ピンガ「俺が生き残る為にオリキャラ生やした」 作:ていとくン
ほら、今回ピンガ出た!ピンガ出てる!勝った!
ピンガは激怒した。必ず、かの奸佞邪知の男を除かなければならぬと決意した。
ピンガには道徳が分らぬ。ピンガは、黒の組織の構成員である。情報を奪い、人を殺して暮して来た。
けれども出世に対しては、人一倍に敏感であった。
ピンガには父も、母も無い。女房も無い。ついでに友達もいない。別に寂しくなんてない。年齢不詳の、老獪な上司と二人一組だ。
この上司は、自分を、近々、間諜として送り出す事になっていた。出立も間近かなのである。
『近々、君にはインターポールへの潜入任務に当たって貰います。長期の任務となるので、十分準備を整えておくように』
ピンガは、それゆえ、変装の衣裳やら念願のコードネームやらを貰いに、はるばる組織の施設にやって来たのだ。
先ず、ラム越しに"あの方"からコードネームを頂き、それから施設の内部をぶらぶら歩いた。
『任務に先立って、君は幹部に昇進となります。それに伴い、"あの方"より君へコードネームが与えられました。今日より君は"ピンガ"と名乗りなさい』
「……了解だ、ラム!」
ピンガには先輩があった。キュラソーである。今は同じ上司の元で、側近をしている。
その先輩を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったが、訪ねて行くのは別に楽しみでもない。粗暴な女は嫌いなのだ。
「よォ、キュラソー」
「ん?貴方は……」
「改めて自己紹介するぜ。"ピンガ"だ、よろしくな」
「コードネームを貰ったことはラムから聞いているわ。それで、何の用?」
驚いた様子もなく応対するキュラソーにピンガはつまらなさそうな表情になる。
しばらく情報交換がてら雑談をしたのち、その場を離れようとしたピンガの背中に声がかかった。
「そういえば、去年組織に入った新入りのことは知っているかしら?」
「新入りだぁ?有象無象のことなんかいちいち知るかよ」
嘲りと共に吐き捨てるピンガに対し、あくまでキュラソーは冷静に否定の言葉を返す。
「有象無象ではないわ。幹部として、
その言葉に思わず振り向くピンガ。聞き捨てならない言葉だったからだ。
組織の規模に対してコードネームを貰った幹部の数は非常に少ない。幹部とはそれだけ狭き門なのだ。
そしてそれは即ち、組織内部においてコードネーム持ちであるというだけで一定以上の優秀さを示す指標となる。
ピンガは孤児だ。幼い頃から組織の養育施設におり、厳しい訓練と教育を施された。多くの同級生が伸び悩み、挫折し、下っ端の一員になる中で、ピンガは努力を欠かさず優秀さを示し続けた。
絶え間ない修練、血の滲むような努力の果てに勝ち取ったコードネームはピンガの自尊心を大いに潤した。自分の努力と才能が、力が評価されたことに誇りさえ感じた。
それを、いくら引き抜きとはいえ去年入ったばかりの新入りが手にしたなど、見過ごせる話ではなかった。
「………………だ」
「え?」
「いつだ。いつ、その新入りとやらはコードネームを貰ったんだ」
いつになく鬼気迫る様子のピンガに、キュラソーは思わず一瞬気圧されるものの、ありのままの事実を伝える。ピンガにとっては許し難い事実を。
「すぐよ」
「は?」
「だから、すぐよ。
「……………………」
「組織内ではちょっとした話題になったんだけど、そういえば貴方は別の場所で研修と任務に当たっていたんだったかしら。であれば、知らないのも無理はないわね」
アルマニャック、そう呼ばれているらしい。聞いて、ピンガは激怒した。「呆れた男だ。生かして置けぬ。」
ピンガは単純な男だった。任務に赴いていないなら、休憩所か食堂か、トレーニングルームにいるだろうと、のこのこ歩いていった。
アルマニャックはすぐ見つかった。食堂で呑気にうどんを啜っている。ピンガは声をかけた。
「よォ、優男。テメェが最近入ったアルマニャックとかいう新入りか?」
「ん?確かに俺はアルマニャックだが、お前さんは?」
「俺はピンガ。ラムの側近だ」
ピンガの名前を聞いたアルマニャックは何やら得心の言った顔をしているが、そんなことはどうでもいい。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、その余裕そうな面構えも、落ち着いた声も、ピンガは何もかもが気に入らなかった。
「聞いてるぜぇ、入って早々にコードネームを貰っていい気になってる
アルマニャックは目を丸くしている。それがまたピンガの癪に障る。こちらが殺気すら放って睨みつけているというのに、呑気な顔をしていることが。
そのくせ、さり気なく身体に緩く力を入れ、踵を浮かせて半身で構えて万全の体制を整えていることが。
……その程度の偽装にさえ気づかないと思われているようで、ピンガの眉間に青筋が走る。
「コードネームは幹部の証。組織の規模に比べてそこまで到達出来る人間の数は少ない……ぽっと出の新人には重すぎる二つ名ってもんだ。そうだろう?」
「なんだ、この名前ってそんな大層なもんだったのか。組織に入ってすぐ貰ったから、せいぜい新しい偽名位にしか思ってなかったが……」
は?今こいつは何と言った?
