ピンガ「俺が生き残る為にオリキャラ生やした」 作:ていとくン
結構重たい話が続いたので、今回は箸休め的なテイストにしました。したつもりです。
これまでのお話と違い、このお話だけ時間軸が遡ります。原作5年前から始まります。
ちなみにアルマニャック君とシェリーはカップリングにはなりません。なりません。大事なことなので2回言いました。
切っ掛けは、一件の他愛もない電話だった。
『おや、アルマニャック。どうしましたか』
「暇だ」
『………………そうですか』
「暇なんだ」
『…………私は些か忙しいのですが……まさかとは思いますが、それだけの為に電話をしてきたのですか?』
「そうだ。暇だからなんか任務くれ」
深い、深いため息を溢すラム。恐らく頭も抱えているのだろう。
電話先で下らない愚痴を溢している男の名前は、アルマニャック。組織に入って1年程度の、比較的新参者な幹部である。
ラムは組織のナンバー2。普通であれば、たかが1年程度の新参者如きが気安く言葉を交わせるような存在ではなく、まして愚痴を溢せるような相手ではない。
しかし残念ながら、アルマニャックという男は色々な意味で普通ではない。他ならぬラム自身の手で在野から引き抜いた凄腕の殺し屋である彼は、非常に優秀なエージェントであると同時に、非常に常識知らずの型破りな存在であった。
組織に入って1年。制圧した拠点の数は大小合わせて50程。壊滅させた敵対組織の数は11。始末した人間の数など最早ラムでさえ数えていない。
しかも、この1年は任務に集中させていた訳では無い。彼は読み書きがほぼ出来なかったので、その学習を中心とした基礎技能を磨く研修にこそ重きを置いていた。任務はいわば研修の合間を縫った片手間である。
そう、
そして、そんな男が、これまでに溢してきた"おねだり"の数も、最早ラムは数えていない。どちらも数えるだけ無駄だからだ。
そもそも勧誘した理由が理由だ。加えて、この1年彼は任務を忠実にこなしてきた。しくじった事は一度としてなく、それ故に無視することも出来なかった。
『…………貴方のポリシーに反する任務であれば、いくらでも紹介出来ますが』
「そりゃ駄目だ。そんな任務はやりたくない」
『……えぇ、分かっています。だから今貴方に振れる任務はないのです』
「でも暇なんだ」
『…………何か趣味でも見つけてみては?』
「今は任務の気分なんだ」
なんだこいつ。
段々イライラしてきたラムは、一旦深呼吸をする。そのおかげで一つ、彼を
『一つ、貴方に紹介出来る任務があります。やりがいがあるかは分かりませんが』
「なんだなんだ」
『監視です』
「はい?」
ラムは懇切丁寧に説明する。しばらく前に、優秀な科学者夫婦を組織に招き入れ、"あの方"肝煎りの研究をさせていたが、事故で死んでしまったこと。
遺された娘二人は組織が面倒を見ていたが、妹に極めて高い科学者適性があることが分かったので、英才教育を施していること。もう2、3年もすれば、夫妻が行っていた研究を引き継がせることも可能だと思われていること。
つまり、組織にとって非常に重要な人物である為、万一にも逃亡されないように定期的に監視する必要があること。
『今まではジンとウォッカがその役割を担っていましたが、それを貴方に引き継ぎます』
「要するに、女の子のお守りってこと?」
『そうです。任務が欲しいのでしょう?あげますよ。こうすればジンとウォッカの手が空くので、他の仕事を任せられます』
「え〜、お守りとかつまらないじゃんやだ〜」
『ジンとウォッカは貴方と違って仕事を選ばないので、手を空けられるなら空けておきたいんですよね。貴方が何でもやってくれるのであれば、そちらの仕事を振りますが?』
「う~…………分かった、やる」
『結構。詳細を送ります。確認次第すぐに出発を』
「え?今日から?」
『昼までには現地に到着していてくださいね。よろしくお願いしますよ。では』
「ちょ、」
返事を待たずに電話を切る。……別に苛立ってなどいない。そこまで自分は子供ではないのだ。
