怠惰な神様によって魔法が存在し世界大戦が起こりそうだという世界に転生し放り出されたら、聞いていたよりさらにヤバい世界だった件 作:しゅーびんで
およそ軍勝五分を以て上と成す──
前世で聞いたことがある昔の偉人の言葉に、そんなものがありました。
戦は戦略目標の達成を第一とし、一方で戦術的には完全勝利よりも引き分けに近い勝利で満足することが上等、完全勝利は味方には驕りを生み戦った敵や戦うことになるかもしれない未来の敵には最大の警戒を与えることとなり、次の戦いの勝敗に大きく影響することになるとか、なんかそんな意味合いだったと記憶してします。
たしかに、成功体験に取り憑かれて改革を怠るとか世界史には前例が無数にありますし、強さを見せつけた存在というのは出る杭は打たれるの如くその大勝利を徹底的に研究・対策されて次はボロ負けするとかいうのもたくさん前例がありますからね。
訓戒としては成功体験を引きずって驕ったり怠けたりせず、謙虚に直向きに挑みましょうという意味になるでしょうか。
この言葉を思い出したのは、この戦場が兵力的には圧倒的に勝る北洋政府軍を相手に圧倒的な勝利をルーシ帝国軍が得た状況を目の当たりにしたからだと思います。
9万対40万で行われた陽泉攻防戦ですが、結果はルーシ帝国軍の圧勝であり、北洋政府軍は壊滅的な損害を受け戦場跡に多くの死体を晒す結果となりました。
この結果は、両国の技術・戦略格差を比較すれば十分に想定できる物です。
しかし勝って当たり前の戦いに勝利したルーシ帝国軍、中でも最も多くの戦果を挙げた地上軍はこの勝利を大々的に喧伝し、軍内にも戦争そのものが勝利したかのような歓喜の渦が巻き起こっていたのです。
まるでこの地上にルーシと戦える敵などいないと言わんばかりの大騒ぎ、そこには負けるほうが難しいような戦いなのに勝利の美酒に酔いしれ自分たちを過大に賛美する錯覚を起こした軍の姿がありました。
「何ですか……この騒ぎは……?」
なぜ彼らがそれほど浮かれているのか、私には理解できません。
確かにこの前の山西戦線における勝利と、今回の陽泉の勝利。数字だけを見れば多勢の敵軍を少数の自軍が撃破したという大戦果です。
しかし、あの北洋政府軍の杜撰で内情は軍と呼べるような物ではなかった酷い有様と、ルーシ大国以上に錆びついた100年前の戦闘を扱っている化石のような軍隊。あんなもの、40万どころか例え100万だろうがルーシ帝国軍ならば勝てて当然の軍勢でした。
勝因はルーシ帝国軍が強かったからではなく、北洋政府が時代遅れな上に弱かったからです。
なのに浮かれている友軍は、自分たちの奮戦ぶりを過大評価して自画自賛しているばかりであり、ルーシ帝国もまた欧州や秋津島と比較して遥かに劣っている・遅れている軍隊であるという意識が剥がれ落ちていました。
ルーシ帝国が他の列強と比較して遥かに遅れていることは、2度の内戦にて分かっていたはずです。レーテの支援を受けた社会主義者たちが、ルーシ帝国軍をとり残す最新兵器を揃えていたことを目の当たりにした者も多くおり、だからこそ第三インターナショナルとの衝突よりも領土を失陥してでも衝突を避ける融和政策をとってきたのです。
戦場に来る前は、命を奪い合う戦争に恐怖する軍の姿が確かにあったはず……
しかし今その彼らは、戦争に対する意識が命の奪い合いではなく一方的に敵を狩るゲームのような感覚に馴れてしまいました。
皇国の爆撃機を見てなにも感じなかったのですか?
三州同盟の滅亡を聞いてなにも感じなかったのですか?
マユヴィーク朝の蹂躙を知ってなにも感じないのですか?
自分たちがどれだけ置いて行かれているのかわからないのですか?
技術格差が絶対的であるとき、劣る側は戦いではなく蹂躙にさらされる姿を見て恐れを抱かないのですか?
もし列強を敵に回した時、蹂躙されるのが自分たちになるという現実を1度目にしておきながら、蹂躙する側になった瞬間に何故忘れてしまうのですか?
