ピンガ「俺が生き残る為にオリキャラ生やした」 作:ていとくン
☆9:ゆきたけ様、厚揚げ様、天生社様
高評価、誠に感謝です。一人一人が励みになってます。いや本当に。
8/24 15:00 日間ランキング78位
二次日間49位
ご愛顧ありがとうございます!ここ数年のハーメルンはオリジナルが結構強いんですねぇ……
さて今回のお話ですが、何ででしょうね、書き切るまでに1年近くかかった気がします。本当に何でだろうね?
原作ですと視点がころころ変わるので、それを小説に落とし込むのが存外難しかったというのもありますが……。
(後書きに色々と理由を書いていますが、ストーリーに絡む内容ではない上にそこそこ長文なので、興味ない方は読み飛ばして下さっても何ら問題ございません)
今回の話を読む際は、これまで私が申し上げてきた注意事項を今一度把握して頂いた上でご覧頂ければと思います。
「私が、私が父さんを殺した!あの時と同じように、今度は父さんを見殺しにした……!!」
「違う!あなたのせいじゃ──」
「
「っ……!」
船室に戻された直美は暫し呆然としていたものの、やがて激しい嗚咽を漏らした。
見かねた灰原が宥めにかかるも、零れる涙が留まることはなく。むしろ直美の発言に思わず言葉を詰まらせた。
(一緒。あの時の私と)
姉の宮野明美。そしてアルマニャック。かつて、己の愚かさによって大切な2人を喪ったと思っていた宮野志保にとって、この発言は劇薬だった。
自分のせいで大切な人が死ぬ。人の心を殺すにあたって、これほど効率的なことは他にない。
今尚2人が存命なのはアルマニャックの尽力ありきだ。それとて結果論に過ぎない。
(彼女は、直美は、私の
自分がこうなっていたかもしれない事実。そして、この先自分もこうなるかもしれない可能性。
ふと気づけば、頬を伝う雫。
「うっ、うぅぅ……!」
狭い船室に、しばし2人の嗚咽が響いていた。
その様子を外から聞いていたキールとアルマニャックは揃って発令所へと向かう。直美を部屋へ連行し、しばらく中の様子を伺っていた為の事だが、両者の間に漂う空気は重たい。
先に音を上げたのはアルマニャックだった。キールがじっと見つめてくることに耐えられず、口を開く。
「…………なァキール、そろそろ勘弁しちゃくれねェか」
「……私は何も言ってないわ」
「目だよ、その目。目は口ほどに物を言う、だったか。日本のことわざは便利だな」
「何のことかしら」
「これはラムの指令だぞ。俺が決めたことじゃあない」
「
キールのどこか責めるような口調に、大きなため息を一つ。
アルマニャックとしては直美・アルジェントの死は絶対条件だ。彼女が生きている限り、宮野志保に安寧はない。
それどころか、宮野明美の生存が露見する可能性すらある。……尤も、こちらの理由は誰にも明かせないが。
(キールにゃ悪いが、もう殺るのは確定だ。問題は、いつ殺るか)
ジンならば既に殺しているだろう。組織に身を置く者ならば、あの男の容赦のなさを誰もが知っている。彼の仕事が、どれだけ確実であるかも。
だが、それでもラムはアルマニャックに任務を託した。彼ならばギリギリまで手を下すのを迷うから、というある種の信頼故だ。
だからこそ、直美を始末するタイミングには気を遣う必要があった。
(やっぱり、脱走しかねェか。志保諸共逃げ出したところを、直美だけ殺る。それならラムの旦那との