ただ自分は今忙しいので、面倒な男の相手を悠長にしている余裕がなかっただけである。
別に、最近反抗期に差し掛かった例の娘にぶつけてやれば、後は二人で勝手にぶつかり合ってくれるだろうなどと考えていた訳では無い。無いったら無い。
「子供同士、せいぜい
そう呟いてキーボードを叩くラムの背中は、いつもより心なしか煤けて見えた。たとえナンバー2であっても、組織のイメージカラーに違わぬブラック労働からは逃れられないのだ。
「チッ、あの野郎いつまで待たせやがるつもりだ……」
「ま、まぁまぁ兄貴、落ち着いてくだせぇ……アイツが生意気なのは今に始まったことではありやせんし」
「何故俺がその生意気に付き合ってやらなきゃならねぇ……!」
「ひ、引き継ぎってやつですよね……あ、何なら俺がやっときましょうか?兄貴は車の中でゆっくり休んでてくだせぇ」
「………………駄目だ、この女の監視は重要度が高い仕事だ。それをあの生意気な野郎に直接言ってやる必要がある」
「あ~……成る程…………あっ、俺コーヒー入れてきやす!」
空気が重い。ついでに煙草臭い。
とてもではないが勉強どころではない空気にため息をつき、宮野志保はとうとうペンを置いた。課題の提出期限は近いが、どのみちこれでは集中出来ない。ジンがいるだけでも息が詰まるというのに、不機嫌さを隠しもせず殺気まで垂れ流している。
この環境で課題を進められるほど、彼女の肝は太くなかった。
「……貴方達は何を待っているの?」
「あ゙ぁ゙?……さっきも言っただろう、引き継ぎだ」
「引き継ぎ?」
「お前の監視任務を、別の奴が引き継ぐことになった。そいつが来るまで、俺らはここから動けねぇんだよ」
(あら、存外な朗報ね)
志保は心の中でこっそりガッツポーズをした。……何を隠そう、彼女はジンが嫌いなのだ。
人を人とも思わぬ凍てついた視線、いくら体を清めても到底落とせない濃密な血の臭い、事ある毎にぶつけられる殺気に、それを平然と成しうる人間性。全てが志保の神経を削るものだった。……ついでに煙草の臭いも。
後任が誰かは知らないが、ジンより悪化することはないだろうと志保は思っていた。ジンとは仲が悪そうだし、これまでの仕打ちに対する当て付けとして、敢えて後任と仲良くしている様をこの男に見せつけてやってもいいかもしれない。
そんなことを考えているうちに幾らか気分も良くなってきた。そのタイミングで部屋にノック音が響いた。
「こちらアルマニャック〜。入っていいか〜?入るぞ〜」
減点1。ノックはしたとはいえ、仮にも乙女の部屋へ入るのに許可もなくドアを開けるなんて、皮肉げにそう言おうとした口は、開きかけた状態で固まった。
むせ返る程の、血の臭い。ジンやウォッカも大概血腥かったが、これはレベルが違う。さながら、血と死そのものが人の姿をして歩いているかの如く。
入ってきた男は、見た目だけは優しそうな童顔の青年だった。目の上まで伸ばした焦げ茶色の髪をかき上げ笑うその姿は、しかし全身から放たれる死の気配が台無しにしている。
とんでもない男がやってきてしまった。腰を抜かした志保は、先程までの気分など吹き飛んでいた。あまりもの悍ましさに鳥肌が立つ。寒気が止まらず、歯の根が合わない。
……幼い頃から組織に飼われていた自分が世間知らずであることは理解しているつもりだった。だが、この世界に、ジンより恐ろしい存在がいるとは、彼女は夢にも思わなかった。
彼女が怯えていることにも気づかず、彼はジンと会話をしていた。
「てめぇ、いつまで待たせやがる!俺達は暇じゃねぇんだぞ!」
「あ~悪い悪い。ラーメン屋が思ったより混んでてな。あとケーキ屋も大繁盛してたみたいで、ちと遅くなっちった」
「……………………ラーメン、屋?」
固まってしまったジンを見て露骨に焦るウォッカ。……何やら様子がおかしい。
というか、レディを待たせて呑気にランチなんてどういう神経をしているのかしら。些か逃避気味に考える志保の瞳は、常の様子からは想像も出来ない程小声で慌てふためいているウォッカを映していた。