疑問とともに、恐怖が湧き上がってきました。
この軍には、明らかに慢心が生まれています。
この老いて行かれている時代遅れの軍なのに、自分たちが列強と肩を並べていると、下手したら列強すら勝てる強国の軍であるという、勝利という美酒によって酔わされ抱く幻想に囚われ始めています。
これに危機感を持たなければ、現状の軍政が勝てる軍であると思い込み、技術も制度も時代遅れのまま停滞することになるでしょう。
それも、今までは確かに抱いていた、列強を勝てない脅威ではなく倒せる対等な敵と見做すという、あまりにも愚かな幻想に書き換えた上で、です。
これは、危ういことになる──
無視できない危機感を抱いた私は、宴会騒ぎに興じる友軍の喧騒から離れて、本国にいるはずのコルチャーク少佐へ前線に慢心が満ちている状況と軍政の革新を必ず進めて欲しいという内容を綴った通信を送りました。
一兵卒でしかない私にできることは、同じ危機感を抱き改革を動かせる権限を持つ人たちに状況を知らせ頼ることと、世界大戦が始まるまでにこの戦争を可能な限り短期間で終わらせるために奮戦することです。
コルチャーク少佐への通信を出した後、私は同じ光景を見て同じ危機感を抱いたもう一つの味方である秋津島皇国軍の同志にも連絡を取るべく動きました。
時代は待ってくれません。
インドを制圧したことで、王権同盟は太陽連盟とアジアにも前線が作られることとなりました
そして太陽連盟はレーテに対する復讐を望んでおり、そのレーテに融和外交をやり続けているルーシ帝国や、マダガスカルを奪った連合王国をも敵視しています。
王権同盟の実質的な盟主である秋津島皇国は君主制どころか党を第一とし国家そのものすら否定するサンディカリストを敵視しているので、ルーシ帝国にレーテに対する融和外交を続けることを快く思っていません。太陽連盟を利用してレーテを破壊することすら企んでいるという噂もあります。時代遅れの弱っているルーシ帝国は、全盛期ですら負けた秋津島皇国に刃向かえる力はなく、皇国が第三インターナショナルと戦うことを決定すればそれに同調しないわけにはいきません。そうなれば世界最強の機甲戦力を有するレーテとの最前線はルーシ帝国になります。どれだけルーシ帝国が外交的努力を重ねようとも、皇国の反共主義がある限り帝国はレーテとの戦いから逃げることはできないのです。
もし、フランソワがレーテと戦い、欧州から再度の世界大戦が勃発したら?
レーテが勝つようなことがあれば、皇国が黙っているはずがありません。ルーシはレーテとの戦争に引き摺り出されることになるでしょう。
フランソワが勝ったとしても、彼らは怨敵であるレーテ相手に弱腰となりその増長を許してきたルーシを決して許さないでしょう。彼らはきっとモスコーを滅ぼさんと攻め上ってくる、そんな未来が訪れることになる気がします。
遅れているルーシが生き残るためには、第三インターナショナルと太陽連盟のどちらと戦っても勝てる軍を有する国にならなければいけません。
まして、北洋政府に勝利した程度で驕るような余裕などないはずです。
早く、コルチャーク少佐が改革を進められるように……レーテと戦いになっても蹂躙されずまともに戦えるように、軍政改革に専念できるように、この戦争を終わらせないと……
その一心で、陽泉攻防戦の大勝の後も気を抜くことなく張り詰めながら戦場の空を飛び続けました。
あの3面自称神なんてものは願い下げで、神に縋るくらいならこの銃と演算宝珠で勝利を勝ち取ってみせると一層気合を入れて臨んだこの戦争は、まるであの自称神が天から嘲笑っているかのように陽泉の大勝からわずか1週間後に決着がつくこととなりました。
今や海においてはこの世界で最高の戦力を有する海軍大国にのし上がってきた秋津島皇国が、完全に掌握した東アジアの海を使い、まずは洋上の機動艦隊や島の空港から繰り出した爆撃機で空襲を行い政府や軍施設を破壊し尽くしてから、上海、福建、香港など、多数の大陸沿岸部に同時多発的に強襲上陸を実施。さらに皇国はあらかじめスパイを使って福建の行政担当者を買収していたことで、台湾に大規模な艦隊が集結していた情報が政府に送られておらず、無抵抗で上陸を迎え入れさせたという調略まで行使されていました。