しかし、当然ながら両者の脱走に自分が堂々と手を貸す訳にはいかない。捕らえた少女=宮野志保という事実を補強することになってしまうからだが、理由はそれだけではない。
アルマニャックは既に一度、東都水族館の一件でラムに嘘をついている。厳密には事実の隠蔽と歪曲だが、彼にとっては嘘でしかない。
志保の無事を願うのと同じ位には、ラムへの恩義を重んじている彼にとって、これ以上の"裏切り"は容認出来るものではなかった。
(直にジンの奴もやってくる。そうなりゃ終わりだ。デッドラインは着々と迫ってるってのに、俺は何も出来ねェ。……ああクソ、もどかしいな)
自分が出来る手助けなどごく僅かで、それが出来るのも志保自身の手で脱出してもらってから。自分は彼女の決断を祈ることしか出来ない。
そして、このもどかしさすら表に出してはならない。そうすれば拐った少女が宮野志保であることに微かな疑念を抱いているウォッカに確信を抱かせることになってしまう。何の手助けも出来ない身として、せめて彼女の足を引っ張る訳にはいかない。
難しい顔で小さくため息をつくと、キールに脇腹を軽く小突かれた。どうやら先程から何か話しかけていたらしい。全く耳に入っておらず、軽く手を上げて謝る。
「ちょっと、聞いているの?」
「悪い、考え事してた」
「……また眉間に皺が寄ってるわよ」
「……ん、ありがとう。気をつける」
眉間を揉みほぐしつつ、発令所の扉を開けた。ギィ、という音が部屋に響く。部下に指示を出していたウォッカが音に反応して視線を向けると、入ってきた2人に対してニヤリと悪どい笑みを浮かべた。
「よぉ、あの女の様子はどうだ?」
「メソメソ泣いてたぞ」
「子供の方も泣いていたわね。怖がっているんでしょう」
「お〜お〜可哀想に。慰めてやれよ、なぁアルマニャック?」
「女もガキも、お守りは俺の趣味じゃねェよ」
一時はアルマニャックの挙動に一々冷や汗をかいていたウォッカだったが、直にジンが到着することもあり、平素のふてぶてしさが戻ってきている。
彼の悪意に満ちたからかいに、一方のアルマニャックは無表情で肩を竦めるのみ。
その様子を呆れた顔で見ていたキールだったが、やがて踵を返して扉に向かう。
「私は見張りに行ってくるわ。必要ないとは思うけど、一応ね」
「おう、せいぜい慰めてやれよ。俺達につけば、もう苦しむこともなくなるってな」
「嫌よ。脅しは私の仕事じゃないわ」
「けっ、ノリの悪ぃやつだ。……ジンの兄貴は全員で出迎える。それまでには戻って来いよ」
「分かったわ」
「アルマニャック、てめぇは俺と一緒だ。余計なことすんじゃねぇぞ」
「はいはい、隅で本でも読んでるさ」
キールが部屋を後にするのを視線だけで見送り、アルマニャックはドカリと椅子に座った。
そのまま手持ちの小説を開き、パラパラとページをめくる。当然、内容など頭に入ってくる筈もない。
(ピンガが"所有権"を主張している以上、旦那と2人で色々考えてくれちゃいるんだろうが……それでも、組織は志保の居場所にゃなれん。……頼む志保、早く逃げてくれ)
ウォッカが自分に背を向けたことを確認し、アルマニャックはもう一度小さくため息をついた。
辛うじて抑え込んでいる無力感と焦燥を、吐き出すように。
━━━
(潜水艦が、浮上している……?)
