ピンガ「俺が生き残る為にオリキャラ生やした」   作:ていとくン

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☆9:ROM座衛門様、スマリ様、神天宮様

高評価ありがとうございます!
前回の投稿でガコンと評価下がって、まぁでも流石に今回ばかりは仕方ねぇか……とも思っていたので尚のこと励みになりました。
感想もいつもより多く頂いて、ありがたい限りです。応援にお応え出来るよう頑張ります。


さて、今回は結構長くなっちゃいました。なのにあんまりお話進まないっすね。サーセン。とはいえあと2話で終わります。
組織の動きにフォーカスしていくので、コナン映画屈指の名シーンである海中での場面とか普通に全カットです。
僕の文章で読むより劇場版見た方が億倍いいですからね、しかたないね。



御輿を上げる

 

 

 

 

 

 

太平洋上 潜水艦内部

 

 

 

"仕事"を終えて帰還したアルマニャック。魚雷発射管から出てきた彼を出迎えたのは、着替えを用意していたキールだった。

沈痛な様子のキールを見て途端にアルマニャックの表情が歪む。

 

 

「…………これ、置いとくわね」

「あ~……ありがとう、助かる」

「スクリュー音だけど、無人の水中スクーターだったわ。貴方の言う通りダミーだったわね。一応回収したけど、どうするの?」

「……充電しといてほしい。また海に出ることがあれば使えるかもしれないし」

「分かったわ。……じゃあ、私は発令所にいるから」

「……分かった。俺もすぐ向かう」

 

 

立ち去るキールの煤けた背中を見送るアルマニャック。その顔は苦々しく、しばらくバリバリと頭をかいていたが、やがて大きなため息をこぼしてからシャワー室へ向かう。

身繕いを済ませて発令所に向かっていたアルマニャックだったが、扉を開けたところで響いたジンの怒声に思わず目をぱちくりとさせる。

 

 

 

 

「何が老若認証だ!とんだクソシステムじゃねぇか!!」

 

 

 

 

そっと部屋の中を覗き見たアルマニャックは、そこで一際不機嫌な様子のジンを目にした。

一方のジンも視線を感じたのか扉の方へ顔を向け、そこで彼を見ると露骨な舌打ちをする。

 

 

「……どしたの?お前がそんなに声を荒げるなんて、滅多にないぞ」

「女とガキはどうした」

 

 

(わお、こりゃ相当お冠で)

 

問いかけを完全に無視したジンは、苛立ちを隠さずに任務の詳細を問い詰める。アルマニャックはため息をこぼして肩を竦めた。

 

 

「女は殺した。そのタイミングで漁船っぽい船が迎えに来ていたんでな。誰が乗ってるか分からん以上、追撃は不利と判断して撤退した」

「フン、どうだかな……まさかとは思うが、てめぇもこの顛末を知っていやがった訳じゃねぇだろうな?」

 

 

そう言ってジンが突き付けた端末の画面を見て、アルマニャックも目を見開く。

そこには、複数名のシェリーがいた。……否、厳密に言えばシェリーによく似た人物だ。画面に写る女性達はいずれも大人だった為に判別は容易だったが、それでも一瞬見間違う程にはシェリーと酷似した容姿をしていた。

 

 

「シェリー!?……いや、よく似てはいるが違う?……つーか待て、一番端なんておばあちゃんじゃねェか。これ何なの?」

「先程ベルモットから送られてきた画像だ。要するに、老若認証なんてのはとんだクソシステムだったってことだ」

「いやそれだけじゃ分かんねぇって」

「フン、その様子じゃてめぇも知らされてなかったか。文明から見放された白痴にゃ大して期待もしてなかったがな」

「めっちゃ悪口言うじゃん、えらく機嫌悪いな。女の子の日か?」

「黙れ」

 

 

憤懣やる方ない様子のジンは持っていた端末をウォッカに放り投げると、肩を怒らせてその場を後にした。

その背中を見届けて、アルマニャックも自分の個室へ向かう。直美抹殺の報告もそうだが、流石に今回の案件はラムに一度詳細を伺う必要があるからだ。

ソファに深くもたれかかり、電話をかける。程なくしてラムに繋がった。

 

 