毎日頭が痛くなるまで勉強した。筋肉痛でロクに動かない体にムチを打ってトレーニングを行った。教官に打ちのめされ、痛みで眠れないことなど日常茶飯事だった。
他の有象無象共が呑気に休暇を楽しんでいる時も、俺だけは組手のトレーニングを積んでいた。眠る間も惜しんでプログラムの勉強をした。
誰も褒めちゃくれない。誰も助けちゃくれない。誰も認めちゃくれない。周りの有象無象は成績優秀な俺を妬んで足を引っ張る始末。下らない嫌がらせを仕掛けてきては昏い笑みを浮かべているクズ共を何度殺してやろうと思ったか分からない。
それでも俺は負けなかった。負けてたまるか、下っ端として使い潰される人生なんか送ってたまるか、必ず成り上がってこいつらを見下してやる。その一心で耐え続けてきた。
俺は有象無象とは違う。才ある人間だ。それにあぐらをかくことなく、努力を積み重ねてきた。重ね続けてきた。
10年以上、10年以上もの積み重ねの果てにようやく、俺はコードネームを手にしたんだ。それだけ重いものなんだ、この名前は!!
それを、「すぐ貰った」?「新しい偽名位」だと?
ピンガは激怒した。必ず、この傲慢無知の男を除かなければならぬと決意した。
「……そうかい、そいじゃトレーニングルーム行こうや。スカしたテメェの実力を、拝見させて貰おうじゃねぇか」
怒りが一周を回って冷静になったピンガの言葉に、アルマニャックは手を打つ。
「なるほど、これから背中を預ける仲間同士。実力を確かめておきたいってのは一理あるな。オーケイだ、行こう」
そう言うと、残ったうどんを啜って立ち上がる。食器を片付けがてら向かう方向は当然トレーニングルームだ。
(馬鹿が、誰がテメェに背中なんざ預けるかよ。調子こいた幹部もどきは、訓練中の事故で死ぬ、それが筋書きだ)
自分の前を歩く男の背中を睨みつけながら。ピンガは拳を固く握り締めた。力のあまり、白くなるほどに。
「さて、俺の準備はいいぜ。テメェはどうなんだ?ストレッチどころか着替えもしてねぇようだが……」
「あぁ、要らん。常在戦場が俺のモットーでな。家を一歩出たらそこから全ては戦場だ。戦場でストレッチなんてしている暇はないだろ?だからやらんし、これが普段着で戦闘着だ。いつでも来てくれていい」
あくまで余裕綽々な態度を貫くアルマニャックに、凶悪な笑みを浮かべるピンガ。怒りは最早頂点を超えているが、同時にこの男が地に臥せる様を想像することで平静を装っていた。
だがもう限界だ。腰を落として構えたピンガは全身に力を込める。
「口先だけは上等だな。だが力がついてこなきゃ意味ねぇよなァ!!」
言うが早いか、ピンガは一気に駆け抜け、腰だめに構えた正拳をアルマニャックの水月目掛けて撃ち抜く。駆け引きなど必要ない。初撃で極める。
そのつもりで撃った一撃は、しかし左手であっさりと受け止められた。思わず目を見張るピンガ。
「お、やるな。結構重たい、いいパンチだぜ」
んじゃ次は俺の番、そう言っておもむろに右の拳を握りしめるアルマニャック。瞬間、ピンガの本能が警鐘を鳴らす。
(アレはやばい、食らったら終わりだ)
慌てて拳を引こうとするも、がっしりと掴まれていて、体重をかけようともピクリとも動かない。
(クソが!なんつぅ馬鹿力だよ!)
