怠惰な神様によって魔法が存在し世界大戦が起こりそうだという世界に転生し放り出されたら、聞いていたよりさらにヤバい世界だった件 作:しゅーびんで
社会人となり5年。
仕事にも慣れてきて、相応の責任ある立場に就いたことでいよいよ中堅の仲間入りになるだろう年の冬の出来事。
その日は早いうちに片付けなければならない仕事があったので、普段よりも数本早い電車に乗り会社の最寄りの駅まで来ていた。
電車が停車して、扉が開く。
通勤ラッシュに差し掛かる頃合いの普段利用している時よりも早いため、車内はかなり空いており、幸運にも座席に座ることができた。
もっとも、その後ご老人が乗ってきたため優先席だった座席を譲ることとなったが。
普段は混み合った車内にて痴漢に間違われないことを祈りながら立って利用しているので、特に問題はない。むしろ普段より半分ほど座って過ごせたので良いまである。
そして、目的地の駅に到着してホームに降りた時だった。
「あっ……」
その時ホームの中に吹いた強風に、先ほどまで車内にいたことでその他の警戒が疎かになっていた頭から、帽子が風にさらわれてしまう。
安物ならホームに落ちても諦めがつくものの、年季の入ったその帽子は父親から譲り受けた半世紀以上前に制作されたイタリアのブランドもの。3万円以上の値がつく高級品である。流石に諦めたくない。
ホームに落ちる前に慌てて拾いに行こうとしたところ、偶然近くを歩いていた1人の長身の男性が飛んでしまった帽子を拾ってくれた。
「おや、これは……」
「すみません、それ私のです!」
「ふむ。どうぞ、お気をつけて」
帽子を拾ってくれた男性は、年季が入っているので少しくたびれている素人目には普通のハットにしか見えないだろうその帽子を見て、ブランドに詳しいのか少し驚いた様子になりわざわざ他人のものであるはずの帽子についた砂を丁寧に落としてくれた。
30代半ばほどだろうか。
背筋を伸ばした立ち振る舞いに気品を感じるその男性は、表情はやや固いものの至って紳士的な対応で対価も求めず拾い上げた帽子を返してくれた。
「助かりました。ありがとうございます」
「いえ、私も普段簡単にはお目にかかれないものに触れる機会をいただきました。お気にならさず」
表情は少し冷たい印象を受けたが、その男性は終始紳士の対応だった。
謙虚で帽子のブランドに詳しい人物。
お互い仕事があるので短い邂逅となるが、私としては彼のような人物との出会いは幸運に思える、そんな邂逅だった。
……まあ、一瞬で不幸のどん底に落ちたけど。
ホームに電車が近づいてくる。
そのタイミングを見計らっていたかのように、紳士の死角に隠れていた数日は片付けていなさそうなくたびれた深緑色のスーツに身を包んだ男が飛び出して、突き飛ばしたのである。
「はぁ、はぁ……死ねぇ!」
「なっ──!?」
「……えっ?」
ただし、紳士を睨みつけて突撃してきたのに、何故か見ず知らずの私の方に手を伸ばして突き飛ばしたのだが。
狂気を感じさせる叫び声を聞いた紳士は振り向くと、顔見知りなのか驚いたような表情となり、そして男が私の方に手を伸ばして突き飛ばしたのを見て二重に衝撃を受けたような表情となった。
ホームから落下して、横から来た巨大な質量との激突の衝撃を受けるまで、走馬灯のように周りの景色がゆっくりと流れるように見えたことで紳士と同じくらいというかそれ以上に驚いていた男の表情を見ることができた私は、全てを察した。
……あ、これ人違いで突き飛ばされたやつだわ。
あの狂った男、本当はこの紳士を殺したかったんだろう。
短い出会いだけでもこんな素晴らしい紳士だと思えた彼を殺したくなるような動機なんて想像できないけど。
享年27歳。
こうして私の人生は人違いによる殺人で幕を下ろすこととなった。
あれだ。
私見だが、殺人を犯すならばホームで突き飛ばすのは絶対にやめるべきである。
ダイヤは乱れて遅延となり多くの方に迷惑をかけてしまうし、こうして人違いで突き飛ばすこともあるし、そもそも目撃者がたくさんいるんだからすぐに顔が割れて逃げても捕まるだろうから。
つまり、人を殺すならドラマみたいに夜のビルの屋上に呼び出してちゃんと突き落としなさい。
真っ暗の中で、自分でも何いってんだと突っ込みたくなる言葉が脳内に並ぶ。
「人違いで無神論サイコ野郎の代わりに殺されるって、クソ受けるんすけどwww」
そして死んだはずの私の意識は、いつのまにか真っ白で天井も床もない不思議な空間の只中にて、四本の腕で羽ペンを縦横無尽に机に走らせながら笑っている、顔が三つある謎の半裸の男の前に浮かんでいた。
転生先の世界情勢の解説の話を挟んだ後、アンケートの結果で一番得票数の多かった国家にこの転生者を放り出す予定です。
アンケートは第一話の「国家紹介」にてお願いします。