涙も枯れ果て、虚脱状態になっていた灰原。側では直美も似たような様子でベッドに倒れ込んでいる。
しかし、潜水艦が浮上を始めたことに気付いたタイミングで、探偵バッジから小さなノイズが聞こえた。
『…………ぃ……』
「……?」
『……こえる……ぃばら……』
「江戸川君!?」
『灰原聞こえるか!?』
「江戸川君、聞こえるわ!」
『いいか灰原よく聞け、その潜水艦は海の中から出入り出来るハズだ!』
コナン曰く、灰原が拐われた際、ウォッカ達は車ごと海に飛び込んだらしい。その後艦橋から乗り込んだ様子はなく、彼らは海中で車から脱出し、そのまま潜水艦に乗り込んだ可能性が極めて高いと。
つまり、その潜水艦はどこかに水中への脱出経路がある筈だと、コナンは言う。
「拉致された時、私は眠らされていたの。どこから潜水艦に乗ったかなんて覚えてないわ!」
『ああクソ、そういえばそうだったな……どうにか探る術はないか?』
「私は囚われの身よ!?無理に決まっているでしょう!?」
『ジンの到着まで時間がねぇ!急がないと手遅れに──』
「待って!静かに!」
その時、灰原の耳元、眼鏡のつるの部分から微かにノイズが聞こえた。コナンの焦った声を慌てて遮り、耳を澄ませる。
『そう言えば、ちょっと気になったんだけど』
『あん?何だ?』
『ジンはどこから乗り込むの?昨日みたいに、魚雷発射管室から?』
(この声はキールと……ウォッカ)
キールの着ていたパーカーのフード部分。そこに仕込んでいた盗聴器から聞こえた内容に思わず眉を上げる。
『兄貴には艦橋から乗ってもらうさ。もう発射管を使うのはゴメンだ。肝が冷えるぜ』
『どうして?黄色のボタンで発射管に入る、後は海水の注入から扉の開閉まで全自動。簡単じゃない』
『バカ野郎、普段は魚雷を発射するところなんだぞ?誰かが間違えてあのレバーを引いたりしてみろ、木っ端微塵だぜ』
『レバー?』
『………………は、はぁっ!?!?』
「ッ〜〜〜〜!?」
ウォッカの心底驚いた大声に、灰原は思わず耳を塞いで顔を顰める。
『──お、お前、ま、まさか、そんなことも知らねぇで乗ってたってのか!?バカ野郎!!そういうことは早く言いやがれ!!』
『そ、そんなに慌てるようなこと?』
『今この船には
(あぁ、結局彼の機械音痴は治らなかったのね)
アルマニャックの機械音痴っぷりは志保もよく知っているし、それなりに困らされた。明美でさえフォローしきれずに苦笑いを浮かべていたのを思い出す。
そんなことも、今では懐かしい思い出だ。志保の目元が思わず緩む。
相当慌てているらしいウォッカのはわわ、という声が耳元から聞こえてくると流石に耐えきれず、口元から小さな笑いがこぼれた。
『行くぞ、ついてこい!それとアルマニャック!てめぇはそこから一歩も動くなよ!何もするな何も触るな!分かったか!!』
『お、おう。分かった』
『お前ら!そのバカ見張ってろ!』
『か、かしこまりました!』
そのまま発射管室に向かったウォッカがキールに向けて使い方を説明しているのを聞きつつ、放置していたコナンに声をかける。
「待たせたわね。脱出の方法は分かったわ」
『そ、そうか。よし、お前も直美さんも絶対助けてやるからな!』
「期待してるわ」
探偵バッジの通信を切り、手を縛っていた縄を解く。側で見ていた直美が驚いているのを横目に足の縄を解こうとした、その時。
再び、耳元でザザとノイズが走る。しかし、先程とはノイズの質が違う。
(これ、まさか、盗聴器を掴まれた!?まずい!急がないと──)
焦りと恐怖が頂点に達した灰原だったが、しかし耳元に聞こえてきた微かな声に、今度こそ頭が真っ白になる。
『聞こえるか?聞こえていると信じて言うぞ。……船室を出たら左、左、右。あとは道なり。俺に出来るのは
『──もう、戻って来るなよ』
直後、バヅ!という音と共に音声が途絶えた。志保の顔が、くしゃりと歪む。
声の主が誰なのか。盗聴器を潰すところまで含めた、彼の最後の気遣いを余すことなく受け止めた志保は暫し顔を伏せる。
ややあって、ふっと上げた顔には覚悟の表情が浮かんでいた。
自身の足を縛る縄を解き、次いで直美の両手両足を縛る縄も解いていく。どうして、と呟いた直美と灰原の視線が交差した。
「──さ、脱出するわよ。直美!」
━━━
カン、カン、カン、カン
潜水艦内に、梯子を降りる甲高い足音が響く。降りてきたジンを出迎えたのは、ウォッカ、キール、アルマニャック。
ジンは一瞬、ちらとアルマニャックに視線を向けた。彼の表情は平素のままで、それを見たジンがほんの微かに眉を顰める。
(……冷静?シェリーの為に組織にすら牙を剥いた、この狂犬が?)