「あ、兄貴!おいアルマニャック、お前、まさか……飯食ってからここに来たのか?」
「ん?そうだけど?」
「そうだけどじゃねぇ!ジンの兄貴待たせておきながら何してやがんだこの馬鹿野郎!」
「だって、昼までに到着してくれとしか言われてないし……今まだ14時じゃん」
「14時は昼過ぎだボケナス!!」
「まぁまぁそう怒るなって。ほら、ケーキ買ってきたからみんなで食べようぜ」
「兄貴は甘いものが好きじゃねぇしケーキなんか食わねぇ!」
「おい、アルマニャック」
「!!あ、兄貴!落ち着いてくだせえ!兄貴!」
「黙れウォッカ。そこをどいてろ。…………アルマニャック、てめぇ、俺を待たせて置きながら、呑気にラーメンなんざ啜ってやがったのか?」
先程までの不機嫌さなど小春日和だったのだと嫌でも理解できる程の、最早痛みすら感じる殺気を放つジン。直接当てられていない志保やウォッカでさえ冷や汗が止まらないものを直に叩きつけられているアルマニャックは、平然とした顔をしている。
コイツ、心臓に毛でも生えてるのか。志保とウォッカの心が一つになった瞬間だった。
「そうだけど?……あっ、まさか二人とも、飯食わずにここに来てたのか。そりゃすまんかった。もう俺が引き継ぐから、外で飯食ってきていいぞ。何なら、これ、食うか?ケーキ買ってきたんだ」
そう言ってケーキの箱を掲げるアルマニャックをぎょっとした目で見る志保とウォッカ。
頼むからこれ以上火に油を注がないで欲しい、二人は心からそう願った。
「………………ケー……キ?」
「おう、監視対象、え~と、宮野志保、だったか?は女の子って聞いてたから、まぁ初めましてのご挨拶みたいな?女の子は甘いものが好きってよく聞くし。たくさん買ってきたからジンも一ついいぞ」
「…………一つ?」
「二つも食いたいのか?そりゃ駄目だ。志保ちゃんに買ってきたやつなんだからな。そうだ、志保ちゃんはどれが食べたい?ついでだ、ウォッカも選んでいいぞ。俺とジンが選ぶのはその後な」
こっちに振るなこっちに来るな。怒りが一周回ってしまったのか、殺気が止まったジンをバックに歩み寄ってくるアルマニャックを見て、滝のように冷や汗を流す二人は、膝をがくがくと震わせていた。さながら生まれたての子鹿だ。
と、そこでフリーズしていたジンが動いた。そして、
「おい」
「ん?」
ケーキの箱を、思い切り蹴り上げた。
放物線を描いて高く飛んだ箱は、辺りにケーキを撒き散らしながら落下していく。
揃って腰を抜かした二人は、いつしか固く抱き合っていた。一人の身でこの修羅場を受け止めきれる気がしなかった。今や志保とウォッカは運命共同体だった。
「つくづくてめぇは俺をナメた真似してくれやがるな……怒りのあまりに笑っちまいそうだぜ。俺がケーキを食うか、だと?何を考えたらそんな戯言が……」
ジンの言葉は最後まで続かなかった。
アルマニャックの拳が、ジンの顔面を思い切り撃ち抜いたからだ。
「あ、兄貴!!!!」
物凄い勢いで壁まで吹き飛び、激突するジン。
やや遅れて、アルマニャックから放たれる殺気。ジンが放つ殺気は錐のように鋭いものだったが、彼が放つそれは深海の如く、重く冷たいものだった。
「食べ物を、足蹴に、したな?」
みしり、みしり。
彼が一歩歩く度に、殺気で空間が軋むようだった。ジンの元へ歩み寄ったアルマニャックは、起き上がろうとする彼に蹴りを入れた。壁に叩きつけられるジンの首を掴み、片手で持ち上げた。
「俺の前で、食べ物を、粗末に、したな?」
「ガッ!!…………てめぇ……!!」
持ち上げられながらも、懐から銃を抜き構えようとするジン。流石にやり過ぎだと止めに入ろうとしたウォッカだったが、アルマニャックが銃を片手で握り潰したのを見て足が止まる。
「食べ物を粗末にする奴を、俺は絶対赦さねェ。絶対にだ」
楽に死ねると思うなよ。そう呟いて拳を握り締めたアルマニャックだが、その拳はジンには届かなかった。
