怠惰な神様によって魔法が存在し世界大戦が起こりそうだという世界に転生し放り出されたら、聞いていたよりさらにヤバい世界だった件 作:しゅーびんで
永世中立国である森林三州誓約同盟と、中東のマユヴィーク朝の滅亡。
二つの国家が滅び、大国の勢力圏がより密接に、そして複雑に接することとなった西方世界。
そして、アヴァンギャルド・フランソワやイルドア共和国が見せた、前大戦と比較し遥かに進んだ技術によってもたらされた、全く新しい戦場。
仮初の平和が破られ、世界各国の欲望を刺激することとなった世界大戦の前哨戦は、ユーラシア大陸の反対側に広がる極東にも波紋を広げることとなる。
世界革命を目指すレーテ率いる第三インターナショナルの元、拡大する共産主義勢力。
君主制を否定する共産主義者に対抗するべく、ルーシ帝国・秋津洲皇国・アルビオン連合王国を中心とする各国が結成したのが、西太平洋とシベリアに広がる勢力“王権同盟”である。
しかし、実情は各々の仮想敵が異なる者同士。
反共を掲げて団結しながらも、本土奪還を夢見る連合王国は革新同盟を打倒するべき敵として定めており、共産主義勢力との戦争回避を目指すルーシ帝国は多くの国土や資源を失陥する原因となった第三インターナショナルに対し融和政策をとっており、反共を掲げ共産主義の弾圧を進める秋津洲皇国は第三インターナショナルという敵を打倒するべくルーシ帝国を敵視する太陽連盟に接近していると、敵対勢力すら統一できていない状態にあった。
そんな中で、王権同盟が共通の敵対勢力として見ていたのが、大戦のどさくさに紛れて勢力を急速に拡大した中華の北洋政府であった。
前王朝が革命に倒れ、その王朝を倒した民主政府も崩壊した中華は、その後軍閥が乱立する内戦状態に陥った。
北洋政府はその軍閥内戦を勝ち抜き中華の再統一を果たした勢力である。
中華の統一後、北洋政府は大戦後の混乱する世界情勢に乗じ、内戦や経済恐慌などにより対応する余裕がなかった列強の隙をつき、各国の保有していたアジア領土を次々に侵略。
王権同盟も連合王国がインドを、ルーシ帝国が沿海州を、秋津洲皇国が朝鮮半島を奪われることとなった。
その過程で民間人にも多くの被害を出したことから、王権同盟の主要3カ国は官民共にこの中華の支配者を倒すべき敵対勢力と見ている。
そして世界大戦、内戦、革命、天災、世界恐慌などを経て、ようやく国力の回復して来た王権同盟は、西方世界で発生した戦争から、太陽連盟や革新同盟の主力は欧州や北米に目を向けていると見て、アジアの失陥した勢力圏の回復に向けて動くことを決定する。
北洋政府はフランソワの前政権である共和政府の植民地であったインドシナも侵略したことにより太陽連盟とも対立関係にあり、またインドを自国領土と認識するマキャヴェリズム・アルビオンからも敵視されており、革命勢力の弾圧をしているため第三インターナショナルとも険悪な関係にある。
太陽連盟や革新同盟、第三インターナショナルが北洋政府を支援する動きに出る可能性は極めて低い。
資源と領土は広大だが、統一から間もないことで国土は復興只中にあり、侵略戦争で拡張した領土にも圧制を敷いていることから現地民とも諍いが絶えないなど、北洋政府の内情は不安定な状態にある。
また技術レベルも列強と比較して軍事技術が20年前水準のままであるルーシ帝国並みに劣っており、特に海軍戦力は秋津洲皇国海軍とは雲泥の差がある。
他の勢力の介入の可能性が低く、失陥した領土の奪還という大義名分もあり、勝てる見込みが十分にある相手。
拡大する他の勢力に対抗するべく帝国主義的な拡張の機会を望んでいた王権同盟にとって、北洋政府は非常に都合の良い標的となった。
1939年10月──
南の大陸において更なる拡大を図るイルドア共和国がアスクム王国に対して侵略戦争を開始した頃とほぼ同時期に王権同盟は北洋政府に対しインド・沿海州・朝鮮半島からの撤退を要求。
これに対し北洋政府が逆にマラヤと台湾の割譲要求を返答にしたことを受け、返さないならば力でわからせると言わんばかりに王権同盟の主要3カ国はほぼ同時に北洋政府に対して宣戦布告。
列強同士の本格的な総力戦までは発展していないものの、戦火はついにアジアにまで拡大することとなった。
大戦や震災復興の最中ならばいざ知らず、この時の秋津洲皇国は紛れもなく列強に相応しい大国であった。革命勢力との内戦により時代に取り残されたとはいえ、ルーシ帝国も列強に相応しい大国である。そして連合王国も本土を失陥したとはいえ、七つの海の覇者に上がった源たる世界最強の海軍は健在。
内憂を多く抱える北洋政府では、一国ですら敗戦は避けられないほどの国力差があるはずだった。
他の列強勢力の後ろ盾を持たない北洋政府が、複数の列強からなる同盟勢力になぜ喧嘩を売るような判断をしたのか?