痩せ我慢か、それとも。揺さぶりをかけようとしたところで、ウォッカが口を開く。
「お待ちしてましたぜ、兄貴」
「……あぁ。さぁ、お前がシェリーだというガキの面を、拝ませてもらおうか」
潜水艦へ降下する際に飛沫で僅かに濡れた銀の長髪をたなびかせ、ジンがウォッカを顎でしゃくる。
(まぁ、いい。顔を見れば分かることだ)
僅かな疑念を脇に追いやり、2人の捕虜を捕らえていた船室へ向かう。ウォッカが扉を開けると。
中には誰もいなかった。解かれた縄が2本、簡素なベッドに放り捨てられている。
逃げられた。それを察したウォッカの顔が蒼白になり、ジンの眉間に太い亀裂が刻まれる。
「あっ、アイツらどこに!?」
「──おいウォッカ、これは一体どういうことだ?」
「そっ、それは……そのぅ……」
見るからに狼狽しているウォッカの様子からするに、完全な想定外らしい。
舌打ちを一つ、次いでジンは慌てる様子もなく突っ立っているアルマニャックを睨み、銃を突き付ける。
「まさかとは思うが、お前が逃がした訳じゃねぇだろうな?」
「ちげェよ。俺は何もしてねェ」
「どうだかな……シェリーはてめぇのお気に入りだろう?かつてのように、くだらねぇ情を見せたんじゃねぇのか?」
「あの子供がシェリーと確定した訳じゃねェだろうが。つーかそんなに疑うならウォッカとキールに聞けや。俺ァずっと2人に見張られてたんだしよ」
ジンが視線を向けるとキールが首肯を返し、ウォッカが返答を受け継いだ。
「ウォッカに言われてアルの事を見ていたけど、船室に近づいたのは私達と一緒の時だけ。それ以外はずっと発令所にいさせたわ」
「キールの言う通りですぜ。兄貴に連絡してから、俺かキールでコイツのことは見張っていやした。怪しいのは山々ですが、こいつに脱走を助ける隙はねぇかと……」
「フン、なら──」
「お話中に失礼します!魚雷発射管室で、何者かがダイバー発射の動きをしております!」
ジンが尚も言葉を重ねようとしたタイミングで、船員が駆け込んできた。齎された報せは即ち、攫ってきた2人が脱走を完遂させんとする意味に他ならず。
泡を食った様子で走り出したウォッカを先頭に、全員が急ぎ足で発射管室に駆け込む。
既にダイバー射出の手続きが開始しているらしく、外から開けることが出来ない。ハッチを殴り、開けろ!と怒鳴るウォッカを尻目に、ジンは魚雷発射用のレバーに視線を向けると歩き出す。
「フン、ならば2人ともこの場で始末すればいいだけだ」
悪辣な笑みを浮かべ、そのままレバーを握って下ろそうとしたが、キールが全力で制止する。ジンが強く眉を顰め、その冷たい視線が彼女を射抜く。
「何のつもりだ、キール」
「──ッ、駄目よジン。直美は生かして捕らえる。それが組織の命令よ」
「その組織に仇をなす奴は、誰であれ始末する。その手をどけろ」
「っ、なら、あの子供は?彼女が本当にシェリーだと言うのなら、殺すのは明確な命令違反よ。彼女の生存は"あの方"直々の決定……流石の貴方と言えど、逆らうのは得策じゃないわね」
「キールの言う通りだ。手を離すべきはお前の方だ、ジン」
"あの方"の名前を出され不機嫌さを一層増したジンが、殺気も露わにアルマニャックを睨めつける。
視線を外されたキールですらその背に冷や汗を流しているが、当の本人はどこ吹く風な様子を崩さない。
「言ってなかったが、俺はラムから特命を受けてこの場にいる」
「特命、だと?」
「おい、聞いてねぇぞアルマニャック!どういうことだ!?」
「怒鳴るなよウォッカ。聞かれなかったから言ってない。そんだけだ」
この場でただ一人、特命の内容を知らされていたキールが悲壮な表情を浮かべる中、アルマニャックは愛用のパーカーを脱ぎつつその特命の内容を告げる。