「ふざけんなクソガキ!!これ以上、兄貴に手出しはさせねぇ!!」
腰を落とし、タックルの要領で突っ込んだウォッカごと吹き飛んだアルマニャック。その衝撃でジンは解放された。膝をついて咳き込むジンを見て、すかさず駆け寄るウォッカ。
「兄貴!もう帰りやしょう!あの馬鹿がここに来た以上、引き継ぎは終わりだ!俺達がここにいる必要もねぇ!」
「ウォッカ、てめぇ何を温いことを……!」
「ガキの癇癪なんぞにいちいち付き合ってやる義理はねぇでしょう!?兄貴まで馬鹿に思われる!俺はそんなの我慢ならねぇ!!」
「ウォッカ……」
「おいアルマニャック!!」
そう叫んでアルマニャックの方を向いたウォッカの横顔を見て、ジンは静かに驚いた。この男が、ここまで怒りを燃やしている姿など、ジンでさえ見たことがなかった。
「兄貴に手出ししたけりゃ、まずは俺を殺すことだな!それでもやるってんなら相手してやるよ……覚悟してかかってきやがれ、クソガキ!!」
ウォッカをしばらく見据えていたアルマニャックだったが、フッと笑って視線を切った。同時に、部屋を満たしていた重苦しい殺気も消える。
あの状況で突っ込んで行くばかりか、あの殺気相手に啖呵を切るとは。いけ好かない男と思っていたけど、一途なところもあるのね、と志保は少しウォッカのことを見直した。
「いや、いい。……ウォッカ、お前に免じて許してやる。彼女の監視は今後俺が引き継ぐ。何か言うことはあるか?」
「ねぇよクソッタレ。……兄貴、行きやしょう」
ウォッカの手を借りてゆらりと立ち上がったジンは、部屋を出る間際、アルマニャックを強く睨んだ。
「その女は"あの方"肝煎りの計画にいずれ参加することになる重要な駒だ。……絶対に逃がすな。万一のことがあれば、その時こそ、この手でテメェを地獄に送ってやるからな」
「お前に言われるまでもない。仕事は仕事、きっちりやるさ」
その言葉に大きく鼻を鳴らすと、ジンとウォッカは帰っていった。
しばらくドアを見つめていたアルマニャックは、やがて視線を志保へ移した。彼女がビクッと震えると、苦い笑みを浮かべる。
「あ~、初対面なのに、怖がらせちまって悪かった。ごめんな」
志保は僅かに目を見開く。先程までの印象が強過ぎて、真っ当な態度と言葉が出てくるとは思っていなかったのだ。
「そ、そうね。仮にもレディの前なのだから、もう少し大人しくしてほしいわ。あんなに殺気ばら撒くのはやめてほしいわね」
「ごめん、悪かった」
頭を掻いて謝る彼は、普通の青年にしか見えない。部屋を殺気で満たしていたとはとても思えない様相の彼は、散らばったケーキを拾い集めている。
「せっかく差し入れ買ってきたんだが、見ての通りこの有り様だ。すまんが次回まで待ってくれ」
「それは構わないのだけど……監視対象に差し入れなんてしていいの?」
「ん?駄目なんて言われてないし、いいんじゃない?……あ、もしかして甘いもの嫌い?」
「いえ、そういう訳じゃないけど……」
調子が狂う。志保は素直にそう思った。
先程までジンとやり合っていた時の、アルマニャックの瞳を彼女はしっかり見ていた。
孔。底の見えない純黒の孔は一切を映さず、見ている自分が引き込まれるような錯覚すら覚えた。
これは人間の目ではない。理論も理屈でもない、本能に近い部分で彼女はそう感じた。冷たさすら感じない、本物の無機質さに呼吸すら忘れる程だった。
対して、今の彼は。確かに黒い瞳をしているものの、それはオニキスのように艷やかな輝きを秘めながら、やや温かみを感じるものでもあった。
多重人格。それを疑う程に、両者には明確な違いがあった。トリガーがあるとすれば、怒り。
年端も行かぬ女性を気遣う優しさと、全てを圧する重厚な殺気が、彼の中では同居しているのだ。
そしてそれは、きっかけ一つで簡単に入れ替わる。
(これはまた、面倒な人がやってきたものね……)
一難去ってまた一難、宮野志保に安寧は訪れないらしい。そう心内でため息をついていたが、アルマニャックの行動を見て思わず目を剥く。
