少年少女が必要となる。大人達としては苦渋の決断だったが、サードインパクト阻止のため、他に手段がないことも事実。
計画の練り直しに対応した建造中の試験用初号機は日本のNerv本部で。先行量産機の弐号機はEU支部でそれぞれ適格者選抜を行うことになるが、EU支部ではマルドゥック機関というNerv外の機関が担当することになった。
惣流アスカが候補者に選ばれると両親は難色を示したが、アスカとしては既に隣家のレイが選ばれていることもあり自ら適格者に志願した。アスカとしてはレイを一人にしたくなかったらしい。
ドイツの施設で訓練と選抜試験が行われた結果、アスカは適格候補者として登録されることになるが、その直後十数名の適格候補者の行方がアスカを含め分からなくなる。
惣流夫妻がマルドゥック機関に確認しても極秘の訓練を施す為と称し肉親にも場所を教えることはなかった。
夫妻が血眼になって探しても見つからず、三年後ドイツの大学の卒業者の中に娘の名を発見するまでの間、極秘の施設でチルドレンとしての厳しい訓練が行われていたことが分かった。
学術、戦闘技術、兵器の取り扱い等、ほんの短期間の間に少年少女に課したそれは想像を絶しており多くの適格者が脱落してる。
「……大変だったんだ……」
初めて聞いたシンジは何と言って良いか分からなかった。
シンジにとっては小学校に入る前からの付き合いで、小学3年で突如いなくなってまた3年経ってちょっと大人びて戻ってきた隣家の幼馴染だった。
「そ、でもパパもママも探していたなんて知らなかったな。連絡が行ってると思ってたし。まあ、兎に角アタシは最後まで残ったのよ。負けたくなかったしね。聞いてよ!他の奴ら性格悪いのばっかしだったの!それにすっごい負けず嫌いだし。何とかと紙一重って感じね」
(その中にアスカも含まれんじゃ……)
などとは、決して声に出せないシンジ。そのまま黙って話を聞いている。
「その中に、いい子もいたけどね。仲良くしてくれていたし。でもEVA実機を使ったシンクロのテスト中に……」
思い出すのが辛そうなアスカを気遣って肩に手を置く。
「ん、大丈夫アリガトシンジ。その事故で、その子は消えてしまったの。目の前でみたアタシは怖くなったわ。EVAが」
「それって……」
「そう、今のシンジと同じ。でもそこでは許されなかった。無理やりシンクロさせられたわ。その結果、暴走を起こしたの」
「!!」
「すぐ押さえられたんで大した被害もなかっただけどね。そのとき、もう一人の自分に会ったわ」
「もう一人の自分?」
「EVAの中に居たもう一人の自分。それは大きな心に傷があるような……心が大きく欠けているような自分。アタシ自身でも良く分からないけど、そんな感じがしたの。他人じゃない、でもアタシとは違うような、別なアタシ」
「……」
「EVAにも心があるの。でもそれは鏡で映した自分。だからシンクロができる。そう感じたわ」
「EVAの心?」
「良くも悪くもアンタ次第だってこと。もう一人の自分に会えば分かるわ。まあ焦らずにね。アンタが居なくてもアタシや、レイが居るんだから」
「うん、がんばってみるよ。ありがとうアスカ。やっぱりアスカはすごいや」
「た、隊長として当然のことよ!さあ、レイを連れて帰りましょ!」
--パラワン島100km沖、上空1,000m
数十分前、統合軍第三艦隊旗艦の空母『オーバー・ザ・レインボー』は、同所属のフリゲート艦より、未確認飛行物体発見の報を受ける。
斥候として艦載機F-6A『ファイヤーブレード』数機を発進させていた。急行したコールサイン『
「ドロシー。こちら
『
「やはり、