「"老若認証システム"の入手は絶対。しかしどう足掻いても直美・アルジェントが首を縦に振らなかった場合、俺の手で確実に始末をつけろ……ラムが俺に下した命令だ」
「ならここでレバーを引けば済む話だろうが」
「子供がいるだろ。あの子供がシェリーなのかどうか……んなのはどっちでもいい。どちらにせよ殺すつもりはねェし、何より
そう言って黒鍵をすらりと抜いたアルマニャックは、すぐ隣のハッチを開けるとそこへ潜り込む。
ちょうどそのタイミングで船員が一人、スクリュー音を検知したとの報告に入ってきた。アルマニャックはちらと視線を船員に向けると、そのままの姿勢で側にいたキールにパーカーを渡しつつ指示を出す。
「スクリュー音の方は多分デコイ……だと思う。まァ一応追いかけて回収しといてくれ。それと着替えを頼む」
「わ、分かったわ。アル……本当に、
キールの、どこか縋るような視線。アルマニャックが顔をくしゃりと歪ませ、視線を反らした。
「
「そ、んな……
「決断したのは奴だ。彼女は自分の意思で分水嶺を越えた。なら、殺るしかない。……ごめんな」
罪悪感を滲ませた顔でキールに小さく詫びると、アルマニャックはまるで逃げるようにいそいそとボタンを押してハッチを閉めた。
すぐにダイバー射出の準備が開始し、海水が注入される。
「あ、兄貴……どうしやす?」
ウォッカがジンの顔色を伺いつつ恐る恐る聞くと、返ってきたのは特大の舌打ちと冷徹な視線。大柄なウォッカがびくりとその身を小さく縮こませる。
尤も、ジンからすれば遠路はるばる駆けつけてみれば目的は逃亡し、その始末をあのアルマニャックに邪魔されたとあれば、苛立つのも無理はない。
「スクリュー音を追いかけろ。……あのガキの言う通りに動くのは癪だがな」
「へ、へい!おい、進路を変更しろ!大至急だ!!」
「か、かしこまりました!」
「私もアルの着替えを用意したら、そっちに向かうわ」
「フン……早くしろ」
キールを一瞥することもなく、そのままウォッカと船員を連れて発令所に向かうジン。
その背中が曲がり角へと消えたのを確認し、その場に崩れ落ちるキール。
(私が、
彼女達を、助けるつもりだった。助けるつもりで、危ない橋を渡った。アルも分かった上で見逃してくれたと、そう思っていた。
キールの誤算は、ただ一つ。
(アルが助けたいのは、
自分がアルマニャックに甘やかされているという自覚はあった。
だからこそ、どこか甘えていたのだろう。彼の情に。彼の優しさに。
自分が頼めば、最後には不承不承ながらも見逃してくれると、不遜にも思い上がっていた。
アルマニャックという男が抱える、溢れんばかりの情。それが注がれる人間はごく限られた身内のみだと、知っていた筈なのに。
そこまで考えて、キールの口には笑みが浮かんだ。深い、深い自嘲の笑みが。
「フフ、
CIAでは既に"ジャバウォック"討伐作戦が着々と練り上げられている。自分が提供している情報は、その作戦の完成度に大きく貢献している筈だ。
彼を、恩人を裏切っておきながら、その優しさに甘える。それがどれだけ恥知らずな行いなのか、そんなことすら自分は分かっていなかったのだと今更ながらに思い知らされた。
諜報員失格どころの話ではない。自分の愚かさに、最早笑うしかなかった。
「貴方が正しかったわ、アル。私は組織にいるべきではなかった。貴方の側にいる資格なんか、なかった。……フフ、アハハハハハ……」
(死ねば良かったのに。あの時、父さんの代わりに、私が)
しばしの間、魚雷発射管室には枯れた自嘲が響いていた。
━━━
(潜水艦は……行ったわね)
自分達が潜伏していた岩陰から遠ざかる潜水艦を見届け、灰原は隣の直美に合図をした。
直美もすぐに頷き、ゆっくりと浮上を始めようとしたところで、2人の視界に光が差した。