「舐めんじゃねぇ!」
引けないなら攻めるまで。一瞬で切り替えたピンガは、掴まれた拳を基点に全身を持ち上げる。
力の強さから、蹴りの一発では揺らがないだろうと判断した。だが問題ない。それなら両足をぶち込んでやるまで。体重が一点にかかった右の拳が悲鳴を上げるが、それを無視して腰のバネをきかせ、更に左手でしっかりと地面を押さえ、その勢いでアルマニャックの顎に下からの飛び蹴りを入れようとする。
あまりにも無理な体勢からの蹴りに全身が軋むが、その甲斐あってアルマニャックの不意を突くことには成功したらしい。こちらに飛んでくる筈だった右の拳は蹴りを防ぐのに使われ、拘束が一瞬緩む。その隙を逃さず右手を解放させたピンガは、そのまま両手で地面を握り締め、カポエイラの要領で回し蹴りを放つ。
「ッ、ォ、ラァ!!」
「うおッ!」
蹴りそのものは防がれたものの、その勢いのままブリッジからの回転跳びによって一旦距離を離したピンガ。アルマニャックは驚いた表情で手をぷらぷらしている。
「お前さん、めちゃくちゃ柔らかいな……技のキレも、体のバネもよく効いている。随分な手練れじゃないか」
(冗談みてぇな力と、俺の蹴りでも一切揺らがねぇ
あぁ認めよう。確かに強い。コードネームを貰うだけはある。
(テメェを食らって、俺は更に上に行く……!)
お互い戦力測定を終わらせ、第2ラウンドに入る。再び仕掛けたのは、ピンガ。今度はジャブを高速で放ち、出方を伺う戦い方へとシフトする。
対するアルマニャックは平手で飛んでくるジャブを危なげなく捌きつつ、ピンガの顔面へ貫手を飛ばしてくる。反射で避けたピンガの頬が薄く切り裂かれ、髪が僅かに宙を舞う。
(貫手の切れ味じゃねぇだろ……!?)
拳が、貫手が、高速で飛び交う中で、攻めの手を止めることなくピンガの思考は加速する。
(タフネスの都合上、長期戦はこっちが不利!となりゃ、明確な隙を作って、そこに撃ち込んで一撃で仕留めるしかねぇ!)
問題は、この怪物を相手にどうやって隙を作るか。ジャブと貫手の応酬の中で、ピンガは慎重に観察を行う。攻撃の速度、目線の動き、体の向きに呼吸の頻度まで。
やがて、ピンガは気づく。左手の貫手と息を吸うタイミングが重なった直後、次の技までに瞬きの間硬直時間があることに。大技を決めるには、あまりに短い時間。
となれば、選択肢は只一ツ。
(この隙を押し広げて、刺す!)
一手、いや半手でもいい。そこまで広げられれば、次こそ決められる。ならばやる。
ジャブの速さ・強さ・角度・タイミング、細やかな調整を繰り返すことでアルマニャックの反応を遅らせる。
須臾ほどの隙間が、蟻の歩みではあるものの次第に広がっていく。目に見える成果に逸る心を鉄の理性で抑えつける。
まだだ、まだ早い。今逸ればバレる。こちらの狙いを悟られてはならない。
隙に気づいたことを悟られず、隙を広げようとしていることを悟られず、己の狙いを悟られず。
絶死の一撃が高速で飛び交う打ち合いをしながら狙うにはあまりにも綱渡りな状況を、ピンガは渡りきった。
(ここッ!!)
アルマニャックの貫手を、右の上段回し蹴りで弾く。その勢いで体を回転させ、懐に入り込む。
目を見開くアルマニャックは反応が追いついていない。腰だめに右の拳を構える。狙うは心臓。全身全霊の一撃で、今度こそこの男を斃してみせる!
ピンガにとって、生涯最高の威力とキレを以て放たれた拳は、過たずアルマニャックの心の臓腑へと向かいーーーーー
ーーーーー右手でしっかりと、受け止められた。
間違いなく会心の一撃だった。明確な隙を突かれたアルマニャックの反応は遅れ、防御は間に合わない筈だった。
……先程までの反応速度が、彼の全力であったなら。
そこに思い至った時、今度こそピンガの思考が停止する。
(こいつ、まさか今まで、手加減を……!?)