「こちらアルマニャック。ラムの姐さん、今いいか?」

『構いませんよ。老若認証システムについてですね?』

「それも聞きたいし、直美・アルジェントについての報告もだな」

『聞きましょう』

「直美が拉致していた子供を連れて脱走したから、追跡して始末した。ただ、直後に漁船らしき船が追いかけてきてる事に気付いてな。子供の追跡は断念した」

『成る程。脱走についてはキールからも報告を受けています。……ですが一つだけ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

()()()。子供を手に掛けるのは俺の流儀じゃないってのは姐さんも知ってる筈だ。それに、ここで放置したところで老若なんちゃらを使えばいつでも探せるんだろう?なら、俺があの場でリスクを負う必要はないと判断した」

 

 

電話越しに緊迫感がその場を満たす。平静を装うアルマニャックの背を、冷や汗が一筋つたった。

時間にして、十秒ほど。数時間にも感じられた沈黙を、ラムのため息が破った。

 

 

『……いいでしょう。貴方はその場で考えられる最善を為した。そういうことにしておきます』

「……そうかい」

『事実、老若認証システムのことを考えれば悪くはない手ではありましたから。結果論の話ですが』

「そう、そのシステムについて聞きたいんだよね。ジンの奴は写真を突き付けるだけで説明しちゃくれんかった。どういうことなの?」

『簡単に言えば、老若認証システムは本人でなくとも似た容姿の人物を手当たり次第にヒットさせてしまう、検索システムとしては欠陥品もいいところだったのです』

 

 

予想の斜め下な回答に思わずアルマニャックが半眼になる。電話の向こうではラムも失望のため息を隠せずにいた。

 

 

「え〜何それ……そんなことあるゥ?」

『それは此方の台詞ですよ。幹部を何人も動員したというのに、とんだ無駄足です』

「ピンガが聞いたらブチギレるだろうな。……あァ、だから子供については不問ってことか」

『その通り。素性の知れない子供如きに構っている暇はありません。直美の始末も、これ以上システムが進化しないと考えれば悪くない手です。それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「確かにな。……それで、今後はどうするんだ?」

『"あの方"の想定通り、()()()()()を図ることになりました。老若認証がなくともパシフィック・ブイは脅威ですから』

「お〜お〜派手な花火が上がりそうだな。ピンガには?」

『当然伝えてあります。彼をピックアップしたら任務は完了、撤収です。それではよろしく頼みますよ』

「オーライ」

 

 

電話を切ったアルマニャックは、しかしその場に留まり思考を巡らせる。

 

(老若なんちゃらがポンコツってのは、俺にとっちゃ都合のいい話だが……あり得るのか?そんな話が)

 

ピンガのパシフィック・ブイ潜入はそのシステムを手に入れる為だった筈だ。当然、そのシステムについても入念な下調べが行われている。

ピンガの優秀さはよく知っている。5年を潜入に費やしたあの男が、そんな欠陥を見過ごすことなどあり得るのだろうか。

 

(だが、姐さんがそんな事に気付かない筈がない。……俺の考え過ぎか?)

 

機械について全くの門外漢である自分が抱く懸念。対して組織随一の専門家であるピンガと、彼を右腕にしているラムの判断。どちらが正しいかなど、問うまでもない。

加えて、システムが不良品であるという事実は、志保を逃がしたい自分にとって実に都合がいい。

ピンガは怒るだろうが、と苦笑いがこぼれる。

 

 

「帰ったら酒でも奢ってやるか」

 

 

ソファから立ち上がり、ジンの気配を探る。彼は常日頃から気配を消している為探り当てるのは容易ではないが、まだ怒りが収まらないのか殺気が漏れており、すぐに発見出来た。

 

(外?あいつ何してんだ?)