後世の通説では、当時の北洋政府の国家元帥があくまでも混乱の隙をつくことで列強のアジア領土を簒奪し拡大した中華の国力を過信した、或いは不安定な政情を鑑みて国外よりも国内に対し北洋政府の威信回復を狙って強気の対応をしたのではないかと推測されている。
もっとも、一対一でも限りなく勝てる可能性が低い大国を相手に、急激な拡張により長い戦線が発生し、内憂を抱えた状態で挑めばどうなるか。
それは火を見るよりも明らかなこと。
1週間。
開戦から、アヴァンギャルド・フランソワと三州同盟間で勃発した戦争に派遣されたルーシ帝国の観戦武官一行が帰国を果たしたまでのこの短い時間で、王権同盟に連戦連敗を重ねた北洋政府は制海権を完全に失い、拡大した占領地である朝鮮半島・沿海州・インド亜大陸を奪還され、中華本土への本格的な侵攻を許すほどに押し込まれることとなり、戦争の趨勢は決定した。
アヴァンギャルド・フランソワと森林三州誓約同盟間に発生した戦争。
観戦武官のコルチャーク少佐の護衛として派遣されることとなった私は、戦後太陽連盟と第三インターナショナルの教会にて緊張状態となるなどの情勢悪化により帰国が遅れ、11月初頭にようやく帝都に帰還することができました。
自分たちの軍事技術が時代に取り残されていることは、ルーシ帝国も承知しています。
それでもコルチャーク少佐をはじめ、今回の戦争で太陽連盟がこの20年でどれほど革新的な進化を遂げたのか、戦場を見た人たちは想像を遥かに超える変革に衝撃を受けました。
航空機や飛行船の登場。
選ばれた者だけが持つ魔力ではなく、万人に扱える技術で人が空に上がれるようになった時、ルーシでは魔導兵の価値は失墜したとまで言われました。
塹壕や地形を生かした堅牢な防御陣地をいかに作るか。
わずか数メートルの奪い合いに、何万もの兵士の犠牲が必要となる、圧倒的な防御優位の戦場。
それが父の参加したという、レーテの前身である帝国が世界に挑んだ大戦の戦場だったといいます。
長期戦、消耗戦が前提となる戦場において、希少ゆえに多機能運用が基本となる強力だが補充が困難な魔導兵科はそぐわない。
演算宝珠の技術が劣ることもあり、ルーシ帝国は大戦の頃から魔導兵科を軽視する傾向がありました。
しかし、今回の戦争でフランソワ軍が見せたのは、魔導兵科と機甲戦力を組み合わせた、従来の防御絶対優位を覆し攻勢側が圧倒するという常識を覆す戦術でした。
魔導師を従来の多機能を備えた航空魔導師として運用するのではなく、一つの機能に特化させる運用。
敵の爆撃や銃撃から味方を守る防壁として、防御陣地を砕き突破口を作る砲兵として、難地形や塹壕をものともせず機甲戦力を運用できるようにする工兵として。
その機能に応じて設計したと思われる演算宝珠と、専門に特化するよう訓練されてきたと推測される歩く魔導師。
魔導師を陸軍としても運用し、航空魔導師も空戦機能に特化させる。
フランソワ軍の魔導師の運用方法は、この未完成なまま衰退すると思われた兵科を飛躍させるものでした。
フランソワはレーテに対する復讐戦争を望んでいます。
帝国の技術と共産諸州連邦の産業が合わさり生み出されたレーテの機甲戦力は、世界最強ともいわれています。
それでもこの新しくなったフランソワ軍と戦争となれば、第三インターナショナルが勝利するという保証はない。新たな魔導師運用を作り上げたフランソワ軍の実力は、いまだに未知数なのですから。
レーテの機甲戦力に怯え、魔導師を軽視している今の祖国にこの情報を持ち帰り、急いでルーシの遅れを取り戻さないといけない。
その使命感に燃えるコルチャーク少佐でしたが、祖国に帰った一行に知らされたのは王権同盟が北洋政府と1週間前に開戦し中華に侵攻しているという情報でした。
「愚かな……今のルーシに戦争をしている余裕などないというのに」
帝都の陸軍本部は大陸の反対側の戦場からもたらされる連戦連勝の報告に浮き足立っています。
当時弱小国だった秋津洲皇国、世界大戦を起こしたかつての帝国、その後の共産主義者たちとの戦いで、何度も負け屈辱的な講和を繰り返し、不平不満からクーデターまで起こすなど、ルーシ帝国軍は長らく逆風にさらされていました。