「お前は強い。認めるよ」
だからこれは、俺の
その一言と共に、身を翻したアルマニャックの背中が迫ってくる。
此れなるは中国拳法が八極拳の技が一。敵の足を払い、背中による体当たりによって敵の防御を打ち崩すもの。
然して、アルマニャックの尋常ならざる膂力で以て放たれることで、あらゆる敵を粉砕する奥義となる。
(鉄山靠……!!)
ダンプが衝突したかのような衝撃音と共に、ピンガが吹き飛んでいく。優に10m以上を滑空し壁に激突した彼の身体は、瞬間重力に逆らい停滞した。
「ガ、ボォ…………!!」
「悪いな、本気で打ったが全力じゃあねェ。俺が全力で打つと死んじまうからな」
お前ほどの男、殺すには余りに惜しい。
綺麗な残心をしてそう呟いたアルマニャックが近づいてきた。倒れ込んだピンガはそれを知覚するものの、指一本動かせないでいる。
(か、ら、だが…………うご、か、ねェ…………や、べぇ……いし、き、も……)
たった一撃。それでピンガは完全に打ちのめされた。技のキレ、力の強さ、全てが隔絶した一撃は、ピンガの体力と気力を根こそぎ吹き飛ばした。
倒れ伏したまま動けないピンガを見て、アルマニャックが呟く。その声色には心なしか驚きの念が乗っていた。
「まだ意識があるのか。……成程。あの手応え、衝突の直前に背後へ跳んでいたな?あの瞬間でその判断を間に合わせるとは、お前、やっぱ強いな」
んじゃ行くか。調子に乗ってちとやり過ぎた。
そんなことを呑気に呟くと、アルマニャックはおもむろにピンガを背負おうとする。
「な、にを……」
「何って、医務室行くんだよ。そんな調子じゃ立てねェだろ?とはいえ今のお前を放っちゃおけない。心配すんな、背負ってやっから」
「ふ、…………な」
「ん?」
「…………けるな」
「なんだ?すまねェがよく聞こえ……」
「ふざ、けるな……!!」
全てが癪に障る。全てが気に入らねぇ。
力を隠してやがったコイツの舐めっぷりが。俺を一撃でぶちのめしたコイツの力が。そのくせ気安く情けをかけやがるコイツの甘さが。
……そんな奴にあっさり負けやがった、己の弱さが。
たった一撃で立てなくなっている。己の情けなさが。
差し出された手を振り払い、ピンガは立ち上がる。涸れた筈の力が、気力が湧き出てくる。
まさか、そんな都合のいいことがある訳がない。度を越えた怒りが気力の代わりとなり、痛みとダメージを紛らせているだけに過ぎない。
現にピンガの体は子鹿の如く震え、すぐにも崩れ落ちそうだ。
だが、立った。常人であれば死んでいてもおかしくない一撃を食らって尚、彼は立ち上がった。震える拳を握り締め、構える。
アルマニャックの目が、今度こそ驚愕に大きく見開く。
「ま、だだ……!俺は、まだ、戦える。テメェで、勝手に、終わらせてんじゃ、ねェ…………!!」
誰が見ても虚勢。放っておけば勝手に倒れそうなまでの弱々しい構えを見て、しかしアルマニャックの顔に嘲りの色はない。
手加減はした。死なないようギリギリのラインではあるものの、確かに全力は込めなかった。
だが同時に、
どうやら自分は、この期に及んで尚、眼前に立つ
ここに至り、遂にアルマニャックは眼前の漢を"全霊を賭して打ち倒すべき強敵"と認めた。
瞬間、全身から溢れ出す戦意。最早物理的な重圧すら感じるオーラに思わず膝を折りそうになるピンガ。崩折れそうになる体を支えて見せたのは、一重に男としての意地のみである。
その様を見て、アルマニャックは静かに問いかける。
「死ぬぞ」
「あァ……?」
「このままやれば、お前は死ぬかもしれねェ。それは、お前自身が分かってる筈だろう。……それでも、やるのか」
この戦いが只の手合わせであったことなど、最早二人の脳内にはない。本気の死合が、ここにはあった。
数瞬続く、沈黙。それを破ったのはピンガだった。
「それが、どうした、クソったれ」
「!」
「一撃入れた位で、粋がってんじゃ、ねェよ。まだ、終わっちゃいねぇ。ごちゃごちゃ、能書き、垂れてねェで、こいよ。かかってこい……!!」
「……………………アハッ♪」