「あ、貴方何をしているの!?」
「何って、ケーキ食ってるんだけど?」
「それは落としたやつでしょう!?」
「うん。形は崩れちゃったけど、俺はそこら辺気にしないからね」
「気にしなさいよ!って、そうじゃなくて、汚いでしょう!?食べてないで捨てちゃいなさい!」
どういう神経をしているのか。落ちたケーキを箱に集めたと思ったら素手で貪り始めたアルマニャックを怒鳴りつける志保。
だがこの男、言うことを全く聞かない。
「え、嫌だよ勿体ない。まだ食えるもの捨てるとか駄目でしょ」
「だから、普通は床に落ちたものは汚いから食べられないの!幼稚園児だってもう少し聞き分けがいいわよ!?」
「汚いったって、別に泥まみれな訳でもなし、人に食べさせてる訳じゃないんだからいいじゃんか」
「あ~もうああ言えばこう言う!意地汚いとかそういうレベルじゃないわ!親の躾はどうなってるのかしら!?」
「親?俺は元々少年兵だぞ?んなもんおらんわ」
「ッ!?」
嫌味のつもりで投げかけた皮肉がとんでもないところに着地してしまった。志保の顔が青褪める。
少年兵。粗悪な武器を片手に戦場へ連れて行かれる子供達。幾らでも手に入るから、死んでも損害にならないから、そのような理由で鉄砲玉として使い潰される、醜い大人と世界の犠牲者達。
成る程、であれば全身から漂う血の臭いも頷ける。血と死が日課となるような場所に、それが骨の髄まで染み込む程の地獄に、彼は身を置いていたのだ。
知識の上でしか知らなかった、地獄の住人達。それが今自分の眼の前にいて、自分を真っ直ぐ見据えている。己の無知を糾弾されているように感じたのは、単なる思い込みか否か。
「戦場じゃ缶詰一つパン一切れを巡って本気で殺し合うんだ。食える物は何でも食った。食えない物でも無理して食った。そうしなきゃ生きられないから。それに比べりゃ、綺麗な地面に落ちただけのケーキなんてご馳走みたいなもんだろ」
あぁ、濁っていく。
宝石のように輝いていた純黒が、底なしの孔へと戻っていく。アルマニャックの瞳から、光が消えていく。
今回トリガーを引いたのは、自分だ。志保は思わず頭を下げた。罪悪感もそうだが、これ以上彼の瞳が濁っていく様を見ていられなかったから。己の無遠慮さが、彼の心の傷を抉ったのだと、その罪を突きつけられているようで、耐えられなかったから。
「ごめんなさい、貴方の事情も知らずに、私は……」
「そりゃ知らんだろ。まだ自己紹介もしてないんだから。……ん?おぉ、そういえば名前すら名乗ってなかったじゃんか。ごめんごめん。顔あげてくれよ」
その言葉に恐る恐る顔を上げると、そこにはまた輝きを取り戻した瞳があった。思わず胸をなでおろす志保。その様子を見てアルマニャックは首を傾げる。
「???まァいいや。俺は、アルマニャック。……受ける依頼は、ほとんど荒事、だな。誘われて、去年から……組織にいる。……好きな食べ物は、甘いもの、全般。嫌いな、食べ物は、無し。趣味は読書だ。……よろしく」
「喋ってる時くらいは食べるのやめなさいよ!!」
思わずツッコミを入れる志保。さっきまでの深刻な空気が台無しである。彼を傷つけてしまったかもしれないなどと、反省していた自分の時間と感情を返してほしい。
「ングっ!?……ゴクンッ……いきなり大声出すなよ!?喉に詰まるだろ!?」
「喋りながら食べてる貴方が悪いでしょう!?最低限のマナーよマナー!!」
「でも……」
「でももヘチマもないの!どうせ大方早く食べないと誰かに奪われるからとか、そういう理由でしょ!?ここは貴方がかつていた戦場とは違うの!急いで食べなくても誰も貴方から食事を奪ったりしないわよ!だから誰かと話している時は食事を止めなさい!分かった!?」
「うぅ……」
「返事!」
「い、イエスマム!」
なんだこいつ。すごい疲れる。
肩で息をしながらアルマニャックを睨みつける。なんで私が母親の真似事をしなければならないのか、この男は自分の監視として送られた筈ではなかったか、これでは面倒を見ているのは自分の方ではないか。