 

訝しみつつ梯子を登って艦橋に降り立つと、ジンは煙草をふかしていた。アルマニャックの顔に呆れが浮かぶ。

 

 

「お前どんだけ煙草好きなんだよ……」

「失せろ」

「まさかとは思うが、お前の煙草休憩の為に浮上させた訳じゃねェよな……?」

 

 

言葉はなく、銃弾で返答をしたジン。脳天を狙う一撃を容易く避けたアルマニャックに、ジンの眉根が更に寄せられる。

 

 

「話を聞け。俺が何の用事もなくお前に会いに来ると思うかよ」

「なら早く言え。てめぇの面を見せられる俺の身にもなってみろ」

「本当に失礼な奴だな。……ラムの姐さんから任務だ。当初の予定通り最終的解決を図れ、だとよ」

 

 

先程まで不機嫌と怒りと殺意を塗りたくったような顔をしていたジンだったが、その話を聞くと眉の皺が解け、代わりに凶悪な笑みを浮かべる。

 

 

「分かった。……お望み通り沈めてやるよ。クソシステム諸共、黒鉄色の海底にな……!」

 

 

 

 

━━━

 

 

 

 

漁船に乗り、無事パシフィック・ブイに戻ったコナンと灰原。しかし、その表情は暗く沈んでいた。

直美を助けられなかった事に加え、老若認証システムによって灰原哀=シェリーということが"組織"に気づかれてしまったこともあり、特に灰原の顔色は悪い。

 

 

「ピンガだ。奴の正体を暴いて、取引を持ちかけねぇと……」

「もう、いいわよ」

「……何言ってんだ?」

「私が生きている限り、私の事情に巻き込まれて誰かが死ぬ。直美みたいに。……私はもう、そんなの嫌」

「それは……。灰原、おめぇの気持ちも分かる。だけど──」

「貴方に分かる訳ないじゃない!!」

 

 

灰原はほとんど絶叫していた。そのまま衝動的に立ち上がると、コナンを睨みつける。

しかしその顔は睨みつけるというより、今もこぼれ落ちる涙を必死に押し留めようとしているようで。平時の冷静さが欠片も感じられない彼女の様子に、コナンも思わず言葉を失う。

 

 

「喪ったことのない貴方には分からないわよ!自分のせいで、誰かを巻き込んで傷つけ死なせることの辛さなんて……!」

「灰原、お前……」

「それに、貴方は私がどれだけ警告しても、話を聞かずに"組織"へ突っ込んでいくじゃない。貴方は平気なんでしょ!?毛利探偵事務所の2人を巻き込んで、その結果何が起ころうともね!!」

「ッ!おめぇ、言っていいことと悪いことがあんだろ!!」

 

 

冗談で済まされない発言に、さしものコナンも怒りを露わに立ち上がり、灰原の胸ぐらを掴むが、灰原は尚も悲壮な表情を崩さずにキッとコナンを睨みつける。

 

 

「なら、想像してみなさい。あの2人が、貴方が"組織"と戦うせいで死んでしまう未来を。……それが私の置かれた状況よ。そして事実、一度はそうなった。お姉ちゃんも、それにアルも、生きていてくれたのはただの偶然。そんな幸運が二度も起きてくれるなんて、私はそんな夢見る小娘にはなれない」

 

 

その光景を想像してしまい、コナンが思わず灰原を掴んでいた手を放す。

分かっている、そのつもりだった。自分がどれだけ危ない橋を渡っているのか。自分の存在が露見してしまった際、誰に危険が及ぶのかを、コナンは正しく理解しているつもりだった。──直美が目の前で殺されるまでは。灰原の涙を、見るまでは。

言葉に詰まるコナンに見向きもせず、灰原はその場にぺたりと座り込む。俯く彼女の表情はコナンには見えず、床には雫が落ちていた。

 

 

「私は、もうこれ以上誰かを犠牲にしてまで生きられない。生きたくない。それなら、いっそ──」

「"組織"に捕まるか、死ぬってか?それなら、()()()()()()()()()()()?」

 

 

姉の名前を出された灰原が、ばっと顔を上げる。

宮野明美の生存について、コナンも灰原から話は聞かされていた。あの時灰原が浮かべた、何の屈託もない笑顔をコナンはよく覚えている。

だからこそ、だ。姉との再会を待たずに灰原が死ぬ未来など、コナンが容認出来る筈もなかった。

 

 

「何よりも大事な家族が、死んだと思っていた実の姉が生きてたんだろ?なのに明美さんに会うのを諦めて、オメーはそれでいいのかよ」

「それは、でも……!」

「明美さんも……認めたくはねぇけど、アルマニャックだってお前に生きていてほしいから危ない橋を渡ったんだろ?そこまでして助けられたお前が生きることを諦めちまったら、それこそ2人の頑張りが無駄になるんじゃねぇのか?」