思わず笑いを零すアルマニャック。ピンガの覚悟が、侠気が、嬉しくて仕方なかった。
口角が限界まで吊り上がった笑みを見て、ピンガの背中に戦慄が走る。
「いいね、お前。最高だぜ、
瞬間、腹部に奔る衝撃。音の壁すら越えて放たれた拳によって、今度こそピンガの体が崩れ落ちる。
元気になったら、またやろうぜ。
意識が暗転するその間際、そんな一言が、聞こえた気がした。
「よォ、起きたかい」
「…………ここは……医務室か……」
「おう、ちなみにあれから半日しか経ってねェ。大したタフネスだぜ」
普通ならお陀仏なんだがな、と苦笑しながら林檎を剥いているアルマニャック。
戦闘中に感じた重圧が嘘だったかのように、呑気な様子を見せる彼を見て、しかしピンガはようやく敗北を実感する。
「俺は……負けたのか」
「そうだな」
「……俺は……弱いのか……」
「それは違う。ピンガは強いよ。戦った俺が保障する。俺がもっと強かったってだけだ」
「ハッ……慰めなんて、要らねぇよ。負けたんだから、弱いってことだろうが」
「でも、生きてる。生きてりゃ次がある。負けて悔しいなら、次に勝てばいいだろ」
最後に立ってた奴が勝者だぜ、と笑うアルマニャックを見て、ピンガの心に沸き立つ感情は強い敗北感と虚無感だった。
力だけではない。心の余裕も、あるいは器さえも、自分はこの男に負けたのだと、今のやり取りで痛感させられた。
自分から挑んだ戦いで、なんて様か。あまりの情けなさに、悔しさすら湧いてこない。
普段なら誰にも話さないであろう事を口にしたのは、身も心も極限まで打ちのめされたからだろうか。
「俺は、孤児だった。組織に拾われて、今日まで生きてきた」
アルマニャックは沈黙している。話しかけているというよりは、ピンガ自身が自分の心の整理をしているような気がしたから。
「組織に拾われた孤児は、教育施設に入れられる。いずれ組織の一員として活躍出来るように、普通の授業とは別に、組織にとって必要なことも叩き込まれる。多言語の習得、毒薬や爆弾の製造、人心掌握術、戦闘技術、殺し……何でもだ」
「俺は下っ端なんざで終わるつもりなんかなかった。だが幹部、コードネーム持ちは狭き門だ。功績を上げる為に、上に上げてもらう為に、寝る間も惜しんで努力した。出来ることは全部やった。他の有象無象共が呑気に休暇を楽しんでても、俺だけはトレーニングをしてた」
「成績優秀な俺を妬んで足を引っ張る連中もいた。こんなクズ共に俺は負けねぇ、絶対のし上がってやるって、そうやってここまで来たんだ」
「ついさっき、お前に会いに行くほんの少し前に、ようやくコードネームを貰ったんだ。……だからこそだ。俺が長い間努力を積み重ねてようやく手に入れたものを、容易く掴んだお前の話を聞いて、我慢が出来なかった。俺自身を軽んじられてるような、気がしたんだ」
噛みしめるように呟いたピンガは、そこでようやくアルマニャックの顔を見据える。神妙な顔で黙って聞いているのを見て、ピンガは思わず苦笑する。
「それで勝負を挑んで、無様に負けて、この様。最初から最後まで、俺の独り相撲だったって訳だ」
俺のこれまでって、何だったんだろうな。自嘲を多分に含んだ溜息で締めたピンガに、ようやくアルマニャックが口を開く。
「なんだ、結構似た者同士だったんだな、俺らは」
「…………は?」
コイツは何を訳の分からないことを言っているのだろうか。僅かな苛立ちと共に睨みつけてやるものの、当の本人はどこ吹く風だ。
「似てるよ。だって俺も、同じような
「!……ってことは、お前も……」
「カラシニコフの
「
「そ。俺は生まれつき力が強かったみたいでな、その分他のガキより早く戦場に立たされた。物心ついた時には、既に武器を担いでたよ」
ぽつぽつと己の半生を語るアルマニャック。絶望と達観、寂寥を湛えるその目は、紛れもなく地獄を渡り歩いてきた者のソレだった。
「さっきまで喋ってた仲間が床の染みになっていた。飛んできた破片に串刺しにされる味方を尻目に、ロクな装備もないまま敵陣に突撃させられた。蜂の巣にされた骸と臓物に紛れて戦場を逃げ延びたこともあった。……戦場を離れても安心なんか出来ない。少ない食料を巡って今度は仲間同士で殺し合い。毎日がそんな調子だった」