万感の思いを込めて睨みつけてやると、彼は居心地悪そうに身を竦めている。……こんな男が、あのジンを殴り飛ばしたのか。眼の前で見たのに信じられない気持ちだった。
「あの……」
「何」
「自己紹介、してほしいな」
「え?」
「俺のことは話したよ?だから、君のことも教えてよ。まだ、名前しか知らないんだ。……監視ってことだけど、別に悪い奴には見えないし、出来れば仲良くしたいし……」
もじもじしながら話す彼の姿に、志保は思わずガリガリと頭を掻く。この男が来てから調子が狂いっぱなしだ。
それでも彼を無碍に扱わなかったのは、彼女の優しさ故か。
「宮野志保、13歳。将来科学者になる為に、今は勉強中。好きな食べ物は……そうね、ケーキは好きよ。あとは…………ピーナッツバターとブルーベリージャムのサンドイッチは、よく食べてたわね」
「ケーキ、好き?」
「……えぇ、好きよ」
「分かった。このケーキ美味しかったから、また買ってくる。……今度は、一緒に食べたいんだけど……どう?」
一つ、推測出来たことがある。恐らく、彼はまだ情緒が十分に育っていない。
あまりに過酷な環境で育ったが故に、心は固く凍りついたままだったのだろう。皮肉にも、組織という犯罪結社の見本のような場所に来て、ようやく安息を得られた彼の心は、ここに来て緩やかに成長を始めたということか。
殺伐とした雰囲気や暴力への慣れに惑わされることなく見れば、周囲への警戒心が高くこだわりが強い彼の様子はまるで人見知りな子供のよう。他者への優しさを学べているのは奇跡に近い。
そして、組織が彼をここに派遣した理由も分かった。恐らく、自分とのやり取りを通じて普通の人間程度の情緒を育てさせることが目的なのだろう。
今のままでは力は強くともあまりに不安定で運用が難しい。精神を育てて安定的な運用を目指す……などと考えているのではなかろうか。
随分と目をかけられているな、と思う。ここまで丁寧に育てられるとは、自分のように、いずれ上層部の肝煎り企画に参加させる為なのだろうか。
そこまで考えて、頭を振る。自分には関係のないことであり、知りたがり屋は早死すると。
上のお望み通り、他愛もない会話をしてやろう。……監視されるこちらとしても、殺気をばら撒かない分、ジンよりよほどマシではある。彼が漂わせる血腥さも、育ち故のものであると分かった今なら、さほど気にはならない。
「そうね。楽しみにしてるわ、監視カメラさん」
「その呼ばれ方は嫌だなぁ……せめて覗き魔がいいかな」
「そっちの方が酷いと思うのだけど。……とにかく、これからよろしく」
「よろしくね、志保ちゃん」
「志保でいいわ。多分貴方の方が年上なんだし」
「そう?…………じゃあ、俺もアルでいいよ。アルって呼んで」
「分かったわ、アルマニャック」
「いじわる」
どちらともなく笑みが溢れる。……少なくとも退屈はしなさそうね、と志保は久方振りに穏やかな気持ちになれた。
「……………………別に、監視だからと言ってずっと私の側で立ってなくてもいいわよ」
「そうかな?」
「そうよ。分かったらもっと下がりなさい」
「やだ。暇だから志保の勉強見てる」
前言撤回。早くも前途多難な未来しか見えない。志保は頭を抱えた。
Q.なんかアルマニャック君ガキっぽくない?
A.はい、ガキっぽいです。
理由はおおよそ志保の想像通りです。子供のまま大人にならざるを得なかった訳です。
加えて、彼はこれまでの人生で、怒鳴られたりキレられたりすることはあっても、叱られたことはないのでどう受け止めたらいいか分かりません。おろおろしてます。
そして、志保ちゃんも癇癪起こしている訳ではなく理由を述べて叱っているので、無意識下でオカン味を感じて逆らえなくなっており、その影響でやや退行してます。
なんか1話で終わらなかったので、次回も志保ちゃん回です。早くピンガ出したいんですが……
最後までお読み頂き、ありがとうございました。よろしければ、感想・評価・お気に入り登録の程よろしくお願いいたします。