 

 

灰原の顔に、僅かだが迷いの色が浮かんだ。想定より効果が薄いことにコナンは内心眉を顰める。

"組織"の打倒を達成出来ない限り、江戸川コナンが工藤新一として表を歩ける機会は永劫訪れない。それは宮野志保にも、宮野明美にも言えることだ。

悲願成就の為に必要な情報を、灰原哀は持っている。その秘密を是が非でも話して貰わねばならないコナンは高速で思考を回し、慎重に言葉を選ぶ。

 

 

「それに、アルマニャックを止められるのはお前だけだ」

「止める……?」

「明美さんのことと言い、さっきのあいつの態度といい、アルマニャックがお前を大事に思ってる事は俺にも分かる。だからこそだ。灰原、お前の言葉ならアルマニャックに届く。お前だけがあいつを表の世界に引っ張り出せるんだ」

「私が、彼を……」

「かつて"組織"にいたお前なら分かるだろ。あの場に身を置き続ける事は、アルマニャックにとって本当に幸せなことなのか?……もう二度とアイツと会えないままで、本当にいいのか?」

 

 

目を見開いた灰原。効果覿面な様子に、しかしコナンの心がズキリと痛んだ。

それなりに濃い付き合いをしてきたからこそ、宮野志保という人間が、普段見せる捻くれた様子の裏に強く深い優しさを持つことを知っている。

その情を利用した追い詰め方だ。証拠を提示し動機を暴き犯人を追い詰めるが如きやり口を、今のコナンは仲間である彼女にぶつけている。

そんな己の狡猾さに、そうしなければならないほど自分達が追い詰められていることに、コナンは内心盛大に舌打ちをした。

 

 

「……でも、私は素性が割れてしまったわ。もうここにもいられない。お姉ちゃんにだって──」

「だからピンガだ。ピンガを見つけて、どうにか交渉を持ちかける。だから教えて欲しいんだ。灰原がピンガについて知っていることをな」

 

 

コナンの真っ直ぐな瞳に見つめられ、思わず視線を逸らす灰原。

 

宮野志保は、アルマニャックに3度救われている。"組織"に命を狙われた際に一度、東都水族館で一度、そして宮野明美の件で一度。

志保にとって、アルマニャックは家族だ。姉に次いで大事な人物だ。心の奥底の、一番柔らかい場所にいる人物だ。そして、決して足を向けて寝られない程の恩人でもある。

しかし、大事な家族だからこそ、恩人だからこそ"組織"から足を洗ってほしいという気持ちを、光の当たる世界で穏やかに生きてほしいという気持ちを、志保はずっと胸に懐き続けてきた。

ここでピンガについて話すことは、即ちアルマニャックにとって不利に繋がる。彼の相棒を売り渡すのだ、この上ない裏切りと言っていいだろう。

シェリーは、宮野志保は、ピンガが嫌いだ。自分を最後まで守ってくれたアルマニャックを、血の海に沈めた男だから。

そのきっかけを作った自分がどの面下げて、という思いはある。とはいえこれは理屈ではないのだ。自分の大切な人を傷つけた、だから嫌い。それだけだ。

 

(でも、それはそれ。だからと言って彼の情報を売っていい理由にはならない。……アルにとって、彼は相棒なのだから)

 

アルマニャックにとって大切な人なのであれば、少なくとも自分が足を引っ張る訳にはいかない。志保はそう思っている。

しかし、ピンガを伝って"組織"の情報を入手することは、そこから"組織"を打ち倒すことは、彼を闇の底から引きずり出せる唯一の手段でもある。あまりにか細く、されど彼の元に垂らされた一筋の蜘蛛の糸だ。

ピンガはアルマニャックにとって一等大事な仲間で、しかし彼の身柄を押さえることは対"組織"戦において極めて強力な攻めの一手になる。

恩義と願い。志保の中では両者は限りなく拮抗している。心内で荒れ狂う葛藤を制御出来ず、それでもどうにか言葉を絞り出した。

 

 