「……お前はお前で、地獄を見てきたってことか……」
「不幸自慢なんて柄じゃないから、誰かに喋ったことなかったんだけどな」
苦笑を滲ませるアルマニャックに、つられてピンガも苦い笑いが漏れる。己の過去を誰かに話すなど、お互い初めての経験だった。
「それでも何年か生き残ってると、信頼に足る仲間がちらほら出来るようになった。数多の修羅場をそいつらとくぐり抜けてきたよ。…………まァ、結局俺以外みんなくたばっちまったが」
「…………」
「そこからはフリーの殺し屋に転職。数年やってるうちにラムからスカウトされて、今に至るって訳だ。コードネームを貰うまでを積み重ねって言うなら、組織の中で積み重ねてきたピンガと同じように、俺も外で色々と積み重ねてきたってことよ」
それに、と言葉を続ける。
「優秀さで言うなら、俺よりピンガのが上だろうよ」
「はぁ?何を言ってやがる。俺はお前にボロ負けしたろうが」
「俺はどこまで行っても只の殺し屋。戦闘技術以外には何もない。でもピンガは違うだろ?」
そう言って、アルマニャックが一通のメールをピンガに見せる。ラムから送られていたそのメールには、今後は彼をアルマニャックの補佐に付けること、自身の側近であり優秀な人物であるから今後は大いに頼るといいなどと記されていた。
「何だよ、これ……つーか、補佐?」
「えっ、ラムから聞いてるよね?」
「欠片も言われてねぇぞ……」
「……まさか俺に丸投げしやがったのかあんにゃろう……!んん!ともかく、ピンガは機械の扱いもお手の物って聞いてるぜ。電子戦、だったか?は勿論、毒物にも長けてるって聞いた。殺しの術しか磨いてこなかった俺とは、えらい違いじゃないかよ」
「…………」
「ラムから紹介を受けた時、てっきりひょろっちい根っからのオタクみたいな奴が出てくると思ってた。だが蓋を開けたらこれだ。俺と肉弾戦で競り合ってた時なんか、何かの冗談かと思ったぜ」
むしろ、戦いでさえ勝てなきゃ俺の立つ瀬がない。そう言ってカラカラと笑うアルマニャックを、呆然と見つめるピンガ。
「ラム直々に認められるだけの技術を持ちながら、俺と近接で競り合えるやつが、どれほど貴重な存在だか分かるか?拳を交えた俺が言うんだから間違いない。……お前はすげぇ奴だよ、ピンガ」
(あぁ、そうか……)
にしてもラムの野郎、とぶつくさ文句を言うアルマニャックが、どこか遠くに感じる。
ずっと一人で生きてきた。これからも一人で生きていくのだと思ってた。自分を引き立てたラムでさえ、出世の為の材料でしかなかった。
いずれ俺が頂点に立つ、立って全てを見下してやる……そのつもりだったのだ。
アルマニャックの言葉に世辞はない。媚など売る必要さえない。
心のささくれが、これまでの苛立ちが、穏やかに溶けていくのを感じる。
(俺は、誰かに認めてもらいたかったのか)
「フフ、クックックッ……我ながらチョロ過ぎるだろ……」
「んぁ?どうした急に」
ピンガは笑いが止まらなかった。
自分ですら気づかなかった願望が叶った喜びに。長年のしこりが払われたような爽快感に。
こんなことで救われた気になっている、己の単純さに。
「いやァ……
アルマニャックは目を見開いたまま数瞬硬直していたが、やがて柔らかな笑みを浮かべる。
「だからそう言ってるだろ?……
「ッハ、上等だ。足ィ引っ張るんじゃねぇぞ、
差し出された右手に、右手で応える。
組織最凶のタッグが、生まれた瞬間だった。
パチパチパチ
不意に拍手の音が医務室に響く。反射で振り向くと、そこには悪い笑みを浮かべながら手を叩いているキュラソーがいた。
「いやいや驚いたわ。誰に対してもツンケンしていた、"あの"ピンガが、誰かと仲良くしているなんてね」
「…………!?お、ま…………いつ、から……!?」
「貴方がアルマニャックに殴りかかったところからよ」