すぐに視線を向けて、それが水中スクーターに乗ったコナンであることが分かり、内心安堵のため息をこぼす。
彼のエスコートにより危なげなく海面に到達してから、それまでの緊張も相まって3人揃って大きく息を吐く。
お互いの無事を確かめ合ったところで、ふと灰原がモーター音に気づいて指を差した。
「……ん?直美!あれ!」
「あれは、漁船?まさか、あれも哀ちゃんが……いえ、コナン君が呼んでくれたの?」
「僕じゃないよ。丑尾さんと博士と蘭姉ちゃんが助けてくれたんだ」
「そう、なの。でも……いえ、コナン君、あなた……何者なの?」
遠くから漁船らしき船が徐々に近づいてくるのを確認した直美。何から何まで手筈通りと言わんばかりの準備の良さに、驚きを隠せずにいる。
「江戸川コナン──」
「──探偵よ!」
台詞を被せられて目を丸くしているコナンと、それに対してどこか得意げな灰原の笑みに、直美は目をぱちくりさせた後に破顔した。
「ふふっ、そっか」
「とにかく、私達は助かったわ。言った通りでしょ?」
「そうね。『子供の言葉や行動で、人生が変わることもある』、その通りだったわ。私が生き残れたのは哀ちゃん達のおかげね」
「まだ油断は出来ないわ。奴らが追ってくるかもしれない。早く漁船に行かないと」
コナンは2人に視線を向けつつ、既に漁船へ向かって泳ぎ始めている。
灰原と、ややあって直美も後に続いてコナンの背を追いかけようとした。
「───え?」
ぞぶり、と何かが刺さる音。直美の視界に、鈍く輝く銀の剣が3本映る。それらは全て、流れる血でぬらぬらと濡れており──
「かふっ……!」
「直美さん!?」
「直美!?」
胸から銀の剣を生やし血を吐く直美を見て、顔を蒼白にする灰原。コナンも緊迫感を露わに急いで直美の方へ泳ごうとして、直後動きを縫い止められた。
「『この艦から生きて出られると思うな』……俺はそう言った筈だ」
ざばり、と現れた一人の男。酸素マスクをしているせいで顔の判別はつかないものの、全身から放たれる濃密な殺気は、彼が黒ずくめの組織の一員であることを否応にも気づかされるものだった。
彼は直美の口元を黒いグローブをはめた手で押さえつけると、刺した剣をぐりんと回した。夥しい量の血が流れて周囲の海水を赤く染め上げ、口元を覆われた直美は悲鳴すら上げられず、指の隙間から血が迸った。
肌や髪を隠しているせいでコナンには正体が分からなかったが、灰原には心当たりがあったのだろう。確信を持って下手人の名前を口にした。
「アル!駄目!やめて!直美は──」
「アルマニャックだと!?てめぇ、直美さんを──」
「すまんな、志保。出来れば志保の前で死体をこさえたくはなかったんだが、そうも言ってられん状況でな」
コナンと灰原の訴えを無視し、アルマニャックは淡々と言葉を重ねていく。
「俺にはシステムをどうこうできねェ。すぐに顔を変えて逃げるんだ。しばらく身を潜められればいい。
「それは、どういう……」
「……話し過ぎたな。悪いがこれ以上は聞かないでくれ。観覧車で一回、ここで一回。これ以上はラムに顔が立たん。それじゃ」
「待てアルマニャック!直美さんを離せ!」
言いたいことだけ伝えて海に潜ろうとしたアルマニャックに対し、コナンが時計型麻酔銃を突き付ける。
しかしコナンの顔に常の余裕はなく、アルマニャックの方も小首を傾げるのみで焦る様子は見られない。
「
「ふざけんな!早く直美さんを離せ!今すぐ病院に行けば、まだ──」
「いいか志保、とにかく早く逃げるんだ。顔を変えて髪も染めろ。宮野志保の痕跡を完全に消すんだ。いいね?」
「待ってアル、お願い、直美を……」
「悪いが話してる余裕はない。それじゃ、今度こそさよならだ」