そんな彼らにとって、勝ち続ける戦争というのは確かに胸がすくものがあったでしょう。今回の戦争は臣民だけでなく戦嫌いの皇族もゴーサインを出すほど、ルーシが望んだ戦争であったことも大きいのかもしれません。
しかし、北洋政府は所詮列強と比較すれば国土と人の数ばかりが肥大化しただけの不安定な弱小国。時代に置いて行かれているルーシ帝国でも勝てる相手です。
それを秋津洲皇国やアルビオン連合王国と共闘しての戦争ならば、皇国を襲った大地震のような天運に見放されるようなことでもなければ負けることはありません。
そんな勝つのが当たり前の敵に連勝を重ねただけで舞い上がる様は、フランソワの新時代の戦場を見たものたちからすれば哀れなものでした。
今のルーシ帝国には、戦争よりもやらなければいけないことが山積みです。
しかし太陽連盟と第三インターナショナルの開戦という避けられない二度目の世界大戦は待ってくれません。
勝者がどちらになるとしても、ルーシ帝国は無関係ではいられなくなります。
その時、改革がなされていない軍隊で挑めばどうなるか。
それは今まさに連戦連勝で圧倒している北洋政府が、その未来を歩んだルーシ帝国になるでしょう。
フランソワやレーテとの軍事力はそれほど開いていると認識し、改革に着手するべき。さもなくばこの先各勢力が自分たちの拡大のために戦争を繰り広げ、やがて世界大戦に発展するだろう時代に対応できず、ルーシは食われる側になってしまう。
コルチャーク少佐は北洋政府との戦争などしている暇はないと、奪われた領土を取り戻したというならば弱りきった中華とは早々に講和し国内の改革に着手するべきであると訴えました。
しかし、陸軍司令部はコルチャーク少佐の主張を却下します。
王権同盟の各国は奪われた領土を取り戻すだけでは飽き足らず、不安定な北洋政府を滅ぼし中華全土の征服を企んでいました。
特に秋津洲皇国は大陸領土の獲得に野心を燃やしており、王権同盟の最大勢力である皇国の意向に反して講和を模索するというのは裏切りと認識され王権同盟の破棄につながる恐れもありました。
ルーシ帝国の首脳部も取り残されており改革が必要であるということは認識していたのですが、いまだに地方によっては食糧難に苦しむ状況にある内情から軍事改革よりも生産能力の向上を優先しており、そのために肥沃な地を得るための南下政策を推進し、この戦争に勝利して中華の領土を獲得するべきだと考えていたのです。
こうした事情から、ルーシ帝国は北洋政府を滅ぼすまでこの戦争から降りるという選択を取ることはできなかったのです。
帰国に伴い少佐の護衛任務を解かれた私は、すぐにアジアに派遣されることとなりました。
祖国が講和をしないというならば、北洋政府を早く倒して戦争を終わらせるしかありません。
兵士としてできることは、1日でも早い終戦のために戦うことと、フランソワ軍の魔導師が見せた力をあの戦場を見ていないルーシ帝国軍にも教えることです。
ルーシ製の演算宝珠では効率が悪いですが、幸いにも私は魔導師として高い才能があります。何千人もの味方を覆うような防壁を展開したり、地形を変えるような芸当は無理ですが、防御絶対優位の常識に一石を投じる真似事ことくらいはできるかもしれません。
私は祖国のために兵士として出来る事を前線でしてきます。
だから、コルチャーク少佐も諦めず改革の必要性を司令部で訴え続けてください。
少佐の元に前線への派遣が決定されお別れとなった日にそう伝えると、少佐は私を強く抱きしめてから──
「必ず生きて帰ってきてくれ。君はからなずルーシに必要な存在になる。祖国のため、必ず生き残るんだ」
上官ではなく、同じ改革を志す仲間としての言葉をかけて、送り出してくれました。
私も死ぬつもりはありません。
前世の記憶があるのと、開拓農民だったことから、コルチャーク少佐と比べて祖国への情熱が少ないですが。
それでも、私を男手ひとつで育ててくれた父と、その父が命をかけて戦い守ったルーシには愛着がありますから。
観戦武官の護衛ではない、前線で戦う兵士として。
シベリア鉄道に乗りアジアに向かった私は、ルーシ帝国が担う主要戦線の一角である山西省の攻略部隊に配属され、初陣を果たすこととなりました。