つまりほぼ最初からである。あまりの衝撃にピンガは限界まで目を見開き、口をパクパクしたまま声も発せていない。さながら俎の上の鯉である。
対してアルマニャックは落ち着いた様子で話しかけている。
「なんだお前さん、ピンガの知り合いか」
「えぇ、私はキュラソー。さしずめピンガの先輩、と言ったところかしら。よろしくね」
「あぁ、ラムが名前を出してたな。優秀な側近だと聞いてるぜ、よろしく。……トレーニングルームからずーっと覗いてる奴がいるから、気になってたんだよな」
「あら、気づいてたの?」
口に手を当てて驚くキュラソー。ピンガも先程と同じ顔のまま、アルマニャックの方へ振り向く。気づいてたんなら言えよ!とその顔には書いてあるが、生憎アルマニャックには伝わっていない。
「そりゃ見られてるんだから気づくだろ。んで、先輩サマがどうして覗き見なんかしてたんだ?」
「(気配も視線も隠してたというのに、とんでもないわね……)ピンガが殺気をバラまきながら貴方の方へ向かっていったから心配だったのよ。ま、杞憂だったみたいだけどね」
「おう、最早俺達は相棒だ。悪いな、優秀な後輩君を奪っちまってよ」
悪い顔でニヤニヤ笑うアルマニャックに対して、キュラソーも悪い笑みで返す。
「気にする必要はないわ。いいものが見られたし」
「いいもの?」
「えぇ。私の知る限り、ピンガは誰に対しても噛み付く猛獣のような男だった。それが貴方と握手を交わしているなんて!私感動しちゃったわ。正に青春の1ページ、ってところね」
「なるほど確かに。男同士、拳と拳のぶつかり合いの果てに、ってやつか。おぉ〜!なんかそう言われるとテンション上がってくるなァ!」
呑気に騒いでいるアルマニャックに、こいつやっぱり殺してやろうかと殺意を抱くピンガ。そこにキュラソーからの追い打ちがかかる。
「良かったわねピンガ。仲間が、いえ、『友達』が出来て」
「て、テメェ等まとめて殺してやる!!」
ピンガは、ひどく赤面した。
ピンガ「ちなみに機械音痴ってどれくらいなんだ?」
アルマニャック「この前は炊飯器使ったのに米が炊けなかった……」
ピンガ「wwwwwwwww」
難産だった……。というわけで、うちのピンガはこういう感じで描いていきます。
劇場版でウォッカがピンガについて「他人を蹴落としてでも成り上がりたいんだろ?」と言及し、キールもピンガのことを「出世したいからラムの側にいる」と言っていることから、どうやらピンガという人物を語る上で、とてつもない上昇志向と他人への冷酷さは必須要素なのかな?と考え、じゃあどうしてそういうキャラになったのか?ってところから妄想を膨らませた結果、なんかこうなりました。
今後ピンガは劇場版のキャラからそこそこ逸脱していくかもしれません。成り上がり思考は原作通り強いままですが、それはそれとして原作より落ち着いた人間になったので、蹴落としてでもという要素は鳴りを潜めるようになります。
ピンガとキュラソーの接点について、感想で言及して頂いたのでここに追記します。
まず、ピンガはインターポール潜入前からラムの側近の一人であることにしました。彼は前任死亡からの繰り上がりとはいえ、右腕に収まるだけの優秀な奴ですから、右腕になる前から数いる側近の一人位のポジションにいてもおかしくはないというか、全くの無から右腕に収まる方が無理筋では?と思い今作ではこうなりました。
次いで、"ピンガ"というコードネームをもらうタイミングですが、これは潜入直前としました。潜入以降はそっちが主軸になると思うので、幹部昇格に至る程の手柄を挙げるチャンスがそもそも少ないのでは?という考えから、原作5年前の潜入直前としました。
最後に、上記の理由から側近の一人に収まっている以上、キュラソーとは当然顔見知りである、と判断しました。
唯一の懸念材料である「キュラソーはいつラムの勧誘を受けて右腕になったのか」についてですが、これは判断材料がなかったので、勝手に原作5年前以前としました。
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