「…………司法取引が、彼に適用出来ると思う?あれだけの屍を積み上げてきた、彼に」

「……難しいだろうな。だけど絶対じゃない。それに、キャメルさんみたいなやり方だってある」

「表向き、死んだことにするって訳ね」

「……俺としては認められねぇけどな。アルマニャックは法の裁きを受けるべきだって、今も思ってる」

「この国が……いえ、日本だけじゃないわね。彼に死刑以外の判決を下す国がこの世にあるとは思えないわ。そんなの──」

「それでも、"組織"にいるよりかは可能性がある。アイツの未来を望むなら、選ぶべき道は一つしかないと思うぜ」

 

 

分かっている。全部分かっているのだ。

アルマニャックが、"組織"で出会った友人達をどれだけ大切にしているかを。彼らとの出会いをくれた"組織"に強い義理を感じ、重んじているかを。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

地獄にいた彼を拾い上げたのは間違いなく"組織"だ。しかしその"組織"にいる限り、彼はいつか惨たらしく死ぬ。裏社会に身を置きながら真っ当に死ねる筈がない。

"組織"を滅ぼし、彼の拠り所を破壊してでもアルマニャックだけは救い出すか。戦友と共に"組織"に殉じさせるか。

アルマニャックの命を守るか心を守るか、宮野志保は究極の二択を迫られているのだ。

その決断の重さに心が潰されそうになったその時、志保の脳裏にふとある言葉が浮かんだ。

 

 

 

 

─表も裏も、善も悪も拘らず自分にしか縛られない。それが本物の悪党ってやつなのさ─

 

─私はどんな色にでもなれるキュラソー!私は、私が望む生き方を手に入れるわ。必ず!─

 

 

 

 

(アル……キュラソー……)

 

アルマニャックには勿論のこと、今やキュラソーに対しても、志保は悪党というイメージを持っていない。

だがそれは志保個人の印象でしかない。世間から見れば、あの2人は紛れもない大悪党だろう。

 

(そして、それは私も同じ)

 

科学者として"組織"に貢献した。自身が開発に力を貸した例の薬で、どれ程の命が奪われたことか。

従わなければ命はなかった、などと言い訳をするつもりはない。選んだのは自分だ。己の手を血で汚していない分、むしろあの2人よりもよほど罪深い。

しかし何故、今あの2人の顔が浮かんだのか。少し考えて、思わず苦笑する。

()()()()()。今自分が置かれている状況が。かつてあの2人が置かれていた状況と。……そして、自分が取るべき選択も。

 

"組織"への忠誠、ラムへの恩義、宮野姉妹(私とお姉ちゃん)の命。それらを天秤にかけることを強いられたアルマニャックも。

"組織"を敵に回してでも、これまで築き上げてきた全てを擲ってでも手にしたい輝きを知ってしまったキュラソーも。

 

(あの2人は、欲しいモノを諦めたりしなかった。どこまでも強欲に、全てを手に入れようとしていた)

 

アルマニャックもキュラソーも、そしてシェリーも、同じ悪党だ。しかし前者と後者で決定的に違うことがある。

覚悟だ。欲しいモノを妥協しない覚悟。最期まで戦い続ける覚悟。

 

(そう、覚悟。私には覚悟が足りなかった。……直美も、そのせいで……)

 

直美の件もそうだ。アルマニャックが死の宣告を下す前に、その手を掴めばよかったのだ。あの時彼を止められるのは、世界で宮野志保ただ一人だった。その自分が一歩踏み出すことを躊躇ってしまったせいで、彼女は昏い海底に沈んでしまった。

 

(直美を殺したのはアルじゃない。私の甘さが、彼を止める勇気を出せなかった私の軟弱さが、彼女を死なせた)

 

今ようやく、宮野志保は直美・アルジェントの死を正面から受け止めた。

ならば、どうする。彼女の死を無意味にしない為には。彼女の死を踏まえて、どうすべきか。

 

(なんて、分かりきったことよね。──闘う。今度こそ、逃げずに)

 

今もあの2人は戦い続けている。欲しいモノを手に入れる為に。手に入れた大切なモノを、今度こそ手放さない為に。

それに比べて自分はどうだ。今まで一体何をしていたのか。世を儚み境遇を恨み、誰かの影に隠れ続けて。

 

(もう隠れるのも、逃げるのも終わり)

 

次は自分が闘う番だ。かつての恩人を、今度は自分が助ける為に。望んだ未来を手にする為に。

そうだ、闘うのだ。自分とあの2人が同じだと言うのなら。アルマニャックの隣に、恥じる事なく立ちたいのなら。"欲しいモノを絶対に諦めない"ことが、悪党の条件だと言うのなら。