陸の戦線に戦力を多く送っていた上に、奇襲と前段階の空爆で混乱の只中にあった北洋政府軍はこれにまともな抵抗ができず瞬く間に沿岸部を失陥。
加えて北洋政府の臨時首都である武漢では粛清を恐れた北洋政府軍の司令官が陽泉でルーシ軍を跳ね返したという嘘を報告していたことで華北方面に増援を派遣してしまっていたことで、沿岸部制圧後武漢までの侵攻を阻止する戦力が残っていない状態にしてしまっていたとのこと。
この北洋政府の隠蔽と裏切りと判断ミスが重なりに重なった結果、買収した裏切り者たちの案内もあり皇国軍は瞬く間に武漢に到達し、この臨時首都を制圧し政府の高官たちを抑えることに成功しました。
その後、捕虜となった北洋政府の首相は王権同盟に降伏。
それも自身と家族の命と財産の安全を引き換えに、北洋政府の解体と全軍の武装解除、王権同盟から奪った占領地の返還、多額の賠償金、そして北洋政府領の全土占領の同意などなど、王権同盟側の要求を全て受け入れるという、最後の最後で保身に走るという交渉に当たった皇国の将軍が呆れ果てた形での降伏でした。
こうして北洋政府の全面降伏によって中華を統一した国家は王権同盟によって解体される形となりました。
上海で開かれた講和会議の結果、ルーシ帝国は奪われた沿海州の他、蒙古や黒竜江省、北洋政府の中央アジア領を獲得。
アルビオンはインドと香港を奪還した他、ビルマやインドシナ、チベット、雲南などを獲得。
そして北洋政府を降伏させた秋津島皇国は朝鮮半島を奪還し、南満州などその他の中華領土の全てを併合、新たな中華の統一勢力となりました。
ウクライナやオストラント、コーカサスに比べれば、冬は寒く砂漠が多い痩せている土地。
それでも雪に覆われるような大地に比べればマシですし、労働力になる中華から奪った大量の人という名前の資源も得られ、おまけに多額の賠償金も獲得できたので、短期間で犠牲も少なく終えた戦争としては得られるものの方が多かった戦争であったといえるかもしれません。
開拓民以下の扱いを受けることとなる新たなルーシの民には同情しますが、これは戦争です。ルーシが強くなるために犠牲は必要、恨むならば命をかけて守っていたのに保身のために裏切った北洋政府の腐った高官たちを恨んでください。
こうして、私の初めての戦争である北洋政府との戦争は終結することとなりました。
ヨーロッパは火薬庫と化しているものの、まだフランソワとレーテの戦争は起きておらず少しばかりの猶予はあるかもしれないです。
ならばこの時間を無駄にするわけにはいきません。
父が入院している町を戦火に晒すような戦争が起きる前に、祖国を守れる国を作らないと……
「うるせえんだよクソガキ!」
「酒が不味くなるだろ、あっちいけ!」
「法螺ふいてんじゃねえよ!」
「…………」
「そんな話を聞くために呼びつけたわけではない。喧嘩沙汰を起こしておきながら、上官に説教とは何様のつもりだ!」
「…………ッ」
そのために力のない私ができることを果たすため、帰国の途上では戦勝気分に水を差すなどバカにされたり殴られたりしながらも三洲同盟が滅んだ戦争で見たフランソワ軍の脅威を必死で周りに説いたり、禿頭の上官たちにも話したりしたのですが、私みたいな小娘の言葉に耳を傾けてくれる人はいませんでした。
「申し訳ありません、コルチャーク少佐……」
結局、1ヶ月はかかる中華からヨーロッパへの帰路で、勝利に浮かれて騒ぐ仲間たちに拒絶されて心が挫けた私は、1人列車の隅っこで膝を抱えて少佐へ力になれないことを嘆くことしかできませんでした。
とりあえず大戦前の中小国の切り分けはこれであらかた終了、次の章から世界大戦に向けて本格的に動き始めます