2人の方へ手を伸ばした直美を引きずり込み、今度こそ海に潜って消えていくアルマニャック。
コナンは慌てて追いかけようとするも、灰原に強く制止される。
「待て!直美さんを離せ!」
「駄目よ江戸川君!」
「離せ灰原!直美さんが──」
「もう、
泣きそうな顔で海面を指差す灰原。釣られてコナンも視線を向け、思わず息を呑む。
直美がいた場所から、コナン達がいる場所まで数メートルは離れている。にも関わらず、既に流れ出た血がコナンのすぐ側に漂っていた。
致死量を越えた流血。既に直美は
流石のコナンも、アルマニャックをこれ以上追いかけることは出来なかった。
「うぅ、うぅぅ……!」
「くっ、クソぉぉぉぉぉお!!」
すすり泣く灰原と、海面を強く叩くコナン。
波に流された直美の血が、2人の周囲を漂っていた。
はい、これが理由です。この結末をどうにかして変えられないだろうかと、ずっと頭を捻っていました。
でも、これまで描いてきたアルマニャックのキャラクターを考えれば考えるほど、この場で直美を見逃す理由が思いつけなかったんですよね。そして、直美を逃がせる展開も。
老若認証システムが抱える脆弱性については前回後書きにて記しましたが、システムと直美は基本的に運命共同体です。その上で、
・ベルモット、"あの方"→システムは禁忌であり確実に破壊し再起不能にする必要がある(しかし他の組織メンバーにそのことを知られたくない?)
・アルマニャック→システムが存続する限り志保に安寧はないので可能な限り破壊したい(しかし他の組織メンバーにそのことを知られたくない)
・組織(特にラム)→システムは可能な限り入手、叶わなければ(渋々)破壊。放置の選択肢はなし
以上のことから、直美の死はどうしても避けられないものでした。
「えっ、でも原作じゃ直美は野放しだったやんけ!」ってなりますよね。これはベルモットの工作により"とんだクソシステム"認定が下ったことに加えて、組織内部で意思疎通に齟齬があったことに原因があると思われます。
"あの方"とベルモットにとって、恐らくシステムは是が非でも破壊したいもの。アルマニャックも理由は違えど意識は同じです。
しかし上記()内の理由から、現場で動く他のメンバーには十分な情報提供がされていませんでした。恐らくジン達は"パシフィック・ブイを破壊しろ"としか命じられてないのでしょう。彼からするとあの処置で任務は完了している訳ですね。
そして本作オリジナル要素として、ラムにとっても"手に入らないのなら確実に破壊したい"ものになりました。
また時系列を辿ってみると、
直美、志保逃亡→追跡失敗→クソシステム認定→パシフィック・ブイ襲撃
となっており、老若認証がポンコツだったことが判明した為、直美の生死はどうでもいいものになりました。
じゃあ監視カメラの映像共有だけぶっ壊せればいいね!ってことで襲撃したのではないかと。映像共有に関しては直美パパの尽力あって実現したとのことでしたので、彼を排除出来た(と思っている)以上パシフィック・ブイさえ破壊すれば組織としてはしばらく安寧を得られると考えたのでしょう。
しかし本作ではアルマニャックがいる以上、追跡を失敗させる理由がどうしても思いつきませんでした。
今回の章を書く上で、黒鉄の魚影は何度も観直しました。今話冒頭のシーンなんて何度観ても涙を抑えられない名シーンで、この場面を観る度に「えっ、この子殺さなきゃ駄目なの……?明美さんもキュラソーも生かしたのに?」って思い、どうにか頭を捻っていたのですが、納得行く話が作れず泣く泣く断念しました。直美ファンの方本当にすみません。
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