 

 

 

「ふふ、ふふふふふ……」

「?」

「そうよ、そうよね。逃げてばかりじゃ勝てない。吉田さんに言われたことじゃない」

「灰原?」

「そろそろ覚悟を決めなくちゃ。もうこれ以上失わない為に、今度こそ、大切なものを取り戻す為に」

「お、おい……?」

「私も立派な悪党。なら、貴方が言う通り、悪党らしく生きてやるわ。欲しいものを妥協なんてしない、全部この手に収めて見せる。貴方が私を力尽くで救ってくれたように、私も貴方を救ってみせるわ。恩も柵も全部踏み越えて、力尽くでね」

「お~い、灰原さ〜ん?」

「……いいわ、私が知っている限りの情報を話してあげる。彼を、"組織"から引きずり出す為に」

 

 

先程まで不安と罪悪感をありありと滲ませていた灰原の目の奥で、今や大炎が揺らめいていることに思わず眉を上げたコナン。

とはいえその変化はコナンにとって都合がいい。彼女から引き出せる"組織"の情報は今のコナンにとって値千金だ。

しかし、そう都合よくはいかなかった。

 

 

「ただし、条件があるわ」

「んだよ」

「コルン、キャンティ、ピンガ、そして……ラム。バーボンとキールは……諜報員なんだったかしら?なら放っておいてもいいわね。ともかくこの4人を殺すことは許さないわ」

「……幹部の中でもアルマニャックに近い連中か。いいぜ、つーか端からこっちは殺す気なんかねぇっつうの」

「そう?なら良かったわ。警察や公安との交渉は任せるわよ。"殺す気なんかない"のでしょう?勿論、アルマニャックも含めてね」

「あん?………………な、はぁっ!?」

 

 

司法取引が適用出来るとは思えないというのは、何もアルマニャックに限ったことではない。"組織"において幹部にまで登り詰めるほどの()()を積み上げた者を、警察が、国家が、見逃す筈がない。これを機に残らず一掃する筈だ。

"殺すことは許さない"。すなわち灰原の要求は、彼らの司法取引を無理にでも引きずり出せという意味に他ならず。

日本だけではない。世界中の警察や諜報機関が総力を挙げて討伐しようとしているところに介入しろと言うのだ。到底無茶な話であり、何よりコナンのポリシーとしても彼らが罪を償うことなく事実上放免になるというのは認められることではない。

思わず反駁しようとしたコナンは、しかし灰原が放つ言葉によって完全に縫い留められた。

 

 

「無理だと言うのなら、()()"()()"()()()()()()。……私が知る限り現状唯一のAPTX4869成功例、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。流石にそこまですれば、お咎め無しとまではいかずとも生存位は出来るでしょ」

「なッ──」

「"組織"はきっと血眼になって貴方を探し出し、捕らえるでしょうね」

「おめぇ……!!いや、そんなことすりゃ俺だけじゃねぇ、お前だって──」

「えぇそうね。私はもう二度と"組織"から逃げられないでしょうね。……だから何?」

 

 

思わずコナンは言葉を失った。吸った息を吐くことすら忘れ、目を極限まで見開いて灰原を見つめることしか出来ない。

 

灰原哀は()()()()()。どこまでも、強気に。

 

 

「勿論、私だって"組織"は嫌い。再び囚われの身になるなんて御免よ。でも、そうしなければアルを救えないというのなら、私はやる」

「お、前……」

「今の私が、お姉ちゃんが息をしていられるのは、あの時アルが命懸けで私達の命を繋いでくれたから。……それなら、私だってやれる。家族に生きていて欲しいのは、家族の為なら命だって賭けられるのは、彼だけじゃないってことを、あのお馬鹿に叩きつけてやるんだから」

 

 

(家族を大事に思う気持ちも、傷ついて欲しくない気持ちも、貴方だけのものじゃないわ)

 

そう、家族だ。宮野志保にとって、アルマニャックは家族なのだ。彼に対する想いの正体に、今ようやく気づいた。

ここまで追い詰められなければ気づけなかった己の愚鈍さに失笑がこぼれる。

それでも、気づけた。なら、離さない。今度こそ。

 

 

「……つーか、おめぇが"組織"に投降したら、それこそアルマニャックは救えないんじゃねぇのかよ」

「そうかもね。でも貴方は、私が全て分かった上でさっきの発言をしたということを無視出来ないでしょ?あり得ないと思っていても、万一を考えれば私の意思を無碍に出来ない」

「!」

「そう、全部分かった上での発言よ。だから貴方の中でたった今、私は"何をしでかすか分からない爆弾"に変わった、違うかしら?」

「……マジで可愛げのねぇヤツ」

「褒め言葉として受け取っておくわ」

 

 

げっそり疲れ果てた顔を浮かべるコナンをどこか得意げに見やる灰原。

 

当然、"組織"へ身売りするつもりなど灰原にはなく、コナン1人が動いたところでアルマニャックの司法取引が引き出せるとも思ってはいない。

灰原の目的は"組織"の壊滅だ。加えて言えば、その際戦争があってはならない。ひとたび戦端が開かれれば、アルマニャックは、彼の戦友達は、間違いなく最前線に出張ってくる。それでは彼らを生かすことは難しい。

大事なのは速度だ。抗争に発展するまでもない程の、急速な壊滅こそが望ましい。

その為にはコナンの助力が必須だ。何故かFBIと公安と、ついでに警察にも伝手を持っている、この名探偵の力が。

 

(必要なピースは2つ。"あの方"とラム)

 

"組織"の総帥と、次席にして実質的指導者たる両者の捕縛。それによる指揮系統の混乱とそれに乗じた各国諜報機関による構成員の一斉逮捕。そこまで事を運ぶことが出来れば、そのどさくさにまぎれてアルマニャックが"行方不明"になることも叶うだろう。

その為にはどこかでアルマニャックに接触する必要があるが、どのみち"あの方"とラムの捕縛を達成するには情報が必須であり、ピンガはそれら全ての情報を持っている可能性が高い。

そう、司法取引が必要なのはピンガとラムだけだ。そして両者共に情報源としての価値が高い以上、一度捕まえてしまいさえすれば司法取引まで漕ぎ着けることはそう難しくないだろう。コナンの口添えもあれば確度はより高まる筈だ。

そしてアルマニャックとコルン、キャンティに関しては"行方不明"の方が望ましい。

 

(まずはピンガの確保。そこからラムの身柄まで繋げれば、後はアルならどうにか出来る筈!)

 

 

 

(──みたいなこと考えてんだろうな)

 

そして、コナンは灰原が想定している計画を概ね看破していた。

アルマニャックの司法取引を引き出すことなど到底不可能であり、それを灰原が理解していないとは思えない。

 

(つまり、司法取引から俺の情報を売ることまで、全てはブラフ)

 

とはいえ、あれだけ"組織"との戦いに二の足を踏んでいた灰原が覚悟を決めたという事実は、決して軽く見るべきではない。追い詰められた彼女が"宣言通り"に動かないよう、自分も死力を尽くす必要があるだろう。

それに、灰原とは最終的な着地点が異なるだけでその過程はほぼ同一だ。貴重な情報源たるピンガを捕え、そこからラムの情報を引き出す。

"組織"ナンバー2の身柄確保まで持っていければ、"組織"の崩壊までは秒読みだ。

 

(灰原と目的がズレるのは、そこから。逆に言えばそこまでの利害は一致してる)

 

アルマニャック達の雲隠れを望む灰原と、彼ら全員の逮捕を望むコナン。

そこまで考えて、コナンは訝しむ。灰原は、一体どうやってアルマニャック達を隠すつもりなのかと。

彼女がコナンに対して保有しているアドバンテージは情報位だ。それを共有する以上、コナンを出し抜く手段を彼女が残しているとは思えない。それとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そこまで考えて、コナンは内心頭を振る。今考えるべき事ではない、と。

 

(どの道、ラムの捕縛から構成員の一斉摘発までは本当に時間との勝負だ。……今のうちに段取り考えて、それからピンガを捕まえた時点で赤井さんや安室さんに話を通しておかなきゃな)

 

 

 

灰原とコナン双方がおおよそ同じタイミングで思考に一段落を付け、改めて両者が向き合う。

いずれにせよ、"組織"を倒すと決心したのなら情報の出し惜しみは無しだ。すぐに話を詰める必要がある。

 

 

「さて、それじゃピンガについて教えてもらうぜ」

「ええ。……とはいえ、大口切っておいて何だけど、私は基本的に軟禁されていた身。ピンガと会って話した回数なんて片手で足りる位よ。どこまで参考になるかは微妙なラインね」

「それでもいい。どんな小さな情報でもいいんだ。見た目……はともかくとして、喋り方とか性格とか、ピンガという人物の特徴を教えてくれ」

「と言われても、電子戦に明るいってことは前に話したし……」

 

 

思案げに腕を組み、かつての記憶を紐解く灰原。ピンガ本人と言葉を交わしたことはせいぜい2、3回。それ以外のピンガに関する情報の殆どはアルマニャックとの会話で出てきたものだ。そこまで考えて、はたと思い当たる。

 

 

「そういえば、何度かアルは愚痴ってたわね。あいつの買い物は毎度長いとか……」

「買い物?」

「えぇ、特に衣類ね。お洒落好きなのは分かるけど毎回大がかりで困るとか……」

「お洒落……となると……」

「あと、即興で動くこともあるみたい」

「どういうことだ?」

「これは潜水艦の中での話だけど、ピンガについての報告をキールから受けてたウォッカが、彼のことを詰ってたわ。計画にない行動をしやがって、って」

「計画にない行動……拉致、いや殺人か?」

 

 

(直美さんの拉致、灰原の拉致、レオンハルトさんの殺害……ウォッカが詰るとしたら、殺人か)

 

コナンの脳内で、直美の拉致から始まった一連の事件が改めて整理されていく。その発生順序も。

 

(直美さんの拉致と後ろ2つは恐らく別件だ。端から灰原の存在を知っていたんなら、来るのはウォッカではなくジンだった筈)

 

つまり灰原の拉致も突発的な出来事であり、それを要因にレオンハルトを殺害しなければならない理由が発生したとコナンは推察する。

 

(博士や俺とのカーチェイス、それに潜水艦もカメラには映ってなかったけど、あの短時間で映像の改竄をしたんだ。プロであるレオンハルトさんなら気づける程度の粗があってもおかしくはない)

 

恐らくそれを問い詰めに行ったところを殺されてしまったのだろう。

ハッチの制御権と合わせ、これで容疑者はあの場にいた技術スタッフの3名に絞られた。

 

(エド、グレース、そして牧野局長。あの3人のうち、お洒落に気を遣っていそうな人物は……)

 

 

「思い当たる人、いたの?」

「あぁ。1つ聞きたいんだが、アルマニャックがピンガに付き合った買い物で、女物の服って買ってたか?」

「そこまでは……あぁでも昔、()()()まで選ばされたってボヤいてた事があったわね。ピンガは変装の名手でもあるみたいだし、女装でもするのかしら?」

()()()?…………成る程、()()()()()()()!」

 

 

しばらく難しい顔で唸っていたコナンが、不意に眉を上げた。その目に勝ち気な光が宿っているのを見て、灰原も口角を上げる。

 

 

「分かったのね、誰がピンガなのか」

「あぁ!──掴んだぜ、真っ黒な尻尾をな」

 

 

レオンハルトが死の間際に遺した映像が、正確に言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、皮肉にも推理の決め手となった。

 

 

 

 

「フランス出身の女性スタッフ、グレース。そいつの正体がピンガだ!」

 

 

 

 

 

 





志保ちゃん「覚悟完了」
コナン「何だろう、巻き込むのやめてもらっていいですか?」


多分このssの志保は、例の人工呼吸シーンで「駄目、駄目……!」じゃなくて「こんなところで死んでんじゃないわよ!」ズキューンだと思います。肝が据わった女は強いってはっきり分かんだね。


Q.志保はピンガが特別嫌いなんですか?アルマニャックを撃ったのはジンとウォッカだと思うんですが。
A.ピンガだけ名前が上がっていたのは、アルマニャックが倒れている時の絵面が理由ですね。彼のことだけが特別嫌いなわけではありません。組織の面々のことは基本的にみんな嫌いです。
例外としてキールはそれなりに、キャンティは辛うじて好感度+ってところですかね。


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